パナソニックが手がける「FUTURE LIFE FACTORY(以下、FLF)」は“未来の豊かさを問い、具現化するデザインスタジオ”として、2016年から活動を開始。事業部にとらわれない新領域に特化し「これからの豊かな暮らしとは」を問い直す社内組織だ。
現在6名のデザイナーが在籍し、人間の遺伝子データをもとにしたインテリアや家電、機械学習技術を活用したスマート知育玩具などのプロダクト開発から、SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)への出展・登壇、外部クリエイターを交えたイベント開催など、活動は多岐に渡る。
なぜパナソニックはこのような組織を必要としたのだろうか。そして、「これからの豊かな暮らしとは」という問いへの答えは。FLFに所属する井野智晃氏、FLFに所属していた足立昭博氏へのインタビューから、価値観の「ゆらぎ」が生じ始めた新時代の顧客像が見えてくる。
「誰からも愛されないブランドになるのでは」
――まず、FLFはどのような経緯で誕生したのでしょうか?
井野氏:今年で3年目となるFLFが生まれた背景には、いわゆる「モノからコトへ」という消費の変化があります。“新たな価値”をつくることが求められているのに、パナソニックの中では、変化への対応が不十分だと感じていました。社会が先行し、このまま取り残されてしまうのではないか……そんな危機感があったんです。
また、内部的な事情として、事業部ごとの縦割りの組織構造によって、例えば「テレビの事業部ではテレビのことしか考えられない」という問題を抱えていました。
というのも、これまでは例えば、高画質なもの、高音質なものを提供すれば生活者が購入してくれた。しかし、価値観が多様化していくことで、画一的な「高価値」を提案しても売れなくなっていくことが予測されていたんです。
今必要なのは「そもそもテレビは必要なのか」「他の映像の楽しみ方があるのではないか」と、テレビという枠組み自体を疑うような根本的な発想。しかし、そのような発想は縦割りの組織で仕事をしているととても難しい。そんなジレンマを抱えていました。
――それを打破すべく、デザイナーたちが立ち上がって、新組織をつくるために動きだした、と。
井野氏:前述した「モノからコトへ」という変化の中で、いちばん変わらなければならないのがデザイナーです。今のままではいけないと考えていた若手のデザイナーたちで、自分たちが抱いている危機感をまとめ、それの打破に向けた新しい組織のプランをつくり、上層部に直訴しました。これがFLFの立ち上げにつながりました。
――具体的に、どのような変化を必要と感じていたのでしょうか?
足立氏:例えば、パナソニックのプロモーションは、夫婦で一軒家に住んでいるような“誰もが憧れた暮らし”をベースにしています。しかし、ライフスタイルが多様化している東京のリアルな暮らしを見たときに疑問なのが、果たしてそれは“今の豊かな暮らし”なのだろうか、ということ。
これからのデザイナーは「モノ」ではなく「コト」をデザインしなくてはならず、そのためには細分化している暮らしを捉えながら、新たな価値観がスタンダードになった時代に備える必要があると考えたんです。
井野氏:社会全体を変えるような大きな提案だとパナソニック全体を巻き込んで動かなければなりませんが、FLFは6〜7人の小規模組織。「ジェンダーレス」「サステナブル」といった社会変化の兆しから新たな価値や切り口を提案するためには、小さな組織が持つ柔軟性が必要なんです。
「コト」が生み出す余白
――社会や生活者の変化の兆しを捉えるために、FLFではどのようなことをしているのでしょうか?
足立氏:おもしろそうな人がいたらコンタクトを取って、ヒアリングさせてもらっています。最先端にいるクリエイターや、新しい暮らしを実践している人に接することで、違う視点や常識を得られますね。
井野氏:そうして得た情報や、現在直面している世の中の課題から、まだ気付かれていない課題に気づき、デザインに落とし込んでいます。
例えば、SXSW2018で発表した「WEAR SPACE」は“集中力をデザインする”ウェアラブルデバイスです。視野角を調整できるパーテーションとノイズキャンセリング機能によって、集中を削ぐものからフリーになることができます。最近はオフィスがオープンになり、フリーアドレス制を採用する企業も増えるなど、コミュニケーションしやすい環境が整っていますよね。その一方で、集中が必要な作業がしづらくなっている人もいるはず。そんな「次」の課題からこのプロダクトが生まれたんです。
――反響はいかがでしたか?
井野氏:我々としてはオフィスでの利用シーンを想定していたのですが、いざプロダクトを公開してみると、別の形で使いたいという声が聞こえてきました。
「映画を観たい」「図書館で勉強したい」、親からの「子どもに勉強の習慣をつけさせたい」という声や、「ADHD(注意欠陥・多動性障害)の生活支援ツールとして使いたい」という声など。想定とは異なったターゲットが共感し、プロダクトの「余白」を見つけてくれたのが意外でした。
――「集中する」という「コト」に比重を置いたからこそ、そのような「余白」が見つかっていったんですね。
足立氏:そうですね。このプロジェクトでは、クラウドファンディングによってプロダクト開発の支援を受けた経験や、家電ベンチャーと協業するスキーム、そして何よりもデザイン組織が主体となって動く枠組みなど、既存のパナソニックのイメージから抜け出して新たな実績をつくることができました。最終的には、クラウドファンディングで1630万円を超える金額を調達し、現在FLFが企画デザインした商品としては初の製品化に向けて開発中です。
生活者が抱える「価値観のゆらぎ」
――3月に東京でおこなわれた展示会「EXPANDED SMALL(エクスパンディッドスモール)」は、「豊かさを拡げる2030年のくらし」をコンセプトに、コンパクトな住空間がさまざまなサービスとつながる、新たな「住み方」を提示していました。この展示で、2030年の暮らしにフォーカスしたのはどのような理由からだったのでしょうか?
