「注文をまちがえる料理店」と聞いて、あなたはどのような料理店を想像するだろうか? 一般的に料理店であれば、“注文をまちがえる”なんて許されないことで、グルメサイトでは低評価になってしまうだろう。しかし、プロデューサーの小国士朗さんが手がけるそのプロジェクトは、“まちがえる”という一見ネガティブな状況を転換して、新しい気づきを与えてくれる。
2017年からスタートした「注文をまちがえる料理店」は、認知症の状態にある方々がホールスタッフを務めるレストランプロジェクト。ホールスタッフの方々は、ときにはオーダーや配膳先を間違えてしまったり、席に座り込みお客さんとの会話に専念してしまうことも。それでもレストランに訪れたお客さんはそれを咎めることもなく、むしろお店のなかは笑顔にあふれかえっている。他人の失敗に不寛容な現代の社会において、この大らかなプロジェクトから私たちが学べることは多いはずだ。 「誤り」を許容する場はどのようにしてつくられていったのだろうか? 「誤り」をポジティブに切り替える視点のつくり方について、小国さんに話を伺った。
(この記事は2022年8月に発行された『XD MAGAZINE VOL.05』より転載しています)
あえて正解をつくらない
認知症、がん、ジェンダー問題、高齢化社会……。いわゆる社会課題といわれるこれらのキーワードを聞くと、どんなイメージをもつだろうか。誰かとこういった課題について話をするとき、真面目な面もちで語り合わなければいけないという、どこか重たい印象があるかもしれない。しかし小国さんは、いろんな立場の人が混ざり合う、どこかユーモアをたたえた場づくりを通して、これらの課題と向き合ってきた。
そもそも小国さんは、2018年までNHKに所属し、『プロフェッショナル 仕事の流儀』『クローズアップ現代』などのドキュメンタリー番組を中心に制作していた。その取材のなかで、認知症の状態にある方々が生活を送る施設を訪れた際の体験が、まさに「注文をまちがえる料理店」の構想の発端となったという。
小国さん「入居者の方にランチをご馳走になる機会があって、今日の献立はハンバーグと聞いたものの、実際出てきたのは餃子だったんです。あまりの違いにとっさにつっこもうとしたのですが、周りを見渡したら誰ひとりとして指摘を入れることなく餃子をパクパクと美味しそうに食べていて。その場にいるすべての人が『間違い』を受け入れてしまえば、『間違い』は『誤り』ではなくなるんだと衝撃を受けて、感動したんです。その体験をきっかけに、取材した施設を運営する認知症介護のプロフェッショナルの和田行男さんに声をかけて『注文をまちがえる料理店』をはじめました」
注文をまちがえる料理店のプロジェクトがはじまったのは2017年。小国さん、和田さんの他、コミュニケーションデザイナー、メゾンカイザーや一風堂、虎屋といった一流のお店やプロの料理人たちなどが加わった。様々な分野のプロが集い、対話を重ねた結果生まれた独自のガイド「料理店のつくりかた」を眺めてみると、「おススメ」「グッド」という言葉に表現されている通り、そこに絶対的な正解や答えが提示されているわけではないことに気がつく。

注文をまちがえる料理店
プロジェクトのコンセプトは「まちがえちゃったけど、まあ、いいか」。ホールスタッフたちの配膳や注文の「間違い」を利用者が自然と受け入れ一緒に楽しむことで、笑顔のたえない空間になっている。2017年6月に行った2日間限定のプレオープンはすぐに大きな話題となり、その反響を受けて3 ヶ月後には規模を拡大したかたちで3日間限定でオープン、大盛況のうちに幕を閉じた。プロジェクト全体に行き渡る優しいデザイン、コミュニケーションのあり方が高く評価され、世界最大級のクリエイティブ・アワードであるCannes Lionsをはじめ、国内外で様々な賞を受賞した。 写真:森山夕貴(D-CORD)
