パソコンで作業するノマドワーカーに、宿題をしている小学生。地面に座り込んで展示物をスケッチする中学生がいたかと思えば、館内を通り抜けるノルディックウォーク団体まで──。
そんな光景が広がる場所が、「美術館」だと聞いたらどう思うだろうか。
2021年11月にリニューアルオープンした青森県の「八戸市美術館」は、主に「美術作品を観に行く場」だったこれまでの美術館と一線を画し、「あらゆる人に開かれた場」として、美術鑑賞にとどまらない多面的な体験価値が生まれている。
八戸市在住の筆者は、リニューアル以前から新しい美術館を心待ちにしていた一人だ。いざオープンすると、市民らが主体的にさまざまな使いみちを見いだし、思い思いにその価値を引き出している。
「これからの美術館のあり方を模索しながら実践しています」と話すのは、プロポーザルから八戸市美術館リニューアルに携わり、館長を務める佐藤慎也氏。開館記念『ギフト、ギフト、』のディレクターである吉川由美氏を交え、リニューアルの経緯を振り返りながら、八戸市美術館が地域や人々とどんな関係性を結ぼうとしているのか、そこから生まれる体験価値や可能性について聞いた。
八戸市民はクリエイティブに関する好奇心がある
八戸市美術館はかつて税務署だった建物を活用して、1986年に開館。県内初の美術館として、地域ゆかりの作家の作品を収蔵し、コレクション展や地元作家・学生らによる展覧会などを行ってきた。しかし、もともと美術館として建てられた建物ではなかったために機能的な問題があったこと、施設が老朽化してきたこと、市民からの要望があったことなどから、旧跡地とその周辺を整備し、2021年11月にリニューアルオープンした。
新美術館への期待感は、八戸市が2011年から推進してきた「アートのまちづくり」も後押しとなり高まった。中心となったのは、同年2月に開館した文化複合施設・八戸ポータルミュージアム「はっち」だ。開館以来アートプロジェクトをディレクションし、10年以上にわたり八戸市民との関係を築いてきた吉川由美氏は、当初の八戸への印象についてこう振り返る。
吉川氏「八戸はアート活動に対して、アグレッシブなまちだと認識していました。日本で3カ所しか残っていない伝統古武芸(加賀美流騎馬打毬)があったり、中学生ロボコン(ロボットコンテスト)や“デコトラ”の発祥地でもあったりします。しかしその一方で、産業都市であるという性格から、グローバル化の流れで、人々の中に継承されてきた地域文化が衰退してきているのではないかと思っていたんです。
でも実際には、厳しい現実に直面しながらも日々を暮らす人々の『クリエイティブへの好奇心』と、『ローカルでしか出会えない豊かさ』が、このまちの中に両立していることに気づきました」
2011年からは八戸市の山側に位置する南郷エリアを舞台に、コンテンポラリーダンスやパフォーミングアーツを中心にした「南郷アートプロジェクト」、2013年からは八戸の工場をクリエイティブな視点で楽しむ「八戸工場大学」が開催されるなど、美術作品や観光資源を一方的に見せるのでなく、市民らが交流しながら活動するアートプロジェクトに力を入れてきた。
吉川氏「昔から培われてきた文化と、市民の中にある新しいことに対するチャレンジ精神と、そこに写真家やアーティストをクロスさせることで、今を生きる私たちにとって新たな価値となりうるのではないか……。そう考えてプロジェクトを進めてきました。これらは確かに美術館の礎になったと感じます」
アートでコミュニティを耕し、文化とまちを育む「アートファーム」を
「種を蒔き、人を育み、100年後の八戸を創造する美術館~出会いと学びのアートファーム~」という八戸市美術館のコンセプトは、プロポーザルのための基本構想を策定する段階から既にその原型があったという。
市民や文化芸術関係者、市内外の有識者からの意見を踏まえ、基本構想には美術館機能に加え、八戸の文化政策を担うアートセンター機能と、市民と美術館が互いに「文化とまちをつくる人」を育むエデュケーションセンター機能の三つを柱とした美術館像が盛り込まれた。
