「場によって、インスピレーションの連鎖が生まれる。アートと場は、とても相性がいいんです」
部屋全体をアーティストがデザインし、「作品」の中に泊まれるホテルを展開するBnA。高円寺と秋葉原、京都の3店舗を展開し、日本橋にも近日中にオープン予定。2018年にオープンしたBnA STUDIO Akihabaraは1部屋あたりの平均単価は3万円を超えるにもかかわらず、稼働率は9割近い。宿泊者の実に7〜8割が海外から訪れているという。
すべての部屋は、アーティストがその部屋のために手掛けた作品で、部屋ごと担当するアーティストもコンセプトも異なる。宿泊費の一部は、アーティストに還元され、経済的なメリットも提供しているという。
一般的な宿泊施設が向き合うべきがゲストだとすれば、BnAはゲストとアーティストの双方と向き合う。
「BnAは、ゲストとアーティストの双方によりよい体験を提供するプラットフォームだ」とBnA代表の田澤悠氏は語る。はたしてBnAはプラットフォームとしてどのような価値を提供しているのか。田澤氏に伺った。
アートは人を行動に導く
BnAのルーツは、田澤氏の学生時代にさかのぼる。田澤氏はアメリカ北東部で大学時代を過ごした。その中で、アメリカのアンダーグラウンドなアートシーンで遊んでいたという。
「僕の学生時代は、常にアートとともにあったんです。使われていない倉庫を貸し切って、たくさんのアートを作るパーティーを主催したり、砂漠で開催するアートフェスティバルに参加したり。そんな風に遊んでいました」
なかでも影響を与えたのが、アメリカのネバダ州の砂漠で開催されているアートフェスティバル「バーニングマン」だ。建物はおろか、インフラもない荒野に7万人が集い1週間ほどを過ごす。生活に必要なあらゆるものを持ち込み、現地では、贈り物や物々交換を通じて助け合う(売買は禁止されている)。そこでは、参加者自身がさまざまなアートを制作したり、持ち込んだりして、フェスティバルのコンテンツを生みだしていくという。
「最初、多くの人はバーニングマンにフェスを楽しみに行きます。しかし、会場にある多くの作品が参加者の手で作られたものだと気づくと、そこから影響を受ける。すると、次の年には自分も何かを提供しようと、仲間や資金を集めて、会場でアートを作る、作り手側になるんです。場があることで、インスピレーションの連鎖が生まれる。バーニングマンは、人を行動に導くアートの力を感じられる場所でした。その肌感覚が、BnAにつながっているんです」
帰国後、サイドビジネスでBnA創業メンバーの前田氏と民泊事業を手掛けていた田澤氏は、FacebookやPinterestなどのオフィスデザインを手かげた建築家 福垣慶吾氏をはじめ、のちのBnA創業メンバーと出会う。この出会いが、アートを事業とする道へと田澤氏を導いた。
「一般的なオフィスにおいて、アート作品は空間が出来上がったあと、最後に選んで設置されます。しかし、福垣がデザインしたFacebookのオフィスは、十数人のストリートアーティストの作品ありきで構成されていました。このコンセプトに共感して声をかけてみたところ、意気投合。一緒にアートありきの空間を作らないかという話になり、実験してみることになったんです」
そこで、田澤氏の民泊事業の一環で、アーティストと協業して作った空間作品に泊まれる物件を池袋にオープン。4カ月ほどかけほぼDIYでつくった部屋を貸し出すと、田澤氏の予想をはるかに超えた注目が集まった。
「世界中から、デザイナーやクリエイターが泊まりに来るようになったんです。Airbnbのグローバルキャンペーンに取り上げられたり、雑誌『ELLE DECO』の『東京で泊まるべきホテル』として、ザ・リッツ・カールトンやアマンといったラグジュアリーホテルと並んで紹介されたりしました。すると、とくに感度の高いクリエイティブ層が次々と集まってきたんです」
宿泊の時間軸が、アートをより多面的に伝える
なぜここまでの注目を集めたのか。その理由のひとつに、田澤氏はアートと空間との相性の良さをあげる。
「『アート』の形態で一番多いものは『絵画』です。それは、インテリアとして市場があること、制作コストも比較的安価、場所も取らないなどの特徴にも由来しています。一方で、空間作品はその性質上なかなか買い手がおらず市場形成がされにくい側面があると考えています」
美術館でも空間作品は体験できる。しかし、美術館では作品を独占するわけにはいかず、鑑賞時間は相対的に短くなるだろう。その点、宿泊はアートと触れる時間軸を大きく変化させ、新たな表現が生まれるきっかけとしても機能するかもしれない。また、立体作品をセミパーマネントに展示する機会も生み出せる。
「宿泊であれば部屋に入った瞬間から、数時間い続けたとき、酔っ払って帰ったとき、寝る直前、朝日が差し込む朝と、さまざまな状態でアートを体験できる。同じアートでも自分の状況が変われば見え方も変わりますし、新しい気づきもあります。作品から得られるインスピレーションもより多面的になるでしょう。
