スキンケアといえば「毎日同じアイテムを同じ量使う」のが当たり前だ。しかし、その当たり前に違和感を抱いたことはないだろうか。肌の調子が日によって変わるのに、同じで良いのだろうかと。
資生堂ジャパンは、2018年からベータ版を提供していたパーソナライズスキンケア「Optune(オプチューン)」の本格展開を2019年7月1日より開始した。
オプチューンは、抽出液や保湿液を抽出するIoTマシンと肌の状態を測定するアプリを駆使し、ユーザーのその日の肌に合わせたスキンケアを提供する。マシンには5種類のスキンケアカートリッジがセットされており、アプリでの測定結果をもとに、80,000パターン以上から最適な配合を自動判別し2回のステップに分けて抽出。洗顔後はオプチューンだけでパーソナライズされたスキンケアを完了できる。
「パーソナライズスキンケア」という概念を加速させた点に加え、IoTマシンの開発やサブスクリプションモデルでの提供、ベータ版リリースによるテストマーケティングなど、資生堂にとっては初めて尽くしのプロジェクト。オプチューン開発の経緯や担当者の想い、これから実現したいことをブランドマネージャーの川崎道文氏に聞いた。
肌の状態は毎日変わるのに、スキンケアは同じものでよいのか
――オプチューン開発のきっかけを教えてください。
2016年12月、弊社社長の杉山(繁和氏)から「とにかく生活者志向で新しいビジネスを作ってほしい」とのミッションを受けたのが始まりでした。
資生堂はこれまでも「生活者の潜在的なニーズ」に寄り添うプロダクトを手掛けてきました。その前提があった上で「他社がまだ開拓できていない領域」や「今までやってこなかったこと」に取り組みたいとリクエストがあり、オプチューンの構想を練り始めたんです。
――相談の時点で、リクエストの内容以外に決まっていたことはありましたか?
ぼんやりとデジタルに舵を切りたいという方向は検討していたようでしたが、それ以外は特に決まっていませんでした。
――そこから、どのように開発を進めていったのでしょう?
まず、ライフスタイルが多様化している時代の背景にどのようなニーズがあるのかを模索しました。女性の社会進出が進み、生活の中で優先したいことがある中でスキンケアの“優先順位を下げざるを得ないけれど、最適なスキンケアを実現したい層”がいるのではないかと考えたんです。その層に提供できるソリューションは何かを考えながら、機能を設計していきました。
――そこから、パーソナライズに行き着いた経緯を教えてください。
資生堂が保有するユーザーデータや市場調査の結果をもとに、ゼロベースで理想的なスキンケアとは何かを議論しました。その際の着眼が、「肌の状態や環境は毎日変わるのに、スキンケアは同じものを使い続けるというのはおかしいのではないか」です。その日の調子に合わせて複数のアイテムを使い分けている方もいますよね。それなら、その日の肌に合わせて変化するスキンケアアイテムが1つあれば、多くの方に喜んでもらえるのではないかと。
――その日の肌に合わせてスキンケアを変えるというのは、これまで資生堂が提唱してきた手法とは大きく異なると思います。
たしかに、これまでは「コットンに500円硬貨大の化粧水をとって、同じ量を毎日使い続けるべし」と長年提唱してきました。だから、オプチューンの「肌が変わるんだったらスキンケアも変えるべき」という前提は、資生堂の美容法とは異なるものであるわけです。
また、私自身も以前、ブランドマーケティングを担当していたこともあり、「資生堂の美容法から逸脱してはいけない」という考えが強固にあったのも事実です。しかし、やっぱり生活者の視点に立ったとき、オプチューンのコンセプトは間違っていないという確信がありました。
そのことを思い切ってプロジェクトオーナーの杉山に相談したところ、想定以上に良い反応をもらいました。「資生堂も140年以上続いているが、ずっと同じものを守り続けてきたわけではない。常に新しいものを取り入れ、自らを更新してきている。『人に合わせてスキンケアも変わるべきだ』という新しい美容法を提唱するのは全く問題ない」と背中を押してくれたんです。
ユーザーの自宅を訪問、生活導線を踏まえた利用シーンを確認
――オプチューンでは、これまで資生堂が取り組んでこなかったベータ版のリリースに踏み切っていますよね。その理由をお聞かせください。
これまでの資生堂プロダクトは基本的にBtoBtoCのモデルなので、ベータ版を使ったテストマーケティングはやりづらかったんです。
オプチューンはDtoCモデルなので、ユーザーと直接コミュニケーションができます。ユーザーの声をもとにサービスの改善を素早くおこなうことができるDtoCの特性を最大限、活かすには、ベータ版をリリースし、ユーザーからのフィードバックを開発に反映するのがベストだと考えました。
――ユーザーからのフィードバックはどのように得たのでしょうか?