「アートファーム」という言葉も、その中で生まれた。「アートによってコミュニティを耕し、育む。アートを通した出会いが人を育み、人の成長がまちを創る」──。そんなイメージをファーム(農場)に重ねた。
館長の佐藤慎也氏は、プロポーザル審査委員会の副委員長も務めた人物だ。劇場・ホールの研究や芸術文化施設の建築計画を専門とする佐藤氏は、美術館の歴史的な背景について、「もちろん時代による建築のデザイン変化もありますが」と前置きした上で、こう話す。
佐藤氏「展示される作品の変化は、美術館の建築にも影響しています。古くからある美術館は、額縁に入っている写実的な絵画を展示するための施設でした。例えば1793年開館のルーブル美術館は宮殿を改修したものですが、赤や青などのカラフルな壁があります。
ところが20世紀に入って抽象画が出てくると、各所でいわゆる『ホワイトキューブ』と呼ばれるような、真っ白い展示壁面がつくられるようになりました。70年代には、インスタレーションのように空間ごと体験する美術作品が発表されるようになり、それに適した展示室が必要となりました。
90年代以降は、地域の人たちと一緒に作品をつくったりパフォーマンスを行ったりする、芸術祭が登場します。パフォーマンスを行う場所として、ホワイトキューブだけでは窮屈な面もあります。
そうした美術の変化を踏まえ、そろそろ新しい展示室や美術館があってもいいんじゃないかと。八戸市美術館はこれからの美術館のあり方を模索しています」
こうした潮流や地元からの要請を踏まえ、プロポーザルで最優秀案に選出されたのは、西澤徹夫建築事務所・タカバンスタジオ設計共同体のもの。設計者の西澤徹夫氏と浅子佳英氏に、千葉県松戸市でアーティスト・イン・レジデンスを運営する森純平氏も加わり、議論を重ねた結果生まれたのは、800平米の「ジャイアントルーム」を中心に、「ホワイトキューブ」や「アトリエ」「会議室」など、機能や目的、大きさも異なるさまざまな空間の集合体だ。
美術作品を鑑賞する場としての役割にとどまらず、人が活動する空間を広く確保し、アートを介した出会いや学びが創発される「アートファーム」としての役割を、「八戸市美術館」のコンセプトの中心に据えた。
八戸市美術館の包容力と寛容さ
「八戸市美術館」のオープンから数カ月、筆者自身もインタビューや打ち合わせに使うことがあり、たびたび美術館を訪れている。周りを見渡してみても、市民によって柔軟に利用されていると感じる。あるときSNSにこんな投稿があった。
美術館を通り道にして、ノルディックウォークを行う人々。まちなかを歩くような感覚で、館内を通り抜けていく
佐藤氏「事前にスタッフへ連絡があり、30人ほどの団体でいらっしゃいました。登山用の杖を持っていることもあり、『床につかないようにしてもらえればかまいません』ということで対応しています。ジャイアントルームを通り抜けて、2階からテラスに出て、外階段から広場に降りるコースでした」
他にも、小学生が宿題をしたり、学生が美術館前の広場でダンスの練習をしたり、社会科見学でやって来た中学生が床に座って展示物のスケッチをしたり──。「お静かにご鑑賞ください」とのただし書きがあるような一般的な美術館では、あまり見られない光景が広がっている。主体的に「新たな使いみち」を実践し「場を使い倒してやろう」という市民の意気込みを感じる。それにしても、なぜ八戸市美術館はこれほどアクティブな市民を歓迎し、寛容でいられるのか。
佐藤氏「私自身、研究のためドイツの美術館に1年間滞在していた時期があるのですが、ヨーロッパの美術館では子どもたちが床に座り込んで絵を描いているような姿が当たり前にありました。他のお客さんも、嫌がることなく許容していた。そういうことを日本の美術館でもできないだろうかと思っていたんです」
八戸市美術館の包容力の象徴といえるのが、入館するとすぐに広がる巨大空間「ジャイアントルーム」だ。ここではあらゆる活動が同時に行われるが、互いの活動が干渉しすぎずに共存できるような空間となっている。
