幼少期、誰もが工作で遊んだはずだ。牛乳パックやトイレットペーパーの芯、空き缶、ペットボトル、ダンボール——。身の回りにありふれた材料を加工して、さまざまなおもちゃに仕立て上げる。見本をもとにつくってみたり、自分の想像したものを創造してみたり。工作に没頭した人もいれば、不器用で苦戦した人もいるだろう。たとえ得手不得手や好き嫌いがあっても、工作という遊びの時間を思い出すと、誰もがある種の感慨に耽るに違いない。
そんな工作という遊びの喜びを、30年以上にわたって子どもたちに伝えるのが、“わくわくさん”こと、久保田雅人さんだ。工作の本当の楽しさや、遊ぶ体験の魅力を“工作の伝道師”に聞いてみた。
(この記事は2023年7月20日(木)に発売された『XD MAGAZINE VOL.07』より転載しています)
子どもは嘘を見抜くから、大人は本気で遊ばないとダメ
久保田雅人さんは、平成2年から平成25年まで、23年にわたってNHK教育テレビ(現Eテレ)の工作番組「つくってあそぼ」に“わくわくさん”として出演していた。わくわくさんは“世界をまたにかけて活躍するデザイナー”で、クマの男の子・ゴロリくんというキャラクターのお願いに応えて、工作を発明するお兄さんという設定だ。
楽しそうにつくって遊ぶわくわくさんとゴロリくんは、現在の20~30代にとって、馴染み深い存在だろう。「つくってあそぼ」の終了後も、久保田さんはわくわくさんとして、YouTubeやワークショップで子どもたちとその親に、工作の魅力を伝え続けている。もともと役者だった久保田さんにとって、この役は天職となった。
久保田さん「子どもの頃から工作は大好きでしたね。牛乳パックやトイレットペーパーの芯で、船をつくるんです。そこまでは誰でもやる。でも私はつくった船のデッキに手すりをつくったんですよ。爪楊枝を差していって、その頭にタコ糸まで巻き付けて。小学校低学年でそこまでやる子はいないので得意げでしたよ。中高生になるとプラモデルブームがやってきて、組み立て塗装は当たり前。改造まで手を出して、飛行機のコックピットまで精巧につくっていました。
一方で、大学時代は落語家にもなりたいなと思っていたので、手先を動かしながら喋り続ける“わくわくさん”という仕事は、私にぴったりでしたね。とはいえ、60歳過ぎてもこの仕事をしているとは夢にも思わなかったな(笑)」
もちろん、久保田さんはわくわくさんになるまで、子どもに説明しながら工作をする経験なんてなかった。そこで番組が始まるまでの数ヶ月間、彼は保育園や幼稚園での武者修行に励んだ。「つくってあそぼ」はスタジオ収録で、子どもの前で実際につくる番組ではなかった。だからこそ、子どもたちの生の反応を見ながら、「わくわくさんのやり方」を探った。
久保田さん「自分で電話して園に伺い、実演をやらせてもらいました。頭の中でシミュレーションしてるだけではダメなんですよね。やってみて初めて分かることがたくさんある。放送が始まってからも、いろんな園を回りました。そこで気づいたのは『子どもは嘘を見抜く』ということ。大人の私が本気で“つくってあそぼう”を楽しんでいるかどうか、子どもたちは簡単に見破ってしまう。
だからゴロリくんと一緒に工作をして、ゲームで遊ぶ際も本気でやりました。だけど、ゴロリくんが本当にうまいんだ! 着ぐるみなのに彼は本当に器用で、私は全然勝てなかった。しょっちゅう私が負けて悔しがっていた姿を覚えている人もいるんじゃないでしょうか(笑)」
「つくりたい気持ち」はいつの時代も変わらない
「つくってあそぼ」で紹介されてきた工作は数え切れないほどある。使う材料はあくまでも身近なもの。牛乳パックや空き箱、トイレットペーパーの芯、ペットボトルなど、子どもたちが日常的に触れているものが、工作によって、ふしぎな動きをするおもちゃや、遊んで楽しいゲームに変身する。ゴロリくんとともに、おもちゃやゲームをつくり、とことん遊ぶことで、子どもたちを魅了していた。
しかし23年間で、久保田さんが本気で満足できた回は数えるほどしかないという。