小国さん「今振り返ると、誰も正解や答えをつくろうとはしていなかったと思うし、マニュアルをつくりたいとも思っていませんでした。たとえばお客さんを席に誘導したと思ったら、自分が先に席に座って話しはじめるおばあちゃんがいました。お客さんは席に座れず、立ったまま。『あなたはどこから来たの?』『あ、東京です』『あ、そう。私は九州の生まれでね』といった感じで、ほのぼのとした会話が続きます。僕たちはそういったコミュニケーションにこそ意味があると考えていたので、こうした時間はとても豊かだと思う一方で、お客さんを席に座らせることなく待たせてしまっているわけですよね。
これはもちろん普通の飲食店では絶対に許されないことです。じゃあ、こういった場面で許されるのは1分なのか、5分なのか、10分なのか、これには正解はないわけです。10分待てる人もいれば、1分でしびれをきらす人もいるでしょうし、お客さん側の都合ばかりを優先し、効率を重視してしまうと、今度はおばあちゃんとのコミュニケーションの機会が失われてしまいます。
料理店の運営だけを考えれば、正解や答え、マニュアルがあれば非常に便利なのですが、それがあることによって間違いやハプニングを許容できる余地は失われる。正解を決めるから間違いが生まれる。効率を追い求めるから、非効率さが際立つ。こうした二項対立のバランスをとることは非常に難しく、1コマが終わるごとにチームのみんなで意識的に対話を重ねていきました」
「認知症の方って“普通”なんですね」の一言
効率ばかりを追い求めずに、程よい余白をつくるという姿勢が、認知症の状態にある方々とお客さんが心地よく過ごす空間をつくり出す。そして注文をまちがえる料理店では、「正解/間違い」「効率/非効率」「サービスを提供する側/受ける側」といった様々な場面で生じる二項対立を、働く人にもお客さんにも意識させることなく、軽やかに超えていくための「仕掛け」にもこだわったと小国さんはいう。
小国さん「たとえば、お客さん同士がなるべく『相席』になるようにあえてしました。もし友達同士しかいない席に認知症の状態にあるホールスタッフがやってくると、慣れ親しんだ関係性のままで会話が進むため、おじいちゃんおばあちゃんが『異物』になってしまうような気がしたんです。でも相席によって知らない人同士が一緒にいることで、全員が『異物』になる。そうなるとむしろ『おじいちゃん、おばあちゃん、早く来てくれー』っていう状態になるんです。おじいちゃんやおばあちゃんが『異物』ではなく、完全にその場の潤滑油となるんですね。そして、全員がそもそも『異物』なのだということを、相席にするだけで気づける。そういった空間設計も意識していきました」
他の仕掛けとしてある「巨大なペッパーミル」が、「給仕する側/サービスを受ける側」という二項対立を軽やかに超えるのに役立った。おばあちゃんがサラダに胡椒をふろうとしたものの、1 m近くあるペッパーミルを持つ手はふらついてしまう。その様子を見て、お客さんが支えつつ料理に誘導する「共同作業」が自然に発生したのだ。
ともすれば対立しがちなことも「まちがえちゃったけど、まあ、いいか」のコンセプトのもと、微笑ましいエピソードがいくつも生まれた。この取り組みは、「寛容さの象徴」としてまたたくまに国内外へと知られるようになり、わざわざ地方から夜行バスでやって来るお客さんや海外からの取材も20ケ国を超えるなど、大きな熱狂を生んだ。そういった反響を目の当たりにするなかで、いくつもの新たな発見に出会えたと小国さんは語る。
小国さん「ある20代のご夫婦のリアクションが印象に残っています。話題になっていたし、料理が美味しそうだったから、というカジュアルなきっかけで料理店に来てくれたのですが、料理を食べ終わったあとに、感想をお聞きしたんです。そしたら奥さんの方がなんだかちょっと不満気に『オムライスを頼んだのに、オムライスが来たんですよ』っておっしゃったんですよね。別にいいじゃないですか。オムライスを頼んでオムライスが来たんだから(笑)。で、そのあとに彼女が続けた言葉が印象的だったんですよね。『認知症の方って、すぐになにかを忘れてしまうのかなって思っていたんですけど、意外と“普通”なんですね』っておっしゃったんです。
