オイシックスと大地を守る会が経営統合し、2017年10月に始動したオイシックスドット大地。2018年2月には、らでぃっしゅぼーやもグループに迎え、自然派食品宅配で圧倒的なシェアを持つグループとなっている。
こだわりの食材を販売するイメージの強い「Oisix」だが、ここ数年では20分で主菜と副菜が作れるミールキット「KitOisix」で利用者を伸ばしている。2013年7月に開始した“KitOisixを中心に届ける定期宅配コース”の会員数は6.6万人、累計出荷数は900万食を突破した。(2018年2月時点)
ミールキットは、日経トレンディの「2017年ヒット商品ベスト30」の4位にランクインするなど、いま注目を集める分野にもなっている。
そんなオイシックスドット大地(当時オイシックス)は、ユーザーエクスペリエンスの向上を目的としてUX室を数年前に立ち上げているが、2017年4月にCX室に名称を変更している。
これまでの役割として、ウェブサイトやアプリ上でのUX改善に留まっていたところを、それ以外の接点である広告や商品配達時、調理時などの想定できる様々な接点を含めたサービス体験を高めるべく始動した。
今回はKitOisixが求められる背景と、愛され続けるために同社が提供する顧客体験について話を伺った。
手軽さだけでなく作っている人の満足が大事
―― 現在Oisixはどのようなところが評価されているのですか?
上堀:18年前に創業したときは、“安心・安全な野菜をネットで買う”というカルチャーがまだまだない時代だったので、そのようなところが評価されていたのですが、ネット通販も普通になり環境が変わる中で、いまはKitOisixというミールキットが評価されて、お客さまの数が増えています。
世の中も世帯も変わり、共働きが普通になってきているので、お忙しい方が増えているんですよね。
以前は調理スキルが高かったり、時間に余裕のあるお客さまが多かったのですが、今は 安心・安全には気を遣いたいけれども調理する時間がないとか、「あんまり料理は得意ではないけど、子どもにはちゃんとしたものを食べさせたい」といった方など、お客さまが変わってきています。
そんな中で、献立を考えずに、短い時間で作れるKit Oisixが非常に評価されていますね。
―― いまは料理の負担を減らしたいというニーズが強くなっているということですね。
上堀:そうですね。以前は“こだわりの野菜を通販で買う人”ということで、時間に余裕があり、比較的料理スキルも高く、お料理が好きな人が多かったのですが、キットコースに関しては8割の方が仕事をしている人です。子どもがいらっしゃる人も7割ぐらいいらっしゃいます。
そのような人たちにも「使いやすい、使い続けていただきやすい、安心・安全な食卓って何だろう」ということを追求しているところは、ご評価いただいているポイントではないかと思っています。
―― KitOisixが生まれたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
上堀:KitOisixをはじめる前、Oisixを続けられない人の多くが「使い切れない」という理由を挙げていました。使い切れなかったときのショックが大きいというか、いい野菜をダメにしてしまった自分に罪悪感を感じてしまって、「それが嫌なんでやめます」といった人が増えていたんですね。
「続けたいのに続けられないって理由は何か」を追求したことが、サービスのきっかけになっています。
高橋:当時から働く女性が増えてきていて、「何を作ったらいいかわからない」という悩みがあることを代表の高島も感じていました。だから、いい食卓を作るためのショートカットをどう作れば良いのかを検討していました。
KitOisixができる前にも、レシピから商品を選べるようにするなど、いくつか試して失敗を繰り返した結果、1個の商品にするところに辿りついたんですね。それからテスト販売を経て2013年にグランドオープンしました。
―― ある意味ユーザーにとっては、理想と現実に悩まされていたというか、この食材を活かしておいしいものを作りたいけど、使いこなせないという悩みがあったわけですね。
