レストランやカフェのような席もなければ、テイクアウト専門店のような販売窓口もない。唯一の顧客との接点はスマートフォンアプリだけ。
そんな、新たな飲食店がニューヨークに生まれ、世界へ広がりつつある。実体(実店舗)を持たない飲食店であることから、「ゴーストレストラン」と呼ばれる。
実例からみる、ゴーストレストランの盛り上がり
ゴーストレストランとは、間借りするシェアキッチンで調理を行い、「UberEats」や「Grubhub」といったフードデリバリーサービスを通じて注文を受け、配達する仕組みで営業する飲食店を指す。
店舗も、配達網も、場合によってはキッチンも自前で持たず、それぞれを補うサービスを活用し、最小限のコストで運営する。ゴーストレストランのトレンド発祥の地であるニューヨークのマンハッタンではこのスタイルの飲食店が増えているという。
ゴーストレストランの実例を見てみよう。代表例として知られるのが、ニューヨーク発のスタートアップ『Green Summit Group(グリーンサミットグループ)』だ。
同社は2013年に創業して以来、「Leafage」や「Grind」など14種の飲食ブランドを運営。サラダやサンドウィッチ、スムージーといった幅広い料理をすべてオーダーメイドで提供している。
もちろん実店舗はなく、保有しているのは独自に管理しているキッチンのみ。デリバリーサービス「GrubHub」などを利用し、ニューヨーク・シカゴを中心に拡大する、ゴーストレストランの大手だ。
2016年末にドイツはベルリンで誕生した「beets & roots(ビーツアンドルーツ)」も、ドイツ発のデリバリーサービス「foodora(フードラ)」を利用したゴーストレストランとして事業を開始。
新鮮な野菜を使ったボウルやラップ料理を売りに、サービスを展開。実店舗を持たずとも業績は好調だったが、小さくても店舗を持つことが宣伝になると、2017年にピックアップ専門店をオープン。店舗と宅配アプリの両輪型に切り替えた。
日本国内におけるゴーストレストランのパイオニアは「6curry(シックスカレー)」だ。
同店はハンディスタイルの本格スパイスカレーを提供するUberEats専門店として東京でスタート。見た目もかわいく、野菜もしっかり採れるようにと開発されたメニューは、女性を中心に人気を集める。
「6curry」は独自でキッチンを保有せず、レストランのキッチンの一部を間借りしてサービスを営んでいたが、2018年9月に初の実店舗である「6curryキッチン」のオープンを予定している。開店にさきがけ、8月からはクラウドファンディングも実施している。
トレンドを後押しする、シェアキッチンとフードデリバリー
ゴーストレストランが盛り上がる背景には、シェアキッチンとフードデリバリーサービスの成長がある。
ニューヨークでは、シェフ起業家が入居するコワーキングスペース「FOODWORKS(フードワークス)」が2016年にオープン。食の領域に特化したスタートアップを支援する動きが始まっている。
国内でも、いくつか同様の事例が登場し始めている。日本土地建物が運営するオープンイノベーションオフィス「SENQ京橋」では、約60席のコワーキングスペースのほか、試食会や調理器具のテストができるシェアキッチンも完備。法人登記可能なブースもあるため、飲食サービスを試験的に始めたいときに活用できそうだ。
東京都武蔵野市にある「8K(ハチケー)」は、「飲食店営業」と「菓子製造業」の許可が付いているシェアキッチン。食品衛生責任者の資格所得者であれば、利用初日から飲食販売をスタートできるという。飲食経営に関する勉強会の開催などの開業サポートも受けられるため、ここだけで十分に飲食サービスを始められる。
シェアキッチンが登場することで、多額のコストを支払って独自の店舗をかまえずとも、飲食業を始められるようになった。もう一方のフードデリバリーサービスが流通を支える。
2016年に日本進出をした「UberEats」は徐々にその展開エリアを広げており、2018年7月には京都・神戸での提供も開始した。全国16,000店舗以上と提携を結ぶ「出前館」は、2016年12月に朝日新聞と業務提携を結び、バイクと配達員の大幅な調達に成功している。
加えて、出前館は2018年6月からはフードデリバリー主体の新規飲食店起業候補者をサポートするプロジェクト「インキュベーションキッチン™️」も開始。飲食店企業への後押しに力を入れている。
ゴーストレストランが変えるブランド体験
ゴーストレストランは、ムダなコストを省いて事業をスタートできる。だが、その場合、空間や接客、食器、盛り付けといった従来の飲食店でブランド体験を構築してきた要素を取り入れることができない。
店舗がない代わりに顧客に提供する体験にこだわるポイントも従来の飲食店とは異なってくる。デリバリー時のパッケージや入れ物等にこだわり、ブランドとしての認知や訴求も必要になるだろう。
一方、顧客にとっては飲食店の多様性が増すことで、新たな「食」との出会いや体験へも繋がっていく。
飲食店を起業する敷居を下げ、消費者に新たな“食”の選択肢を提供する。提供側と利用側それぞれに価値を与えるゴーストレストランは、飲食という体験の変化において大きな可能性を秘めている。