「顧客の声は聞かず、“人類史”に立脚して、ものづくりをする」
2013年、丸の内の「KITTE」に誕生した異色の店舗「THE SHOP」を運営するTHE株式会社の代表取締役 米津雄介氏はこう語る。
店内には日用品や生活雑貨、衣類など一見普通の商品が並ぶ。ただ、商品を並べる上で、一つだけ決まりがある。それは、“いずれも1種類ずつしか置かない”こと。「これぞ定番と呼べるものだけを集めた店」——がTHE SHOPだからだ。
THEは、4人の男たちによって立ち上げられた。各領域の一線で活躍する彼らが詰め込んだ哲学は、THEが提供するオリジナルのプロダクトとして結実している。
くまモンやドコモの「iD」を手がけたことで知られるクリエイティブディレクターの水野学氏、工芸技術を使った生活雑貨を扱う「中川政七商店」代表取締役の中川政七氏、相模鉄道の電車デザインや観光庁後援の「おみやげグランプリ2015」にて最優秀賞を獲得した「富士山グラス」を手がけるプロダクトデザイナーの鈴木啓太氏、そして、総合文具メーカーでプロダクトマネージャーを務めた後、THE株式会社の代表取締役を務める米津雄介氏。
2018年には京都に店舗を進出し、今後、渋谷、横浜にも出店が決定するなど、徐々にその規模を拡大するTHEには、どんな叡智が詰め込まれているのだろうか?米津氏に話を聞くと、その背景にはひとつのブランドのみにとどまらず、日本社会を変えていく大きな視野が広がっていた。
差別化によって失われた「基準」を生み出す
——まず、どのようなコンセプトから、THEは立ち上がっていったのでしょうか?
米津:「これこそは」と呼べるもの=THE(ザ)と考え、「THE ○○」を作っていく——これが、THEが掲げるコンセプトです。というのも、僕らは、「差別化」という考え方に対し長年違和感を覚えていたんです。
マーケティングの世界では、90年代頃から「差別化戦略」がキーワードになってきました。車というジャンルであれば「もっと燃費のいい車を」「もっと早い車を」という直接的な部分から差別化がはじまり、その差別化の掛け合わせでさらなる差別化を産むことで、選択肢が拡大していく。その一方で「基準」や「真ん中」と言えるベーシックな商品が減り、消費者が何を基準に選べばいいかわかりにくい時代になってしまったと思います。
ジーンズならば、『リーバイス501』を基準にして「もっと男っぽいもの」「もっと柔らかいもの」と選ぶことができるように、THEでは、その商品ジャンルにおける「将来の基準値」となるような製品をつくりたい。そして、THEの製品が、その「基準値」を引き上げていきたいと考えています。
例えば、僕らがつくった『THE 醤油差し』は、一見するとただのガラス製の醤油差しですが、絶対に「液だれ」をしないように計算されています。実は、この製品をつくるまで、「液だれをしない」ということを基準として作られたガラス製の醤油差しは存在しませんでした。「醤油差し=液だれをしない」という基準が広がれば、他のメーカーからも液だれしない醤油差しが登場していく。すると、醤油差しというジャンル全体の基準値は引き上げられていくようになります。
ものの歴史には「民意」が詰まっている
——見た目の奇抜さ、付加機能の細かなバージョンアップといった表面的な差別化ではなく、醤油さしの本質を追求し、その「基準」をアップデートしようとしているんですね。では、THEでは、どのように新たな「基準」を探していくのでしょうか?
米津:ものには歴史や系譜があります。音楽プレイヤーであれば、蓄音機からレコードが生まれ、カセットデッキ、ウォークマン、そして iPod、iPhoneと変遷をたどってきた。長い年月を経て生まれてきたものには、必ず進化の過程がある。そこには、人々が何を必要とされてきたのかという「民意」が詰まっているんです。
だから、僕らは、プロダクトを作る時に長い時間をかけて入念に調べます。歴史を調べることで、ものがどのような進化を遂げ、どのようなものが淘汰されていったのかがわかり、そこに注ぎ込まれてきた「民意」を学べるからです。
そして、そのリサーチを、水野、中川、鈴木、そして僕という4人のプロフェッショナルがグラフィックやプロダクト、流通、販売といった観点から検証します。特に、僕らが「THE5ヶ条」と呼んでいる「形状」「歴史」「素材」「機能」「価格」という5つの側面から見ていきます。この過程は、顧客調査よりも、はるかに気づきの源泉になり、潜在ニーズを発見できる。入念なリサーチを経て、4人の観点を集約して生まれるのが、「将来の基準」を目指すTHEの製品なんです。
——多くの企業では、製品開発にあたって顧客の声を聞きますが、THEの場合、ものに詰め込まれた「民意」を聞いているんですね。
米津:そう。その意味では、顧客視点に立つのではなく、「人類史」に立っていると言えますね。
——では、顧客の声を直接聞くことはないのでしょうか?
