日比谷の繁華街や霞が関の庁舎などにも接した、都心の解放地、日比谷公園。
2019年6月1日と2日、ここで前代未聞のフリー(入場無料)の音楽祭
「日比谷音楽祭」を開催、10万人もの動員を達成したのが、実行委員長・亀田誠治だ。
椎名林檎、平井堅、スピッツ、山本彩などを手掛けてきた音楽プロデューサーで、東京事変のメンバーとしても知られる名ベーシストでもある。
2020年の音楽祭は残念ながら中止が発表されたが、彼のスタイルはぶれることはない。
ある種、顧客体験の最たるものともいえる“音楽”の最前線を走り続ける彼に「人の心を動かし、つなげる」音楽だけが持つ力について伺った。
真に“ボーダーレス”を創り出す、音楽の底力。
──昨夏、日比谷公園で実施した入場無料の音楽祭「日比谷音楽祭」は初回ながら大成功でした。
亀田氏「ありがたいことに、2日間で10万人もの方々に参加いただきました。ただその数字よりも、当初の狙いどおりの光景が見られたことがうれしかった、かな」
──狙いどおりの光景とは?
亀田氏「誰でも気軽に参加できる『ボーダーレスな音楽祭』の姿です。僕も演者として出演していましたが、合間をみて会場中を回ったんですね。すると若者だけじゃなく、小さなお子さん連れの方々やシニアの方まで、まさに老若男女、親子孫三世代の方が音楽を気ままに楽しんでいた。しかも日比谷公園という都会の真ん中で、青空の下、のんびりとリラックスして音楽に触れている姿が、あちこちで見られました」
──私も1日目に参加しましたが、他のフェスとは違う時間が流れている気がしました。
亀田氏「ね? あれは入場無料で入れるスタイルにしたからだと思います。だからこそ、音楽が持つ『人と人をなだらかにつなげる力』をより強く感じられた」
──音楽は人と人をつなぐ力がある?
亀田氏「ええ。『あのバンドが好き』『このジャンルは苦手』と好みは違いますよ。けれど、美しいメロディや心踊るリズムは、人類が誕生してからずっと世界中で奏でられてきたもの。人を集め、コミュニケーションを生むわけですからね。『無料なら……』とふらっと訪れた方が、いかにも自然にあの公園で気取らない時間を過ごした。そして聞こえてきた音楽を感じ、思わず体を揺らし、大勢と体験でつながった。プリミティブな音楽の底力が、際立った気がしますね」
──あらためて「日比谷音楽祭」を開催した理由を教えてもらえますか。
亀田氏「先ほどあげた『ボーダーレス』に人と人をつなげる音楽の力をアップデートしたかったからです。今は人々の好みが多様化していますよね。音楽でもそうで、世代やコミュニティを超えて、『新しい音楽と出会う』『未知のアーティストやジャンルにハマる』という機会が生まれにくくなっている面があると思うんです」
──ボーダーレスにつなぎ合わせるのが得意な音楽にも、分断があったわけですね。
亀田氏「そう。けれど、僕はこれを逆にフラットにしたかった。それで音楽の間にできたカベを取り払い、誰しも気軽に音楽とあらためて出会える場所をつくりたい、と。そんなとき、日比谷公園から『公園を使った音楽フェスをプロデュースしてほしい』とお声がけいただいたんです。
日本のセントラル・パークといえるすばらしいロケーションで、アクセスも抜群。ここでフリーの、入場無料のフェスを開けば、本当に多様な方々に音楽を体験してもらえると考えました」
──もっとも、入場無料にするというハードルもまた高かったと思います。
亀田氏「ええ。しかしそれもゴールのひとつでした。入場料だけではなく、新しいフェスのビジネスモデルをつくりたかった。だから東京都など行政からの助成金、企業からの協賛金、そしてクラウドファンディングの三本立てで運営資金を集めたわけです。挑戦でしたが、多くの支援をいただけました。これも音楽の『つなぐ力』だなと強く感じましたね」
──当日のタイムテーブルやステージ構成も「ボーダーレス」を感じさせるものでした。
亀田氏「はい。同じステージにヒップホップグループのCreepy Nutsも、ロックギタリストの布袋寅泰さんも、演歌の石川さゆりさんも、学生のビッグバンドも、クラシックの演者も出る構成に。ジャンルや世代を飛び越えて、それぞれの魅力に気づいてもらうきっかけにしてもらいたかったからです。『ボーダーレス』『親子孫三世代』『次世代につなげる』という三つの理念を徹底して形にしました」
──明確な理念からブレイクダウンして創り上げているから、訪れた人は節々にその思想を感じられたのかもしれませんね。
亀田氏「そうだと思います。ライブ演奏だけではなく、音楽を学ぶ数多くのワークショップ、またメーカーや楽器店の協賛で、楽器演奏が楽しめるスペースを用意したのも、理念を形にするためです。飲食ブースも、理念とコンセプトを理解いただいたレストランの方々に出店してもらった。もっというと、大きなテントを出さないように制限したり、公園の中心にある噴水の高さも通常より低く調整してもらったり、細かなチューニングもしたんですよ」
──そのチューニングはどういう意図で?