僕はすごくいいなぁって思いました。彼女はこれまで認知症の状態にある方と向き合う機会はあまりなかったのかもしれない。ひょっとしたら距離を感じていたのかもしれません。でも、認知症って“普通”なんだなと思った。どこか自分の人生と地続きの、自分となにも変わらない存在だということに気づいた瞬間だともいえますよね。ややもするとテレビなどのメディアで取り上げられる認知症や社会課題の内容は、暗くて、遠ざけたいものという漠然としたイメージをもたれがちです。でもそれは一側面の話でしかなくて、彼女がこうやって別の側面に気づけたのは、すごく良い“認知症との出会い方”だったんじゃないかなと思ったんです」

小国士朗(おぐに・しろう)
株式会社小国士朗事務所代表取締役/プロデューサー。2003年NHK入局。『プロフェッショナル仕事の流儀』『クローズアップ現代』などのドキュメンタリー番組を中心に制作。その後、番組のプロモーションやブランディング、デジタル施策を企画立案する部署で、ディレクターなのに番組をつくらない“一人広告代理店”的な働き方をはじめる。150万ダウンロードを記録したスマホアプリ「プロフェッショナル私の流儀」なども手がける。2018年にNHKを退局し、現職に至る。
数字ではなくビジョンを共有するチームワーク
しかし料理店としてマニュアルがないなかで、厨房から現場スタッフまで多くのスタッフを取りまとめ、コンセプトを共有して場をつくりあげるのは容易ではないはず。多様なメンバーが集まるチームをひとつの方向に向かわせるうえで、小国さんはどのようなことを心がけていたのだろうか?
小国さん「『原風景』の共有ですね。注文をまちがえる料理店でいえば、和田さんが運営するグループホームで見た『ハンバーグが餃子になった』というあの風景です。僕がかたちにしたかったのは、グループホームで見たあの風景がすべてで、あれが企画のスタートであり、ある意味でゴールなんですよね。なので、自分が実際に見て触れて、本気で心が動いた風景、そのときの自分の気持ちを一つひとつ詳細に言語化し、チームのみんなに共有していきました。『原風景』をビジョンと言い換えてもいいのかもしれませんが、実現したい世界を具体的な“絵空事”として共有することで、テーマに対するチームメンバーの解像度が高まり、目標に向かって着実に進むことができる。『あぁ、その絵空事を現実に落とし込むためには、自分ならこれができるな、あれができるな』といった感じでメンバーが自然と動き出す。リーダーである僕が答えを示して、指示を出すのではなく、みんなが『原風景』に触れたときの僕と同じようにワクワクする状態をつくっていくことを大切にしていました」

deleteC
「みんなの力で、がんを治せる病気にする」ことを目指したプロジェクト。企業・団体が、自身のブランドロゴや商品、サービスから、Cancer (がん)の頭文字である「C」の文字を消したオリジナル商品やサービスを開発・販売し、売上の一部をがん治療研究へ寄付している。2019年にNPO法人として運営がはじまり、2021年12月までで100社を超える企業・団体が参加した。(写真の商品は現在販売を終了している)
社会課題を伝えるうえで必要な「社会受容度」
そんな小国さんが手がけるプロジェクトは、多岐にわたる。がんを治せる病気にするためのプロジェクト「deleteC」や、LGBTQへの理解を深めるための温泉プロジェクト「レインボー風呂ジェクト」、マスク不足が深刻だった福祉施設へマスクを送る寄付プロジェクト「おすそわけしマスク」など、社会課題に対して小国さんならではのアプローチを続けている。2022年3月に出版された著書『笑える革命』 (光文社)では、手がけてきた数々のプロジェクトにおける考え方や活動がまとめられている。こうしたプロジェクトを続けていくなかで、「社会課題というのは、社会受容の問題でもある」と感じるようになったと小国さんはいう。
