As consumers change, so are we. (消費者が変わるなら、私たちも変わる)——世界的な消費財メーカーであるP&Gがこう宣言した。
宣言したのは、アメリカのラスベガスで毎年開かれる、世界最大級の電子機器の見本市「Consumer Electronics Show(CES)」。2019年のCESにおいて、P&Gの出展が大きな話題をさらった。
洗剤、おむつ、シャンプー、化粧品などをグローバルに展開する日常消費財メーカーとして知られる同社が、181年の社史の中で初めて電子機器の見本市であるCESに姿を見せた。過去に例のないP&Gの動きは、未来を見据えてのものだった。
P&Gが見据える未来の変化要因
P&Gの出展テーマは「Consumer Experience Show」。 ElectronicsをExperienceに変えて、顧客体験に寄り添う方針を強く打ち出したプレゼンテーションと新商品展示を行った。なぜP&GはCESに出展し、顧客体験を重視する戦略を発表したのか。
CESでのプレゼンテーションの内容に関してはP&Gのプレス資料にまとめられているが、ここでは私たちが暮らす現代社会はテクノロジーの急激な進化や社会や環境の変化によって、消費者の体験が日々変化していることが示された。
P&Gは、消費者の体験を変えうる未来の変化要因として4つのテーマを挙げている。
都市化:都市生活は2050年までに世界の人口の70%に達すると予想されている。
高齢化:2030年までに22億人に達すると予想されている50歳以上の人々。彼らは全消費者の支出の50%を占め、新しい体験のために費やす十分な資産を持っている。
資源の枯渇:消費者はすでに資源の枯渇に関心を持ち、実際にその被害を受けている。例えば、世界人口の3分の2が2025年までに水に関するストレスを経験することになる。
デジタルテクノロジー:eコマース、機械学習、人工知能、ブロックチェーン、拡張現実、VR/ARなどが、仕事も遊びも生活のあらゆる側面に影響を与える。
世界は大きな変化を迎える。P&Gはこうした変化の大きい時代を生き残る鍵は、企業自身が積極的に変化を起こしていくことが必要だと考え、冒頭のような立場を表明したのだ。
顧客体験にフォーカスしたP&Gの新しいプロダクツ
P&Gの変化を強く牽引するのが「P&G’s LifeLab」だ。同ラボでは、激変する環境とそれに伴う消費者の変化に適応するために、顧客理解と最新のテクノロジーを組み合わせ、日々の生活を向上させるイノベーションを提供しようとしている。
同ラボでは、130以上もの実験段階の新規プロダクトやサービスの企画が現在進行中だという。各プロダクトやサービスに共通しているのは、マスマーケティングからワントゥーワンブランドへの転換、不特定多数への情報発信から1対1の発信を大量に行うメディア戦略の転換など、従来型の消費財メーカーと消費者との関係とは異なるアプローチだ。
CESでは、P&Gが取り組むいくつかのプロダクトたちがお披露目された。ここからは「P&G’s LifeLab」から生まれたイノベーションを用いた新商品における顧客体験を考察していく。
一人ひとりの肌に合わせたコンシーラー
「Opte Precision Skincare System」は、顔をカメラでスキャンすることで、シミやニキビ跡を測定し、コンシーラーを吹き付けるデバイスだ。
コンシーラーはシミやニキビ跡を目立たなくさせるもの。化粧の仕上がりへの影響が大きいため、ムラなく薄く塗る必要があり、テクニックを要する。このデバイスを使えば、シミやニキビ跡などを自動判別し、必要最小限の範囲と薄さで自動的に吹き付けてくれる。コンシーラーをより正確に、より素早く塗ることができるのだ。
AIが日々の歯磨きの改善点を伝える歯ブラシ
「Oral B Genius X」は、AIを搭載した最新の歯ブラシ。顧客の歯磨きをセンサーにより感知。スマートフォンと連動し、みがく強さや時間、みがき残しなどをフィードバックしリアルタイムに返す。
自分で自分自身の口の中の状況を把握するのは難しい。日常の自分の歯磨きがどのくらい正確なのか、どの程度効果が出ているのか、実態を知る術はこれまでなかった。歯磨きのIoT化により、日々の歯磨きの改善点が分かるようになるわけだ。
AIを活用した肌の診断と商品提供
「SK-II Future X Smart Store」は、SK-IIの未来型店舗。AIを活用した肌の診断と、それに合わせた商品の提供を行う。ここで提供される商品はIoT化されたボトルに入っていて、使用タイミングや量、手順などをアプリと連動しながら指導してくれる。
今でも店舗に行けば、肌診断やそれにあわせた商品のレコメンドをしてくれるが、それはショップスタッフの技術に左右されるところがある。加えて、その場で使い方を指導してくれたところで、実際に使用するのは家の中。結局は一人で使わなければならず、タイミングや量は、顧客次第であった。
このサービスでは、常にプロが寄り添い、使用をサポートしてくれる。
心地よい髭剃り体験を生むカミソリ
ここまで紹介した「商品のパーソナライズ」とは文脈が異なるが、P&Gの顧客に寄り添う視点が顕著に現れている商品をひとつ紹介したい。
「GilletteLabs Heated Razor」は、まるで理髪店でホットタオルを当てながら髭をそってもらっているような体験ができるカミソリだ。肌に当たる部分にヒーターが内蔵され、肌を温めながらヒゲをそれる。
自宅で行う髭剃りは「作業」と言ってもいい退屈なもの。髭を剃ること自体に重きはなく、髭をそった爽やかな印象を相手に与えるために行うものだ。しかし、理髪店の髭剃りは異なる価値を含む。ホットタオルで顔全体を温め、泡立てられたシェービングクリームを柔らかな毛のブラシで乗せ、カミソリで剃っていく。これには髭を柔らかくして剃りやすくする効果もあるが、マッサージにも似た「心地よさ」を生む。
この商品は、一髭剃りという体験を「作業」から「癒やし」に昇華させており、顧客視点で体験をアップデートした新商品だ。
日常消費財のIoT化は、購入後の継続的な接点を生み出す
メイクも、歯磨きも、ひげ剃りもすべて日常的に行う動作だ。「P&G’s LifeLab」から生まれたP&Gの新たな商品たちは、この体験をアップデートする。
コンシーラーや歯ブラシは顧客のデータを取得してより正確で効率的な作業をサポートする。未来型店舗では取得したデータからより細かなパーソナライズを行い、適切な商品と使い方を提供する。
言い換えていくなら、カスタマーのデータを取得して提供内容をパーソナライズする、カスタマーが商品をよりうまく使えるようにするためのサポートをする、カスタマーの手間を削減する機能といった価値を提供している。
特に注目すべきは、P&Gがパーソナライズやカスタマーが成功するためのアプローチを行っている点だ。差異が生まれにくかった「日常消費財」において、顧客体験を向上させる。さらに、従来よりも顧客との接点を増やすのみならず、体験を線へと変えていく。これは、商品を継続して使用することへの動機づけになる。継続使用しデータを提供することにより、顧客体験はさらに充実していく。
これまで企業と顧客の接点は、購入時と購入に向けた動機づけを行う広告が中心で、売ることがゴールだった。しかし、商品をIoT化することにより、購入→使用→データ蓄積→顧客体験の向上→継続使用・再購入と、購入後にも複数の接点が生まれる。企業にとっては売ってからが始まりになる。
P&Gの顧客体験に寄り添う姿勢への転換は、今後の日常消費財マーケットの大変換の序章かもしれない。
img:P&G , YouTube , amazon , Indiegogo