高橋:安心な野菜を使う人って、お子さんとか旦那さんにいい物を提供したいという本質的なニーズがあるのですが、働く女性がどんどん増えている中で、かい離がどんどん大きくなっていた側面があります。そこを埋める必要がありました。
―― ミールキットは20分以内に作れることを基準にしていると伺いましたが、もっとラクしたいというニーズもあるんだと思いますが。
上堀:「クイック10」といって、10分で作れるシリーズもちょっとずつ出してはいるのですが、当社としてはあまりクオリティーを毀損したくないというところがありまして、20分がそのギリギリのラインとして最初に設計したところがあります。
あまりにもレトルト感が出てしまうと、「じゃあ、レトルト買うよ」「じゃあ、お総菜でいいじゃん」「冷凍食品でいいじゃん」といった声が寄せられるので、そこは結構気をつけているポイントですね。
世の中にはもっと短時間で作れるミールキットもありますが、Oisixでは“作った満足感”とか“新しいレシピに出会う楽しみ”なども大事にしています。作っている人が「私が作った」という実感があるのかどうかは、結構重要で気を遣っている部分です。
戸田:後ろめたさ解消という感じですね。
上堀:そうです。“後ろめたさ”や“罪悪感”の解消は、サービス設計のキーワードになっています。
―― 確かに、私自身は妻に作ってもらった料理に対して手抜きだとか考えたことはないのですが、妻は気にすることがあったようです。
上堀:お客さまの声を聞いて思うのですが、旦那さんが特に気にしなくても、作っている方が納得できないところがあるようですね。
ハンバーグも最初は自分でこねるタイプのものだけでしたが、冷凍の温めるタイプのハンバーグも入れてみたりもして、探り探りやっています。
「これだったらレトルトを買います」という意見が寄せられる場合は、「ちょっとやり過ぎたかな」と引っ込めることもあって、お客さまの声を聞きながら毎週サービスやメニューを設計している感じですね。
商品の選択はわずか8分で行う
Oisixは定期宅配サービスのため、何もしなくても毎週おすすめの商品が届くサービスとなっている。しかし、実際はほとんどのユーザーが毎週自分の好みの商品に入れ替えてサービスを利用しているようだ。
Oisixの定期会員の3割を占めるキットコースの利用者では、約8分で十数品の買い物を済ませているというデータもある。
―― 意外と買い物時間が短いとお聞きしたのですが、実際どのように使われているのでしょうか。
高橋:コースによって買い方は違うのですが、「KitOisix献立コース」のユーザーが使うデバイスとしては、圧倒的にスマホのウェブやアプリが多くて、購入時間も早い人だと8分以内に終わらせるというのが、象徴的な買い方です。
なぜ短いのかといいますと、背景として忙しいということがもちろんあるのですが、一つ大きい理由として、“毎週の定期購入なので極力時間をかけたくない”という面があります。
だから、そこはすごく短くしたいですし、洋服などと比べて一品一品の購入単価も高くないので、そんなに意思決定に時間をかける必要もないということがあります。
うちとしても“時間をかけたくないところにはかけさせない”という努力をしたウェブサイトにしているので、そういったこともあり短い購入時間になっています。
それは、結果的にお客さまの満足度を上げているという流れになっていますね。
―― 私のイメージではこだわりの食材ということで、時間をかけて決められているのかなと思ったのですが、そうではないのですね。いかに短い時間で最良の選択をしてもらうかというところで工夫されているのですね。
戸田:私たちも以前は、お客さまが食材などの商品の詳しいところまで知りたくて、じっくり見て選んでいただいていると思い込んでいたのですが、お客さまインタビューを積み重ねていくうちに、どうやらそうではないことがわかってきました。
毎週木曜日に定期ボックスにおすすめの商品が入るのですが、お客さまはまずそこから要らない商品を抜くことから始めるらしいんですね。
そのあとに、送料無料になる金額に足りない分を、ほかの商品を購入して穴埋めしていくという行動パターンがあることがわかったんです。
