新潟・燕三条に本社を持つ家電メーカー、ツインバード。
同社はいま驚くほどの変革を遂げている。
かつては「カタログギフトで目立つブランド」「安さが取り柄のジェネリック家電メーカー」と言われたが、大きく様変わり。
コーヒーの名店「カフェ・バッハ」田口護氏の監修のもと作りあげた「全自動コーヒーメーカー」は4万円ほどにもかかわらず、一時品切れになるほど大人気だ。昨年11月発売の「中身が見える冷蔵庫」は、センサーに触れるとドアが透けて中身が見渡せる斬新な仕様で話題になった。
高い技術をリアルな生活者の視点に落とし込む。そんな絶妙な立ち位置の“イケてるブランド”に変わりつつあるのだ。
ツインバードに何があったのか?
2021年に行われた「取扱商品を半減」「2つの商品群への仕分け」、昨年10月の「社名変更」といった大胆なリブランディングをカギに、同社のものづくりの凄みに迫る。
変化に「イエス」と応え続けるDNA
下請けのメッキ加工業――。
それがツインバードのルーツだ。
創業は1951年。江戸の頃から金属加工が盛んで、「ものづくりの町」として数千に及ぶ金属加工工場が集積する、新潟県燕三条地域で生まれた。
1970年代には自社ブランドをスタート。金属加工技術を活かして洋食器をつくりはじめ、ビュッフェなどでみかけるデコラティブなデザインが特徴的な「ナポレオントレー」というヒット商品を出す。
ヒットの要因は質の高さと独自性もあったが、何より「お客さまの要望に応える」、マーケットインの姿勢を持っていたことが大きい。
ナポレオントレーは、そもそも取引先の販売代理店に「ギフト用に食器用トレーをつくってみたら」とアドバイスされ、つくったものだ。それが冠婚葬祭の引き出物として人気になった。
「この頃にギフト市場に販路を築いたことが、今につながる起点になりました」とツインバード取締役でマーケティング本部長の浅見孝幸氏は言う。
浅見氏「家電をつくりはじめたのも、ギフトがきっかけですからね。急成長していたギフトマーケットで、問屋さんから『同じものばかりだと飽きられる。何か違ったもの、たとえば家電などを作れないか?』と相談を持ちかけられたのです」
だからといって、「はい。わかりました」と洋食器ブランドが家電メーカーにピボットするのは、容易ではない。
ここでものづくりの街=燕三条の底力が活きる。
燕三条地域には、金属加工技術から派生したプラスチックなどの成形工場や、家電に使うモーターや電子基板などを手掛ける工場もあった。ツインバードは、こうした周辺の企業の協力を得ることで、自社で企画した家電を開発・製造できるようになったのだ。
浅見氏「マーケットインだけでは、本当に良いものは作れません。共創する企業も含めて、自分たちの高い技術力を信じている。この両輪があるからこそ、支持される商品は生まれる」
こうして既存の大手家電メーカーがあまり手掛けない「防水ラジオ」「多機能ランタン」といったアイデア家電や、デスクライトやオーブントースター、靴乾燥機といった1万円以下の価格帯でギフトに最適な小物家電を多く手掛け、知られるように。とくに80年代後半から急速に増えたカタログギフトの定番ブランドとなった。
金属加工からスタートしたツインバードは、大手家電メーカーとは違う、独自の立ち位置を持った家電メーカーとして地位を確立していった。
浅見氏「『変化に対して常にイエスと応える』DNAがあったからこそ、だと自負しています」
もっとも、他の家電メーカーとは一線を画す生態系で伸びてきただけに、ツインバードにはひとつの課題があった。
「ブランド力」だ。
ギフトマーケットで存在感を放つ、大手があまり参入しない家電製品を低価格で売る――。
それを下支えする優れたマーケットインの姿勢と高い技術力はあっても、エンドユーザーが受ける印象は「低価格専門の中小ブランド」といった認知が圧倒的。
ポジティブな声でいえば「コスパの高い家電メーカー」との声が圧倒的だった。あるいは、低価格帯であることから「ジェネリック家電」などと揶揄する声まであった。
浅見氏「そこで2011年に現在の代表である、3代目の野水重明が事業承継したことを機に、ブランディングとダイレクトマーケティングを戦略の中核に据えました。小物家電だけはなく、より競争の激しい電子レンジや掃除機といった白物家電も手掛けるようになったこともブランディングの必要性を高めたと思います」
