カスタマーエクスペリエンスを考える時に、顧客とのすべての接点を想定して体験を最適化していくというものがある。しかし、接点に限らずサービスを提供した先にある体験までをイメージしたサービスを設計していくというのが、CXに取り組む企業で共通して聞かれる考え方だ。サービスによって顧客の行動がどう変わるかというところまでイメージしているということだ。
ファッションレンタルサービス「airCloset(エアークローゼット)」やパーソナルショッピングアプリ「pickss(ピックス)」を提供するエアークローゼットも、その考え方を実践する企業の一つだ。エアークローゼットは、プロのスタイリストによるコーディネート提案という形で、レンタルやショッピングといった形態で新しいファッション体験を顧客に対して提供し続けている。
今回は、エアークローゼット代表の天沼聰氏にサービスが生まれた背景と、サービスが提供する体験について話を伺った。
日々の生活の中に新しいファッションと出会う体験を作りたい
―― まず、エアークローゼットのことをお聞きしたいのですが、レンタルする服を利用者に選んでもらうのではなく、スタイリストが選ぶサービスとしてスタートしましたよね。どのような考えでその様なスタイルになったのでしょうか。
我々は、日本で初めてオンラインで普段着に特化したファッションレンタルサービスを始めました。ゼロからサービスを考えましたが、お客様の体験をベースに考えてサービスを提供することを大事にしています。
お客様に対して提供したい価値として、日々の生活の中に新しいファッションと出会う体験を作りたいと考えていました。これがわくわくする体験であればあるほど人が笑顔になるだろうと思い、そのようなライフスタイルを作るための手段をいろいろと検討しました。
それは、バーチャルで洋服に出会ってもいいかもしれないですし、店頭で何か新しい出会い方をしてもいいかもしれません。そんな、たくさんの出会い方がある中で、我々は最初にレンタルという手段を選びました。
なぜかというと、出会った洋服を実際に着用して実生活を送ってみていただきたいという想いが生まれたからです。それを実現できるのがレンタルでした。
―― 自分では考えられないようなコーディネートに出会ってもらうために、スタイリストの提案にした訳ですね。
天沼:そうです。そこをいちばん最初に考えました。私の妻もそうですが、ショッピングに出かけても、行くお店はいつも決まっているんですよね。
お店で選ぶアイテムも、2、3カ月前に購入したものと同じような色、同じようなデザインの服だったりします。
その為、なかなか新しいブランドと出会うきっかけがないのが実情でした。自分が苦手とするアイテムや、自分が似合わないと思い込んでいるアイテムを、手に取って着てみるきっかけというのが全くなかったのです。
それで、我々はレンタルというアイデアを採用しました。これまでも潮流としては、ウェディングドレスやドレスレンタルなど、高価で比較的着る頻度が少ないカテゴリで、お得感が味わえるようなレンタルサービスがありました。
しかし、エアークローゼットは、「むしろたくさんの頻度で着てもらって、その中から厳選して気に入った服をそのまま買ってもいいですし、そうではない物は返すことができるようなサービスを作ろう」と思ったのが、エアークローゼットを考案するいちばん最初の考え方でした。
例えば、明るいイエローのスカートに苦手意識を持っていて、普段はボルドーやネイビーを好んで着ている人がいた場合、自分で明るい服を選ぼうとはなかなか思わないですよね。
だったら、信頼できる第三者がその人のために選んだ服を、「レンタルなら着てみよう」と試す機会にしてもらう。
その時に、やっぱり似合わないという発見もあるかもしれないのですが、新しい自分に出会ってもらうことができれば、その人のファッションの幅が広がって、次の買い物に行った時に、明るめのスカートを手に取って試着をしはじめるのではないかなと考えたのです。
前職の楽天でもUX(ユーザーエクスペリエンス)というキーワードがすごく使われていました。商品を届けて終わりではなく、その商品がある生活がどうなるのかをイメージすることが大事だと思っています。
