時間とお金をかけて、自分だけの1着を作り、着こなす。オーダースーツは、良質なパーソナライズ体験の1つだ。モノと体験のパーソナライズ化が進む時代、オーダースーツの需要も伸びている。
既成スーツの市場規模が縮小する中、オーダースーツの市場規模は約450億円※と年々拡大を見せており、2016年にコナカや青山商事がオーダースーツブランドを相次いで立ち上げるなど、各社が取り組みを強化する市場だ。
オーダースーツの中でも、テーラーと呼ばれる職人が顧客の身体に合わせた型紙を起こし、仮縫いをして作る「フルオーダー」は、着心地に加え、自分の個性を好きなだけ反映できる良さがある。そこには、既製品では味わえない魅力がある。
「フルオーダー」でスーツを作ると、時間もお金もかかる。忙しい現代人にとって時間の確保は難しく、オーダースーツを作ったことのない人にとって多額の出費はハードルが高い。
そんな時代の変化と顧客のニーズにフィットした、新しい「オーダースーツ体験」が、今求められている。
AOKIが仕掛ける新ブランドは、オーダースーツ専門店
株式会社AOKIがオーダースーツ専門の新ブランド「Aoki tokyo」を立ち上げた。2019年3月1日に銀座と池袋の2ヶ所に店舗をオープンしている。今回、実際に池袋東口店を訪れ、広報室主任の竹村みどり氏、新規事業開発部係長の田部井孝史氏、池袋東口店マネージャーの久田圭祐氏に「Aoki tokyo」立ち上げの背景と同ブランドが重視してる体験について伺った。
「Aoki Tokyo」は同社が2016年より取り組んでいる「オーダー事業」を拡大すべく新たに立ち上げたブランドだ。同社は2016年よりAOKI銀座本店にてショップインショップ形式でパターンオーダースーツの提供を開始。2018年には全国573店舗でパターンオーダースーツの販売をしている。
「銀座店で実施しているショップインショップでのパターンオーダースーツの売り上げが好調に推移していること、他社オーダースーツ専門店の売り上げが増加しているといった背景から、さらなるシェア拡大を図りオーダースーツ専門ブランドをスタートしました」と、竹村氏は「Aoki Tokyo」を開始した背景を語る。
「Aoki Tokyo」で販売しているスーツは「パターンオーダー」をベースとしながら、体の歪みや癖に考慮した28箇所の採寸と補正により、「フルオーダー」にはいかないまでも「イージーオーダー」に近いフィット感を実現したオーダースーツだ。「イージーオーダー」とは、既存の型紙をベースに体型補正などを加え、「パターンオーダー」以上のフィット感を実現したものだ。スーツには、4つのモデルが存在する。価格帯は、1着3万8千円(税別)、2着まとめてオーダーするペアプライスでは2万4千円(税別)から。
オーダーにかかる時間も平均1時間、出来上がりは最短3週間で、仕上がり後1年間は無料で補正も受け付ける。フルオーダーでスーツを作るより、費用も時間もかからない。低価格での提供が可能なのは、あえて生地の種類を抑え、一度に生地を安くまとめ買いしているためだ。
田部井氏は「最低でも1着20万円以上するフルオーダー専門店では、生地の種類は1000を超えます。そのため、スーツの発注が入ってから生地を必要な分だけ買い付けるので、どうしてもお値段が高くなってしまうんです」と語る。
「Aoki Tokyo」が揃えている生地はイタリアの高級素材エルメネジルド ゼニアなどを含む200種類以上。ジャケットのボタンも十数種類の中から選ぶことができる。フルオーダーと比べると少ないが、それでも選択肢は幅広い。多すぎる選択肢をしぼりこむことで、作る楽しさを残しながらも、敷居と値段を下げることを実現した。
カジュアルな空間と丁寧な接客でスーツを作る時間をより身近に、楽しく