背景にあったのは、主力であったギフト市場をはじめ、大量生産・大量消費の時代ではなくなり、少子高齢化や「モノからコト消費の潮流」に影響を受けた市場の変化だ。
既存の大手家電メーカーとともに、近年、存在感を増し始めた企画・デザインに特化したOEMでスタイリッシュな製品を世に問うデザイン家電などとも一線を画す、「ツインバードらしさ」を確立しようと考えたわけだ。
「心にささるものだけを。」に込めた思い
リブランディングは2010年代半ばに、丁寧なインナーブランディングから進められた。
自社のパーパス(存在意義)はなにか、バリューは? ビジョンは? と経営陣と共に社員が話し合い、あらためて「ツインバードらしさ」を突き詰めていった。
そのうえで定められたのが、ユーザーに約束するブランド・プロミス=『心にささるものだけを。』だ。
既存の家電メーカーのあり方に対するアンチテーゼにも聞こえる。
成熟しきった家電業界は、供給する側の“当たり前”と、ユーザーの本当のニーズとの乖離が少なからずある。洗濯機でも掃除機でも、もう機能的にはほぼ十分なところまで行き着いているにも関わらず毎シーズン、機能を盛り込んだ新製品を投入。前シーズンのモデルの値下がりを、補完するかのように値上げして提供されるからだ。
浅見氏「個人的には、それは企業の都合でしかなく『生活者不在』のビジネスだと思う。ただ機能を積み上げた値段の高い商品をシーズンごとに投入するのは、ユーザーの方々が望んでいることではない。ようは“ささらない”。メーカー側も、疲弊するだけですよね」
そこで、ツインバードは長いライフサイクルの製品を適時に提案するスタイルを続けることにした。既存の家電メーカーとは一線を画し、本質的な価値を届けるために業界のルールとは異なった戦略を選んだともいえそうだ。
さらに自社製品も見直し、600にまで膨れ上がっていた商品数を、半分の300以下に減らす大胆な改革も実施した。
まさにユーザーの「心にささるものだけ」に絞り込んだわけだ。
浅見氏「カタログギフト市場における『他にはない珍しい商品を』という要望に応えてきた結果、商品が多彩になりすぎた側面がありました。あらためてエンドユーザー、生活者の方々に目を向けて「本質的な価値のある商品」に絞ろうと考えたのです。結果としてサプライチェーンが最適化され、収益力もあがります」
絞った商品群は、さらに2つのブランドラインに仕分けた。
1つは「感動シンプル」だ。
メーカー都合の「やみくもに機能を足していく」製品ではなく、生活者が求める本当に必要な最小限の機能だけをシンプルに追求して実装。結果として長く愛用してもらえ、真にユーザーに「感動」を与える商品群だ。
代表的な製品が「コードレススティック型クリーナー」だろう。
1.4kgと軽量のボディは、オリジナルの関節ジョイント構造とボールキャスターをつけることで、抜群の小回りを誇る。それでいて一色のシンプルなデザインはスタイリッシュですらある。
「スチームオーブンレンジ」もそうだ。
上下で包むWスチームを搭載することで、せいろ蒸しのしっとりとした仕上がりを実現した製品。もっとも、これまでのオーブンレンジにありがちな「使わないレシピメニュー」や「多彩すぎて複雑な操作」は徹底して排除した。誰でもカンタンに蒸し料理をできるようにしたわけだ。
浅見氏「時代や生活者のニーズから、機能満載ではなく、生活者の不をもっともシンプルな形で解決する製品群を『感動シンプル』と定義しました」
もう1つのブランドラインが「匠プレミアム」である。
こちらはある種、感動シンプルとは逆の発想の商品群。余計なものを削るのではなく、日本が誇る「匠の技」をツインバードの持つ高い技術力によって、家電製品として再現し、盛り込む試みだ。
匠プレミアムの製品は現在2つ。前出の「カフェ・バッハ」田口護氏監修による「全自動コーヒーメーカー」、そしてヘッドスパ美容研究家・山本幸恵氏監修の「防水ヘッドケア機」だ。
「防水ヘッドケア機」はとくにユニーク。20年間で3万人の頭に触れてきた山本氏の“神の手”のような技術を美容家電に落とし込んだ。
