私たちは日々、「便利で」「簡単に」利用できるサービスに生活を支えられている。忙しい現代人にとって、効率性や機能性はサービスを選ぶ大事な判断材料のひとつだ。
けれども、事業者がそうした側面だけを追い求めた結果、ふと気づけば人々の生活から何かが置き去りにされてしまう…….。そんなことが起きてはいないだろうか。
サービスの提供によって目指す先に顧客の「豊かな暮らし」があるならば、目を配るべき要素は他にもあるはず。そんな想いを胸に、食の分野で新たな体験作りに挑むサービスがある——専門家が自宅に出向いて料理を作る『シェアダイン』だ。同サービスの内容は、以前こちらの記事でも紹介した。
今回、XDでは共同代表の井出有希氏に改めてインタビュー。創業時から抱く“家庭の食卓”の課題、理想を実現するためのこだわり、コロナ禍以降の変化などを伺った。
食卓から消えつつある、“記憶に残る時間”
「笑顔で食卓を囲み、食べる幸せを感じられる日常を実現させたい」
これはシェアダイン創業にあたり大切にした考え方だ。同サービスの誕生は、井出氏ともう一人の共同代表である飯田陽狩氏の二人の子育てを通じた実体験が発端となっている。井出氏の場合、妊娠中の自身の食生活の見直しと、生まれた子どものための食事づくりが、「食に向き合う」大きな転機になったという。
井出氏「特に子どもが2歳半ぐらいになると、偏食が強くなりました。息子が食べてくれるもの、しかも仕事終わりに短時間で作れるものという制約があるなか、私が作るメニューはどんどんワンパターンになって、食事自体もお腹を満たすための義務のようになってしまったんです。
そんなときふと、『家でご飯を作ったり、食卓を囲んだりすることって、もっと楽しいものじゃなかったかな……』って思ったのが、そもそものきっかけでした」
井出氏「自分の子どもの頃を振り返ると、親が料理をする横で、台所をのぞき込んでいた思い出があるんです。例えば、一緒に食材を切るお手伝いをしたり、揚げ物や天ぷらをできたそばからつまみ食いしたり。
でも、この子たちにはそんな記憶が残らないのかもしれない、と気づきました。
もちろん、昔と今は時代が違います。社会が変わっていくなかで、人のライフスタイルそのものが変化するのは仕方がない。でも、もう少し台所や食卓といった場から、豊かなコミュニケーションを生み出すことができないのかな、と思ったんです」
人が料理に時間を割けなくなってる現代、冷凍食品や惣菜を買ってきたり、デリバリーを頼んだりすることを、井出氏は全く否定しない。ただ、そうした「便利で」「簡単な」食品だけを食卓に並べているだけでは、人の“記憶に残るような時間”は生まれないのではないか、と話す。
井出氏「家庭料理って、自分の気持ちを伝えるための、“表現”の一つだと思うんです。ちょっと体調が悪そうだったら胃に優しいものを作ってあげたり、暑かったらさっぱりする、冬だったら少し体が温まる料理を出したりもできる。そうしたプロセスそのものが、家族との大事なコミュニケーションになるんですね。
この『誰かのためを思って作る』という温かみのある部分を、今の時代に合う形で生み出したい。家庭内だけで作るのが難しいのであれば、外の手を借りてサポートできないか……そう思い、シェアダインを立ち上げました」
多様化する食の悩みに「寄り添う」シェアダイン
井出氏と飯田氏の想いから生まれたシェアダインは、栄養士・調理師などの資格を持った食の専門家による出張作り置きサービスだ。各家庭のニーズや栄養バランスを考慮したメニューをシェフが提案し、家庭に出向いて作り置き。1回3時間の訪問で、4日分(12品程度)の食事を作ってくれる。
2018年5月に正式リリースされた同サービスは、以降、右肩上がりの成長を続けている。2020年7月時点で700名を超える管理栄養士、調理師などの有資格者たちがシェフとして登録。ホテルやレストランの厨房、保育施設や病院での勤務経験者なども多数在籍し、それぞれの専門性を活かした料理を作っている。
井出氏「食卓に関する悩みは、実はライフステージごとに変わっていきます。最初は離乳食の相談をしていても、子どもが成長すればまた別の悩みが出てくる。さまざまな強みや経験を持つシェフがシェアダインにいることで、各家庭の『刻々と変化する悩み』に寄り添い続けることができると考えています」
