“クラフトサケ”を知っているだろうか?
米と米麹だけで造るルールがある「日本酒」と違い、米とともにくだものやハーブなどを一緒に発酵させて造る醸造酒のこと(※1)。2010年代後半からじわじわとクラフトサケの醸造所があらわれ、美食家を中心にファンが増え始めている。
※1 クラフトサケブリュワリー協会の定義による
https://craftsakebreweries.com/
福島県南相馬小高区にある『haccoba(ハッコウバ)』は、そんな“クラフトサケ”ムーブメントの中心に立つうちのひとつだ。東日本大震災の影響で一時、住民がゼロになった町から、この新しい味とカルチャーを世界に届けている。
「ただ僕らは目新しいことだけをしているつもりはなくて。ある意味、トラディショナルな食文化を再構築しているんです」と代表の佐藤太亮氏は言う。
その背景にある思想とはなにか? なぜ再構築と語るのか? 小高の住宅街に馴染んで立つ『haccoba』の醸造所を訪ね、聞いた。

グレーを基調とした民家に、「haccoba」の白抜きロゴが目立つ
「若い奴らが、ただ新しい酒造りをしている」んじゃない
瓶底に漂うオフホワイトの澱をやさしく混ぜ、小さなグラスに注ぐ。口に含んだ途端、ふわっと甘い香り。追いかけて山椒のスパイシーな風味が立ち上がり、少しの酸味と酒の旨味が心地よく染み渡ってきた。
haccobaの人気銘柄『jam』は、ちょっと驚くほど新鮮な美味しさに満ちている。少しクセがあるのも、実に良い。日本酒でもワインでもない。『jam』をはじめhaccobaが造る酒は「クラフトサケ」と呼ばれる、また別の醸造酒だ。

haccobaで作られるクラフトサケの数々。グリーンで統一されたボトルに、ポップで親しみやすいラベルデザインでまとまっている
クラフトサケは、米と米麹を発酵させて造る日本酒の製法をベースとしながら、そこにビールで使うホップや、ジンなどに使うハーブやフルーツなども加えて発酵させる醸造酒を指す。
税法上、「清酒」に区分されないため、「日本酒」と名乗れないが、むしろ発想次第でこれまでにない幅ひろい味や香りを創造できる。その自由さに魅かれ、2010年代後半から急にクラフトサケの醸造所が増えている。2025年5月の国税庁統計年報によると、清酒の出荷量は1973年と比較して2023年には3割以下にまで減った。しかしクラフトサケは、じわじわと存在感を増しているわけだ。
「haccoba」はそんなクラフトサケ醸造所の代表的な存在だ。創業は2020年。福島県の浜通りと呼ばれる地域、南相馬市小高区の住宅街でオリジナリティにあふれた“クラフトサケ”ブランドとして、耳目を集める。
佐藤氏「というと、何だかすごく新しい試みのように捉えられることが多かったのですが、違うんです。東北地方では昔から花酛(はなもと)というどぶろくの製法がある。東洋のホップといわれている唐花草などを米や麹と一緒に入れてお酒を造っていた。日本酒の新しいジャンルというだけで走っているわけじゃない」

株式会社haccoba 代表取締役 佐藤太亮 氏
「haccoba」の代表・佐藤太亮氏は屈託ない笑みの奥に強い意思をたたえながら言葉を続けた。
佐藤氏「ポッと出の若い奴らが、何の脈絡もなく新しい酒造りをしているなんていうと、伝統的な日本酒文化の冒涜になってしまう可能性もある。そうじゃなく、また別の形で醸造酒の豊かな文化を広げ、伝えたい。僕らはそう考えているんですよ。福島の地で醸造所を起こしたことも含めて」

縁側ベンチの大開口窓の先には、ウッドデッキが庭に広がる。開放感あふれ、人も集まれる設計になっている
楽天とWantedlyを経て、酒造りにたどり着く
佐藤氏の「酒造り」への愛情は筋金入りだ。今から11年前、慶応大学に通いながら、バイトしていた居酒屋で日本酒の美味しさにまず惚れた。
一方で経済学を学び、「都市と地方の格差」について強い課題感を持っていたという。経済格差がそのまま教育格差に連鎖し、地域格差を再生産していく。そんな悪循環を打破したい思いから、実際に石川県の能登までまちづくりを手掛ける事業にインターンとして参加した。
ここで2つが重なった。
佐藤氏「能登は発酵文化がとても豊かで、醤油、味噌、そして日本酒などのすばらしい造り手がたくさんいたんです。しかも先祖代々の脈々と続いている酒造りとその文化を引き継ぎ、残す、大きな志みたいなものがあった。地方経済の発展にもつながる。憧れましたね」