じっくりと見ているどころか、穴埋めでパパッと見てお客さまは購入しているんですね。
足りない分の商品を選ぶ際には、スマホでサーっと見るわけですが、そこでいかに「おっ」と目をとめてもらって、満足してもらえるものに出会ってもらえるかの勝負なんです。
うちで扱っている食のおいしさって、左脳ではなくて右脳の感覚で伝わるので、やっぱり写真の力はすごく強いと考えていて、重要視しています。
―― ある意味、何を作るかということを考えなければいけないというところで、できあがった物が、パッとこんなものが作れるみたいなところがわかるとか。そういったところも大事なのでしょうか。
戸田:お客さまが増えてきて料理スキルの幅がだんだんと広がっている中で、結構いろいろな商品がOisix内にあるのですが、「どうやって使ったらいいのかな?」と、パッと見てわからないような商品も結構あったんですよ。
例えば、から揚げの素の商品があるのですが、以前は出来上がりのイメージとパッケージの写真しかなく、手軽に作れることがいまいち伝わっていませんでした。
実際には、ビニール袋に素を入れてもみ込んでから、10分ぐらいで美味しいから揚げができる商品で、よく読めば使い方が書いてあるのですが、直感的にはわかりづらかったんですね。
実際にビニールに入れてもみ込んでいるイメージを挿入したところ、から揚げ単体の売上げが4倍ぐらいになりました。お客さまに使い方を理解していただくことができ、それが購入につながったのだと思います。
実際にそうやって調べていくと、すごく魅力的で使いやすくおいしい商品がいっぱいあるんですが、それがまだいまいち伝わりにくいページ設計になっていたんですね。
そこをより素早く理解していただくということを意識しながら、ページの構成やデザイン、写真のディレクションを行なっています。
―― ある意味、おいしそうというのも大事だけど、作りやすさを伝えるところも大事だったりするんですかね。
戸田:物によりけりだと思っています。時短と叫ばれている世の中であっても、料理に時間を費やしたいというお客さまもいるんです。
「もっと本格的な料理を作りたいんです」というニーズに応える商品に関しては差別化して、安く見せちゃいけない商品は、高級感を出したりとか、その商品によって見せ方を変えていきます。
高橋:VIP会員向けのページでは、古くからある表現ですが「このたまご箸でつかめます」という明らかに商品の違いがわかるようなコンテンツを差し込んだりしてこだわりも見せるようにしています。
普段使っているようなページだと、キットのお客さまが多いので、簡易的に作れそうというのは確実に必要なんです。一方で、食卓を華やかには絶対にしたいので、「簡単そうで、華やかになれる」という二つを写真から読み取れるよう、よく議論しています。
戸田:でも、最終的にはおいしそうというところは絶対に担保しています。「時短プレミアム」というワードが社内で毎日のように言われていますが、簡単そうな料理って下手すると簡素な写真になってしまうので、「写真としてすごくおいしそうだけど、実は簡単に作れる」と感じてもらえるようにしたいですね。
上堀:「メシマズ」みたいな言葉もあるじゃないですか。早いけどおいしくないとか、見た目が悪いというのはやっぱりダメですよね。
おいしそうな料理をいかに簡単に実現するかというところは、キットはもちろん、キット以外もすごくこだわっています。
食材を届けた先も見据えてサービスを設計する
―― 満足した料理にするためには盛り付けも重要ですよね。
戸田:最近は撮影のときにそこも意識するようにしていて、カスタマーエクスペリエンス室というところでは、カスタマージャーニーというのを作って、お客さまが商品を選んで、買って、料理するところまでで、どういうニーズがあるのかということをちょうど調べていたところです。
そこでも「盛りつけが素敵にできる方法を、お客さまは知りたいよね」ということで意見が一致しました。インスタに撮ってアップしたいというニーズもありますし。
この間は、サーモンサラダを写真として撮ったのですが、サーモンを放射状に並べると見栄えがよくなるというところを、言葉ではなく写真として見せることで、「こうやってサーモンを並べると、ちょっと見栄えいいじゃん」というのを感じ取ってもらえるように工夫しています。
