世界中で加速度的に広がる「無人コンビニ」の波。
アメリカでは「Amazon GO」、中国では「ビンゴボックス」を筆頭に拡大しており、日本でも2018年10月にJR東日本が赤羽駅で実証実験を行っている。人件費の削減、データ活用、利便性向上など、“未来のコンビニ”は、多くの可能性を秘めた領域を切り開いている。
この無人コンビニの領域で、2018年6月、冷蔵ショーケースを使い、弁当やパン、カップ麺、ヨーグルト、お菓子などを販売する事業に乗り出したスタートアップがいる。600(ろっぴゃく)株式会社だ。
LINEに買収された決済サービス『WebPay』の創業者でもある600代表の久保渓氏に話を聞くと、「無人での人件費削減」や「待ち時間の解消」といった革新の背後に、彼の目はより根本的な消費者の変化、そして購買体験の変化を見据えていた。
久保氏が見据える無人コンビニは、これからの小売をどのように変えていくのかを伺った。
北米の先進事例に見た、無人コンビニの可能性
——久保さんは、なぜ「無人コンビニ」事業を手掛けようと考えられたのでしょうか?
久保:きっかけは、前職時代、コンビニへの行き来に使っている時間の無駄に対する苛立ちがありました。高層ビルだったのもあり、ランチタイムには混雑するエレベータを上り下りし、レジの行列に並ばなければいけない。ここで時間を浪費するくらいなら、仕事や家族と過ごすなど、自分のために時間を使いたいと思っていたんです。
——久保さん自身が感じていた課題が入り口だったんですね。では、どのように事業化へと繋がっていったのでしょうか?
久保:WebPayが買収された後、LINEで事業を手がけていた時に半分趣味でリサーチを始めたんです。アメリカに『Pantry Retail』という、オーガニックフードやサラダを冷蔵ショーケースで無人販売するビジネスがあったので、それを参考にしつつ、プロトタイプを作ろうとしました。冷蔵庫を購入しては分解して壊し、分解して壊し……を繰り返し、おそらく何十〜何百万円分の冷蔵庫を壊しましたね。
——すごい(笑)。
久保:昨年の5月、ちょうど妻が出産するタイミングだったこともあり、LINEを退職して少し休もうと思っていました。しかし、趣味で続けていたプロトタイプが完成しSNSで公開したところ、周囲の反応がとてもよかった。そこから様々な人を巻き込んでいくうちに、起業したほうがいいなという流れになりました。
——Pantry Retailを参考にされたというお話でしたが、諸外国に目を移せば、Amazon GO、中国のビンゴボックスなど、無人コンビニを手がける企業は増加しています。そのような時流も影響しているのでしょうか?
久保:私の場合少し違う視点からですね。起点はあくまで「Pantry Retail」の面白さと「社会変革」に繋がる可能性からです。もしも、彼らがサンドウィッチやサラダだけでなく、コンビニにあるようなさまざまな商品を取り扱ったらどうなるか……。そこから、自販機くらい近くて、コンビニくらいなんでも購入できる冷蔵庫という600のアイデアへと変化していきました。
無人コンビニの本質は、商圏メッシュの変化
——久保さんが感じた、社会変革の可能性とはどのようなものでしょうか?
久保:「商圏メッシュの縮小」です。商圏メッシュは80年代から現代に至るまで、時代と共に小さくなっているんです。80年代にピークを迎えた百貨店は半径50km程度の商圏を設定し、ショッピング体験も「来月には家族で高島屋に行こう」というイベントになっていました。
それが、90年代に全盛を迎えたスーパーになると、商圏範囲は5km程度に縮まり、その頻度も1週間に1回程度に変化。さらに、97〜98年ごろから現在に至るコンビニ全盛の時代になると、500m程度の商圏で、毎日の買い物という頻度へと変化してきました。
——商圏が狭くなるとともに、利用頻度も高まってきているんですね。
久保:この商圏の変化は、テクノロジーの変化に似ています。かつて大学にあったスーパーコンピュータが、一家に1台のパソコンになり、やがてひとり1台のスマートフォンになりました。テクノロジーが発達し、身近になればなるほど接触頻度が上がっていくんです。
同様に、小売も身近になっていく。600では商圏範囲を「50m」に設定し、1日に何回も購入するという購買行動を想定しています。無人コンビニというと、どうしても「無人」であることが注目されがちですが、その本質的な挑戦は商圏の変化なんです。
——久保さんが狙うのは、あくまで「小売ビジネスの効率化」といった観点での無人ではなく、人々の消費行動を変化させる、商圏の変化だと。
久保:その通りです。しかも、今「アーバニゼーション(都市化)」が全世界で進行しています。この現象は発展途上地域ばかりでなく、アメリカや日本といった先進国でも見られている。経済規模やフェーズに関わらず、メガトレンドとして人々は都市に流入し続けているんです。
人は都市に生活するようになると、時間を効率化し、無駄をなくしたいと思うようになる。すると、移動時間を削減する商圏メッシュの縮小は、世界的なトレンドとなっていく。つまり、このビジネスは、これからの時代に世界中で求められるようになる可能性があるんです。
コンシェルジュが無人コンビニをアップデートする
——スマートフォンが瞬く間に世界中を席巻したように、商圏の縮小も避けられないトレンドになっていくということですね。では、600はどのように設置され広がっているのでしょうか?
