日本各地から集められた食品や食器類、そして上質な民芸品や工芸品などが並ぶ店内。スーパーなどに並ぶ商品と比較すれば、それらは決して安い金額ではない。しかし、どの商品も落ち着きを放っており、丁寧に作られた良品であることがわかる。
「作り手と使い手の出会いの場を提供すること」をコンセプトに、多種多様な商品を販売している日本百貨店。2010年12月のオープン以降、職人の手触りを感じられるような商品に顧客は魅了され、現在は東京や神奈川などを中心に12店舗にまで拡大。売上も2015年の10億円から2019年には18億円となり、年間来店数は200万人を超えるという。
そんな日本百貨店では、2019年9月に日本橋・コレド室町テラスに旗艦店となる『にほんばし総本店』をオープン。同社代表取締役の鈴木正晴氏に、なぜ日本百貨店が顧客や作り手に支持されるようになったのか、その裏側にある思想、今後の展開について聞いた。
並ぶのは「おばあちゃんに自信を持って売れるもの」
「ニッポンのモノヅクリにお金を廻す」
そんな理念を掲げる日本百貨店にとって、単に商品を仕入れて販売することだけが仕事ではない。例えば、各店舗において職人によるワークショップや実演販売を開催するなど、作り手と消費者をつなげることで、ものづくりを取り巻く環境を変えようとしている。
店内を覗くと、そこには食品や和雑貨、民芸品や工芸品などが並び、インテリアのアクセントや大事な人に贈るギフトとして、多くの人々が「お気に入りのモノ」を見つけていた。これらの製品は、全国1000にも及ぶメーカーや職人たちとの直接取引によって集められたものだ。日本各地の雑貨や食品の中から、どのようにして商品を選ぶのだろうか?
鈴木氏は著書『『リアル店舗』で日本百貨店が実現するモノヅクリ「おもいやり」マーケティング』の中で、商品の選定基準に「きちんとしたモノヅクリをしているか」「信頼できる人かどうか」「お客さんが喜ぶか」を挙げていた。この3つをピックアップした要因について聞くと、苦笑いをしながら次のように話す。
鈴木氏「実は、買付の基準を書いてほしいと言われて無理矢理ひねり出したんです(苦笑)。基本的に、社内で買付の基準を明確にしているわけではありません。
ただ、商品を仕入れるか迷った時スタッフに伝えているのは、『自分のおばあちゃんに売って恥ずかしくないか』ということ。自分のおばあちゃんのことは絶対に騙しませんよね。そんな相手に対して、嘘をつかないで勧められる商品か、それを大切にしているんです」
自信を持って自分のおばあちゃんに説明できるならば、顧客に対しても胸を張って商品を説明できる。鈴木氏の基準は、とてもシンプルであり、身体感覚を伴っている。しかし、そんな自信のある説明は、必ずしも「商品の魅力」だけに限ったものではないという。
鈴木氏「以前、まだ僕が店頭に立っていた頃に、愛媛のストール屋さんが飛び込みで営業をしてきてくれたんです。その人がケタ外れにいい人だった。絶対に嫌いな人なんていない、というくらい(笑)。そんな人柄に触れて、彼と仕事をしたいと思いました。
ただ、商品自体はまだ改善の余地がありました。そこで、一緒に話し合いをしながら、パッケージデザインをギフト向けにしたり、商品の打ち出し方を改善していったんです。おかげで、今では日本百貨店の中でも売れ筋の商品になっています」
鈴木氏には「いいものづくりのベースには、いい人間関係がある」という哲学がある。たとえ製品として見劣りするものであっても「こうしたほうがいい」「ああしたほうがいい」と、チームで改善していくことができれば、製品力は後からでも高められるという考えだ。
そして、人間関係を重視する鈴木氏の思想は、これまでに多くの職人たちによるコラボレーションを生み出してきた。取材した11月、企画が最終段階まで進んでいたのが、福岡県と愛媛県の作り手同士のコラボレーションで生まれようとしている製品だった。
福岡県のある職人は、イグサを使った飾り物を作っていた。とても魅力的なプロダクトであるものの、そのままでは部屋の飾りとしての使い道しかなく、顧客に届けにくい。そこで、鈴木氏はこの造花と、愛媛県のエッセンシャルオイルのコラボレーションをひらめいたという。
鈴木氏「愛媛にエッセンシャルオイルを抽出している職人がいます。この飾り物をフレグランスのリードとして使えば、お互いの製品の魅力が増すのではないか。そんなコラボレーションを提案したところ、両者とも話に乗ってくれて、商品化が進んでいます。
日本百貨店が持つ強みは、全国各地の作り手とつながっていること。そんな作り手同士を出会わせて、新たなプロダクトを生み出すのは僕らにしかできない『ものづくり』なんです。
ただし、そうやって開発した商品の独占もしません。生み出されたアイデアは、作り手同士で自由に使ってもらい、他の店舗で販売してもらってもかまわない。そうすれば、生み出した製品が日本中に広がっていきますよね。日本百貨店の儲けにはならないかもしれませんが、それによってものづくりにお金が廻っていけば本望なんです」
スタッフがそれぞれの「日本百貨店」を作っている
「もの」だけでなく「人のつながり」を大切にしながらビジネスを展開している鈴木氏。その哲学は、顧客の目からは見えない部分にも行き渡っているという。
その一例がスタッフの構成だ。人件費削減のために店員の大多数がアルバイトという店舗も珍しくない小売業界にあって、日本百貨店では半数以上を社員として雇用している。