我々は、もっともっと体験ベースで考えるべきだと。そういったことがまさに現在のサービスの原点になっています。
ファッションが変わるとその人の1日の体験も変わる
―― 提案したコーディネートがきっかけとなって、普段のショッピングにも活かされていくころまでイメージされているのですね。
天沼:そうです。座談会を何度か開催しているのですが、サービスを利用して「断捨離できた」とか「お得になった」という声はほぼありません。
多くのお客様が「ファッションがとにかく楽しくなった」とか「億劫だったファッションが、いまではコーディネートを考えるだけでわくわくするんです」と、すごく笑顔でおっしゃってくださいます。これが、我々が作りたかった体験だと思っています。
一番面白かったのが、「2、3年前に買ったお洋服で、全然着なくなっていたお洋服を引っ張り出してきて、コーディネートで着はじめたんです」と言っていただいたことです。「なるほどな」と思いました。
これはアメリカの調査ですが、大体の人のクローゼットは全体の8割が着ていない服で、たった2割で生活をしているらしいのです。私もイメージしたら確かにそうだなと。
残りの8割はどうなってしまうのかというと、せっかく買ったのに、なかなか活用されていないということになります。やはり、どうしてもコーディネートが絞られてしまうからですよね。
いろいろなコーディネートを試していくことで、クローゼットの中の回転率もどんどん上がります。それでファッションが楽しくなったら、もっと自由に楽しめるようになるのではないかなと思っているのです。
そのお客様は、届いた時に「これは多分、スタイリストからの挑戦状だな。チャレンジアイテムだな」と思ったらしく、「それでも着こなすぞ」と着こなしていただいたそうです。
会社に行ったら、いつもはすれ違っても挨拶程度しかしないほかの部署の女性が「素敵なコーディネートですね」と声をかけてきたらしいのです。その人はいわゆる社内のキラキラ女子みたいな人のようなのですが、そういう体験を我々はどんどん届けたいなと思っています。
私自身、コンサルティング業界の時はずっとスーツのみだったのですが、その後ビジネスカジュアルを意識しはじめたときに思ったのは、「そのスタイルも似合うね」とか、ファッションに対して人と人のコミュニケーションが生まれて、その時に感じることの中に、ほかにはない“わくわく感”があるということでした。
それが、ファッションの持つ力なんじゃないかなと思っています。それを体験としてたくさん作りたいなと当初から考えていましたが、サービスを開始してから、「やはりそれは間違っていなかった、作るべき体験はそこにあるな」ということを、お客様の座談会のときに強く感じました。
お洋服って不思議なもので、コネクトされていくのですよね。クローゼットにハンガー3つ分の新しい服が届いたときに、自分が持っているほかの全ての服との組み合わせが生まれていきます。
これがどんどん変わっていくというところが、一番大事だと思っています。エアークローゼットでも定期的に、数十着を購入されるお客様が増えています。そこに加えて、買い物に出かけたときには、自分でショッピング体験を楽しむという、両輪があると思います。
―― オンライン上でお客様のフィードバックを受けて、それに対して改善していくというプロセスは、すごく難しいと思うのですが、うまくいっている取り組みはありますか。
天沼:いろいろとありますが、お客様の問いかけの仕方とか、お客様からいただくフィードバックの項目も、言葉だけを変えることもあれば、項目を増やしたり減らしたりするなど、本当に細かいPDCAサイクルを回すことを意識しています。
例を一つあげると、これまではお客様にファッションスタイル自体についてのフィードバックを聞くことが多かったのですが、いまは次のボックスで使いたい利用シーンとか、ご自身でチャレンジしたいテーマとか、何かご希望のテーマがあったら、それを教えてもらえるようなお声がけをさせていただいています。
その人自身がその時に持っているファッションの感覚と、エアクローゼットのスタイリストが次にお届けしたいスタイリングの価値やテーマはまた別だと思っているのですね。単純にその人の容姿に似合うものだけをお届けするのが我々の提供価値ではないと考えています。