バーニングマンという特殊な環境によってアートが人を動かすように、BnAも長時間にわたりアートの中に居続けることで、泊まった人の人生になんらかの変化を提供できるのではないかと考えているんです」
海外のクリエイターはコミュニティへの入り口を求めている
こうした宿泊ゆえの体験価値を広めるべく、田澤氏はBnAをホテルとして拡大を決意。
ただ、一店舗目のBnA HOTEL Koenjiを展開するにあたり、池袋の物件までとは異なるアプローチで部屋を作っていった。それが、クリエイティブコミュニティを巻き込むという方法だ。
「欧米では、良いアートがあるところには、良いクリエイティブコミュニティがあります。アートは、コミュニティ全体の雰囲気やカルチャーを伝える『表紙』のような役割をはたしているんです。
これは池袋の物件でわかったのですが、海外のクリエイターは、日本の感度の高いクリエイティブコミュニティとの出会いを求めて泊まりにきている。そこで、高円寺を立ち上げる時からは、ローカルに根付くクリエイティブシーンのキーマンを探し、彼らとホテルを作っていきました」
高円寺では、10年以上に渡りオルタナティブスペース主宰するコミュニティリーダーであり4人目の創業メンバーの大黒氏とともに運営。秋葉原では3組のアートコレクティブと、京都では8人のコミュニティーリーダーをキュレーターに据えて、多様なアーティストが参加しともにホテルを作り上げた。その土地に根付いた人物との協業が、そこにしかないアート体験を生み出す一助になっている。
このアートコミュニティと宿泊者の接続もBnAが担う重要な役割だ。
「BnAは、日本のローカルアーティストと、海外のトッププレイヤーが出会うグローバルコミュニティを目指しています。ローカルアーティストは、海外からインスピレーションを求めに来たクリエイターを通じて、活躍の場を得られる。ゲストはアーティストの強力なパトロンになる。実際、ゲストの海外クリエイターを通じて、高円寺のローカルアーティストがサンフランシスコやシドニーに呼ばれる事例も生まれました」
そのため、ホテルは最大限作品と触れることができ、地域のアーティストに開かれた場であるよう設計されている。
「一般的なホテルでは、ロビーにあるのはソファーくらい。しかしBnAでは、場所が許す限り作品を飾ることができるようにしています。しかも、完成したものを飾るのではなく、制作過程から展示として魅せる。宿泊客がアートに触れるだけでなく、アーティストとコミュニケーションが取ることができるようにするためです」
例えば、BnA HOTEL Koenjiのロビースペースで田澤氏の背景に写る壁画も、アーティストの作品。毎月異なるアーティストが発表の場として活用している。フロントデスクはバーとしての機能を盛り込み、ここがアーティストと宿泊客の接点になることもあるという。
また、現在準備中の日本橋のプロジェクトでは、地下と1階をつなぐ吹き抜けの壁を巨大な壁画スペースにするそうだ。アーティストが日々絵を描き、少しずつ作品が完成していく。地下には工房も設置。常にアーティストが出入りし、ゲストとの交流が生まれるような仕掛けも用意する。
再現性のある「アーティストと宿泊者の関係性」を
2016年にBnA HOTEL Koenjiを立ち上げてから、4年。場を作ることに注力して施設を4店舗まで拡大させる。次のステップに進むためには、BnAのコアにある宿泊者とアーティスト双方との関係構築を、より再現性を持って取り組む必要があると考える。
「2部屋程度で規模が小さい高円寺であれば、アーティストとゲストの接点を偶然に頼っても、コラボレーションが生まれていました。空間的に狭いと、場の濃度が上がり、たまたま同じ時間にバーにいたアーティストとクリエイターが意気投合するというようことが起こります。
しかし、30部屋を超える京都くらい大きくなると、偶然も起きづらくなる。今後は、そのマッチングの再現性をより高めることのできる仕組みが必要だと考えています。アートとゲストの接点も、アートとゲストのタッチポイントを洗い出し、エンゲージメントを高めていきたいと考えています」
同時に、アーティスト側への価値還元も引き続き担っていく、と田澤氏は言葉を続ける。
「アーティストへの投げ銭や、作品の購入、継続的な支援を可能にする仕組みもさらにアップデートできればと考えています。人の人生を変えるようなパワーをもつアートに、適切な評価や経済価値が生まれる仕組みを作りたい。それは、BnAをはじめた当初から変わっていません」
BnAで得られるアート体験は、バーニングマンのアート体験を室内に最適化したものともいえるだろう。バーニングマンでは禁止されている経済活動だが、宿泊業のBnAでは、事業としての継続性とアーティストへの適切な還元を可能にする。
今日より明日、明日より明後日。泊まった日を境に、新しい自分になれる。人生を変えるようなアート体験をより濃く、事業として持続する仕組みに変えることが、宿泊とアートの掛け算がもたらした大きな価値ではないだろうか。
文/葛原信太郎 編集・取材/小山和之 撮影/須古恵