「国産牛すね肉の神戸赤ワイン煮」「広島県産 かき燻製油漬け」など、商品名を並べただけで一杯いきたくなるのが国分の缶詰K&K「缶つま」シリーズだ。
100円ほどの低価格と非常食のイメージが強かった缶詰市場に、一缶500円~15,000円の高価格と「酒の肴」に特化した商品構成で勝負。「高級おつまみ缶詰」という新ジャンルを開拓し、今年で13年目を迎える。
なぜ「缶つま」は、酒好きの心を捉え続けるのか? 刺さる商品企画や「セレクトショップ展開」「ガチャ販売」といった攻めた売り方の裏側に迫った。
一冊の本をきっかけに「缶つま」は生まれた
その成功は“失敗”からはじまった。
「缶つま」誕生は2010年だが、それに先立って国分は2007年には一個500円~1000円ほどの缶詰を「プレミアム缶詰」として商品化していた。
「実は、いま『缶つま』の一番人気商品である『広島県産 かき燻製油漬け』も、もともとこのプレミアム缶詰として開発されたものだったんですよ」とマーケティング・商品統括部の商品開発部開発一課グループ長で、「缶つま」の商品開発担当・森寛規氏は言う。
そもそも、国分グループは食品卸を柱事業とした創業300年を超える老舗企業だ。今も昔もスーパーなどに食料品や酒類を卸販売する“縁の下の力持ち”的存在。しかし、会社の顔となりえる自社製品づくりを積極的に続けてもいた。
当時の缶詰といえば100円~200円程度の果物やツナといった定番品がほとんど。しかも安売り競争が当たり前だったため、素材や製法にこだわった高級缶詰は相当にチャレンジングな試みだった。
森氏「しかしあまり売れず、多くの在庫を抱えてしまいました」
安売りが当然なうえ、非常食のイメージも強かった缶詰に施された「高級感」は、当初、ほとんど生活者に刺さらなかった。
しかし3年後の2009年、一冊の本が風向きを変えた。
書名を『缶つま ~うまカンタン! 缶詰で作る酒のおつまみ~』といった。
森氏「世界文化社から出版された缶詰でつくるおつまみのレシピ本でした。『国分の缶詰を使いたい』と依頼を受け、いくつか商品提供をしました。その後、届いた見本誌を見て、当時の開発責任者が『おつまみに特化した缶詰って切り口は面白いのでは』と思いついた」
単に高い素材と凝った製法で「プレミアム」を謳うのではなく、「おつまみ」にしぼり、お酒と合うこだわりのメニューとして提案すれば、新たな付加価値になる。
加えて“家飲み”が流行りはじめていた。高級路線の缶詰を肴に、気持ちのいい家飲みの時間を提案すれば、体験訴求型の商品としてプレミアム缶詰をブラッシュアップできるとも考えたわけだ。
森氏「缶詰のおつまみとカンタンなおつまみをかけた『缶つま』のネーミングも絶妙だった」
そこで今度は国分から、世界文化社にアプローチ。「缶つま」と名付けた缶詰シリーズをつくる許諾を得たうえで、国分の缶詰だけを使ったおつまみレシピを提案する販促用小冊子を一緒に作った。
その後、「缶つま」シリーズと名付けた「厚切りベーコンのハニーマスタード味」「鹿児島県産 赤鶏さつま炭火焼」など、既存の缶詰とは大違いの素材を使った、まさに酒にぴったりのおつまみ缶詰シリーズが誕生したというわけだ。
森氏「もちろん『広島県産 かき燻製油漬け』も名を連ねていました」。
しかし、すぐに人気が出たわけではない。
ブレイクは発売から2年ほど経ったあと。トリガーとなったのは、缶詰売り場を飛び出したことだった。
お酒を飲む人の前まで“飛び出す”
いくら「お酒に合う」「高品質なおつまみ」でも、従来の缶詰売り場に置かれたら埋もれてしまう。むしろ100~200円程度の安価な缶詰の隣に、平均500円で、5000円を超えるものまである「缶つま」が並べられたら「高い!」と悪目立ちし、避けられるリスクがあった。
森氏「しかもその頃はお酒を好む人が、スーパーの缶詰売り場にあえて足を向けることはあまりなかった。缶詰売り場に置かれるだけなら、お酒を飲む方々にはリーチできなかったのです」
そこで戦略を変える。お酒を飲む人がこないなら、こちらが飛び出して攻め込むことにした。スーパーや量販店の缶詰め売り場を飛び出し「酒売り場」や「おつまみ」コーナーに置いてもらうよう営業をかけたのだ。
柱の業務がここで活きる。国分の卸売事業は伝統的に酒類に強く、スーパーや量販店の酒売り場にコネクションがあった。
森氏「お酒と『缶つま』を置いたら、お客様に新鮮に映り、相乗効果で両方手にとっていただけるはずです、と粘り強く営業をかけていきました。試しに、と缶詰売り場から酒売り場に置いてみたら缶詰売り場とは比べものにならないほど売れた店が多かった」
いわゆるクロスMD(マーチャンダイジング)。異なる商品カテゴリーのものを合わせて陳列販売して、購入動機を刺激する手法がハマった。
さらにスーパーからも飛び出す。新幹線や飛行機のなかでお酒をたしなむ人が多いと考え、エキナカのコンビニや空港の売店などに積極的に販路を拡大させた。
とくにユニークなのが、本や雑貨などを取り扱うセレクトショップなどでの展開だ。レシピ本などとあわせて展開してもらうと、驚くほど売上があがったという。
賞味期限が長く、売り場での取り扱いが簡単な缶詰であることのメリットが、意外なかたちで功を奏した。アウトドアショップや書店、セレクトショップなど食品をあまり置かない場所に、「缶つま」を提案することが増えていった。
