「赤ちゃんが口に含める安全性」「全商品オーガニックコットン使用」「生産工程で使う電力はすべて風力発電」――。
徹底的にこだわりぬいた生産過程と品質で、多くのファンを生んでいるのが、日本最大のタオル産地・今治のブランドIKEUCHI ORGANICだ。
1953年に創業してから66年。有名ブランドのタオルを受託生産しながら、1999年に自社ブランドを立ち上げた。
自分たちが「作りたいタオル」を追い求めて20年。タオルと環境、そして顧客に向き合い続けた代表・池内計司氏のブランドづくりにおける哲学を聞いた。
「水道哲学」とは真逆の発想、ブランドの尖らせ方
「松下電器での12年間がなければ、今のIKEUCHI ORGANICはなかっただろうと思っています」
池内氏はタオル業界に入る前、松下電器(現パナソニック)に12年ほど勤めていた。中学3年生のときにビートルズに出会って以来、オーディオ機器にのめり込み、実家のタオル業者を継がずに就職したのが、松下電器だった。
51ある事業部の中で、下から数えて二番目に希望者が少ないステレオ事業部への配属を熱望し、オーディオ機器の新ブランド『テクニクス(Technics)』に携わった。テクニクスは、これまでのオーディオブランドと一線を画す目的で立ち上がり、全く違う視点からのブランド作りが求められた。
「当時の松下では、水道から出る水のように、低価格で良質な物を大量生産する『水道哲学』の考え方が主流でした。その中でテクニクスだけは完全な趣味製品。安くたくさん作ればいいわけではなく、一部のオーディオ好きに刺さるよう、いかに尖らせるかが重要でした」
どんなオーディオであれば、顧客の心に響き、ファンになってもらえるのか。そのヒントを探すべく、池内氏が毎日欠かさず読んでいたのが、購入者から届く「愛用者カード」だ。SNSなどもない時代、商品に同封されているはがきだけが、顧客の声を聞く唯一の方法だった。
「『愛用者カードを読みなさい』と教えてくれた部長は、販売店の言っていることが本当のお客様の声とは限らない、と伝えたかったのだと思います。もちろん販売店はお客様との接点なので、お客様の声に近い。しかし、販売店の都合も入ってしまうため、購入したお客様の生の声ではありません」
とにかく顧客の声を大事にし、個性的で尖ったブランドへと成長したテクニクス。大衆受けしないからこそ、一部の人たちから熱い支持を受け、売れ行きを伸ばしていったという。
だが、ここで会社の方向転換が起きる。売上が好調になるにつれて、より幅広い層に受け入れられるための開発や宣伝が求められるようになった。
松下電器では、もう作りたいものが作れない――どうしようかと悩んでいたとき、「実家のタオル会社であれば、自分の作りたいものが作れるのではないか」と思い立った。「そろそろ地元の今治や家業のために何かしたい」と考えていたこともあり、実家の池内タオルを継ぐことを決意。今治へと帰ってきたのだった。
作りたいものを作るため、自分の知識不足を受けいれる
池内タオルに入社した当初から、池内氏には「作りたいタオル」があった。彼が目指したのは、環境への徹底的な配慮がされたタオル。日本で公害が問題になる様を目の当たりにしてきた同氏には、「会社として環境問題に取り組みたい」という強い思いがあった。
当時、池内タオルのビジネスモデルは他社ブランドの製品を受託生産する、いわゆる「OEM」モデル。環境問題に配慮したタオルを作るためには、自社の提案を委託先に受け入れてもらう必要があった。そこで、1989年に制定されたエコマークをいち早く取得し、『グリーン』という名前で商品化。しかし、どこに提案しても見向きもされなかった。
「今振り返るとグリーン自体、環境に配慮していると胸を張って言い切れるものではありませんでした。また、『環境に配慮したタオル』なんて、当時はどのブランドも求めていないんだと悟りもしました。1999年、環境について勉強し、改めて開発した自社初のオーガニックコットン100%のタオル『オーガニック120』ができたとき、今回は受託ではなく自社ブランドとして販売すると決めていました」