久保:現状は、元々私がサービスをはじめたきっかけにもなった、都内のオフィスを中心に設置を進めています。オフィスで働く人々は、休み時間が限られており、それぞれが時間の効率化に対する意識を持っている。そこに、ユーザーニーズがあるという判断です。
——まずは、元々課題を持っているところからはじめられていると。600で販売する商品はどのように決まっていくのでしょうか?
久保:ベースは、既存コンビニを参考にしています。コンビニの陳列は、1年52週の週ごとで品揃えが計画されています。その天気等の変数はありつつも、ある程度、その週で何が売れるかは予測可能なんです。弊社でも、52週の計画から「定番商品」をピックアップ。その上で、設置する企業に合わせたセレクトを行っています。
例えば、エンジニアの多い企業なら、栄養ドリンクや缶コーヒーがよく売れます。ただ、同じコーヒーでも、集中するために飲むブラックと、疲労回復のための微糖ではニーズが異なりますよね。若い人が多い企業ではジュース系の炭酸飲料が売れるし、女性が多い企業ではスムージーや野菜ジュースが必要になる……。同じようなIT系企業でも、商品構成は企業ごとに全く異なるんです。
——陳列スペースも限られている中、企業ごとに必要とされる商品を見極められているのですね。
久保:それが600の特徴でもあります。600では「コンシェルジュ機能」というユーザーの声を拾い上げる機能を設けています。単に決まった商品を並べるだけではなく、企業ごとのニーズに答えられるようコンシェルジュがサポート。ユーザーはLINEやSlackなどのチャットツールで弊社のサポート担当に「マスクがほしい」「汗ふきシートがほしい」「炭酸水がほしい」といった要望をリクエストできます。
リクエストは、細かな指定でも構いません。たとえば僕の場合、グミは「明治果汁グミ」の「ぶどう味」しか食べません。グミにもいろいろありますが、この味が好きというこだわりがある。そういったニーズにも可能な限り対応できるような体制を整えています。
——しかし、個別の要望に対応するためには、仕入れや補充などのオペレーションコストが増加しそうにも見えます。在庫管理、補充への負荷はないのでしょうか?
久保:実際、コンシェルジュに要望される商品も99%がコンビニで置かれている商品なので、特殊な対応をする必要はほとんどありません。残りの1%については……頑張って対応します(笑)。在庫管理や補充は「プラネット」と呼んでいる補充基地と「サテライト」と呼ぶ小さな拠点を用意。プラネットにはコンビニとほぼ同程度の品揃えをカバーするラインナップを置き、サテライトにエリアごと必要な商品を貯めています。
——これまで特に印象的だった要望はありましたか?
久保:以前、「神戸牛を置いてほしい」という要望がありましたね(笑)。ただ、生肉を置くためには食肉販売業の資格が必要です。そこで、Slackでユーザーと話し、神戸牛の高級ビーフジャーキーを置くことになりました。これは、その企業の社長が購入し、社員みんなで食べたそうです。
——なぜ、そこまでコミュニケーションコストや手間を掛けても対応をされるのでしょうか?
久保:我々のビジネスは、オフィスへの設置費を頂く月額課金と、商品の売り上げの2軸で売り上げを立てています。そのなかでコンシェルジュ機能は、購買する人の満足度を高め、より利用していたくために欠かせない要素だと考えているんです。
神戸牛のビーフジャーキーを置いた企業では、600を導入した初期に「こんなものまで大丈夫なのか!?」という原体験をつくれた。結果、現在でも高水準で利用されています。例外に対応することで驚きを作り、ファンの獲得へとつながる。もちろん、個別対応にもできること、できないことがありますが、できる限り要望には応えていきたいと思っています。
定番商品とコンシェルジュサービスによって、商圏50m時代の顧客体験をデザインしている600。そこでは、全く新しい購買体験が生み出されていた。後編では、600が企業に与える新たな体験を追っていく。