―― CXの観点でいえば、食材を届けて終わりではなくて、作る過程とできあがった状態をいかにうまくしてもらうかというところも重要ですね。
高橋:そうですね。購入していただくことがゴールではなくて、それを使っていただいて、おいしいと思っていただいて、また買いにきていただくというサイクルを作りたいので、そこまでを見越した施策というのは、考えるようにしています。
―― 「VIP会員」の存在がうまくお客さまに伝わっておらず改善に取り組まれたとお聞きしたのですが、どのような取り組みだったのでしょうか。
戸田:入会から半年以上経っていて、かつ購入金額が“ある一定以上”を過ぎるとOisixではVIP会員になるのですが、お客さま自身はそもそも自分がVIPだということに気づいていない状況があったんですね。
上堀:もともとは「あなたはVIPですよ。VIPの人しか見ることができないページも見られますよ」ということをお伝えすることによって、モチベーションを上げたいという企画だったのに、そもそも自分がVIPだと気づいていないので、VIPのページも見られていないという状況があったんです。まずお客さまにこのページをお知らせする必要がありました。
戸田:購入金額や閲覧数も下がっており、いわゆるモチベーションが下がっている状況があったので、“自分がVIPであることを気づいてもらう”ための改善に着手しました。
「〇〇様向けの商品を用意しました」と名前を大きくした上で特別な提案であることを伝えることで、「VIPだったんだ」って気づいてもらう。VIP会員向けには、他とはひと味もふた味も違う商品を扱っているので、写真のテイストなどの見せ方も工夫しています。
―― 定期宅配サービスにはどうしてもマンネリがあると思うのですが、どのように取り組まれていますか。
上堀:マンネリは、もちろんいまもまだ課題なので、完全に解決できているとは思っていないのですが、お客さまのそういう声はもちろんあるので、それに対して対策はずっと打ってきていますね。
KitOisixは、できて5年ぐらいなんですが、メニュー数は本当にどんどんと増えていて、いまは週に20メニューぐらいが選べるようになっています。
基本は「2品で20分」というコンセプトはぶらさない中でも、10分で作れるもの、イベントなどの特別メニューで30分くらいかかるもの、単品のもの、冬は鍋のものがあったりなどシリーズを増やしたり、ハロウィン、ひな祭りなどのイベントごとのご飯が作れる非日常感を入れたりもしています。バリエーションを増やすことで飽きずに使っていただきたいなと考えています。
一方で、お気に入りのメニューをまた食べたいというお声もあるので、そこのバランスがすごく難しいです。毎週あると「同じものがまたある」となってしまうので、一部メニューを除いて基本は1回出したメニューを最低2カ月は空けるルールを決めて、そこのバランスを気をつけています。
高橋:芸能人が考案したメニューや、子どもと一緒に作る時間を組み入れたキットも提供していますね。
上堀:梅ジュースとか味噌作りとか、手仕事みたいな違う路線のシリーズですね。時短とはちょっとかけ離れているように見えるんですけど、こういうものも結構ニーズがあります。「丁寧な暮らし」とか「ちゃんとしたことを、自分でイチから」といったものですね。
「梅とかは買ってくるのは嫌だけど、揃えてくれるならやってみたい」というお声もあるので、そのようなシリーズは増やしています。
―― 普段はラクしたいけど、週1回ぐらいは何か凝ったものを作って、すごく満足するというのも一つの必要なことなのかもしれませんね。楽をさせてばかりすると、飽きてしまったりとか、料理の楽しさが損なうというような。
上堀:「楽しい」と言っていただくことが多くあるのですが、それがほかのミールキットさんとの違いだと思ってやっている部分があります。「楽しい」「新しいメニューを学びました」というお声をすごく大事にしています。そういうものがないと義務感になってしまって、結局飽きてしまいますので。
―― ありがとうございました。
撮影/畠中彩