亀田氏「大きなテントを制限したのは、美しい公園の全景をなるべく見渡せるようにしたかったからです。芝生のステージの端で寝転んで音楽を聞きながら、日比谷公会堂の美しいレンガが見えるようにしたかった。噴水の水を低くしたのは、その周囲をイスで囲んで、水辺で食事を楽しみながら、音を楽しんでほしかったからです」
──そのおかげか、あらためて日比谷公園のすばらしさを感じる機会にもなりました。
亀田氏「日比谷公園は1903年に開園された最初期の西洋式公園で、一般の人が自由に出入りできて、好きに草木をめでられるという場なんですね。『音楽と同じだな』と思いました。公園は人を癒やし、人と人をつなぐ力がある。そのポテンシャルを活かす設計にしようと考えたんです。だから公園のあちこちにQRコードを設置して、日比谷音楽祭のスマホアプリですべてスキャンすると曲が完成する仕掛けも用意した。公園を自然と回遊してもらいたかったからです」
“音楽という種”から新しい社会の動きが生まれていく。
──おもしろい! 音楽プロデューサー業の知見は、音楽祭づくりに活きましたか?
亀田氏「僕にとっては、音楽をつくる作業と一緒でしたね。充分にインプットを重ねてから、『どうしたら心地よさを感じてもらえるだろう』『この人、場所はどう伝えたら最も輝くだろう』と考えてアウトプットする。それがフィットしたとき、狙いどおりの、あるいはそれ以上の熱狂が生まれる。音楽も場作りも同じ気がします」
──それは気になる視点です。ビジネスとしての側面にも通じるものですか?
亀田氏「はい。たとえば協賛してくれるスポンサー同士においても、これを契機に新たなコラボレーションが生まれたら面白いと考えています。日比谷音楽祭は『一業種・一スポンサー』のような縛りがないし、多彩な業界の方々に協賛いただいています。だから普段は競合だけど、『2社でこんなことしてみない』と話が進んだり、普段なら会わない業種同士が『僕ら何かできそうですね』と斬新な着想が出てくるかもしれない。ビジネスも音楽と同様、まさにクリエイティブなものだと思うんです。この機会を通じて企業同士も芯を食ったところでつながり、新しいビジネスがうまれたらすばらしい。“音楽という種”からビジネスや経済も生き生きとしていくことを期待しているんですよ」
──それも“音楽のつなげる力”ですよね。ところで、ビジネスに視点を切り替えると、YouTubeのような新しいプラットフォームが音楽の流通や業界の形を変えつつある。亀田さんはよく「日本は音楽の環境変化に乗り遅れている」と警鐘をならされていますよね。
亀田氏「ええ。日本の良い面が、この変化においては、悪い面として表出していますからね」
──日本の良い面、あるいは悪い面とは?
亀田氏「『思慮深く慎重』な面が、『環境の変化に対応するのが遅い』というネガティブな形で現れてしまっていることです。わかりやすいのはサブスクリプション(定額制)のストリーミング配信ですよ。欧米ではすでに85%ほどの音楽がサブスクリプションで配信されています。ところが、日本は15%ほどです」
──大違いですね。日本ではいまだにCDか、ネットでもダウンロード販売が主流だと。
亀田氏「ええ。『定額配信なんてしたら売上がたたない』という声がいまだ根強く、大手の音楽会社やアーティストで慎重派が多い。けれど、逆ですよ。欧米のミュージシャンはストリーミング配信に舵をきった結果、産業全体の売上をV字回復させることになった。音楽に触れる機会が増え、これまでより音楽を楽しむユーザーが増えたから。一曲聴かれるたび、ちゃんと課金されますからね」
──むしろ早く取り組まないと、どんどん市場がシュリンクしてしまうかもしれない。
亀田氏「はい。制作の現場に流れるお金がさらに減っていきます。それでは新しい人材も育ちません。さらに、ストリーミング配信ならそれに適した音楽の作り方があるのに、そこに気づけず、楽曲そのものも世界に後れをとるといった課題もあります」
──楽曲の作り方も変わるわけですか?