森氏「こうして缶詰売り場以外で『缶つま』に触れていただく機会が増えていくことで知名度があがり、家飲みのお供、外飲みのお供としての人気を獲得していったのです」
「缶つま」のマーケティングは、「編集力」の勝利ともいえそうだ。
ひとつの目的をもって、バラバラのモノやコトを収集したうえで、選択。新たに組み合わせることで、新たな価値を生み出して目的を果たすのが編集の妙味だ。
クロスMDをさらにふくらませたような「缶詰×レシピ本」「缶詰×酒」「缶詰×雑貨店」といった合せ技での提案。本から着想を経て生まれた「缶つま」は、売り方でも、本や雑誌づくりのような編集力を発揮させて、「高級缶詰おつまみ」という新ジャンルをつくりあげた。
5000円の商品が当たる「缶つまガチャ」まで登場
「缶つま」の成功は、国分全体の意識までもアップデートさせた。
メーカーの商品を小売店に売る卸売業の業務は、「売りやすい商品」ばかり扱いがちになるという。たくさんのメーカーの商品を数多く扱うため、こちらからあえてひとつの商品を強く押し出す必要がないためだ。
しかし、自社製品である「缶つま」は、部署を飛び越えて編集力を駆使して新たな市場を開拓できた。提案型の営業も、社内に自然となじんでいったからだ。
森氏「あきらかに10年前よりも横断的な提案をしてくれる営業が増えましたね。自社製品には他にも袋麺や酒類も扱っていますが、他の部署に声をかけて『何か一緒に提案できないか』『袋麺とこの商材は一緒に置けないか』とアイデアを出し合うコミュニケーションが目立つようになった」
社内全体で高まった熱量は、当然「缶つま」にも影響を与える。とくに「缶つま」が切り開いた高級缶詰市場には、追いかけてきた競合他社の商品も目立つようになった。「オレたちの『缶つま』を守らなければ!」と企画部門も営業部門も、自然とモチベーションが高まり、「缶つま」の施策に取り組むムードがあるという。
2019年の「缶つま」シリーズの大幅リニューアルも、そうした熱量が起点にある。
全国にルートを持つ食品メーカーや生産現場とのつながり、あるいは日々の飲み歩きのなかから、「こんなメニュー、『缶つま』にいいのでは?」「いい食材がみつかったので、『缶つま』にならないか」と社内のあちこちから提案があがっていた。気がつけば、108個もの「缶つま」が商品化され、ブランドがぼやけ始めていたという。
森氏「良くも悪くも積極的にアイデアが出てきますからね。たとえば、エビやイカなどは缶詰にするとプリプリ感が損なわれる食材なのに、何度も提案があったり。『これご飯のおかずのほうじゃない?』ってメニューが紛れ込んだり。試行錯誤がそのまま商品群にあらわれて、ブランドコンセプトが薄まっていたんです」
ふたたび“失敗を成功に活かす”ときだった。
森氏と同じく「缶つま」の商品開発を担当する柴田弘太郎氏は言う。
柴田氏「そこで2019年に『肴で、酒はうまくなる』とコンセプトをあらためて設定し、パッケージでもアピール。商品も70ほどまで絞り、デザインも統一感あるものに直しました」
一方で、エンドユーザーの声にはさらに耳を傾けた。日本酒フェスやクラフトビールフェスのような酒類のイベントに積極的に出店。「缶つま」の名を売るとともに、そこで聞こえてくる要望などを意識的に商品開発に吸い上げている。
『缶つま倶楽部』と名付けたオフィシャルサイトは、ファンのコミュニティの場でもある。「ウイスキーに合う缶つま」「日本酒に合う缶つま」など毎月テーマを決めて、「缶つま」を使ったおつまみレシピを公募。優秀作はサイトにアップし、SNSではレシピにチャレンジした動画がアップされたりもする。
得意の編集力を活かした意外な「共創」は、アミューズメント性まで帯び始めている。
専門メーカーと組み、500円で一回まわせる大きめの「缶つまガチャ」を開発。500円~5000円までの「缶つま」がランダムで出てくる仕組みで、直営店である「ROJI日本橋」や百貨店やセレクトショップでのイベントなどで行列ができるほど大人気だ。
こうした絶え間ないブラッシュアップが「缶つま」を13年間、自ら切り開いた高級缶詰市場のトップを走らせてきた。
もちろん14年目も15年目も、引き続き、走る。
柴田氏「若い層の酒離れも増えている。その一方で少し懐かしい『横丁ブーム』のような現象も起きている。また、ご家族連れで居酒屋に入るのも本当に普通になっています。お酒をとりまく環境は時代によって変わっているし、これからも変わっていくはず。そのなかで「缶つま」がどう寄り添っていけるかに挑戦していきたいです。あとはやっぱり“楽しさ”を伝え続けたいですよね。『こんな肴が缶詰になるんだ!』『しかも美味しいな』って楽しさがある。正直、原料高でコスト面を考えなきゃいけないことも多いのですが、そうした『缶つま』ならではのワクワクする感じこそが魅力だから」
力強い言葉に、「オレたちの『缶つま』」感が滲んで見えた。
つられて、すっかりワクワクしてきた。今夜は『湖南風 豚肉の旨辛スパイス』とビールで晩酌しよう。オレたちの『缶つま』でもあるんだ。
取材・文/箱田 高樹 写真/濱田晋 編集/浅利ムーラン(BAKERU)