佐藤氏「ジャイアントルームはハブのような空間で、それぞれの展示室を行き来できるほか、作品を展示したり、可動式の棚やカーテンで空間を区切ったり、イベントを行ったりと、あらゆる用途に対応します。
吸音性に優れた壁と天井を採用し、空間を緩やかに仕切ることのできるカーテンにも吸音機能があります。同じ空間で別の活動が行われていても、互いに干渉しないような関係性を、建築的として実現できているんです」
また、約520平米の広さを持つ「ホワイトキューブ」をはじめ、映像作品に適した「ブラックキューブ」、天井が高くパフォーマンスもできる「スタジオ」など個性的な大小の個室群が数珠つなぎになっていて、展示やイベントに合わせて最適な展示室を利用可能。隣で行われている活動の存在を感じながらも、干渉しすぎない、ほどよい距離感が実現されている。
ほかにも県内施設では珍しく、女性用だけでなく男性用トイレにもベビーチェアがある。このトイレはそれぞれの個室にも手洗いや鏡があり、将来的に男女間の壁を取り払い、オールジェンダートイレにすることもできる。さまざまな可能性や社会の変化を見据えて、柔軟に対応できる設計になっているという。
人々の多様な活動をあるがまま受け入れるスタッフと、時代とともに変化し続ける包容力のある建築。ソフト面でもハード面でも、あらゆる可能性を受け入れようとする姿勢にこそ、八戸市美術館の実現しようとしている「新しい美術館のあり方」が見て取れる。
「私たちの祭り」から見える日常の豊かさ
開館記念『ギフト、ギフト、』は、300年の歴史を持つ「八戸三社大祭」に焦点を当てた展覧会だった。神話や歌舞伎などを題材とした山車(だし)を運行するお祭りだが、同じ青森県内を代表する「ねぶた祭り」のねぶた師のように制作の専門家がいるわけではなく、八戸三社大祭の山車は毎年、市民によってつくられている。
吉川氏「この祭りは自分たちでお金を集めて自分たちで山車をつくるという、一般市民の方のボランタリーで成り立っていて。それと同時に、私のような来訪者でも『公然と酒飲みできる場』を求めている高齢者の方でも、あらゆる人が他者と関わりを持てる場でもあります。さまざまな人にとっての居場所となり、人格形成の場でもある。学校にも行政にもつくることのできない、素晴らしいプラットフォームだと感じます」
新型コロナウイルスの流行により、2020年から2年連続で八戸三社大祭の山車の運行は中止となってしまったが、『ギフト、ギフト、』はあらためて、この祭りの意義を示す展覧会となった。
展覧会の中には山車組の人々とその営みを捉えた写真や映像作品などもあり、祭りの背景には血の通った人々がいると感じられた。
吉川氏「オープニングイベントの際には山車組のみなさんがおいでになって、作品を見て号泣しておられました。山車そのものでなく、そこに集まる人々の行為や文化が、美術館という場所で評価されることで、自分たちの営みが社会的に意義のあることなんだと気づいてもらえたのではないかなと思います」
日常の営みがどれほど豊かで尊いものか、改めて見つめ直すこと。それは、グローバル化の進む社会において、ローカルの価値を再認識することでもある。
吉川氏「私の住む仙台には七夕祭りがあるんですが、昔は子ども会や商店で、自分たちの手で七夕飾りをつくっていたものの、今は専門の業者にお金を出してつくってもらっている。つまり『私たちの祭り』であったものが観光化されて、『消費財』の一つになってしまった。
八戸三社大祭でも『どれぐらい経済効果があったか』ということばかりが注目され、もともとあった地域文化がスポイルされているように感じます。本来、経済効果があるかどうかにかかわらず、地域の人たちが自ら資金を集め、自分たちの手でつくり、自分たちの祭りとして継続してきたことが素晴らしい。自分たちの祭りとして続けていくことと、外部の方も含めて人々が行き交い、共有していくこと。その二つを共存させていくのが、多様な文化を育んでいくために必要なことではないでしょうか」
100年後の豊かな八戸を創造する
