新型コロナウイルス感染拡大の影響で「移動販売」の役割に変化が起きた。移動販売車の数は増え続けており、東京都のデータによると都内の営業許可を得た移動販売車の数は10年前と比べて倍増している。コロナ禍の2020年から2021年にかけては約10%増えた。じつは移動販売の歴史は古く、江戸時代から続いている。江戸時代には夜鳴きそばや握り寿司といった食品の販売に加え、子どもたちに人気の金魚売りもおこなわれていた。
移動販売で提供しているモノやサービスは、時代に合わせて多様化している。
昭和から平成の時代には、焼きそばやたこ焼き、クレープといった簡単に作れるファーストフードのような食品販売が多かった。しかし、令和の移動販売は多種多様だ。その場で調理し本格的な料理を提供するキッチンカーの他、マッサージ店や美容室、アパレル店といったサービスを提供する移動販売も誕生している。
時代とともに移り変わる移動販売のトレンドについて、プラットフォーム事業者や移動販売車店主へ取材した。
移動販売が提供する価値
現在の移動販売におけるトレンドはどのようなものだろうか。キッチンカーと出店場所をマッチングするプラットフォームを運営する、株式会社Mellow 代表取締役社長 森口 拓也氏に話を聞いた。移動販売のおよそ90%が食に関する移動販売だが、少し用途が変わってきているという
森口氏「以前はオフィス街でのランチメニューが中心でしたが、最近はマンションなどの住宅エリアでパンやお惣菜、鮮魚などの販売が増えてきました。主婦の方や仕事帰りの方の利用が目立ちますね。これは中食の文化が浸透してきているからだと思います」
以前から共働き家庭やひとり暮らしの高齢者の増加を背景に、中食需要は拡大していた。コロナ禍になると外食がしづらくなり、中食への需要はさらに高まった。日本惣菜協会の調べによると、中食の市場規模は拡大を続けており、現在は約10兆円にもおよぶ。さまざまなお店が家の近くまで来てくれる移動販売は、外食できない状況下で消費者の生活に彩りを与えてくれた。さらに移動販売ならではの顧客体験があるという。
森口氏「移動販売には”対面価値”があります。食事をしたければ、デリバリーサービスやコンビニを利用すれば済みます。他にもファストフード店などで持ち帰りを頼めば、早くて安いです。それでもあえて移動販売を利用する理由は、さまざまな種類から選べて、対面で店主とコミュニケーションを取れる顧客体験があるからだと思います」
新型コロナウイルス感染拡大を受け、対面価値はさらに高まった。2020年4月に1回目の緊急事態宣言が発令された際、外出する人がほとんどいなくなり、街から人が消えた。Mellowでも前年比で売上が半分近くまで落ち込んだ。
しかし、移動販売がないと困る人達もいる。医療関係者やインフラ関係者など、現場で仕事をしなければならないエッセンシャルワーカーだ。飲食店が営業停止している中、こうした人達が移動販売を利用する機会が多かった。飲食店が閉まっていたときに、美味しい食事をするための駆け込み寺的な存在になっていた。
”美味しさ”以外にも消費者は敏感
Mellowの子会社「Mobifac」では、食品を扱う移動販売の直営事業もおこなっている。具体的に、どのような食品が消費者に求められているのだろうか。全体的なトレンドはありつつも、商品以外の部分も大事だと分かった。
森口氏「全体的に見ると肉系が人気ですが、肉系といってもさまざまです。唐揚げもあればローストビーフもありますから、はっきりと『この商品が売れています』とは言えません。ただ、あらゆるジャンルで売れている“トッププレイヤー”と言えるお店があります。こうしたお店に共通しているのは、商品の美味しさはもちろんですが、接客や見せ方といった体験の質にもこだわっている点です。このように体験のポイントをしっかりおさえていれば、どのようなジャンルでも関係なく消費者に選ばれます」
商品の美味しさ以外の面で消費者からの支持を集め、売上が伸びた興味深い事例を森口氏が教えてくれた。移動販売車をきれいに洗車し見た目を清潔に保ったことで、同じ場所での売上が前週と比べて15%も伸びたケースがあったそうだ。移動販売も固定店舗と同じで、清潔なほうが売上は伸びる。商品の美味しさに加え、接客や外観など、さまざまな面を消費者は評価している。
同じく移動販売のプラットフォームを運営している「モビマル」事業責任者の太田氏にも話を聞いた。モビマルは「店に行く」から「店が来る」をテーマに、さまざまな移動販売を手掛けている。アプリを利用すれば、モビマルの情報を調べられたり、お気に入りのお店を登録できる。太田氏は移動販売が固定店舗に近づいてきていると語る。
太田氏「こだわりを持つお店が増えてきて、料理の質も接客の質も固定店舗に近づいています。外観もお店ごとの特色があってきれいですよね。10年前は、そのようなお店はほとんどありませんでした。こうしたお店が増えてきた理由にSNSの影響があると思います。近年はSNSを使って発信できるので、お店自体にファンが付くようになりました。以前は移動販売にリピート客はほとんどいませんでした。一度きりなので、接客にそれほど力を入れているお店も少なかったです。今の時代のように料理や接客の質が上がることは、業界全体にとって大事なことです」
