2020年の新年を迎えたとき、年末の光景を想像できていた人はいなかっただろう。新型コロナウイルスの影響もあり、2020年は波乱の一年だった。これまで常識とされてきたものが見直され、CX(顧客体験)というテーマにおいても考えるべき視点が多く生まれた。
CXというテーマについて語られることは増えた。顧客について考えることの重要さが社会に浸透していく上で、これはとても喜ばしい。だが、CXを考えることに終わりはない。様々な視点から、CXは捉えていける。
今年も、CX理解の手助けとなる本を紹介したい。ただ、今年はXD編集部も年末年始の時間を使って読みたいと考えている本もリストアップした。一見するとCXに関する本とは思えないような本も登場するかもしれない。だが、こうした多角的な視点で捉えていくことが、CXの理解を深めるためには欠かせないと私たちは考えている。
アフターデジタル2 UXと自由
前回の書籍まとめでも紹介した『アフターデジタル』の続編が発刊された。同書では「アフターデジタル社会」を提唱していた。オンラインはオフラインに浸透し、リアルはデジタルに抱合されるという考え方だ。
より実践的な内容を盛り込んだ内容になった『アフターデジタル2 UXと自由』では、「行動データ」の重要性に触れられている。アフターデジタル社会においては、データの性質が変化する。
これまでは年齢や性別、職業といった「属性データ」が扱われていた。アフターデジタル社会では、ユーザーがどのような状況にいるかを示す「行動データ」が重視され、それを活用するためのUXが鍵となる、と著者は主張している。
その仕事、全部やめてみよう――1%の本質をつかむ「シンプルな考え方」
『その仕事、全部やめてみよう――1%の本質をつかむ「シンプルな考え方」 』は、クレディセゾン常務執行役員CTOを務める小野和俊氏の著書だ。
小野氏は、現職の前はITベンチャーの代表を10年以上務めていた。一見異なる2つのキャリアを通して、小野氏はそれぞれがどんな特徴を持ち、そこで働く人がどんなことに悩み、どう仕事をしているのかを見てきたという。その経験から見出した、ベンチャーにも大企業にも共通する「仕事の合理化のポイント」と「無駄」を紹介した本だ。
CXのためには、従業員体験(EX)の充実が欠かせない。小野氏が書籍で触れている内容は、様々な現場に存在している無駄を合理化することに役立つ。それは、CXの実践に関わってくるだろう。
D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略
『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』は、デザインファームTakramの佐々木康裕氏が著した書籍だ。デジタル化が進むなかで、注目を集めるビジネスモデル「D2C」について紹介している。
XDでも、D2Cのプレイヤーの取材を重ねてきた。顧客と直接つながり、顧客が求めるプロダクトを提供する彼らの考えやアプローチからは、顧客に支持されるためのポイントを学べる。
本書からD2Cの全体観をつかむことで、CXを考えるうえでのヒントが得られるはずだ。
NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方
『NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方』は、『WIRED』日本版元編集長で、『さよなら未来』の著者でもある若林恵氏が、行政府のデジタルトランスフォーメーションを伝える書籍だ。
日本社会では、人口減少によって税金による公共サービスの維持が困難であることは自明だ。必ず訪れる未来に向き合うために、同書ではデジタルテクノロジーの可能性を正しく想像し、新しい公共のありかた、新しい行政府の輪郭を見出そうとしている。
「”みんな”とは誰か」「その人の人生のタイミングにあった支援をする」など、行政府の未来について語っているようでありながら、ビジネスが向き合うべきテーマへの示唆に富んでいる一冊だ。
コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える
経営共創基盤のCEOである冨山和彦氏が執筆した『コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える』では、「CX」という言葉が登場する。この書籍の中で、CXはコーポレート・トランスフォーメーション(Corporate Transformation)の略で用いられている。コーポレート・トランスフォーメーションとは、組織の構造を抜本的に変えることだ。
冨山氏は、「日本的“カイシャ”モデルの構造」と表現して、日本企業の構造的な問題を指摘。日本企業が変わっていくためには、デジタル・トランスフォーメーション(DX)が必要であり、DX成功の鍵は「戦略」ではなく「組織能力」だと述べている。顧客体験にとっても重要な意味を持つ、DXやEXについても触れている書籍だ。
人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学
『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』は、データサイエンティストである松本健太郎氏が執筆した書籍だ。顧客のことを知らなければ、顧客体験を向上させることはできない。顧客が多様化し、変化が急速な時代において、顧客を知るための方法はますます重要になっている。その方法のひとつが、行動経済学だろう。
行動経済学は、理屈や損得勘定だけでは説明できないような誤った行動をとる、人間の非合理性を前提とした考え方だ。同書のなかで、著者は人間が様々なバイアスにさらされ、非合理的な行動をとってしまう原因を合理的に説明している。
