トレンドが目まぐるしく変わる今、生活者に支持されるブランドになるためには、どうすればいいのだろうか。
時代の数歩先を見極め、生活者に支持されるブランドを生み出し続ける人物がいる。「せーの」代表取締役社長 石川涼氏だ。
2004年、渋谷を代表するファッションブランド「VANQUISH」を立ち上げ、2014年には、新しいブランド「#FR2」をスタート。
「Smoking Kills」「No Photos」など、風刺の効いたシンプルなメッセージをのせたウェアが、Instagramを中心としたセルフィーによって世界中に広がっている。#FR2のECサイトのデータによれば130カ国以上で売れているそうだ。
石川氏はこのブランド開発において、「生活者のコミュニケーションの中心になること」を目指したという。それはなぜか、そもそも、どのような経緯でブランドを立ち上げたのか。
同氏へのインタビューから浮き彫りになったのは、一貫した顧客視点だった。
自分たちにしかできない方向へ振り切る
石川氏は、2000年代初頭から若者を対象にしたファッション業界に身を置いていた。
90年代のメンズファッションを牽引した裏原文化に根付いたストリートブランド。彼らの高価格帯商品は熱狂的なファンを生んでいった。しかし00年代に入り、ブームはだんだんと下火になる。
その頃のメンズファッションにおいて、ウィメンズにあった「ブランド力はあるが価格が安い」ポジションを取るブランドはなかった。メンズにも低価格帯ファッションの需要があると見込んだ石川氏は、渋谷の「ギャル男」「お兄系」を対象にしたVANQUISHを2004年にスタート。2006年にはメンズフロアがオープンした渋谷109に店舗を構え、同ブランドは渋谷の若者を象徴するファッションブランドになっていった。
売り上げを好調に伸ばしていったVANQUISHだが、海外展開を考えるなかで想像していなかった課題が立ちはだかる。
石川氏「VANQUISHを世界中の人が欲しがるブランドにしたいと思って、これまで対象としていた人に限らず、誰しもが受け入れやすいものにデザインも変化させていきました。例えば、白いシャツにジーンズなど。
すると、その瞬間にライバルがZARAやH&M、ユニクロなどになっていたのです。どこの国にも都心の一等地に彼らの店舗があり、どこでも同じ商品が買える。圧倒的に知名度があり、価格も安く、クオリティーも高い。そんな彼らと同じ土俵で競っても勝てない。もっとニッチな存在にならなければと考えました」
大企業がグローバルに展開するなら、渋谷に根ざした自分たちにしか作れないウェアを作る。それが、大企業とは違う形でグローバルで勝負できる方法なのではないか。そう考えた石川氏は、渋谷の象徴的な建物や観光地を刺繍した「SHIBUYA スカジャン」を発売した。
石川氏「それがめちゃくちゃヒットしたんです。大企業とは違う戦い方があるとあらためて実感しました。ただこのやり方は時代が変化すれば、通用しなくなるかもしれない。そこで、『新しい売り方』を考えるために海外を回って、世界の人が今何に興味を持っているかを観察しはじめました」
コミュニケーションの中心になるブランドを作れば売れる
海外を回るうちに、石川氏は、若者のコミュニケーション方法の変化に気づく。
石川氏「2010年当時、SNSと言えばFacebookが人気で、海外を回りながら毎日眺めて『新しい売り方』のヒントを探していました。あるとき、偶然見つけたスペイン在住の女の子が、自分の顔写真に猫の鼻を描いてアップしていたんです。彼女たちは写真でコミュニケーションしている。これからテキストではなく写真でコミュニケーションする時代になっていくと気づいたんです」
その考察は見事に的中。2010年10月に生まれたInstagramは、瞬く間に主要なSNSの一つになった。
石川氏「Instagramの登場は、ファッションに関する話題が生まれる場を、リアルからオンラインへ移行させている。
インターネットが普及する以前、ファッション好きは街に集まって『そのブランドかっこいいね』『あのブランドの新作が良いらしい』とコミュニケーションしていて、街で人気のブランドが売れていた。スマートフォンをみんなが持つようになって、SNSがコミュニケーションの中心になっている。
つまり、そこで人々の心を動かすブランドを作れば、売れると考えた。かっこいい、かわいい、おもしろいなどの感動を提供できるブランドになる。それが#FR2のスタートに繋がりました」
石川氏は、コミュニケーションの中心になるためのヒントも、Instagramの投稿から見つけだした。
石川氏「メンズのセルフィーは、なぜかタバコを吸っている写真の投稿が多いと気づきました。ならば、タバコの箱に書いてある警告文『Smoking Kills』がプリントされたTシャツを作ってみようと考えました。
このTシャツを着ながら、タバコを吸うセルフィーはSNSでも話題になる。なぜなら、ギャップがおもしろいから。SNSに投稿したくなるものは何かを念頭に、#FR2の商品デザインを考え抜いたんです。スマートフォンの利用時間が増えている時代だからこそ、そこで感情を動かすことが大事。そこで一番心を動かせるものは、写真だと思ったんです」