米津:製品開発の段階では、ほとんどないですね。そもそも、開発段階でお客様に言われて何かに気づくようなことは、提供する側としてあってはならないと考えています。
ただし、お客様の考え方や感じ取り方を知って、変更を加えることはあります。「THE醤油差し」は当初、「家庭にひとつ、一生使える道具を」というメッセージを込めて、桐箱入りで売っていたんです。
しかし、数年にわたって販売を続けると、オリーブオイルやラー油にもこの醤油さしを使いたいという声があがり、実際に2個目、3個目を買うお客様も増えてきた。複数個購入するお客様にとっては、桐箱は不要ですよね。そこで、紙箱のものを用意しました。
また、お客様ではありませんが、製品開発の段階で周りの人々から感想を聞くことはあります。『THE TOWEL』を開発する過程では、周囲の人に試してもらい反応を集めたのですが、素材にこだわってもなかなかいい評価がもらえずに悩みました。
ただ、いろいろな人の話を聞いているうちに、男性と女性でタオル観が違うということ気が付いたんです。そこで、タフでガンガン使える「for GENTLEMEN」と、柔らかさや軽さ、吸水性を重視する「for LADIES」という2種類を開発しました。
環境も経済も「最適」であることが定番には求められる
—— THEでは、これらの定番商品をあえて店舗をメインに販売されています。それはなぜでしょうか?
米津:THEの持つこだわりをお客様へ伝える上で必要だからです。製品の背後にある考え方を正確かつ、適切に伝えるには、お客様と1対1でコミュニケーションを取らなければならない。そのためには、お客様が能動的に入ってくる実店舗が極めて有効な手段です。価値観や思想面を共有することは、ECだけではまだ難しいと考えています。この考えは、商品のストーリーを伝える上で店舗での対話を重視する中川が起案しました。
参考記事:お客様の心に触れるスタッフは“売り手”でなく“伝え手”だ―― 中川政七商店「らしさ」の先にあるもの
——なるほど、製品のこだわりやTHEというブランドの目指す姿を伝えるために、あえて店舗で販売しているのですね。
米津:商品やブランドだけではありません。THEでは「最適(という概念)と暮らす」をビジョンとして設定しています。これは製品だけで完結するものではありません。THEというブランドや製品が関わる、環境や経済、文化に至るまでが「最適」であることを目指しています。
THEの中でも人気のある『THE 洗濯洗剤』は、湘南の海をきれいにする活動を展開する洗剤研究メーカー「がんこ本舗」と共同開発しました。これ1本でほとんどの素材の衣類が洗える上に、使用する洗剤の量が1回の洗濯でティースプーン1杯分程度と少なく、それに伴って界面活性剤の量も市販の洗剤の約1/10程度。また、24時間で94%、7日間で100%が水と二酸化炭素に分解されるため、環境負荷がとても低い。日本の水質汚染の原因は、6-7割が家庭の洗濯に起因します。洗剤を変えることで、水質改善に寄与するんです。
—— THEの洗濯洗剤を使うことで、結果的に環境負荷も低減させる意味もあるのですね。
米津:アパレル製品の開発を始めた背景にも環境に対する意識がありました。ファストファッションの台頭などによって、世界の洋服の製造量はこの20年で3倍に増加しました。それに伴い、捨てる量も3倍に増え、現在は20年前に作られていた服の総量とほぼ同等が毎年ゴミとして捨てられている。
この状況を変えるには、プロダクト(道具)として考えられたもっと長く使える服があってもいい。一昨年から販売を開始した『THE Sweat』は「吊り編み」という旧式の特殊な編み方をした生地を使用したもの。この編み方によって作られた生地は年月を経ても柔らかさや耐久性が落ちづらく、20年でも30年でも着続けることができるんです。
——いずれも、環境負荷の低い製品を通し、環境における「最適」を目指していらっしゃる。ほかにも「最適」を目指し、配慮されている点はありますか?