酒造とパブを組み合わせた内装。酒造りの現場を見ながら、haccobaのお酒を味わえる
もっとも、大学卒業後に選んだ就職先は楽天だった。
理由が2つあった。ひとつは楽天市場をとおして、地方創生に関わる部署が存在していたから。もうひとつは、能登でインターンをしているとき「地方でなにかやるなら大学を出たあと、それなりに大きい会社でなにかを成し遂げるような力をつけてからじゃないと話も聞いてもらえないよ」とアドバイスを受けたことだったという。
佐藤氏「実際、楽天では楽天市場の営業担当だったのですが、入社1年目から地方創生グループに勝手にDMを出して、ちょっと混ぜてもらったりもしていました。ただやはり大きな企業なので、『まずは自分の持ち場の仕事を』という声が多くて、難しかったですね。当たり前のことですが(笑)」
そこで1年後の2016年に転職したのがWantedlyだった。「共感」を軸に企業と求職者をつなげる採用プラットフォーム。給与や待遇、学歴や年齢ではなく、企業の理念やカルチャーフィットを大事にマッチングする思想は、教育格差を問題視している佐藤氏ともフィットしたことが、理由のひとつ。
加えて、マザーズ上場を果たす直前で、スピード感をもってあれこれ任せてもらえると踏んだことも大きな理由だったようだ。
佐藤氏「しかも当時はスタートアップなどのベンチャー企業がほぼ必ず登録してくださるタイミングでした。なので『日本酒や地方創生に関連するお客様があれば、担当させてください』と積極的にアピールしていましたね」

ショップは、10:00-17:00(月曜定休)で、8席からなるブリューパブは17:30-22:30(金土日営業)で予約制
そして出会ったのが、2016年に創業したスタートアップのWAKAZEだ。くだものやハーブとともに発酵させた今でいう「ボタニカル酒」として提案しはじめた、クラフトサケの先駆者。佐藤氏はWAKAZE創業者の稲川琢磨氏に、彼らが手掛けている新しい酒造りのかたちを聞いて「興奮した」と明かす。
日本酒(清酒)を造り、それを名乗るためには清酒製造免許が必要になる。しかし、日本酒の流通量が減る今や、新規でこれが発行されることはほとんどないのが現状だった。
佐藤氏「だから『酒蔵を起ち上げたい』という夢は持っていましたが、半ばムリだとあきらめていた。しかし、稲川さんがやろうとしている米や麹以外の材料をいれた醸造酒ならば『その他の醸造酒』として区分されるため、清酒製造免許が必要ない。日本酒とは名乗れませんが、そのスタイルなら新しい形の酒蔵ができると教えてもらえましたからね。興奮しますよ」
ちょうどクラフトビールやクラフトジンといった、新しい酒造の潮流が人気になりはじめた頃でもあった。日本酒の領域でも、同じような新しい波が生み出せるのではないか、そう考えたわけだ。

実は「興味があるなら一緒にやらないか」とWAKAZEへのジョインも誘われたが、佐藤氏は独立を選んだ。WAKAZEは東京の三軒茶屋に最初の醸造所をつくっていて、そこへ誘われたのだ。
佐藤氏「しかし自分の力で起ち上げたい気持ちが強かった。あと地方でやりたい、というのもありましたね。実のところ、最初はアメリカの西海岸で起ち上げようとも思って視察もしたのですが、ちょっと雰囲気が合わないし、家賃などの固定費が高すぎる。もともと日本の発酵文化をルーツとしたお酒に惚れたのに、いきなり海外で造りはじめるのは、自分にウソをついているような気もしてやめたんです。むしろ日本で自分たちのホームタウンと呼べるような場所でやってみたかった」
選んだのが、福島県南相馬市、小高区。東日本大震災による福島第一原発事故の影響で一時は避難指示区域となり、1万2,000人以上いた住民が一時は0人になった町だった。