オーガニック120は、池内氏が改めて環境配慮に向き合い、開発したもの。原料の綿を栽培する畑から紡績工場まで、すべての工程でスイスのオーガニック認証機関「bio.inspecta」から認定を受けた、IKEUCHI ORGANICの原点となるタオル。現在に至るまで、同社の定番商品となっている。
オーガニック120を販売し始めた頃、まだ自社ブランドとしてタオルを作っている会社は珍しく、参加している今治タオル工業組合では異色の存在だった。そんな中でも「時代は自社ブランドだ」と言い続けていた池内氏は、その価値を証明するため、オーガニック120を手に『エコプロダクツ展』(現『エコプロ』)への参加を決める。
一般向けに開かれたこの展示会では、さまざまな企業の「環境に配慮された商品やサービス」が並ぶ。大手企業が専門の環境責任者を各ブースに置く中、小さなタオル会社の社長のもとにはエコロジー運動家からさまざまな指摘が飛んだ。
「『会社の壁紙が再生紙ではない』など、商品や会社がいかに環境に配慮できていないかを指摘されました。その部分を翌年の展示会までに『これでもか』と改良すると、また別の部分を指摘される。その繰り返しでした。負けず嫌いなんですね」
もちろん、気質の問題だけではない。「もっと安全性を」や「もっと環境配慮を」といった指摘が、ブランドをさらに良いものにしていく確信があったからだ。
「展示会で意見をくださった方たちも、私たちにとっては自分たちの作りたいものに対して、真剣に向き合ってくださる大切なお客様の一人です。その声を素直に聞くのは、『本当に求められているものは、お客様のところにしかない』と松下電器の頃から信じているから。
例えば、環境負荷対策について、僕らが知らないレベルのことを要求されることで、作りたいものの基準が引き上げられていく。同時に、自分の中で環境問題に配慮したタオルのイメージがより具体的になる。その繰り返しで、自分たちが作りたい、かつお客様に求められている商品が出来上がっていくんです」
その後、安全性を保証するべく、世界で最も厳しい繊維製品の検査機関『エコテックス』の認証審査を受け、オーガニック120は最上位のクラス1(乳幼児が口に含んでも大丈夫なもの)を獲得。さらに環境負荷を低減するために、自社で使用する電力をすべて風力発電に切り替えた。顧客の声に耳を傾けるたび、会社も商品も磨かれていったのだ。
「池内」の名前を外す予定だったリブランディング
環境や安全性への取り組みが話題となり、少しずつファンが増え始めたオーガニック120。
2000年1月からはアメリカの展示会にも出店。発音の関係で、アメリカでのブランド名は『池内タオル』から『IKT』へと変更された。
同じ頃、日本初となる風力発電100%の工場で作られたタオルとして、国内では『風で織るタオル』の愛称で親しまれるようになる。会社名は「池内タオル」、アメリカでのブランド名は「IKT」、愛称は「風で織るタオル」。池内氏は、同じブランドが、さまざまな呼び名やイメージに分散してしまっている状況を変えたい、と思うようになった。
企業のロゴやコーポレートカラーなどのCI(コーポレート・アイデンティ)を統一する必要性を感じたのは、松下電器時代の経験からだ。テクニクスを始めた頃は、まだCIの概念すらなく、同じブランド内でもロゴマークなどが統一されていなかった。顧客の認識がバラつくと、それだけ伝えたいメッセージも薄くなってしまうことを実感していた。
「実は一度、社内でリブランディングをしてみたんです。そのときは全体を大きく変えるのではなく、まずロゴマークの統一を試みたのですが、これがうまくいかなかった。ファクトリーブランド感を出したくて僕が考えた工場のマークが『ノコギリに見えて痛い感じがする』なんて言われちゃってね。やっぱりプロに頼もう、と」