例えば、「次の週末はキメていきたいデートがあるんですよ。映画館に行ってからゆっくり食事をするデートプランがあるので、それに合うお洋服が欲しいです」といった要望があれば、そのシーンを想像してコーディネートを提案できますし、スタイリストも仕事がしやすくなります。
デートであれば「スカートスタイルでいきましょう」というプッシュをして、この春は「大ぶりのフラワー柄にしましょう」「こんなトップスを合わせていくといいと思います」というようなスタイリストからのスタイリングアドバイスや一言添えたメッセージも、“エアクローゼットならではの感動体験”としてお客様へすごくリアルに伝わるようになってきました。
このようなやり取りによって、お客様からもいろいろなお声が返ってくるようになりました。それを次のスタイリング提案やサービス改善に活かすためのキャッチボールがすごくしやすくなってきています。
―― 同じような提案をしていてもしょうがないところがあると思いますが、そこをお客様自身にもチャレンジしていただくということですか。
天沼:定番のみが着たいという方は別として、お客様には絶対に1アイテムは新しいチャレンジをしていただけるように、スタイリストには、あえて3着中1着はいつも選ばれないようなチャレンジアイテムを入れるようにメッセージングをしています。
お一人おひとりに自分の「コンフォートゾーン」があり、“このファッションは自分に合う”という領域と、さらにその外に“本当は似合うけれど自分ではなかなか手がでない”という「チャレンジゾーン」というものがあると思います。そこを外さないようにしつつ、チャレンジゾーンの中のものであれば、新しい出会いのために試してもらってもいいのではないかと思っています。
お客様自身の「コンフォートゾーン」から、少し飛び出して「チャレンジゾーン」を見つけるという部分は、素人ではなかなかできないことですが、スキルのあるスタイリストによって、それが可能になると思います。ファッションを選ぶ上で微妙な差になるところ、例えば同じデザインでも色味が少し違い、着こなしも違うだけで、全然表情が変わってきますが、これはプロのスタイリストでなければ正しくアドバイスすることはできないところですね。
―― パーソナル分野での提案系で考えると、サプリメントのような商材であれば、お客様に合うものは自ずと決まっていくと思いますが、ファッションの面白いところは、それが未知数というところですよね。ずっと可能性が残り続けるというか、本人も気づいていない部分もありますよね。
天沼:そうですね。新しいファッションがどんどんと生まれ続けているので、だからこそ我々はファッションに注力しています。多種多様で、個人のスタイルも全体の潮流も変わっていきますので、その両方のかけ算になるところが、とても面白いなと思っています。
商品を知れば知るほど出会いの価値は高まる
―― 「9つの行動指針」の中で「UX」を挙げていらっしゃいますが、UXを重要視するようになったのはいつからだったのでしょうか。
天沼:意識をしはじめたのはコンサル時代からですが、それを痛感したのは楽天に転職した時ですね。個人的に衝撃的な出来事として、eコマースはテクノロジーありき、利便性ありきで、届けていくことが主目的だと考えていたのですが、それだけではないことを実感した経験でした。
お客様の出会い方に関して、三木谷さんがよく卵の話をしていました。例えば、その卵を売る農家がどういう方たちなのか、その卵を使った商品はどのような想いを込めて作られたのか、など、「ストーリーを含めて、ユーザーが商品を受け取ることによって、その消費者の卵一つに対する感じ方が、全然違ってくる」という話でした。
この面白い話が刺激になり、人との出会いや物との出会いも同じで、その人を知れば知るほど出会いの価値は高まるし、物の知り方によっても、全く見え方が変わってくるのではないか、と強く考えるようになりました。
物の価値をいたずらに美化するのではなくて、「しっかりと情報を届けて、しっかりと納得感を持った出会いをしていただくことで、その人に“本当に合った出会い”になるのではないか」という点が、UXを重要な位置づけと考えるようになったきっかけです。
