子どもの頃、例えば漂流船に見立てた滑り台で、乗り合わせた名も知らぬ仲間と砂上を航海したことはないだろうか。公園という場所ではおのずとコミュニケーションが生まれ、そこにある遊具は身体能力を育むだけでなく想像力を刺激する。そうした場やものの役割こそ今も昔も変わらないが、その在り方は時代とともに変化している。
遊びが持つ可能性を100年余り見つめてきた企業がある。“あそび環境”をデザインする会社、株式会社ジャクエツだ。保育施設や公園に設置される大型遊具を中心に業界のトップシェアを誇る。“未来は、あそびの中に。”をスローガンに掲げる同社の歩みと視点を切り口に、遊びのものづくりの変遷と現在地、遊びの体験が紡ぐ未来について伺った。
(この記事は2023年7月20日(木)に発売された『XD MAGAZINE VOL.07』より転載しています)
JAKUETS
幼児保育の教材教具の企画・製造から、幼児教育のノウハウを生かした魅力的な街づくりやコンサルティングまで、あそび空間のトータルプロデュースを行う。保育・教育・安全・建築分野の知識と経験を持つメンバーによる、あそびを軸とした多様な提案を得意とする。
TOP写真右から、藤充孝 氏(東京分室)、徳本誠 氏(取締役、専務執行役員)、白井光洋 氏(パブリックスペースユニット)、関七海 氏(東京分室)
100年企業の遊び開発と社会の遊び場に求められるもの
ジャクエツ社の創業は大正5年。まだ幼稚園自体が少なかった時代、創業者・徳本達雄氏が福井県敦賀市に「早翠さみどり幼稚園」を創設。園で使用する教材・教具を徳本氏自ら考案・作成したことに端を発する。「幼児教育を通じて未来を育て、社会に還元する」という創業当時からの理念を旗印に、子どもの生活を形づくる“あそび”の開発を1世紀以上にわたり手がけてきた。
時代ごとの遊具の位置づけについて、取材当日にオンラインで参加いただいた経営企画室の赤石さんは、「そもそも子どものための道具がなかった時代に始まり、その後は『安全に遊ぶための道具』から『より付加価値の高い遊び環境』へと興味関心が移り変わっている」と語る。そうした時代背景を受け、社におけるものづくりの環境も変化してきたという。
社外コラボレーションの他、外部フェローが在籍するあそびの研究所「PLAY DESIGN LAB(以下、PDL)」*1-1・1-2の開設もその変化を象徴する取り組みのひとつ。プロダクトデザイナー深澤直人氏が手がけた抽象的な造形の「YUUGUシリーズ」*2もまた、そうした流れの中で生まれた遊具シリーズだ。
徳本「さまざまな分野の方たちと、新しい価値を生み出す。そして、それを社会に還元していく。PDLでは、そういった視点でものづくりを進めています。「YUUGUシリーズ」は一見して遊具には見えないオブジェクトのようなデザインなのですが、子どもがとにかくよく遊ぶんです。遊び方の定義を与えなくても、この造形デザインが子どもたちにアフォーダンス*3を促しているんですね」
アフォーダンス、つまり段差があればまたぐ、暖簾があればくぐるといった、ものに対する無意識的な反応のことだ。現代の「付加価値の高い遊び環境」*4には、こうした生態心理学や社会学といったあらゆる視点からの調査・分析が落とし込まれている。目指すのは、安全で質の高い遊びの環境と未来に続く価値の創造だ。
まわる・ゆれる・もぐる。今も昔も変わらない遊びの要素
ところで、子どもの反応のいい遊具とはどういったものなのだろうか。クリエイティブディレクターの白井さんが答えてくれたのは、ズバリ“山”だ。それは、少し意外でありながらも遊びの本質を捉えたものだった。
白井「子どもたちって、山がひとつあるだけで自然と遊び始めるんです。その山が2つになることで、さらに複合的な遊びやコミュニケーションが生まれる。つまり、「ふたつ山」が最強なんじゃないかと。山のように有機的な形には遊びが生まれやすいですし、自然環境って水面以外には水平な場所がひとつもないですよね。そういった場所では、揺れる・潜るといった動きがどんどん生まれます。遊びのものや場づくりを考えるとき、自然遊びといったところに行き着くのだと思います」
また徳本さん曰く、「まわる・ゆれる・もぐる」という3つの動作は遊びを楽しくする上で大切で、子どもたちにとって物理的に脳みそが動く遊びへの衝動はどれだけ時代が進んでも変わらないそうだ。そうした動きを組み合わせることで、遊びのバリエーションはどこまでも広がっていく。
もうひとつ、遊びを成り立たせる大切な要素がある。ルールと制限だ。