ベータ版のユーザーを対象にアンケートやヒアリングを実施し、さらに許可をいただけた場合は自宅に訪問し、生活導線を踏まえた利用シーンを確認させていただきました。その中で大きな気づきが得られた声の一つが、ロイヤルカスタマーの方からいただいた「スキンケアカートリッジがなくなるタイミングで届けてくれるとうれしい」という声でした。
ベータ版では、カートリッジの残量が少なくなったら「新しいカートリッジを発注してください」というメッセージが発信されて、それを見たユーザーが自分で都度、おすすめされたカートリッジを購入しなければいけなかったんですね。確かにユーザーからするとその手順自体が面倒だし、なくなる前に送ってもらった方が便利だなと感じて、そこからサブスクリプションモデルの導入を決めました。
――自宅の生活動線まで見ていたとは……。ユーザーに寄り添うことを徹底されていますね。
ユーザーがどのようなライフスタイルを送り、自宅のどこにオプチューンが置かれ、どのように利用されているのかを実際に見ることができたので、ターゲットに対する理解が深まりましたね。また、思わぬ収穫もありました。想定していなかった層の存在に気づけたんです。
――それはどのような層だったのでしょうか。
オプチューンが置かれているリビングを見渡してみると、ダイソンの送風機やPanasonicの美容家電、Amazon Echoなどが置かれているケースが多くて。我々のターゲットとしては先ほどお伝えしたようなスキンケアの優先順位を低くせざるをえない方が主軸なんですが、一方で最新ガジェットが好きな層の好奇心をくすぐる要素もあったのだなと。
――ベータ版で得たそのような気づきは、デザインにも反映されたのでしょうか?
かなり反映しましたね。ベータ版では「これぞ家電」という感じのデザインでした。本格展開するにあたり、ヒアリングや自宅訪問を重ねた結果を反映して、リビングに置かれていても違和感のない、スタイリッシュでシンプルなデザインに仕上げました。
自分の生活を改善するための気づきを得られるオプチューン
――本格展開に向けて他にした施策はありますか?
ユーザーリサーチに加えて睡眠計測調査を行いました。睡眠って、本当に肌に大きな影響を及ぼすんですよ。当社の実験で、睡眠が乱れて夜中に目が覚めてしまうなど質の悪い眠りをすると、翌日だけでなく約1週間にわたって肌に悪影響が出てしまうことがわかったんです。しかし、自分ではなかなか睡眠の質まで捉えてスキンケアをコントロールできません。そこで、オプチューンのアプリで睡眠の質を検出し、それを踏まえたケアを提案するようなアルゴリズムを導入しました。
――オプチューンを利用することで、自身の生活を見直すきっかけにもなりそうですね。
そうかもしれません。オプチューンを使うことで「昨日の睡眠はだめだったのか、昼間の行動が良くなかったのかもしれないな」とか、自分の生活を改善するためのちょっとした気づきを得られると思うんです。オプチューン自体は「その日の肌に合ったスキンケアを提供すること」をコンセプトにしていますが、さまざまな生活データが取得できるので、最終的には健やかな肌を保つための生活習慣が送れるようにサポートできればいいなと思っています。
――オプチューンの今後の展開についてはどのように考えていますか?
まずは、日本市場で事業を軌道に乗せたいですね。その後、グローバルでの展開を考えています。機能のアップデートも随時していきます。私たちは、ベータ版のマシーンを「Optune zero」、本格展開した第一世代を「Optune one」と名づけています。こうした名前にしたのは、進化を前提にしているからです。今後はAIの搭載や音声インターフェイスの実装なども検討していきたいと思っています。
――スキンケアに限らず、オプチューン的な発想を活用していく予定もあるのでしょうか?
構想段階ではありますが、ファンデーションなどベースメイクに展開していく可能性はあります。私が目指しているのは、BaaS(Beauty as a Service)の浸透です。美容業界は、長年プロダクトが牽引してきました。でも今後は、他業界のように徐々にサービスにシフトしていくのではないかと考えています。ユーザー主体で、好きなときに好きな美容アイテムを選べるような世界観を実現したい。資生堂がBaaSの先頭に立ち、業界全体をリードしていけるよう、まずはオプチューンをしっかり育てていきたいですね。
執筆/水落絵理香 編集/木村和博 撮影/佐坂和也