この町で造る意味があった
小高との出会いは偶然だった。
ブルワリーの場所を探す中、南相馬市小高区で、「地域の100の課題から100のビジネスを創出する」というミッションのもとにインキュベーション事業を手掛ける地元出身の和田智行氏と知り合った。
佐藤氏「一度、人口がゼロになった町を復興させること。大企業や中央に依存せずに、自律的な地域として再生したいと和田さんは考えていた。そのためにこの地で新しいなにかをしたい人たちを積極的に誘致していたんです。当時はとくに『ブルワリー(醸造所)を求めている』と」
米やくだものなどの農産物を使う酒造りは、地域の一次産業に付加価値をつけ、活性化させるきっかけになりうる。地域そのもののブランドも高める可能性も高いうえ、そもそも近辺に酒蔵などがほとんどなかったことも和田氏の「ブルワリーを求める」意図にあったようだ。
一方の佐藤氏は、「運命めいたものを感じた」という。
佐藤氏「僕の誕生日が3月11日なんです。2011年のあのときからずっと福島は心のどこかにあった。しかも、妻が南相馬に近いいわき市出身でしたからね。そしてゼロからリスタートした小高で、クラフトサケというゼロからの挑戦をはじめるのは文化としての親和性も高いと考えました」

周囲からは反対の声が多かった。2016年7月12日には地域の除染も終え、2011年からの避難指示が解除されたとはいえ、まだまだ原発事故の風評被害が強かった頃。食関連の事業をはじめることは、いかにも「リスクが高い」地域に思われたからだ。
しかし、佐藤氏は正反対。むしろポジティブにとらえていた。
佐藤氏「社会課題に正面から向き合って、その課題解決を担うための事業を行う。世代的なものもあるかもしれませんが、僕ら自身が、そんな企業やブランドに共感を覚える。風評被害などの課題を持った小高発で新たな試みに挑む、ソーシャルグッドにつながる事業は、むしろブランド価値を感じてもらえる可能性すらあると考えたのです。まあ……そう思い込んで、エイヤと飛び込んだ面もありますが(笑)」

企業としてどう見えるか。何を真ん中において走っているか。そんな姿勢を、同じく共感してもらえる人たちに刺さってほしい。こうした思いが、クラフトサケブルワリーhaccobaの中心にあったわけだ。
もっとも、理念や思いがいくら崇高でも、ちゃんと届かなければ意味がない。とくに日本酒のスタンダードとは違う「クラフトサケ」という当時は存在せず、市場も何も見えない中での挑戦だ。
その意味で、haccobaは味もブランドも、事前にできるだけ練って造られていた。
佐藤氏「そこで起ち上げ当初から、味もブランドの見え方も、『体験設計書』みたいなものをつくって臨んでいます。市場が存在しないカテゴリーだからこそ、ちゃんとどう体験されるかまで見通して走り出したかった。また単に飲料をつくるのではなく、ブランド体験全体をつくることが、『酒造り』だと思っていたので。もっというと、自分たち、造り手自身にとって、そうした体験を想像したうえで、ようやくいい酒造りができると考えていますからね」

日本のサケ文化をもっと開くために
まず「味」は、新作を造るたびに体験設計書をつくっているという。たとえば、メインプロダクトともいえる『はなうたホップス』の場合。
まずは「お酒好きで、できればクラフトビールやナチュラルワインといったこだわったものが飲みたい。けれど、日本酒はそうした領域の商品がなくて、あまり手を出さなくなっている」といったペルソナをまず設定した。そのうえで「ならば、どんなボタニカルを入れるか」「どういった味わいを強くするか」「ラベルのデザインは」といった部分をつくりあげたという。
佐藤氏「醸造酒造りの製法は、haccobaを起ち上げる前に『WAKAZE』で少し学んだ後、新潟ですばらしく僕好みの日本酒を造っていた『阿部酒造』で1年間、修行させてもらいました。その後、前述したWAKAZEでも数週間修行。それらをベースに、体験設計書にしたがって、僕らはクラフトビールの味わい、見せ方をベンチマークしたところがあります」
1994年の酒税法改正でマイクロブルワリーが設立可能になったこともhaccobaのような小さな醸造所が多々生まれた背景にはある。その改正とアメリカでのブームも飛び火して、2010年代から日本でも先に人気になっていったのが、まずはクラフトビールだった。

