日本のオフィスにファイリングという文化を根付かせた「キングファイル」。好きなテキストを入力するだけでオリジナルのラベルが作れる「テプラ」。インターネットに繋がらない、テキスト入力専用マシーン「ポメラ」。
そして、クラウドファンディングでは目標金額500万円に対し6000万円以上の支援が集まり、2020年の7月末に待望の発売となったデジタルノート「フリーノ」。
これらをはじめ、私たちが想像もしなかった商品やジャンルを、想像もしないような手法で世の中に届ける挑戦的な文具メーカー「キングジム」。
また各種メディアでは、折に触れてその企業姿勢を聞かれ、「万人に売れるものではなく1割の人に強く求められるものを」「9回の失敗は、1回のホームランで取り返せる」と答えるなど、企業姿勢を表すパンチラインにも事欠かない。さらに言うと、同社のニッチでユニークな商品開発の姿勢は、Twitter上で「変態端末専業企業」と評判だ。
顕在ニーズではなく、潜在ニーズを掘り当てる
同社のモノづくりは何が起点となっているのか?
話を聞いたのは、同社の根幹を支える開発のキーパーソン。開発本部長兼広報室担当であり取締役の亀田登信氏と、家電量販店など大口顧客への営業を務める東山慎司氏。
1985年に入社した亀田氏は、1988年に発売した「テプラ」を担当し、30年以上に渡って開発に携わる。東山氏も、入社以来12年間ずっと開発をしていたが、自身が手がけた「フリーノ」の2020年の発売とほとんど同時に営業部に異動となった。
同社の従業員数は約400名で、そのうち50名程度が開発部に所属している。開発部は、ファイル商品を主に扱う「ステーショナリー開発部」とテプラなどを主に扱う「電子文具開発部」の二つに分かれ、「電子文具開発部」はいわゆるファブレス。つまり社内に製造機能を持たないため、「こういう商品を作ろう」という企画を発想することが仕事となる。その際、開発前のマーケットリサーチを行わないというのがキングジムのスタンダードだ。
そんな同社の開発の考え方について、「どちらかと言えば、マーケットインよりプロダクトアウト」と亀田氏。顕在化しているユーザーに対して商品を作るというよりは、潜在的なニーズに対して商品を作るという発想である。そして、なぜ開発前のマーケットリサーチを行わないかというと、潜在的なニーズをリサーチで推し量るのは限界があるから。
亀田氏「ユーザーにしても、“自分はこういう物が欲しいんだ”って整理できてる人って少ないでしょ? だから、実際に物を出して、物で問うと言いますか。結果として売れなかったら、『あ、このニーズはなかったんだ』という気づきにしています。ただ10本のうち1本当たればいいって言うのは抽象化されすぎていて、開発する側としては、当然ですが全部当てようと思って作っていますよ(笑)」
一方で、「売れない商品があったら、企業としてのイメージが悪くなるのでは?」という意見は社会から見れば考えうるし、実際に過去のインタビューで同社の社長がそういった質問を受けたこともある。
それに対して社長は「売れなかったら誰も知らないんだから、痛くも痒くもない」と答えたという。もちろん在庫数や投資額など、売れなかった場合に会社が受けるダメージは事前に把握しての上だが、それにしても豪胆。
ただ、そうしたオープンマインドな風土がプラスに働いていることが多いそうで、その一例が採用活動。新卒でキングジムを志望する人たちは、「なんか面白そうな物を作ることができそうな会社」という印象を持っている人がほとんどであるという。さすれば当然のごとく今の動きに敏感な個性的な人が集まるので、結果として時代に追いていかれることなく、会社としての幅が広がっているのだそうだ。
企画の根本は“自分が欲しいもの”
では、企画はどのように考えられているのだろう? 東山氏曰く、「企画の根本は“自分が欲しいもの”」。
具体的には、毎日の生活の中で、自分が欲しい物、不便だなと思うことをまとめておく。その中で商品化できそうだと思ったものは、ラフスケッチでイメージ図を作ったり、技術的な内容を社内メンバーにヒアリングしたり、協力会社に相談して検討事項を洗い出してみたり、簡単な試作を作ってみたりして、商品化に向けて具体化を図る。
いずれにしても大事なのは、本人の熱量だ。話題になったフリーノにしても、東山氏が10年以上温めてきた企画だと話す。
東山氏「入社した当時はちょうどポメラが出たタイミングで、最初の担当もポメラだったんです。でも僕は手書きすることで頭に残る感覚が好きで、どうしてもキーボードに馴染めなかった。ポメラに携わっている時も、僕は手書きが好きなんですけどね、なんてつぶやきながら仕事をしていました(笑)