利用者数も、現在は前年同月比3倍超で推移しているという。サービス開始当初は、顧客が希望する料理家を毎回選ぶ「スポットコース」のみだったが、2019年4月に「サブスクコース」も開始された。月2〜4回のコースから、シェフを指名しないフリープランを選ぶとライフスタイルにあったシェフが提案され、様々なシェフを手軽な価格帯で長期的に楽しむことが可能だ。お気に入りのシェフがいる場合は、予約を優先的に押さえられるメリットがある。
ここまでの2年間の運営を振り返り、井出氏は確かな手応えと、新たな気づきを得たと語る。
井出氏「まず良かったのは、当初想定していた子育て世帯の方々から、喜びの声をたくさんいただけた点です。『家の食卓が変わって、子どももご飯をたくさん食べるようになりました』『シェフの料理が台所に新しい風をもたらしてくれて、自分でも作るようになりました』といったフィードバックが想像以上に寄せられ、本当に嬉しかったですね。
同時に、プロの料理家を求めるニーズが子育て世帯以外にも多くある、という発見もありました。『体を鍛えていて、自分の体に合った糖質オフの食事を作ってほしい』『肝臓の病気を患っている家族に出す食事の作り方を習いたい』など、それぞれの事情で専門的な知識を必要とされている方から、たくさんの問い合わせをいただいたんです」
昨今、アレルギーや生活習慣病などから食事に制限が必要な人が増え、それを医療機関任せではなく、個人が解決しなければいけない時代になっている。そのなかで、「多様な領域の専門家とつながれる場所」がより必要とされてきているのでは、と井出氏は考える。
幅広い顧客ニーズへ対応できる点に、新たな可能性を見出すシェアダイン。だが、サービスとしての強みを生んでいるのは、あくまで「利用者への寄り添い」の姿勢だ。どれだけ食の専門知識があっても、ここが欠けては「誰かのためを思って作る」料理にはならず、豊かな食卓も実現されない。そのため登録するシェフに、さまざまなシーンでこれを繰り返し促すという。
例えば、運営側で用意する訪問前の「利用者に聞くことリスト」。内容は味つけの好みから、主菜と副菜の割合、ゴミの分別方法、キッチンルールにまで及ぶ。これをシェフ一人ひとりがきちんとヒアリングし、細かな部分まで徹底できているかが、顧客のリピート率にそのまま表れるという。
井出氏「他にも、作ったあとに利用者への説明をきちんとしてもらうようにしています。ダイエット中の方が、出来上がった料理を何となく薄味だなと思いながら食べるのと、『あえて塩分を控えめに作りました。もし味のインパクトが足りなかったら、このスパイスを振ってください』と言われて食べるのだと、感じ方が全く違いますから。
最終的に、利用者の満足度はシェフが『悩みをどこまで汲み取れるか』にかかっているんですね。なので、こちらへの完了報告でも『利用者の悩みに添った提案ができたか』の項目を最も重視しています。
もちろん、そのためにはノウハウも必要です。なので、オンラインでシェフのグループをつくったり交流会をするなど、寄り添うための細かな知見をみんなが共有できるようにしています」
「人に頼らない」食卓文化を、変えていくことの難しさ
広がりの可能性を語る一方で、2年間のサービス提供を経て、改めて感じる課題もあった。井出氏が一番大きいと感じるのは、「自分でもできることを、わざわざ人に頼る」ことへの心理的なハードルだ。
井出氏「訪問型サービスへの抵抗感は、やはりまだ日本では根強いと感じています。実は私自身もかつて同じ考え方だったので、そこへの壁があることもよくわかるんです。
でも、試しに一度利用してみると、いつもと同じ調味料を使っているのに、『これ一体どうやって作ったんですか?』と驚くほどおいしい料理が台所から出てくるんですよね。メニューの組み立て方、素材の組み合わせ、味付つけのバランス……自分ではとてもできないものを、プロに作ってもらえる。この驚きや感動をどう伝えていくか、今も試行錯誤を続けています」
また、日々食への悩みを抱えながらも、それが自ら認識できていない家庭も多いという。何となく課題を抱えているのに言語化できておらず、解決が必要だと考えていない。そうした利用者に対しては、「実はこれが悩みだったんだ」と感じてもらうためのアプローチも求められる。