haccobaのクラフトサケも、クラフトビールに習って「ホップで柑橘系の香りが強い、苦みと爽やかさのある酒」「パイナップルを感じさせる少しトロピカルな風味のあるお酒」といった具合にレシピを造った。同時に、商品説明もそれらのクラフトビールでよくみる表現を借りることで、味を想像しやすくし、かつ日本酒を避けがちだった層にも興味をひかせるように工夫したという。
もっとも、ふつうの日本酒ならば、100年以上続く歴史とデータがあるため、「どうすればどんなお酒ができるか」といった方程式がある程度読める。しかし、そこに「ホップやくだもの」といった新たな“変数”を加えると、実際どんな味になるか見えにくい難しさがあったという。
佐藤氏「なので、いろいろ試しながら、自分たちの舌で味を確かめるしかない。当初の酒造りは、一昨年独立して『ぷくぷく醸造』を起ち上げた立川(哲之)くんがジョインしてくれたことも大きかったですね。全国の酒蔵をめぐる旅をしていたような真の酒好きで、確かな舌を持っている」
醸造所内に飲食スペース(予約制)をつくり、タンクを眺めながら飲めるようにしたのも、クラフトビールのブルワリーにインスパイアされたものだ。

醸造所には、タイル調の爽やかな白い柱を囲うようにサーマルタンクが3台並ぶ
さらに、クラフトサケを同じ頃にはじめた『WAKAZE』や『稲とアガべ』などと同業者団体「クラフトサケブリュワリー協会」を発足。合同イベントやコラボレーションなどをうつことで話題性を集めて、テレビやウェブなどのメディアにとりあげられたのも、クラフトビールの隆盛を参考にしたという。
佐藤氏「アメリカのクラフトビールムーブメントも、小さな各地のブルワリーが早くから集まり、アソシエ―ションをつくることで盛り上がった。『最近、流行っているらしい』と注目を集めやすいですからね。実際、僕らが協会をつくったことでNHKや酒関連の雑誌に取材されて、多くの方に知っていただけました」
協会を発足させた頃に、あらためて日本酒以外の材料を入れて発酵させるクラフトサケが、何も新しい製法ではないことも明確に打ち出し始めた。
『諸国ドブロク宝典』という文献を発掘。そこに各家庭で昔から実践されていたドブロクづくりの手法に、ホップ(唐花草)を使った酒造りが多く載っていたことも、斬新な取り組みを味とともに伝えるように意識した。

『諸国ドブロク宝典』(農山漁村文化協会発行、1989年出版)
佐藤氏「日本酒は名乗れなくても、同じ文脈の中にあり、先人たちへのリスペクトの思いも伝えたいですからね。もちろんブームに終わらせず、ちゃんと広く受け入れていただきたい思いもある」
こうしてクラフトビールを参考に体験設計からひもとかれたhaccobaのクラフトサケは、都市部を中心としてトレンドに敏感な層や、グルメ、料理人などに支持されて、広く飲まれるようになった。
「日本酒は苦手だけど、haccobaのサケは飲めちゃう」「クラフトビールからクラフトサケ好きに移った」「クラフトサケから日本酒にも興味を持ち始めた」といった声が多く届くという。
その人気から大手のデベロッパーから声がかかり、今は東京・大手町での新しい醸造所づくりまで計画中。クラフトサケの世界は、さらに広がっていきそうだ。
佐藤氏「『首都圏の大手と組んで……』というと、なにかまた都市部に巻きとられるようなイメージを持たれるかもしれませんが、むしろ逆です。しっかり大きな資本の方々と組んで、良い意味で利用していきたい。格差解消への意識もまだあるし、クラフトビールのようなインディペンデントっぽさや、カウンターカルチャー側であることも誇りに思っていますからね(笑)」
少しだけクセがあるのは、haccobaの良さで、強みだ。

取材・文/箱田高樹 写真/田巻海 編集/鶴本浩平(BAKERU)