久保田さん「工作自体は、造形作家のヒダ・オサム先生のアイデアなので良いものばかりでした。ただ、私の説明が至らなかったんですな。いつも反省でしたよ。ここの手順はもうちょっと丁寧に見せればよかったとか、せっかくゴロリくんが話を振ってくれたんだから乗っかればよかったなとか。自分でもイカンなぁと思ったのは、ある時期に擬音が多くなったこと。ギュッギュッギュ! ニュッニュッ! とか言ってね、聞いているぶんには面白いけど、なんの説明にもなってない(苦笑)。
『つくってあそぼ』というタイトル通り、私たちが目指していたゴールは、番組を見た子どもたちが『つくって遊んでみたい!』と思い、実際に工作をして、完成したおもちゃで遊んでくれることだったんです。だから『これならぼく/私もつくれそうだな』と思ってくれるように、つくり方は分かりやすく紹介しなくちゃいけない。そして出来上がったおもちゃやゲームで遊ぶ楽しさを伝えるために、私とゴロリくんは本気で遊んでいました。でもやっぱり、手応えがあった回は本当に少なかったですね。過不足なく工作の魅力を伝えるのは大変でした」
現在も久保田さんはYouTubeで工作を発信し続けている。平成の初めから令和に入ってもわくわくさんとして子どもたちと向き合っている。そんな久保田さんは、「時代が変わっても、子どもの『何かをつくりたい』という気持ちは変わらないんです」と語る。
久保田さん「ワークショップをやると、親御さんに無理やり連れてこられてふてくされているような子どもも当然います。そういう子は、私の説明を無視して、ラクガキを始めたり、別のものをつくったりする。でも私は止めません。だって、彼らは手を動かしているから。見てみるとけっこういい感じの絵を描いたりしてるんですよ。そういうときは、『面白いね!』と声をかけ、『ここに線を足すと、もっと面白いかも』と一言添える。
そうやって子どもの何かをつくりたい気持ちを肯定してあげると、意外と食いついてくれるもんです。いつの時代も子どもたちは『何かつくりたい』という気持ちを絶対に持っている。それを上手に育んであげるのが大人の役目です」
子どもの工作意欲を伸ばすために大切なのはアドバイスだけではない。ハサミやセロハンテープといった道具が、子どものやる気を左右すると久保田さんは言う。
久保田さん「いつも親御さんに伝えるのは、安価な道具は大人が使うものだということ。例えば、100円ショップのハサミは力加減だったりサイズだったり、子どもにとってはちょっと使いにくいものが多い。だからといって、何も高級なものを買う必要はありません。スーパーや文房具屋に売ってる400~500円のもので十分。ハサミも大きいものの方が子どもは使いやすいんですよ。セロハンテープもちゃんと台のついた、歯が金属タイプのものがいい。小さいプラスチック製のものだと子どもはうまく切れません。使いにくい道具はケガのもとですし、何よりうまく使えないことで子どもが『自分は不器用だ』と思い込んで、工作がつまらなくなってしまう。道具のせいでやる気がなくなったら、もったいないですよね」
また、最近は刃物の使用が危ないといって、工作をさせたがらない親も増えているそうだ。しかし久保田さんは「子ども自身がケガをしないように注意して工作することが大切なんです」と話す。
久保田さん「ハサミの使い方を覚えるのも、刃物は危ないと緊張感を持つからですよね。それに、語弊があるかもしれませんが、ケガをして初めて知ることもたくさんある。こんなに痛い思いをするから、刃物を友達に向けちゃいけないんだなと知るんですよ。危険に無知で、痛みを知らずに育ってしまうと、不意に人を傷つけてしまったり、自分の身体を大事にできなくなったりして、危ないんじゃないかな」
ミスが許されない社会人こそ、遊びが必要
現在、久保田さんは公式YouTubeチャンネル「わくわくさんの工作教室」で発信を続けている。最初はいわゆるYouTubeらしい企画動画や、有名YouTuberとのコラボレーションも行っていたが、現在は原点に返り「工作の魅力を伝える」ことに集中しているそうだ。ゴロリくんはいなくなったけれど、わくわくさんは「つくってあそぼ」の頃と同じように、自らつくり、完成したおもちゃやゲームでとことん遊んでいる。ところで、久保田さんの考える「工作の魅力」とはなんだろうか。