だからずっと手書きのノートを使って仕事をしていたんですけど、社会人になると1冊のノートに複数の案件の内容が入ってくるじゃないですか?そうなるとせっかくノートに書いたのに、どこに書いたか忘れてしまって、徐々にノートが仕事で使いづらくなってくる。そこで、手書きの感触と検索性を両立したものが作れないかな、とは入社して2年後くらいには考えていましたね」
10年前にも、「フリーノ」と同じような商品を提案したことがあった。ただ当時は描画のスピードや質感をデジタル上で表現することが技術的に難しく、一蹴されてしまったそうだ。
その後、紙のノートに検索性を付与すればいいのでは?と考え、付箋によって検索できる紙のノートを開発して商品化したが、今度は市場に受け入れられなかった。
亀田氏「説明を聞くと、『良さそうだな』と思うんですけど、ユーザーは道具を使うことにそこまで頭を使わないですから。とはいえ開発はまず頭で考えちゃう。だからこそ、ユーザーと物との距離感や、物を使うときの温度感には敏感でいなくちゃいけないんですよね」
以降も卓上タイプの電子メモ「マメモ」、アラーム機能のある電子メモ「カクミル」など、手書きに関してはずっと熱い思いを持って開発に取り組んでいたそうだ。
柔軟さが市場での成功を生む。
それ以外にも、興味深いエピソードはたくさんある。例えば亀田氏が教えてくれたのは、女性向け文房具シリーズ「HITOTOKI」の話。
亀田氏「マスキングテープの柄を考える時には、担当者が色んな作家さんの作品を見て、「今度この作家さんにお願いしたいんです」って目をキラキラさせながら話してくるんですよ。もう仕事なのか趣味なのか分からない(笑)
それで進捗を聞くと、『何度も断られたんですけど、この前展示会に行って、OKをもらってきました』って。すごいですよね。ずるい言い方かもしれないけど、本当に自分が欲しいものであれば、みんなすごい力を入れてくれるんです」
一方で、市場に受け入れられるために熱量が必要なのか?という疑問も湧く。
東山氏「クラウドファンディングは熱量がない人がやっても、全然目標に届かないんですよ。例えば、支援者の方のコメント欄を見るだけの方と、コメントに全て返す方がいたら、やっぱり後者の方が目標に届くことが多いそうです」
それでもクラウドファンディングで目標金額に到達したからと言って、市場に受け入れられるとも限らない。実際、「フリーノ」を含めてクラウドファンディングを4回活用しているが、前回まではクラウドファンディングで目標金額に到達しても、実際に商品化したら販売数は思うように伸びなかったそうだ。
でもここから、キングジムならではの工夫を施した。
東山氏「『フリーノ』の時は、『これまでクラウドファンディングを通して商品化したものは、なかなか売れなかったんです。どうしたら良いと思いますか?』って支援者に聞いちゃったんです」
つまり、「何を作るか?」に焦点を当てるだけでなく、「どうやって売るか?」まで踏み込んでユーザーと作っていくことで、結果的に目標販売数も到達したのだ。
東山氏「物が溢れかえっている世の中で、いつでもどこでもなんでもネットで買える環境ですけど、クラウドファンディングはユーザーさんと一緒に体験をつくっていける場だと思っています」
個人の熱量でプロダクトを練り上げ、ユーザーたちも注ぎ込んで市場に出していく。そんな新しい商品開発のロールモデルが生まれているわけだ。
エンターテインメントだからこそ、熱量が必要。
オフィス向けの商品を中心に扱っていた時は、ユーザーが購入するのは「前と同じだから」「値段が安いから」など、ある意味、左脳的な理由からだった。一方で、これまで話をしてきたような個人向けの商品を購入するのは、右脳的な購買活動となる。大袈裟に言えば、CDや本を買うように文房具も選ぶ。だからこそ、買ってもらいたい人に向けて熱を持ってやらないと届かない。
「モノを通してエンターテインメントやっている感覚です」と亀田氏は笑う。
最後に2020年を振り返って得た新しい気づきについて聞くと、
亀田氏「みんな言うけれど、1年前にこんなご時世になるなんて思わなかったじゃないですか。だから、予定を立てることってあんまり意味がないんだなって感じたんです。もちろん年間の予算も立てるし、2020年はこういう物作ろうって構想はあったんですけど、新しい生活習慣に合わせた物を作ろうとすぐに切り替えたんですね。
自分が欲しいもの、で勝負をするのなら、計画通りにやることよりも、何か起きたときに、柔軟に視点を変える、そこで自分が何を感じるのかをじっくり考える。そういうことが大事だと思ったんですよ」
アフターコロナの先に何があっても、キングジムは熱量を持って、新鮮な息吹を文具市場に吹き込み続けるに違いない。
執筆/koke1、撮影/川島悠輝、編集/BAKERU(サカヨリトモヒコ、大沢景)