移動販売が働き方を変える
Mellowでは、社員がランチに移動販売を利用する機会が多い。同社が提供するアプリ「SHOP STOP」で職場や自宅を登録すれば、いつ、どこに、どのような移動販売が来るのかが分かる。
リモートワークが増え、出社する機会も減ったが、”推し”の移動販売が会社の近くに来る日は出社するという社員も多い。人気の移動販売が来る日は、いつもよりオフィスに活気が溢れている。
移動販売で買ったランチを会社のオフィスで同僚と一緒に食べる。そこでコミュニケーションが生まれ、同僚との仲が深まる。コロナ禍前にはよく見られた光景が、移動販売を通じて戻りつつある。
今後、新型コロナウイルスが終息した場合、移動販売はどうなっていくのだろうか。Mellowの森口氏は多様化が進むと考える。
森口氏「新型コロナウイルスによって、人々の生活習慣が大きく変わりました。顧客のニーズはどんどん変化し、多様化しています。これからは移動販売の店主がお客さんの求めているものを考えるのと同時に、お客さんもどのような体験をしたいかを考えていくようになると思います。移動販売は多様性のある業界になっていくのではないでしょうか」
移動販売が飲食店のあり方を変える
プラットフォーマーにとっての顧客は消費者だけではない。出店する側の事業者も大事な顧客だ。
事業者側の課題は「持続性」にある。特に飲食店は入れ替わりが激しい。自身も飲食店を経営していた経験がある太田氏は、飲食店の大変さを理解している。
太田氏「コロナ禍前のデータになりますが、私たちが調査した結果、オープンしてから2年以内に60%以上、10年以内に90%近い飲食店が廃業することが分かりました。固定店舗はイニシャルコストがかかりますし、一度出店してしまうと業態変更も難しいんです。退店するのにもお金がかかるので、リスクが大きすぎます。このままだと飲食店という業態そのものが危機を迎えてしまいいます」
移動販売なら固定費がかからず、業態変更もしやすい。人が来ない場所だと分かったら、移動して別の場所で販売すればいい。うまくいきそうなら固定店舗を構えることも可能だ。このように移動販売のスタイルは、飲食店の持続可能な社会に貢献できると太田氏は考えた。
移動販売には集客面で課題はあったが、SNSで発信できるようになったことで集客がしやすく、ファンも付きやすくなった。移動販売が消費者のところに行くのではなく、消費者が移動販売のところに行くという現象が起きている。
フランス料理人歴20年を越える店主のこだわり
Mellowが入居しているオフィスビルの敷地内に移動販売車が数台止まっていた。お昼の休憩時間になると、多くの人が並び始める。テキパキとひとりで接客から調理までをこなしていたのが、フレンチ料理の移動販売車「Luxage」店主の牧村耕平氏。フランス料理歴20年、数々のコンクールで受賞歴もある料理人だ。「出来立て、手作り、本物」をコンセプトに、一品ずつその場で調理をしている。
「入りにくいイメージのフランス料理を、もっと日常に届けたい」という想いで移動販売をスタートした牧村氏。郷土料理を中心にアレンジしたランチボックスは750円-850円と、手軽な価格でフランス料理を楽しめる。移動販売をするうえでのこだわりを教えてくれた。
牧村氏「どこまで固定店舗に近づけられるかを考え、調理のしやすい大きいトラックにしました。美味しい状態でお客さんに食べてもらいたいので、その場で調理することにこだわっています。お客さんにこだわりを押し付けすぎるのは良くないとは思いますが、長年料理人としてやってきたこだわりは残していますね。そうでないと、信頼にはつながらないと思います」
一度買ってくれた人がリピーターとなり、何度も買いに来てくれることもある。続けている内にお店のファンも増えてきた。「毎週同じお客さんが来てくれるのを見ると、とてもうれしいですね」と牧村氏は顔をほころばせた。
移動販売の新しい形
コロナ禍では人の流れが止まったため、移動販売の需要も減少した。しかしコロナ禍に移動販売が見直され、終息した後は移動販売のニーズが拡大すると太田氏は考えている。そこで大事なのが移動販売のバリエーションだ。新たに普及させたいと考えているのが「ナイトマーケット」だ。
太田氏「2020年に大阪駅北側エリアの『うめきた』で、ナイトマーケットを開催しました。台湾では『夜市』という名で、多くの観光客が訪れています。今後は、移動販売の夜市をやりたいです。日本で夜市はそれほどありませんが、アジアでは観光名所になるほどの人気です。インバウンド需要が回復すれば、外国からのお客さんも集まってくれると思います。外で食事ができるので換気性もよく、感染症対策にもなります。週替わりでお酒や料理の種類を変えれば、お客さんも新鮮な気持ちで楽しめます」
飲食以外の移動サービスがもたらす可能性
現在、移動販売の90%が食品に関するものだが、これからは多様なサービスが期待できる。移動販売のプラットフォーマーが誕生したことで、これまで見えなかったデータが見えるようになり、改善を繰り返せるようになった。今後、これまで思いもよらなかった新しいサービスが移動販売から誕生するかもしれない。