久保田さん「真っ先に思いついたのは、ものの大切さを知れる、ということです。使い終わった紙コップやトイレットペーパーの芯を、工作という遊びの中でもう一度使う。そこで遊び尽くして初めて、ものを捨てる。そうやってものを使い切ることで、『もったいない』という感覚が身につくんじゃないかな。今の時代は使い捨て前提のものが多く、新しいものを買えばいいという感覚になりやすい。でも、昔は違いました。例えば浴衣が着れなくなったら、糸をほどいておむつや鍋敷き、台ふきにして、とことん使い切って捨てていた。
だから昔の人の言う『もったいない』という言葉には重みがあったんです。そこには『まだ使えるのに』という意味合いが含まれていた。今は子どもはもちろん、親世代も『まだ使えるのに、もったいない』という感覚を知らないでしょう。だから、YouTubeでは親御さんにも伝えるつもりで動画をつくっています。子どもと一緒に工作を通して、ものの大切さを思い出してもらえたら嬉しいですね」
工作には親子のコミュニケーションとしての側面もあるという。一緒につくることで、普段の生活では知りにくい子どもの性格や素質にも気づいてあげられると久保田さんは言う。
久保田さん「工作を教えながら、一緒に手を動かすことで『この子は器用なんだな』とか『この動作が苦手らしい』と分かるわけです。つくったり遊んだりする過程で見えてくる子どもの気質とかって、学校の成績とか連絡票だけでは分からない。そうやって子どものことを知れるのも、工作という遊びのいいところですよね」
そして久保田さんは「勉強や仕事では学べないことも、失敗が許される遊び(工作)の中なら学べる」と話す。
久保田さん「勉強も受験などを考えるとなかなか失敗できない時代ですし、仕事はプロとして失敗が許されない営みです。でも、遊びの中でだったら失敗してもいい。その失敗の中で子どもたちは悔しさや痛みを知っていくんです。でもこれって子どもだけじゃなくて、大人にとっても大切なことですよ。失敗の許されないビジネスパーソンだからこそ、遊びが必要なんじゃないかな」
工作という遊びの魅力を熟知する久保田さんだが、自身は「遊ぶのがヘタなんです」と苦笑した。
久保田さん「大人にとっての遊びはオン/オフを切り替えるスイッチだと思うんですよ。仕事で緊張した心と身体を、遊びで休めてあげる。そういう切り替えが上手にできる大人が、素敵だなと私は思うんです。しかし私は“わくわくさん”になって、子どもの頃から好きだった工作という遊びが、仕事になってしまった。だから遊びと仕事の境目がよく分からなくなっているなと思うんです。なので、今の私の切り替えスイッチは、お酒になりました。わくわくさんがお酒好きなんてちょっとイメージと違うかもしれませんけど、これが久保田雅人63歳の現実なんですよ(苦笑)。
私は全国各地で工作のワークショップをしているので出張が多い。その帰りの新幹線で座席に腰かけて最初にするのが、缶ビールのプルタブを開けること。ビールを流し込んで一息つき『今日も仕事がんばったな』と自分を労う。それから居眠りしたり本を読んだりするんです。わくわくさんでもなくなり、夫や親としての役割からも離れて心底リラックスできるこの時間こそが、私にとっての遊びですね」
久保田さんは終始、茶目っ気たっぷりに話してくれた。取材が終わり、わくわくさんのユニフォームを脱いだ彼は、久保田雅人になって帰っていった。明日もわくわくさんとして子どもたちとつくって遊ぶために、この夜も久保田さんはビールを嗜むのかもしれない。そんな彼は十分大人に見えた。
取材・文/安里和哲 写真/岡村大輔
――7月20日発売のXD MAGAZINE VOL.07 特集『遊ぶ』は、全国の取り扱い書店のほか、プレイドオンラインストア、Amazonなどで販売中です。