小国さん「NHKで番組をつくっていたときから、社会課題を解決するのはもちろん大事だけど、それよりも前に『社会受容度』を上げれば解決しちゃうこともあるよなぁと思っていたんですよね。たとえば、朝の満員電車にベビーカーを乗せることの是非が議論になったことがありました。そのとき、『ベビーカー専用車両をつくる』というのはひとつの解決策になり得ます。でも、それには非常に大きなコストがかかってしまう。ならば、15cmずつ車内の人々が身を寄せ合うことで、ベビーカー1 台くらいのスペースはつくれるよなと考える。これが社会受容度をあげる、という話です。その場や社会全体の受容度があがれば、問題だと思っていたことが問題じゃなくなることがあるということです。
注文をまちがえる料理店も同じですよね。最初から店の名前で『まちがえる』と宣言しておくことで、お客さんの『間違い』に対する受容度をぐんと上げることができたわけです。当たり前ですけど、僕たちには認知症を治すことはできないし、法律や制度を変えるのもハードルが高い。でも、『注文をまちがえる料理店』という看板を掲げるだけで、人々のマインドやモノの見方を変えることはできる。ただその一言だけで、間違いに対して寛容な場をつくり、認知症の状態にある方たちがイキイキと働く機会を生み出すことはできるんです」

レインボー風呂ジェクト
性別の垣根を取りはらい“誰もが楽しめる温泉”を考えるプロジェクト。「難しい理屈はおいといて、まずはひとっ風呂」をコンセプトに2018年に実施。性社会文化史研究者・三橋順子氏が企画発案、NHK番組「バリバラ」主催、大分県の別府温泉街の協力のもと、小国氏がプロデュースを手がけ実現した。参加者は「見た目の湯」「戸籍の湯」「自己申告の湯」の3つの湯を順番に体験していく。「男湯」「女湯」の2種類で分けられる温泉の在り方を逆手にとり、どちらに入るかを決める基準を複数設けることで、性がいかに多様で複雑なのかということを実感できるような仕掛けになっている。同プロジェクトは「前代未聞の温泉イベント」としてSNSを中心に話題となった。
何事もスピーディーな決断を迫られる時代のなかで、私たちはどうしても極端な指針で物事を捉えがちなのかもしれない。正しいも誤りも実は曖昧なものであるにもかかわらず、二項対立に縛られて、動くことを躊躇してしまう。確実な手段を思い描けないと、重たい腰を動かすのも一苦労……。
そんななかで小国さんは、社会で課題とされている現象自体よりも、むしろそれを課題と受け取る私たち自身の認識を考える。そこに実感をもとにしたヒントを足すことによって、小国さんは数々の前向きなプロジェクトを実現し、繊細な社会課題に一つひとつ、向き合っている。そんな一見するとラディカルにも思える姿勢をつらぬけるのは、膨大な現場での実践があるからだ。そんなふうに、私たちも動き純粋に心を震わす体験と出会うことで、頭でっかちな我が身をほぐすことができるのではないだろうか。取材の締めくくりに、小国さんはこう持論をつけ加えた。
小国さん「今の社会は、意味や理屈が多すぎるのかもしれません。ハウツーばかり求めるようになってしまうと、出来事や人物に出会ったときに、自らが自由に感じて考える余白が個々人のなかになくなってしまう。むしろ余白を残しながら足を動かして、『なにこれ面白そう!』という出会いを積み重ねた方がいいと思います。脳がパカーンと開きますから(笑)。その感覚を一度覚えると、社会課題や世の中のしくみについて、いろいろな人と対話して、能動的に考えていきたくなるんじゃないでしょうか」
取材・文/倉田佳子
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