人間が合理的でないならば、商品やサービスを提供していく際も、非合理的な側面を理解した上で考えなければならない。この書籍は、行動経済学について事例を交えて学んでいける一冊だ。
ALL YOURS magazine VOL.1
アパレルブランドの「ALL YOURS」は2020年、ブランドを形作る根源を紐解くための書籍を出版した。ブランドが紙の出版をすること自体は珍しくないが、『ALL YOURS magazine VOL.1』にはこだわりが詰まっている。
ブランドを形成している過去の経験や出来事に関するコラム、いま考えているテーマについての対談や鼎談。過去から現在、未来へと時間軸を移しながら、ブランドの屋台骨である思想について多角的に紹介している。
顧客を“共犯者”にしてきたブランドならではの、共犯者のつくり方だ。
ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論
『負債論 貨幣と暴力の5000年』の著者、デヴィッド・グレーバー氏が書いて話題を呼んだのが『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』だ。
被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態のことを「ブルシット・ジョブ」とし、なぜそれが生まれてしまうのかにこの書籍では光を当てている。
「どうして人のために働けない仕事が増えていくのか」
「どうして人のために働けないと精神が蝕まれるのか」
これは、度々XDでも触れているEXの話に通ずる。商品やサービスを提供する担い手が、「この仕事に価値がある」と思えていなければ、CXは高まらない。CXに取り組んでいく上で必要になる、EXの理解を深めるための書籍。
スマイルズという会社を人類学する-「全体的な個人」がつなぐ組織のあり方
『地道に取り組むイノベーション―人類学者と制度経済学者がみた現場』のように、ビジネスの現場をフィールドとして捉え、その実態を捉えようとする動きが見られる。『スマイルズという会社を人類学する-「全体的な個人」がつなぐ組織のあり方』も、そんな動きのひとつと言える。
会社の外から見ると、中のことはよくわからない。では、会社の中で働いていればよくわかるかというと、そうでもない。「この会社はどうなっているのか?」をあぶり出していくアプローチに、文化人類学が有用である点も興味深い。
同書では、文化人類学者が実際にスマイルズで働いてみながら、働き方や組織の特徴を捉え、それがどう事業につながっているのかを紐解いている。文化人類学的アプローチで、EXやCXについての理解を、違った角度から深められると教えてくれる。
デザインリサーチの教科書
顧客にとって必要なものをつくり、提供する。そのためには、顧客のことを知り、顧客をプロダクト開発のプロセスに巻き込んでいく必要すら出てきている。
こうした手法として注目されているのが、「デザインリサーチ」だ。手法としての注目度は高まり、一部の企業ではデザインリサーチを担当する人が生まれ始めているなかで、デザインリサーチに特化してまとめている書籍はこれまでほとんどなかった。
『デザインリサーチの教科書』は、その名の通り、デザインリサーチの方法論をまとまって伝えてくれる書籍だ。
「ユーザーフレンドリー」全史 世界と人間を変えてきた「使いやすいモノ」の法則
私たちの身の回りには、実にさまざまなモノが存在している。テクノロジーの発達により、生活を便利にしてきたモノたちは、どのように生まれたのだろうか。『「ユーザーフレンドリー」全史 世界と人間を変えてきた「使いやすいモノ」の法則』は、「ユーザーフレンドリー」という概念が生まれて発達してきた100年ほどの歴史をたどり、生活やビジネス、思考といった人間の営みにデザインがいかに深く関わっているのかを考察している。
この本で触れられているのは、一言でまとめるなら「UX」についてだ。私たちは、この100年を振り返りながら、今後の100年のことを考える必要がある。AIやビッグデータ、バイオなど、テクノロジーはさらに進化していく。発達したテクノロジーが、人にとってフレンドリーであるために必要なことはなんだろうか。
同書では、自動運転技術が人に信頼されるためには、敬語や礼装のような「ポライトネス(礼儀正しさ)」を感じさせる振る舞いが重要だと述べている。ユーザーフレンドリーであるためには、技術的な性能だけでは足りない。いかに、信頼されるかが重要になっていく。これはモノ以外においても重要な視点だろう。2021年は、DXがさらに盛り上がっていくことが考えられる。この本は、いかにユーザーフレンドリーにデジタル化させるか?を考えるヒントになりそうだ。
不便益:手間をかけるシステムのデザイン
便利であることは良いこと。しばらくのあいだ、私たちはそれを疑ってこなかった。だが、近年では手間をかけること、面倒であることが価値になっているケースも見受けられる。
こうした現象を「不便益」という言葉で解説してくれるのが、京都大学の川上浩司特定教授が中心となってまとめた書籍『不便益:手間をかけるシステムのデザイン』だ。同書では、「不便であるからこそ得られる益」に注目。不便の効用による豊かさに積極的な価値を見出す考え方を紹介している。
顧客体験は、効率さのみを追求すれば実現するわけではない。ときに手間をかけることが価値につながる。例えば、キッコーマンが提供しているしょうゆを「育てる」サービスも、手間をかけることが価値につながっているケースのひとつだ。
これらの本が、CXへの理解を深め、関心を広げるための一助となれば幸いだ。もちろん、今回紹介した本はほんの一部にすぎない。そうした書籍に心あたりのある人は、ぜひとも #これもCX というハッシュタグをつけて投稿してほしい。