同じ発想で「No Photos」のウェアも作成。「Smoking Kills」と同じようにInstagramにアップされて、売れていった。海外セレブリティを含むさまざまな著名人も#FR2を着た写真をInstagramにアップし、その知名度は世界に拡大。広告費を一切使っていないのにも関わらず、オンラインのみの販売で世界130カ国以上で売れている。
スマホでなんでも買える時代、オンラインで買えないものが求められる
2015年以降になると、Instagramを戦略的に使ってファンを増やすブランドが増えてきた。「常に時代の半歩先にいかないと勝ち続けられない」と考える石川氏は、すぐに次なる一手を打つ。
石川氏「昔はファッションブランドのオンラインショッピングは当たり前ではなく、する人もPCを使い、サイズや色味を心配しながら購入することが多かった。ここ数年はスマートフォンでの買い物が日常になり、トイレットペーパーでさえAmazonで買う時代。次にお客さんが求めるものはオンラインで買えないものだと仮説を立てて、実店舗を始めることにしました」
実際に、2017年に#FR2初となる実店舗の「#FR2原宿店」をオープン。その熱が冷める間もなく目と鼻の先に「#FR2梅」をオープンさせる。コンセプトは「No Online Sales」。ECサイトの運用体制が落ち着いて間もない時期に、わざわざコストの掛かる実店舗を本店のすぐ近くにオープンすることに対して、社員から反対の声も挙がった。
しかし、必要性を自ら説明し、社員を説得。蓋を開けてみれば、売上予想の3倍を達成した。手応えを感じた石川氏は、那覇市の国際通り、金沢市のひがし茶屋街エリア、京都市の八坂神社の目の前と、次々に新しい店舗を展開。それぞれの店舗では、ECサイトや他の店で買えない独自の商品を販売した。
石川氏「直営店は全て観光地のど真ん中に作っています。なぜなら、あらゆる人が訪れるから。
例えば、#FR2のお客さんの友達が沖縄旅行に行くとする。その話を聞いたお客さんは『こんなブランドの店があるから買ってきて。そこでしか買えないんだ』と頼む。友達は『そんなにレアなの?』と聞き、コミュニケーションが生まれる。結果、頼まれた人も買ってくれて売れる枚数が増える。さらにその人の友達が沖縄に行くときの話題に上げてくれて、#FR2が広まる。このように、無限にコミュニケーションが生まれていく。
ECサイトで買える#FR2があり、みんなにリーチしながら、ECサイトでは買えないものを実店舗で展開していく。そこでしか買えないにものは価値も上がり、セールとは無縁になるんです」
観光地に実店舗を展開することで、話題に上り、認知が広がる。そこにしかない店舗だからこそ、記念に写真を撮りSNSで投稿する。更に認知が広がる。#FR2は生活者のコミュニケーションの中心になることで、自然にブランドの認知が広がっていく仕組みになっている。
お客さんに喜んでもらうために最短でやれることは何か
2000年代には裏原ブームの次や、グローバル時代におけるブランドのあり方を、2010年代にはInstagram登場と実店舗の可能性をそれぞれ先取りしてきた石川氏。どうやって、生活者が求めるもの見出してきたのだろうか。
石川氏「お客さんのことを見てきただけ。#FR2がセールをしないのも、メルカリを抵抗なく使う若い子からヒントを得たんです。
彼らは、ブランドものを1万円で買って4,000円で売れたら、6,000円で買ったことと同じだと捉える感覚を持っています。ということは、最初からセールをしていて二次流通で売れないようなブランドはわざわざ買わない。こういうお客さんの消費感覚を観察し続けています。
今の時代、スマートフォンにしかヒントはない。ビジネス本に書いてある情報は世に出た時点で古くなってしまう、だからこそSNSからリアルタイムで得られる情報、たとえばお客さんの投稿を観察して、どんなものを欲しているか考え続ける必要があります。
そもそもお客さんが見えていない企業が多い。業界の既存のやり方に縛られていたり、賞を取って業界に認められて、売れるようにしようと考えたりしている。それだと手順が逆になり、お客さんが見えづらい。業界のやり方や賞よりも、お客さんに喜んでもらうために最短で何をやるべきか考えたほうがいい」
生活者をよく観察することで、飄々と時代の数歩先を行く石川氏。最後に、これからどんなものが求められると考えているのか聞いた。
石川氏「前提として、お客さんが求めるのが、完全にモノじゃなくなってきている。何でも買える時代だから、モノを所有する喜びは薄れている。それに変わる喜び。僕は『移動』が鍵になるんじゃないかと思っています。
10万円を自由に使えるんだったら、買い物より旅行が良い時代になってきているのではないか。だとするならば、旅行で必要なものなら売れるんじゃないか、とかね。だから、#FR2は『カメラマンの着る服』という設定なんです。これ以上言うとヒントになってしまうので、ここから先は言わないですが(笑)」
モノを所有することに変わる喜び。例えば、機能的な価値ではなく、情緒的な体験を提供する。つまり生活者の心を動かすこと。
おもしろい、かっこいい、かわいい。時代によって感覚のものさしが移ろっていくからこそ、生活者を観察し続けることが重要なのだろう。石川氏は、当たり前のようにそれを実践している。だからこそ、時代の数歩先を見極め、生活者に支持されるブランドを生み出せているのだ。
文/葛原信太郎 取材・編集/木村和博 撮影/須古恵