井野氏:5年後では近すぎて予想がついてしまいます。少し先の2030年に焦点を当てると、東京の人口が減少し、社会課題が顕在化していくという社会的な変化が見えてきます。また、パナソニックとしても、若い世代にリーチしていきたいという課題があった。そこで、彼らが世の中の主役になっている時代として、2030年を設定したんです。
足立氏:2030年の暮らしを描くプロジェクトは、FLFの立ち上げ時から取り組んでいました。しかし、2017年秋に開催された「パナソニックデザイン展」において展示を行ったアイデアは家電デザイナーのみでビジョンを考えており、提案するプロダクトは家の中にあるものが中心でした。「未来の暮らしを考えるときに家の中に囚われていていいのか」という反省のもと、今回の展示に至ったんです。
2030年を考えるにあたって、家電だけではなく、住環境や社会全体のシステムにも目を向けなければならない。そこで今回はパナソニックの柱である「家電」「住宅」「車載」「B2B」の4つの事業領域からデザイナーが集まり、30年の生活者の暮らしを想像していった。そこで見えてきたのが「価値観のゆらぎ」というキーワードだったんです。
――「価値観のゆらぎ」とは?
足立氏:これまでは「冷蔵庫を買ったら幸せ」「テレビを購入したら幸せ」といった固定化した価値観が根強く存在しました。しかし、未来の生活者は「その時々で」柔軟に最良の暮らしを求めるのではないか、ということです。人生のあるとき、例えば子どもを育て上げ、夫婦二人の生活に戻ったタイミングでは、大きな洗濯機や冷蔵庫を所有していることが幸せでないかもしれませんよね。
そんな、日々ゆらいでいく生活者の価値観に対応すること。それをEXPANDED SMALLでは根本的な発想にしているんです。
――EXPANDED SMALLでは、「EXSMALL(エクスモール)」という移動式住居に暮らしながら、「VILLAGE(ビレッジ)」と呼ばれるシェアスペースで生活することを提案しています。多くのモノはコミュニティ内でシェアをするという発想です。住むことや所有することの意味が大きく異なっていますね。
足立氏:そもそも、「今の賃貸や一戸建ては自分たちの価値観に適した暮らし方なのだろうか」「自分たちの世代はどのような暮らし方に共感できるのか」という疑問がありました。
多拠点居住の先駆者にヒアリングをして、新たな暮らし方のインサイトを捉えていくと、庭付き一戸建てを手に入れることがゴールだった時代は過去のものとなり、もっと柔軟な「家」の姿が浮かび上がってきた。今回の提案の核は、「家」という従来は土地に固定されていたものであっても、車輪をつけて移動可能にすることで、概念的にも物理的にも柔軟性を獲得できる、ということでした。
今後は「家族」という考え方すらも変化していくかもしれません。血縁があるから家族なのではなく、価値観の合う人、信頼する人が「家族」となっていくことも考えられるでしょうね。
井野氏::未来を提案することは、人々の考え方を変え、ビジョンを変えていくことにつながります。実際、誰よりも僕自身が変わりました。他のメンバーよりも少し上の世代なので、家を所有したいという感情は当たり前にありました。しかし、EXSMALLの暮らしを見ていると、さまざまな可能性が考えられます。子どもが生まれて実家の世話になりたいときには、両親と一緒に住む家を建てるのではなく、EXSMALLを両親の家に近づけて一緒に暮らせる。フレキシビリティを獲得することで、人生が楽しくなると考えるようになりました。
FLFの活動はテレビの黎明期に似ている
――今後、FLFはどのような組織を目指していくのでしょうか?
井野氏:パナソニックのような大企業は、これまでプロダクトに対する憧れを作り、多くの人に購入していただくというマスを対象にしたビジネスモデルを展開してきました。しかし、それは次第に通用しなくなっています。既存のビジネスモデルを存続させていくことも重要ですが、それだけでは難しい新たな挑戦の部分をFLFは担っていきたいと考えています。
足立氏:FLFの活動は、パナソニックの中で「ソナー」や「センサー」の役目を果たすものだと思います。暗闇の中で価値観を発見し、世の中に投げかけて反響を観察する。だからこそ、今後は、価値があるかどうかを投げかけ、いち早くフィードバックを得るというスピード感もますます重視していかなければならないですね。
――そして、未来に対する新たなビジョンが生まれ、会社全体、あるいは社会へと還元されていく、と。
井野氏:もしかしたら、パナソニックのテレビ開発も、FLFがしていることに近かったのではないか、とよく考えるんです。当時のエンジニアたちも、社内から見れば「何かおもしろそうなことをしている」という程度の理解だったかもしれません。しかし、やがてそれが会社の屋台骨を支える事業にまで成長していきました。
FLFが生み出す提案が、今後パナソニックの王道になるのかは、まだわかりません。しかし、変化の兆しを見つけ、提案していくことで、未来へと貢献していきたいですね。
執筆/萩原雄太 編集/葛原信太郎 撮影/加藤甫