浅見氏「山本先生の指にセンサーをとりつけて、すべてデータ化して取り入れました。面白かったのは、山本先生の指の動きのリズムが60ヘルツだとわかったこと。心臓の心拍のリズムとほぼ同じだったんです。だから皆が心地よさを感じて、効果が高いのではないかとわかった。こうした、データ化しづらかった匠の“暗黙知”を家電に落とし込んで、次世代に残していくのは、高い技術力を持つ我々の使命と考えていました」
2つのラインを発表したのが、2021年11月。創業70周年を機に発表したリブランディングの目玉施策でもあった。
またこのときブランドロゴの変更も実施。翌年には社名も以前の「ツインバード工業」から「ツインバード」へと変更した。社名から「工業」をとったのは、家電にこだわらず「心にささるもの」を提供していきたいという思いからだ。
家電メーカーの域を超えて、ライフスタイルメーカーを目指す、力強い表明だったわけだ。
身近な生活者の視点で、ゼロベースからものをつくる。
リブランディングによって、再定義されたツインバード。
前後して、長年手掛けてきた独自の冷却技術「フリー・ピストン・スターリング・クーラー(FPSC)」を活用したワクチン運搬庫「ディープフリーザー」が、モデルナワクチンの接種会場への運搬に採用され、ツインバードの名がさらに注目された。
そのうえで昨年10月に発表した2つの新作冷蔵庫は、ツインバードらしさに溢れたものだった。
「背伸びせず使える冷蔵庫」と「中身が見える冷蔵庫」だ。
前者は通常の350Lクラスの冷蔵庫の平均の高さより11cmも低くするなど、計算されたプロポーションで(※1)、小柄なユーザーやシニアが使いやすいようにした冷蔵庫。後者は高さが低いうえ、扉のセンサーに触れるとハーフミラーが透けて、ドアを閉めたまま中身が見える機構を入れた。無駄な開閉を減らして省エネにも貢献する冷蔵庫だ。
※1/2022年10月現在330L~380Lクラス・国内販売・ツインバード調べ
どちらもユニークで、高い技術によって成し得たものではあるが、何より「身近な生活者の視点を取り入れて、ゼロベースで作り上げたこと」こそに、リブランディング後の“ツインバードらしさ”がある。
浅見氏「着想のきっかけは弊社のプロダクトデザイナーの実体験です。彼が実家の冷蔵庫をみたとき、奥のほう、とくに上段に賞味期限切れの食材が放置されてあった。よく観察してみると、高齢のお母様は冷蔵庫が高過ぎて、背伸びして覗き込んでも上段の奥まで見られない。『大容量』は満たしていても『日常の使い勝手』という意味では不便と不満があったのです」
そこで大容量冷蔵庫の“当たり前”を見直すことからスタート。ゼロベースで考え、高さが低く、奥行きが浅く、幅が広いという手と目が届くプロポーションに行きついた。
既存の家電メーカーの場合、使い勝手よりも「限られた設置スペースでどう大容量を実現するか」と考えそうだ。しかし、あくまで生活者視点、使い人目線で「形から変えていかなければ生活者の不自由は解消されない」と発想したからこそ、ユニークな冷蔵庫デザインにたどり着けたわけだ。
この徹底した“生活者目線”がツインバードが「心にささる」ものづくりを実現できている礎だろう。それはまた周囲を巻き込む原動力にもなっている。
前述した「匠プレミアム」ラインのもうひとつの人気商品「全自動コーヒーメーカー」。「カフェ・バッハ」の店主で、コーヒー業界ではその名を知らない人はいない田口護氏との共創によって、田口氏の抽出の技を落とし込んだ製品だ。
田口さんには、これまでも多くのメーカーから「監修を頼みたい」などの依頼があったが、製品化までを共に取り組める企業はなかったという。
なぜツインバードにはイエスと答えたのか?
浅見氏「弊社の担当者は田口さんと打ち合わせをする際に、『田口さんのこだわりをすべて実現したい。自分の父親も母親も、大事な子供も使うから、中途半端なものにしたくない』と言ったそうです。自分と自分の身近な人たちを含めて、ものをつくる人間が生活者と乖離していない。そこに共感していただいたと伺っています」
燕三条の高い技術を、まっさらな生活者目線とかけあわせる――。
ものづくりとその姿勢からあふれるツインバードのブランディングは、じわじわと共感の輪を広げ、時間が経つほどに多くの人々の心にささっていくに違いない。
メッキ加工業からはじまったDNAは、磨き上げられてこそ輝く。
執筆/箱田高樹 撮影/タケシタトモヒロ 編集/浅利ムーラン、鶴本浩平(BAKERU)