もう一つは、海外拠点を見ていた時の話です。ドイツで現地のマーケティングのトップと話をしていたのですが、彼は「できるだけUIはシンプルにして、利便性を作るべきだ」と訴えていたのです。その時はチーズ屋さんの案件を担当していたのですが、「何のチーズがあって、分類がどれで、どういう味なのかというのを、端的に分類するのが一番いい」って話をしていたのです。
私もそうかなと思っていましたが、やっぱり楽天市場が作っている価値というのは、作られているお店の人の想いも伝えることにあるなと思ったので、両方の考え方を実践し、ふたつ違うものを作って試してみたのです。
1つは、おばあちゃんのやっている1軒のチーズ屋さんだったのですが、ひとつは販売するチーズの分類を説明するページ。もう一つは、そのチーズ屋さんの外観やおばあちゃんがこれまで考えてきたチーズへのこだわりなどを載せて、長いストーリーのページを作ったのです。
そうしたら、圧倒的に後者のほうがお客様の反応がよかったのですよ。お客様からおばあちゃんへのメールが届いたりといったことも含めて、その後の満足度も高かったです。おばあちゃんも喜んでくれました。
お客様も喜ぶし、おばあちゃんも喜ぶ。ちゃんと伝えるということに注力しただけで、こんなに変わるのだなということを実感したのが、すごく自分の中では大きくて、それがまさにお客様体験というものが作れたらいいなと思ったきっかけかもしれません。
―― 商品を届けて終わりではなく、そこからの体験もしっかりイメージすることが大事なんですよね。
天沼:そこは事業者側が積極的に意識をするべき点だと思っています。例えば、エアークローゼットでは、毎回新しいボックスをビニールに包んで送っているのですが(シュリンク包装)、これも最高のお客様体験をイメージしてこだわってそうしています。
エアークローゼットは次の洋服を受け取るまでご自宅にボックスを置いておくのですが、仮に物流で汚れたダンボールを自宅に置いておくことを体験としてイメージした時に「置きたくないだろうな」と考えました。ビニールがない方がコストはかかりませんが、ボックスがきれいな状態で届けることができれば、お客様にも気持ちよく体験していただけると考えたのです。
一つひとつ、お客様のライフスタイルの中で、どのように活用されるのかをイメージして、自分たちで「これがいいのではないか」と思うものを、いかに出せるか。そういったところが、事業者に求められると思っています。
ナインハーツ(9つの行動指針)でも、一番目に「お客様の感動が第一」と置いているのですが、我々が実施するお客様へのアンケートは、お客様に何をしたらいいのかを聞くためのものではありません。要望をそのまま聞いているだけでは、お客様に満足していただけるサービスは作れますが、感動するサービスは作れないと思います。
お客様の期待を超える“感動”を作るためには、「何をして欲しいですか」というアンケートで伺ったときに、我々がそれを一度咀嚼して、要望の裏にあるメッセージをイメージしたうえで、提案し続けていくことが一番大事だと思っています。
おそらく、これまでの日本の企業の考え方って、どちらかというと満足重視なので、お客様の要望に応えるためにできるだけ機能を多面化していったと思います。
家電とかもそうですよね。お客様からの声で、いろいろな機能が追加されて、多機能な製品が提案されていくのですが、果たしてそのアプローチだけがいいのかというと、私は違うと思っています。
その機能が欲しいと言っている裏には、もしかしたらこういう生活があるからなのかもしれない、全く違うアプローチをしたらその機能は要らなかった、という結論に至る可能性もあるのではないかなと思います。
それで、我々事業者側の命題としては、とにかくお客様からいただいたご要望、「こういう新しい機能とか、こういうサービスがいい」とおっしゃっていただいたことの背景や心理を、できるだけ反映していきたいと考えています。
当然、全部できるかどうかはわかりませんが、事業者側が単にその機能を追加するだけではなくて、咀嚼するということを強く意識しています。これがUXにつながると信じてやっています。
―― ありがとうございました。
撮影/伊藤圭