最近では、モノではなくサービスを提供する移動販売も登場している。たとえば、靴磨きのサービス。マンションの前やオフィス街に来てくれて、その場で靴をきれいにしてくれる。マッサージの移動サービスもある。普段、忙しくてマッサージを受けられない主婦の方や遠出できない方の利用が多い。印象に残っている移動サービスについて、森口氏が教えてくれた。
森口氏「土日にスーパーマーケットの前で、ファイナンシャルプランナーが相談に乗ってくれるサービスがあります。内容はお子さんがいるご家庭の家計に関する相談が多いです。ファイナンシャルプランナーに相談するのってハードルが高くないですか? 相談に乗ってくれる固定店舗もありますが、入りにくいと思うんです。スーパーの買い物帰りに5分ほど気軽に相談に乗ってもらって、詳しく相談したければ店舗に行くイメージです」
太田氏も最近、都内を歩いていて面白い移動販売を見つけた。それが「犬のトリミング店」だ。マンションの下までトリマーが来てくれて、愛犬の毛をきれいに整えてくれる。近場にこうしたお店があればいいが、無い場合には犬と一緒に遠出しなければならない。飼い主にとって大変なうえ、犬にとってはストレスになりかねない。家のすぐ近くまで来てくれれば、散歩感覚で安心して利用できる。太田氏は今後、いろいろな業態からの参入があると考えている。百貨店のように食品売り場があって、化粧品やアパレルのお店も移動してくるイメージだ。
モビマルでは、3年後に移動販売の約半数をキッチンカー以外の業態にしたいと考えている。実際に移動販売の面白い取り組みを進めている。
太田氏「私たちが取り組みを進めているのが、アパレルの”移動試着”です。最近はECで洋服を買う方が増えているので、アパレルも固定店舗が結構大変な状況になっています。ただ、ECの場合は届いてからでないと実物が見られませんし、試着もできません。それに対する消費者のニーズはあるので、アパレルの移動車で実物を見て試着をしてもらい、注文はECするという取り組みを進めています」
移動販売を「リアルプロモーションの場」として活用する取り組みも増えてきている。ECサイト限定で販売している事業者が、新たな会員を獲得するために移動販売を活用した事例がある。実際の商品を手に取ってもらうことで、ファンを増やす取り組みだ。これまでは百貨店やショッピングモールなどで展示会を開き、プロモーションをおこなうのが一般的だった。しかし、こうしたプロモーションをするには多額の費用がかかる。それが移動販売を活用すれば費用は割安で済む。消費者にとっても近くまで展示会が来てくれたら、気軽に参加できるメリットがある。
サービスの移動販売については課題もある。物珍しさから初動の売上はいいが、継続した売上確保が難しい。まだまだデータが溜まっておらず、どのようなサービスが移動販売に向いているのかは分からないのが現状だ。今後はデータを溜め、分析をして見極めをしていく必要がある。データを豊富に持つ、Mellowやモビマルのようなプラットフォーマーの役割は大きい。
「買い物難民」という社会課題の解決にもつながる
高齢者を中心に、日常の買い物が困難な状況に置かれている人たちは「買い物難民」と呼ばれる。この社会問題は過疎地域だけではなく、都市部においても起きている。課題解決のために太田氏は立ち上がった。
太田氏「買い物難民の方々に対して『デリバリーサービスを使えばいいのでは?』と思われる方もいますが、そもそもデリバリー対応エリアで無いから買い物難民になるケースも多いです。対応エリアでも、デジタルの使い方が分からない高齢者の方も数多くいらっしゃいます。そういう方にとっては、店が近くまで来てくれたほうが助かりますよね」
買い物難民には高齢者の方が多い。地域によっては、バスやタクシーに乗ってスーパーや商店街まで行かなければならない。高齢者の方にとってお米や野菜は重く、買って家まで持って帰るのも一苦労だ。お店が家の近くまで来てくれれば良いのに、という声が数多く届いている。移動販売は買い物難民の方にとってのライフラインともいえる存在だ。
買い物難民の救済以外にも、移動販売が大きな役割を果たしていることがある。それが「地域のコミュニティ」だ。以前と比べ地域のコミュニティは減っており、住民同士のつながりも希薄になっている。移動販売がハブとなり、コミュニケーションが生まれる。
太田氏「毎週決まった時間に移動販売が来るので、そこに行けば店主や友人と話せます。地域のコミュニティが減っている中で、移動販売がその役割を担ってくれます。買い物って、物を買うだけの体験では無いと思うんです。昔の八百屋さんのように『今日はこんな野菜があるよ。今日はこれがおすすめだよ』といった、人との会話や交流も必要ではないでしょうか」
移動販売はモノやサービスを売るだけではない。店主との何気ない会話や、集まったお客さん同士でのコミュニケーションといった対面価値がある。買い物難民にとっては、ライフラインになっている。
時代に合わせて多様化も進む。これからは、さまざまな時間や場所で、見たこともない移動販売に出会えるかもしれない。