井出氏「時間はかかりますが、『専門家に来てもらってすごく良かった』と思ってもらえる体験を、とにかく増やしていくことですね。結果、そういった声が少しずつ広がり、周りに使う人も増えてくれば、人の認識は変わっていくと思うんです。
子育てだと、昔よく言われた『3歳までは母親が育てるべき』といった話も、最近は保育園に預ける人の方が増え、あまり聞かなくなりました。食卓を取り巻く文化も同様で、時代に合わせて少しずつアップデートされていくはず。そのとき、自分で作らなければという“手作りの神話”を、私たちが提供する“手作りへの信頼”に変えられたらと考えています」
そうした変化のスピードに対し、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が与えた影響も少なくない。かつてのように気軽に飲食店に行けなくなった一方で、家の食事を見直す人が増えたからだ。
井出氏「家族との時間やコミュニケーションが急に増えて、『やっぱり家の食事って重要だな』と感じた方って多いと思うんです。今回初めてシェアダインを利用された方が、『自分だと作らないものを作ってもらえて、家族で過ごす時間が豊かになった』という発信をSNSでしてくださるケースも出てきています。
また、シェフ側もなかなかお店を営業できないので、シェアダインに登録される方が増えたんです。そこで『誰かのためだけに作る』楽しさに気づいた、とおっしゃる方が結構いるんですね。
レストランで作るものは基本決まった味だけれど、シェアダインなら利用者に寄り添って色々なものを作れるし、直接フィードバックも得られる。お店のシフトを減らしてでも続ける方が増えていて、新しい変化だなと感じています」
“小さなびっくり”から、人の暮らしは変わる
シェアダインは2020年7月5日、約2.2億円の資金調達を行い、さらなる事業の拡大を宣言した。UI・UXの磨き込みやマーケティングの強化に加え、テクノロジーの活用によってより「パーソナライズされた」料理を提供したい、と井出氏は話す。
井出氏「顧客データをテクノロジーに落とし込んで、より利用者に適した料理をお届けしたいと考えています。例えば、継続利用によって蓄積されたデータをもとに、『この利用者はこういった味つけが好みそうだ』という情報を予めシェフへ渡せるようにする。あるいは、前の週の食事情報から、栄養バランスのよい食事を提案できるようにする。
継続利用している方が、はじめて来てもらうシェフに作り置きしてもらう場合でもぴったりの料理を食べられるよう、サポートしたいです。
これからフードテックの領域が盛り上がっていったとき、機能的に優れたサービスはさらに増えていくでしょう。そこで私たちが大切にしたいのは、利用者一人ひとりのために料理が提供される環境にすること。あくまで利用者の食卓に寄り添うためにテクノロジーを活用していきます」
ライフスタイルがますます多様化していくなかで、これまで以上に「食卓に寄り添う」方法を模索するシェアダイン。さらに今後の構想として、システム上での「家庭内アカウント」の実現にも意欲を見せる。
各家庭で一人の利用者が予約などやり取りをする今の仕組みに対し、「シェフと夫のコミュニケーションに自分も加わりたい」「遠方に暮らす両親のために予約をしてあげたい」「出産をした娘の家に出向いて、料理を作ってあげてほしい」——そんな声が、実際に寄せられているというのだ。
1日におよそ3食。食事が1日のなかで及ぼす影響は大きい。一つ旬の食材を楽しむことを覚えれば、食事以外の季節感にも目が向くようになる。家での食事が楽しみになると、生活のサイクルだけでなく、日々の思考も変わってくる。豊かな食卓を実現することで、豊かな暮らしにつながると言えるだろう。
井出氏「自分では気づけないことに出会えるのが、シェアダインの大きな魅力。『子どもにおいしいご飯を作ってあげたい』と何となく思っていた方も、『病気で食事に困っていて教えてほしい』という切実な悩みを抱える方も、そこは同じなんです。
考えもしなかった組み合わせで、苦手だったものがおいしく感じたり、子どもが絶対に食べないだろうと思ってたメニューを一人で完食して、成長を感じられたり。食の悩みの解決に合わせて、そういう“小さなびっくり”がたくさん起こるから、利用者は使い続けてくれている。そんな楽しい体験を、私たちはこれからも作り続けたいと思っています」
執筆/佐々木将史 編集/木村和博 撮影/須古恵