青森県内には、八戸市美術館のほか、弘前市出身の美術作家・奈良美智氏「あおもり犬」で知られる「青森県立美術館」など5つの公立美術館やアートセンターが点在している。八戸市美術館リニューアルを機に、相互に連携しながら情報発信する「AOMORI GOKAN」が本格的にスタートした。
八戸市美術館はもちろんのこと、アーティスト・イン・レジデンスや展覧会、教育普及を目的とした「国際芸術センター青森(ACAC)」、個々の展示室を“アートのための家”として独立させた「十和田市現代美術館」 など、県内5館それぞれ異なる特性やその魅力を発信。アートを軸とした旅や散策を提案している。佐藤氏は「青森県というエリア内でこれだけ性質の異なる美術館が5つもあるというのは、東京や海外と比較しても大きな魅力では」と話す。
さらに八戸市美術館ができたことで、八戸市の関係人口も増えた。館長の佐藤氏、ディレクターの吉川氏はもちろんのこと、建築チーム、美術館スタッフなど、もともと八戸の出身ではない人々が関わることで、まちに活気が生まれている。
佐藤氏「八戸のみなさんは、外から来ている人たちに対しても非常にフラットに接してくれるんです。
まちの人たちからはどんどんいろんな提案が出てくるので、それを受け止めるような関係性を持ちながら、八戸らしい美術館にする。それを見た他の地域の人や世界の人たちが、こういう美術館もあり得るよねと思ってもらえる存在になれたら」
これまでの美術館は、お金を払って美術作品を観に行く場だった。日常の喧騒から離れ、作品と対峙することで、新たな視座を獲得できる。しかし、八戸市美術館はそれだけでなく、私たちの日常と陸続きの場であると感じさせられる。
吉川氏「みんな『美術館は非日常の場』と考えるけれど、『自分たちの日常の中にある豊かさを発見する場』でもいいと思うんですね。でも、今の日本の美術館には、そういう機能はほとんどありません。芸術に興味のない人々は『自分の日々の生活と関係ないじゃん』と思っている。
知り合いに漁師さんがたくさんいるんですが、普段は美術館に行かない人たちも多くいます。でも、漁師さんたちがアーティスティックではないかというとそんなことはなくて、命や自然と人間との関係性について含蓄のあることを言ったりもするし、漁のためにこしらえる仕掛けや大漁や海上安全への祈りの形はとても美しい。
自分たちの暮らしの中に内包されている哲学が、美術館という場を介して顕在化していくことで、ほかの人もそれを受け取れるようになる。そうやって『ギフト』を受け渡しあうことで、毎日が豊かになっていくのでは」
「種を蒔き、人を育み、100年後の八戸を創造する美術館」というコンセプトを掲げ、100年後を見据える八戸市美術館は、未来に何を残し、何を育もうとしているのだろうか。
佐藤氏「前の美術館から引き継いだコレクションを未来に向けて収蔵していく一方で、今生きている人たちにそれを見せていく役割があります。展示を観ていただくことによって、八戸という町を再認識する場所にできたら。
また、制作のプロセスを重視するアートプロジェクト以降の動きとして、アーティストが八戸で制作した作品をどのようにアーカイブできるかについても考えていきたいです」
吉川氏「本来、クリエイションって格差と無関係なんですよね。歳も関係ないし、貧しくても金持ちでも関係なく、すごくフラットになれる。クリエイションを中心としたコミュニケーションの場は、これからの社会に可能性を持っていると思うんです。それこそ、100年後に向けてこの動きが広がっていけば、とても豊かなことなのではないでしょうか」
取材中、「豊かさ」というワードがたびたび出てきた。吉川氏は、「例えば山車組の手伝いに行ったとき、どんなに手作業が不得意でも、とりあえず受け止めてもらえるような懐の深さがある。人が認め合うことが豊かなことだと思うし、現代を生きる私たちに足りてないことでもある」と話してくれた。
他者が他者として出会い、関わり、互いを認め、認められること。この豊かさこそ、100年後にもつないでいきたい「ギフト」であろう。
執筆/栗本千尋 編集/大矢幸世 撮影/蜂屋雄士