鈴木氏「基本的に、僕らは社員主義で店舗を運営しています。安心して長く働いてもらえる環境を作ることによって、ものづくりをする職人と長く付き合ってほしい。そのためには、社員として雇用することが一番なんです。
職人は、何十年にもわたってものづくりをします。しかし、彼らがパートナーとして選んでくれた日本百貨店側の担当者がすぐに変わったら、彼らの信用を得られない。一緒にものづくりをしていく関係を作るために、社員が対応することを心掛けています」
そんなスタッフたちに対して、鈴木氏は多くの権限を与えている。日本百貨店の店舗を見比べると、それぞれのお店で、商品構成がバラバラであることに気づくだろう。
鈴木氏「多くの店舗ではスタッフそれぞれの解釈で『日本百貨店らしさ』という基準でセレクトしたものを並べています。お店によって、入っている商品は異なるんです。
ビジネスとして考えた場合には、同じ種類の商品を多数の店舗で展開していくほうが効率がいい。けれども、それではスタッフが『日本百貨店に参加している』という意識が育ちません。各店舗において店長の意向をもとにして商品のラインアップを決めることによって、スタッフが『それぞれの日本百貨店』を作っているんです。
そもそも、スタッフの多くは日本百貨店の理念に共鳴して入社してくれています。その思いが質の高い接客につながり、お客様がリピートすることにもつながっていくのかなと。ただ、思いが強いからこその難しさもあります。理念に対して真剣に向き合うスタッフだからこそ、僕が勧める商品だからといっても、素直に聞いてくれない(笑)。『こんな商品を見つけたよ』と提案をしても、『うちの店ではいりません』と平気で断られることも珍しくないですね」
顧客とともに成長していく「裏日本百貨店」を
これまで、「人」を大切にしながら事業を展開してきた日本百貨店。「効率」だけに目を向けていたら蔑ろにされてしまう発想こそが、急拡大の原動力となっている。そして今年9月、その集大成とも呼ぶべきにほんばし總本店がオープンした。
コンセプトは「みんなが輝く出会いの場」。前述のように、これまで各店舗ではワークショップや実演販売などによって、作り手と消費者とのコミュニケーションの場を提供してきた。ステージを常設するにほんばし總本店では、この方針をさらに推し進めていく。
特筆すべきなのが、閉店後の店内で開催される勉強会だ。ここでは、これまで提供してきた「体験」をさらに深化させ、顧客への「成長」を提供していく。
鈴木氏「『裏日本百貨店』と名付けているこの勉強会では、都々逸、落語といった伝統芸能、あるいは缶詰の作り方についての解説などを行おうと考えています。ただ製品を販売する場としてだけでなく、会社帰りのビジネスパーソンが勉強するための場所として、店舗を機能させていきたいと考えているんです」
各地の職人やスタッフらと、人対人のやりとりをしながら、ものづくりと向き合ってきた日本百貨店。しかし、そこで生み出された商品を最終的に使用するのは、店舗に来店するそれぞれの顧客。裏日本百貨店の取り組みからは、ものづくりについての知識を「与える」だけでなく、「顧客とともに成長していこう」という眼差しを見出すことができる。
また、にほんばし總本店では、作り手に向けても新たな場所を提供している。店舗内の一部の棚を提供し、9つのものづくりブランド専用の販売スペース「東京フラッグシップストア」を作る取り組みだ。群馬県桐生市の着物の帯地の織物屋「井清織物」が展開するライフスタイルブランド「OLN」、岡山で創業した「襟立製帽所」などが、東京での発信拠点として常設出店している。
鈴木氏「この取り組みは、作り手が棚を自由に使いながら、小さな形で表現できる場所を作ることを目指しています。この『店舗』があることによって、ブランドの方々は、しょっちゅうお店に足を運んでくれます。作り手にとってのモチベーションアップにもつながるし、僕らと作り手、顧客との関係も緊密になっていくんです」
作り手、スタッフ、そして顧客、それぞれの関係を緊密にしながら、日本のものづくりを支えている日本百貨店。そのゴールはどこにあるのだろうか? 鈴木氏は「ゴールというようなものはないのですが」と前置きしながらこう語った。
鈴木氏「日本百貨店が目標としているのは、『誰かがいいものを作ったときに、最初に相談する場所になりたい』ということ。これまで、僕らは店舗にこだわって展開をしてきましたが、もしかしたらそれが最終形ではないのかもしれない、と考えています。
現在、日本百貨店では、小売だけでなく大手スーパーなどへの卸売も手掛けています。強いプレーヤーが販売を担ってくれることで、僕らでは届けられない顧客へも届けられる。今後は、卸先との商品開発なども考えていければと思っていますね。
そのように発想を広げていくことができるのも、日本百貨店が創業当初から『日本のものづくりにお金を廻す仕組みづくり』という理念を掲げてきたから。そこに結びつけることができれば、決して店舗にとらわれる必要はないんです」
日本百貨店に並ぶ商品は、どこか人の暖かみを感じさせるものばかり。それは、鈴木氏が人間同士の「体温」のようなものを大切にしながら運営してきたことと無関係ではないだろう。開店から9年の歳月を経た彼らの歩みは、体温や人のつながりといった「手触りのあるもの」が、今も顧客に求められていることの証拠でもある。
文/萩原 雄太 編集/庄司智昭 撮影/須古恵