徳本「遊ぶためにはルールをつくらなければなりません。ルールとは、ある意味で制限や縛りです。そもそも社会的な意味で「遊ぶ」のは、生きものの中でもホモ・サピエンスとゴリラの一部くらいだそうです。脳科学の話でいうと人間の脳には他者への共感や相手の視点に立つ機能があり、その上で組織としてのつながりを持つ生きものである、と。だからこそ、ルールを設定し「遊び」を成り立たせることができるんですね。子どもは遊びながら自分たちでルールを決めて、コミュニケーションを取り、“生きる力”を育んでいく。そこに我々のハードをどう触媒とさせるか、どう貢献できるのかというところを大切にしています」
“あそび”を探求する。外部を巻き込んだ遊具の研究・開発
生きる力、いわゆる非認知能力を育む遊具の開発は、PDLが積極的に取り組む大きなテーマだ。そのひとつの例に、医学博士・前橋明氏による幼児体育の研究が取り込まれた総合遊具「PLAY COMMUNICATION」*5がある。遊具と聞くと身体を動かして遊ぶものをイメージするが、「PLAY COMMUNICATION」は心と身体の結びつきに着目。体力・運動能力向上へのアプローチはもとより難易度の高い遊びに取り組むことでチャレンジ精神を培う、道具の使い方や遊び方を工夫することで判断力や適応能力を高めるなど、全てのパーツが子どもの成長を支える役割を担っている。
徳本「実は、PDL自体は予算を立てずにやっているんです。ビジネスを前提に始めるのではなく、新しい遊びや未来の価値をどんなふうに広げていけるかというお話をさせていただいて、そこから時間をかけて一緒に取り組んでいく。各界トップランナーの方々とご一緒することで、より良いものが生まれると考えています。ものづくり中心ということでプロダクトの方とご一緒することが多いのですが、最近ではアートやサイエンスといった分野にもネットワークを広げて、寄り道をしながら取り組んでいます。*6」
このように、あらゆる領域の知見を結集した遊具は、敦賀市にある4つのモデル園*7に送られ、実際に遊んだ子どもたちの声が再び開発に生かされる。さらに全国40,000の幼稚園・保育園とのネットワークを持つ社には、毎日たくさんのフィードバックが届くそうだ。子どもたちの成長の可能性に限りがないように、遊具づくりの奥深さにも際限がない。しかし、そうしたところにこそ各界のトップランナーが自らの持てるノウハウや探究心を惜しみなく注ぐ理由があるのだろう。
答え合わせは、100年後。遊具で育むこれからの社会
遊びによって育まれた子どもたちの“生きる力”は、将来にどんな花を咲かせるのか。例えば、滑り台やブランコが主流だという世代と、あらゆる分野の研究が落とし込まれた遊具で遊ぶこれからの世代とでは何か差が表れるのだろうか。
ジャクエツ社では、自社の取り組みとその成果目標を「BATON」「HUMAN」「COMMUNITY」の3つの軸で表している。社内外を通して子どもたちにどう未来へのバトンをつなぐのか。人と人とがどのような成長をするのか、コミュニティ社会がどう変わっていくのか。そして、その答え合わせができるのは、3年後でも10年後でもなく、100年後なのだと遊びの専門家たちは話す。自身も4歳のお子さんを持つ藤さんは、最後に未来のビジョンをこう語ってくれた。
藤「未来の主役である今の子どもたちの自己肯定感を高めることがより良い社会をつくるひとつの方法ではないか、そこに“あそび”を基軸とした居場所や舞台をつくることで貢献できないかと私たちは考えています。そして、国内の幼児教育の分野では、海外でつくられたものが取り沙汰されがちですが、日本には今まで培われてきた独自の素晴らしい教育があります。その教育の理論やメソッドを商品やサービスといったハードも伴わせて社会に実装していくところに、我々がお手伝いできることがあるのだと思っています」
「子どもは遊びが仕事」なんて言葉があるように、遊びなくして子どもの生活は成り立たない。そんな彼らのそばに「子どもが生きる力を育み、一歩一歩より良い社会につなげていきたい」と心血が注がれた環境があることは、どんなに心強いだろう。そして、かつて子どもだった私たちが普段何気なく触れていた公園遊具にも健やかな成長への祈りが込められていたのではないだろうか。そんなことを考えると、遊び場や遊具への親しみがずっと増してくるように思えるのだ。
取材・文/野中ミサキ 写真/田巻海
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