池内氏が白羽の矢を立てたのは、デザイナーでD&DEPARTMENT PROJECT代表のナガオカケンメイ氏。二人は、ナガオカ氏の運営する店舗「D&DEPARTMENT」でIKEUCHI ORGANICのタオルを販売するようになって以来、親交を深めてきた。池内氏がナガオカ氏に依頼したのは、社員の誰もが彼の提案なら信じて受け入れられるだろうという「絶対の信頼があった」からだ。
「デザイナーから上がってきたものに文句をつけるとうまくいかないことは、テクニクスでの経験から知っていました。どんなデザインでも、一度びしっと決めたら社内にいる僕らが信じ抜かないと、お客様に対して説得力なんかない。だからこそ、どんなものが上がっても大丈夫、と確信できるナガオカさんにお願いしたんです」
リブランディングに踏み切った2013年は、折しも池内タオル創業60周年。池内氏の依頼は、さまざまな名称で広まっているブランド名をひとつに統一し、イメージを固めること。そして、次の60年を見据えたときに、いずれ社長の名字が池内ではなくなること見越して「イケウチ」をブランド名から外すことだった。
ところが、提案されたのは『IKEUCHI ORGANIC』。「話が違うじゃないかと、揉めました」と池内氏は笑いながら振り返る。
ナガオカ氏が「イケウチ」を残した理由は、社長の名字だからではない。「イケウチ式オーガニック」という、池内氏がこれまで作り上げてきたオーガニックの価値観を残したかったからだ。
「オーガニックに取り組むタオルの会社」ではなく、「タオルをメインに扱うオーガニックの会社」。タオルだけではなく、池内氏が社員や職人たちと培ってきた「イケウチ式」のオーガニックが広がっていく未来を描いた名前だった。
一人の理想から生まれたタオルは、みんなが作りたいタオルへ
2014年3月、池内タオルはIKEUCHI ORGANICへと生まれ変わった。
リブランディングに際し、ナガオカ氏は「精密感」をIKEUCHI ORGANICを表すキーワードに据えた。タオルでありながら、工業製品を作るように細部までこだわった製造工程を経ていることが理由だ。
「リブランディング以降、『商品も良くなったね』と言っていただく機会が増えましたが、実は商品自体はほとんど変わっていません。同じ商品でも、ブランド名とそこに付随する意味が違うだけで伝わるものも変わってくるんだと思いました」
IKEUCHI ORGANICとなり、ブランドとして何が変わったのか。「より尖った」と池内氏は答える。
「IKEUCHI ORGANICなのに、オーガニックじゃないものを売るわけにはいかない。でも今治タオルのブランド認定マークであるタグはポリエステル製だったんです。素材を変えることは組合に受け入れられなかったため外しました。名前が変わり、より自分たちのブランドへのこだわりが強くなりましたね」
今のIKEUCHI ORGANICの社内に「オーガニックじゃない商品」は存在しない。新入社員から工場のベテラン職人までが「イケウチ式オーガニック」の理想を追い求めたタオルを作っている。
「クライアントからオーガニックじゃないタオルを作ろうと提案がきても、社員も職人さんも『うちはそういうの作りません』と断ります。ブランドが言っていることと、作っているものが違うじゃないかって。リブランディングを経て、僕が作りたいタオルは、みんなが作りたいタオルになったんです」
ブランドを構築するとき、多くの人がその軸となる「個性」を探そうとする。しかしIKEUCHI ORGANICの事例からは、「他社との差別化」や「独自性」は、作りたいものを突き詰めた結果、溢れ出てくるものであることがわかる。
作りたいものに対する「どうしてもこうしたいんだ」という譲れない思いが伝わったとき、人々はその熱いこだわりに胸打たれ、「もっとこうしたらどうだろう」と応援したくなるのではないだろうか。
内から湧き出る譲れない思いと、外から背中を押す顧客の声。その両方が編み込まれることで、自分も顧客も愛するブランドは作られるのかもしれない。
執筆/ウィルソン麻菜 編集/イノウマサヒロ 撮影/須古恵