「Aoki Tokyo」には、オーダースーツを作ることを高級かつ特別な体験ではなく、より身近で楽しい体験だと感じて欲しいという思いがあるという。その思いは、店舗の内装にも現れている。
ニューヨークのファッションデザイナーのデザインスタジオをイメージしてつくられた店内は、中央に長いハイカウンターテーブルが設置され、片側の壁にはスーツの見本がずらりと並ぶ。個室ではなく、全てオープンな空間でスーツ作りが行われるのも、ラグジュアリーではなく、カジュアルな雰囲気を演出したいという狙いがある。
カジュアルな雰囲気、手が出やすい価格帯であっても、決して体験の質を下げているわけではない。「Aoki Tokyo」で採寸するスタイリストは社内から公募で集められ、一定の技術と知識基準を突破したスタッフのみ店頭に立つことを許されている。
「接客のマニュアルは存在しません。お客様一人ひとりと向き合い、どうしたらお客様に喜んでいただけるのかを常に考えて接客をしています」(新規事業開発部係長 田部井氏)
「Aoki Tokyo」でのスーツ作りは、まず顧客の時間の都合や要望をヒアリングし、仕上がりのイメージを顧客とスタイリストの間で共有するところから始まる。スーツのデザインや生地選びにできるだけ時間をかけられるよう、全28箇所に及ぶ採寸は約5分から7分で素早く仕上げる。筆者も実際に採寸をしていただいたのだが、体感的には5分も経っていないように感じた。スタイリストの方が話しかけながら採寸が進んだせいもあるだろう。素人目に見ても、動きには全く無駄がないように思われた。
「私たちスタイリストが介在する価値は、知識や技術を用いて、初めてスーツをオーダーするお客様であっても、スーツをカスタマイズする時間を楽しんでもらうことです。限られた時間の中でも生地選びや試着に時間がかけられるよう、採寸や補正は素早く正確にを心がけ、日々の技術を磨いています」(Aoki Tokyo池袋東口店マネージャー 久田氏)
オーダースーツのハードルの高さは値段以外に、店舗での拘束時間もあると考えられる。拘束時間をどれだけ削減できるか、初めてオーダースーツを作る顧客に寄り添えるかどうかがスタイリストの腕の見せどころだ。
高いレベルでの接客を可能にするため、「Aoki Tokyo」のスタイリストたちは選ばれた後も継続的にスキルアップの機会を設けている。久田氏によると、毎日30分から1時間ほど時間をとり、スタッフで勉強会を開き、接客力や技術力の向上を図っているという。
1人ひとりと向き合い「スーツを作る楽しさ」を届ける
オーダースーツを作ったら、それで終わりというわけではない。「Aoki Tokyo」でスーツを購入した顧客にはメールにてアンケートを送り、回答を今後の店舗体験向上に活かして行く予定だ。2019年の3月にオープンしたばかりだが、すでに初期入荷のロットが売り切れてしまった生地もあるという。
「これまでの既成スーツでは満足いただけなかったお客様や、「パターンオーダー」以上のフィット感のあるスーツをお求めになりたいお客様に、スーツを作る楽しさを『Aoki Tokyo』を通じて今後も提供していきたいです」(新規事業開発部係長 田部井氏)
筆者が「Aoki Tokyo」池袋東口店を訪れた時も、2、3名のビジネスマンが生地を手に取り眺めている様子や、スタイリストと談笑している姿が目に入った。スーツをオーダーする体験の魅力の1つは、スタイリストが他の顧客と同時にではなく、1対1で自分に向き合ってくれる点だろう。商品の品質に加えて、顧客一人ひとりに向き合う姿勢はこれからのブランド体験を作る上で重要な要素の1つだ。
「『Aoki Tokyo』のスタッフは、何よりもホスピタリティを意識することを自身の課題としています」と田部井氏は語ってくれた。スーツを作る楽しさを入店から退店まで一部の隙もなく提供する「Aoki Tokyo」の今後の展開が楽しみだ。
img:株式会社AOKIより提供