時間をかけてじっくりと採寸し、自分だけの一着を作る——。
特別な体験として認識されてきたオーダーメイドは、テクノロジーの進歩で徐々に変化してきている。
「カスタムオーダー」というフロンティア
2018年7月「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」を運営するスタートトゥデイ(2018年10月にZOZOへ改称予定)は、自社ブランド「ZOZO」で、オーダーメイドスーツを簡単に注文できるサービスを発表した。ビジネスマンにとっての戦闘服はより手軽に最適化できる時代が近づいてきている。
このオーダースーツの領域に4年程前から挑んでいるスタートアップがある。カスタムオーダーのビジネスウェアブランド「FABRIC TOKYO(ファブリック トウキョウ)」だ。
FABRIC TOKYOは2014年にサービスを開始。これまで毎回店舗に行き1−2時間かけて注文していたオーダーメイドスーツを、オンライン上から簡単に注文できる“スマートオーダー”を強みにしたほか、製造から流通・販売までを一貫して自社で手がけ不要な中間コストを圧縮するD2C(Direct to Consumer)のモデルを国内でいち早く採用。よい品質のものを安価、かつ手軽にオーダーできることを売りにその認知を拡大していった。
2015年にサービス正式リリース後、ポップアップ店舗を次々と展開。2016年からは渋谷をはじめ実店舗の出店も開始。その数は徐々に増え、2018年7月現在では東京を中心に7店舗を構える。
同社の強みは、オフライン(実店舗)とオンラインをうまく融合させていることにある。基本の販売経路をオンラインに集約することとD2Cの採用でコストを抑え、良質な製品を安価に提供する。一方、オーダースーツの肝ともいえる採寸部分は実店舗が担う。
FABRIC TOKYOはなぜオフラインとオンライン双方のチャネルを活用しブランドを展開するのだろうか。同社代表取締役CEOの森雄一郎氏に話を伺い、FABRIC TOKYOが描く顧客体験を探っていく。
オンラインとオフラインで異なる役割
—— FABRIC TOKYOは、2014年のサービスリリース当初からオンラインだけではなく、実店舗も含めた戦略を練られていたと伺いました。それはなぜでしょうか?
森:お客様に対して提供できる価値がオンラインとオフラインで異なるからです。FABRIC TOKYOにおいて、オンラインのメリットは商品を簡単に購入できる点です。FABRIC TOKYOではサービス開始当初からスマホから簡単に購入できる「スマートオーダー」を打ち出し、お客様がご都合のよいタイミングで簡単に購入できる体験を提供してきました。
一方で、カスタムオーダーのスーツを作るためには体のサイズを計測する必要があります。そのためにオフラインの店舗を設け、スタッフが計測する仕組みとしました。他にも、店舗があることで生地のサンプルを確認いただいたり、仕様の選び方などスーツ選びで悩んでいるポイントを相談することも可能です。
—— オンラインとオフライン、それぞれの強みが生きる部分を活かし選んでいると。
森:人が商品を購入する動機は価格や利便性だけではありません。たとえば最近では、洋服がどのように作られているのかといった、ストーリーに価値を感じてくださるお客様もいらっしゃいます。これもお客様と直接コミュニケーションできる実店舗のほうが伝えやすいですね。
加えて店舗は、お客様へのオンラインでの購買体験を啓発する意味合いもあります。FABRIC TOKYOは商材の特性上男性のお客様がほとんどなのですが、オンラインで洋服を購入したことがない方がまだまだ大勢いらっしゃいます。
—— オンラインでの買い物に慣れている方が多いかと思ったのですが、そういうわけでもないのですね。
森:そうなんです。オンラインに慣れていないお客様のため、店舗にタブレットやPCを備え付け、お客様に操作していただくことで、自然とオンラインでの購入体験に慣れてもらう役割も担っています。
このようにオンラインとオフラインは、お客様に提供できる価値が異なります。なのでFABRIC TOKYOでは、双方を組み合わせた顧客体験を考え、一連のカスタマージャーニー*として設計しているのです。(編注:カスタマーが商品やサービスを知り、最終的に購買するまでの行動や感情などをプロセスに落としこんだもの)
オンラインとオフラインを考慮した「カスタマージャーニー」
—— 単に新しい機能を提供するだけではなく、お客様が使えるようにするための工夫をこらしてらっしゃるんですね。カスタマージャーニーは、どのような流れになっているのでしょうか。
森:全体のカスタマージャーニーは以下のような流れです。まずはオンラインで認知いただき、サイト内のコンテンツなどを通しFABRIC TOKYOというブランドへ興味を持っていただく。オンラインである程度まで興味が高まった後、店舗へと来店。サイズの計測や生地選びを通し、購買に向けたモチベーションの向上に寄与していきます。
実際にFABRIC TOKYOの店舗へいらっしゃる方の90%ほどは、FABRIC TOKYOのWebサイトをみてからお越しいただいています。逆に言えば、渋谷MODI店のようなモールにある店舗でも、買い物ついでに気になって試してみるという方は少なく、Webを通して興味が高まり「目的買い」にいらっしゃる方がほとんどです。
店舗体験の後は、そのまま店内のPC等で購入いただく場合もありますが、基本的には帰宅後ゆっくり考えていただき、お客様のご都合のよいタイミングでオンラインから購入いただいています。注文データを見ると、0時前後など一日の終わりに購入される方も少なくありません。注文後は、商品にもよりますが、1ヶ月ほどでお客様の手元へ届きます。
—— オンラインとオフライン双方の体験を作るにあたり、常に意識されていることはありますか?
森:オンライン・オフラインの双方で早くPDCAを回し、改善を繰り返すことですね。一般的に店舗は実物を扱う以上、ソースコードを書き換えるだけで修正ができるオンラインサービスのように簡単に改善ができません。そこでオフラインもオンラインと同様に改善を繰り返せるよう、店舗でも小さく試して高速で改善を繰り返しています。
—— 小さく試しながら、お客様に支持されるものを確かめていっているんですね。
森:そうです。たとえば、出店にしてもいきなり本出店するのではなく、まずはポップアップストアを展開してみて、来ていただけるお客様のデモグラフィーを調査し本出店するかを判断します。什器も、簡易的なものを旗艦店で試し、反響が良ければしっかりと作り、全店舗へ展開します。FABRIC WALLはまさにそのサイクルで生まれたものですね。
オンラインとオフライン双方が異なる役割を持ち、それぞれを入念なカスタマージャーニー設計のもと接続させているFABRIC TOKYO。オンラインとオフラインを接続するO2O戦略が注目を集める中、FABRIC TOKYOの施策からは数多くの視点が学べるのではないだろうか。続く後編では、顧客体験を重視するための仕組み作りと組織作りを伺っていく。
撮影/加藤甫