米津:ものづくり産業に対する経済的なスタンスも同様です。近代では経済成長が進むにつれ、需要と供給の関係が逆転しました。ものが溢れる時代に突入し、「ただ単に安いことが正義」という考え方が産業全体に蔓延して久しいですが、本来、ものを安く作るためには、高回転させるか、省エネか、安く働くか、どれかが必要です。発注側が深く考えずに行う単純な規模の理屈では、工場やつくり手に我慢競争を強いることになります。これは最適な状態とは言えません。
例えば、ものづくりの現場においては、同じ製品を複数の工場に発注する「2社購買(多社購買)」というシステムが当たり前になっています。このシステムは工場が停止した時のリスクヘッジや恒久的な品質保持や改善という面もありますが、工場に対して競争という原理だけで価格を下げる圧力にもなりうる。また、共同でものづくりを深く研究していくにあたってそれぞれと同じ議題で話し合うコストも嵩む。それであれば1社と長く深く取引をしていく方が良い。THEは、1ジャンル1社としか取引をしないと決めています。
それによって、「ちょっとほつれてしまうんだけど……」「何でほつれちゃうんだろう?」と、メーカーとより深く話し合いながら製品をブラッシュアップする関係を構築できるし、我慢競争が生んだお互いを利用し合う関係性ではなく、信頼を築きながら一緒に考える最適な関係性に発展できると考えています。
——自然環境、業界構造など、「製品」の外側まで、THEの求める「最適」は徹底されているんですね。
米津:自社の製品やブランドのことだけを考えていると、そのうち製品を作ったり、届けたりすることができなくなる日が来るかもしれない。そうならないために、全てにおいて「最適」な状態で製品を生み出していくことが「定番」を追い求める上では欠かせないと考えています。
常に課題と向き合い、基準を引き上げ続けていく
——定番を生み出す上では、製品を中心とするあらゆる周辺領域の基準を上げていかなければいけないと。
米津:「自然環境」「ものづくり経済」そして「道具の文化」と、産業の中で自分たちのプロセスを貫いていくことで、それが基準となり世の中を変えていく。そのための提案をTHEは行っているんです。
また、THEが培った知識や方法は積極的にオープンにしていきたいです。THEにはデザイン、マネジメント、ものづくりといった各ジャンルのプロフェッショナルが集まり、1個の製品について徹底的に考えている。その知見をメーカーさんやお客様に共有することで、相互にものづくりの知識やリテラシーが育まれていくことが理想です。
——お話を伺っていると、THEにとって、優れた製品を製造することと社会を変革する行動が等号関係で結ばれていることがよくわかります。そういった変革を積み重ねる中で、THEは、何を目指していくのでしょうか。
米津:THEは、ものづくり産業やその消費における社会的課題が起点になってブランドが立ち上がっています。その課題がなくなった時がゴールでしょう。ただし、ものづくりの歴史を振り返れば、ひとつの課題が解消されても別の課題が発生していく。課題そのものがなくなることはないのだと思います。つまり、THEは永遠にゴールにたどり着けない。常に課題と向き合い続け、基準を上げ続ける存在でありたいです。
そのために、「ブームにならないように」を合言葉にしています。一過性のブーム=情報として消費されないため、成長速度や、製品特徴の伝え方にも気を配っているんです。例えば、環境問題の話をするときに、みんなが使っている「サステナブル」や「エシカル」といった口当たりのいい言葉は極力避ける。一時的に盛り上がり、消費されることよりも、しっかりと着実に進んでいくことを選んでいます。
——「定番」をつくるためには、一時的な盛り上がりにとらわれることなく、着実に進んでいくことが大切なのですね。
米津:店舗展開も慎重に選んでいます。直近は、2019年の秋に渋谷、2020年の春に横浜にTHE SHOPがオープンする予定ですが、それ以前はずっと丸の内の1店舗だけで営業し、去年2店舗目の京都を立ち上げたくらいです。ここ最近で、多少角度をつけてひろげはじめました。とはいえ、普通のブランドに比較すると、成長スピードはとても遅い。ただ、定番にはそれも必要だと考えています。
THEの描く未来は、時を問わない「普遍性」が求められる。
“定番”として歴史に名を残すものは、長い時間軸で物事を捉えなければならない。顧客の声をあえて聞かず、歴史の中に残された“民意”を読み取るスタンスは、“今”にとらわれず、普遍的に存在する“見えない顧客の声”を知るスタンスとも言えるのではないだろうか。
同様に、「ものづくり」を中心とするエコシステムにあるあらゆる領域・ステークホルダーの「基準値」を上げることも、“今”にとらわれない普遍的な「正しさ」を追い求める姿勢にも言えるだろう。自身の向き合うべきはいまここにいる顧客だけなのか。
「THE」はそんな問いを投げかけているかもしれない。
取材・編集/小山和之 文/萩原雄太 撮影/加藤甫