亀田氏「定額聴き放題で『スキップしながら聴く』スタイルがスタンダードですからね。だから最初の5〜10秒で、聴き手のこころをつかまなければ、次の曲にとばされる。以前は一曲まるまる3分かけてつかめばよかったのが、大違いになっているわけです」
「新しいものをつくりたい」イノベーション・マインドから未来がはじまる。
──5秒で判断されるとはキビしいですね。
亀田氏「でも、それ自体は悪いことではないと僕は思う。そもそも『かつては3分』というのだって『ラジオでかけやすい』とか『レコードに録音しやすい』とか、メディアの制約で決められただけですからね。時代とともに最適なメディアやプラットフォームが変わるのは当たり前。真に大事なのは、容れ物が変わっても『自分にしか出せない音』をつくっていくことです。18歳でグラミー賞を総なめにしたビリー・アイリッシュも言ってますよね。『新しいものをつくりたい。今あるものをつくりたいとは思わない』って。彼女は、まさに今の方法で最初の作品をリリースして、ストリーミングやYouTubeで人気を博した。けれど、根っこにあるのは楽曲の良さ。そしてそれを支える“イノベーション・マインド”ですよ」
──音楽のみならず、今いろんなフィールドで、同じような環境変化と、その対応を迫られている気がします。
亀田氏「そう思います。ビジネスでも同じです。好奇心をもって、変化にどんどん飛び込んだほうがいい。僕自身レコードから音楽に興味を持ち、CDの時代にデビューして、MP3、ストリーミングとどんどん容れ物は変わってきたなかで音楽をつくってこれました。結局、芯の部分は何も変わらなくて、心に響く音楽をつくりたい、届けたいだけですからね。楽しんだもの勝ちです。
──亀田さんのそのポジティブなマインドこそ、我々は大いに学ぶべきな気がします。
亀田氏「(笑)。だとしたら、それも音楽の力のおかげですよ。演奏すればするほど、曲をつくればつくるほど『もっとこうしたほうがいいかな』『お、前よりうまくなったぞ』とセルフ・インプルーブメント(自己改善)できる。音楽は人をアップデートさせてくれるんです。自然と、ポジティブになる気がします。それに、他の誰かとセッションすることで、コミュニケーション能力も高まる。相手を慮り、互いに高め合いますからね」
──なるほど…。音楽の力は、本当に色々な場面に繋がっていきますね。さて、最後になりますが、今年の5月30日、31日に予定されていた第2回の日比谷音楽祭は、非常に残念ではありますが、昨今の状況から中止になってしまいましたね。
亀田氏「2年目の今年は、1年目にまいた種に水をやり育て、さらなる高みを目指そうと考えていたのですが、新型コロナウイルスの感染拡大という未曾有の事態が立ちはだかってしまいました。
今年もクラシックからロック、ポップス、ジャズ、ワールドミュージックまで、まさにボーダーレスを体現する、ジャンルや世代を超えた様々なアーティストに賛同をいただいていました。日比谷音楽祭ならではの豪華なラインナップと多様なコンテンツに、大きな反響をいただいていたところではありましたが、何よりも優先されるべきは人の命。中止は本当に苦渋の決断でしたが、全ての皆さんの安全と安心が第一です」
──どうしても先行きが不透明な事態で、業界全体も大変な時期かと思います。
亀田氏「経済活動も停滞して、未来への不安も膨らみ続けていますよね。音楽業界、エンタテイメント業界も危機的な状況です。そんな中で日比谷音楽祭は何ができるのか。我々が能動的な姿勢で果たせる役割を、スタッフと一緒に日々、試行錯誤しています」
──これを機に新しく生まれる動きもあると期待しています。
亀田氏「人と人とが集まることが難しくなってしまった今の時代ですが、たとえば今年立ち上げた日比谷音楽祭の公式YouTubeチャンネル『HYC』などを通して、歩みを止めることなく音楽を届けていきたいと思っています。こんな時だからこそ、音楽がもつボーダーレスな力が人と人を繋いでいく。僕は、そう信じています。お話ししてきたように、音楽には、いろんな効能がありますから」
PROFILE
亀田誠治│Seiji Kameda
1964年ニューヨーク生まれ、大阪、東京育ち。GLAY、椎名林檎、エレファントカシマシ、大原根子、MISIAなど、数多くのアーティストのプロデュースや編曲を手がけ、ヒット曲を生み出す。2007年と2015年には、「輝く! 日本レコード大賞」で編曲賞を受賞。04年には椎名林檎らと東京事変を結成。12年間日に解散。関年の20年元旦に再生を発表。09年、13年には自身の主催イベント「亀の恩返し」を武道館にて開催。またJ-POPのロジックを解説する「亀田音楽専門学校』 (NHK Eテレ) も大人気だった。2019年にはフリーイベント「日比谷音楽祭」にて実行委員長を務め、10万人を動員。
聞き手・構成:箱田高樹 撮影:是枝右恭 編集:BAKERU