よく行くコーヒーショップがある、という人は少なくないだろう。では、そこに滞在する時間だけでなくいつも身近にある、生活の一部になっている……という店がある人は?
よく行くどころか、一度も行ったことのない人にもファンを広げているのが、福岡の中心街・天神からほど近い住宅街にある「NO COFFEE」だ。店舗ではコーヒーのほか、多数のグッズを展開。アパレルから家具、スイーツまで、多岐にわたるジャンルのブランドとのコラボレーション企画も話題を呼んでいる。
「コーヒーを、コミュニケーションのツールにしたいと考えていた」と、オーナーの佐藤慎介氏は話す。
「NO COFFEE」という店名には、たとえコーヒーが嫌いでも、ほかのさまざまな要素から好きなところを見つけてもらえるように、との思いが込められている。ブランドづくりにおける佐藤氏の考えから、複数の顧客層に柔軟に寄り添う姿勢が見えてきた。
自分の強みを見つめて生まれた「ものづくり×コーヒー」
10月の平日、暖かな午後。NO COFFEEには、一組、また一組と顧客が訪れていた。過ごし方はさまざまだ。モルタルのベンチに腰掛けて、アイスコーヒーで一息つく男性。NO COFFEEのグッズ目当てで訪れたとみえる、女性2人組。グッズを選んだ後、ラテアートの施されたコーヒーを受け取ると、楽しげに撮影会が始まった。
地元の人によると、2015年にNO COFFEEができて以来、住宅街だったこのエリアに少しずつアパレル雑貨や飲食の店がオープンし、これまでにない賑わいが生まれているという。
コラボレーション商品は、知る人ぞ知るアーティストと組んだエッジの立った企画から、全国に店舗展開する「GLOBAL WORK」とのコラボまで、手法や提携相手はさまざまだ。多くの商品がECで購入できるが、店舗限定のグッズは、帰省や仕事で福岡を訪れる人が「周りに頼まれて」とまとめて購入していくことも。
Instagramでの地道な発信や顧客による口コミを介して、全国そしてアジア圏に熱心なファンがいる。福岡はもともと韓国や中国からの渡航者が多い地域だが、福岡を訪れてNO COFFEEを知った人から伝播し、コロナ禍より以前はアジア圏からの顧客の来店も多かったという。それを受け、2019年末には中国・上海に2号店をオープンし、直近では韓国でECでのグッズ販売をスタートするなど拡大中だ。
Instagramで「#nocoffee」のハッシュタグを検索すると、一般の顧客からの投稿がずらり。それも、来店して注文したコーヒー自体はもちろん、店内の様子、洋服を身に着けたカットやタンブラーなど雑貨を手に取ったカットなどバラエティに富んでいる。コーヒーショップでありながら、来店していない人も含めて、生活のなかで思い思いに楽しまれていることがうかがえる。
Instagramで「#nocoffee」のタグが付けられた一般顧客の投稿の一部。生活のなかで楽しまれていることがうかがえる
店を構える前は、東京のおもちゃメーカーやアパレルメーカーで、企画やPRの仕事に就いていた佐藤氏。ものづくりのプロセスを学ぶとともに、そのおもしろさを知っていった。同時に、数年にわたって会社の社長のアシスタントを務め、他社のさまざまなジャンルの社長とも交流するうちに、すべてのリスクを背負う事業運営に興味を持つようになったという。
そんな折、会社から独立するタイミングが訪れる。リスクを取って勝負をかけるなら何がしたいか、と考えて浮かんだのが、自身が好きでやまない「コーヒー」だった。しかし正直なところ、豆の種類や焙煎方法などを究めた店と張り合えるとは思えなかった。コーヒーショップの経験は、学生時代のアルバイトくらいだったからだ。
では、自分は何を提供できるのか。これまでのキャリアを振り返ると「ものづくり」があった。
佐藤氏「『ものづくり×コーヒー』であれば、自分なりのやり方でお客さんに喜ばれる店ができそうだと、事業の道筋が見えました。出店場所を福岡に決めたのは、妻の地元で何度も訪れていたから。福岡で、東京にも他の都市にもない新しいコンセプトの店をつくるのは、挑戦しがいがあると思ったんです。家賃や立地などの条件が東京よりよかった点も、後押しになりました」
コーヒーをコミュニケーションの「ツール」に
ドリンクとしてのコーヒーを売るだけではなく、すでに店のファンになっている人に向けてグッズを展開するのでもなく「ものづくりを入り口とした“コーヒーショップ”のあり方」を模索した。グッズに興味を持ったからといって、そこからコーヒー自体を購入してもらうことにこだわっていないのが、NO COFFEEの特徴だ。
「前例がないことはわかっていた」と佐藤氏。コーヒーを嗜好品ではなく、コミュニケーションツールとして捉える、まったく新しいジャンルを開拓しようと考え事業計画を立てた。
佐藤氏「ブランドの傘の下で、どんなものづくりもできるようにしたかった。それを言葉にしたのが『Life with Good Coffee』というコンセプトです。
コーヒーって、人によって楽しみ方がさまざまだと思います。味や香りにこだわる人もいれば、家でコーヒーを淹れて一息つく時間が大事だという人もいるし、カフェの雰囲気が好きな人もいる。
必ずしもみんなが味を追求しているわけじゃないけど、僕らの生活のなかにいろいろな形で浸透しています。コーヒーは、コミュニケーションの媒介として生活に寄り添っていける。NO COFFEE発のものづくりが、好みもライフスタイルも違うさまざまな人の生活を彩っていければ、と考えました」
移住してきた土地での、個人店の立ち上げ。まずは顧客になり得る人にいかに知ってもらうかが課題だ。前職の経験から、Instagramを中心とするSNSが重要な接点になると確信していたため、オープン前から話題づくりに注力した。
中心に据えたのが、クリエイティブディレクター・吉田ロベルト氏が展開するアパレルブランド「YOSHIDAROBERT」とのコラボ商品。吉田氏はDISNEY JAPANと協業しており、その公認の下にミッキーマウスをデザインに使うことが許されている。2015年12月27日、右手にコーヒーカップを乗せたミッキーのTシャツを目当てに、無名の個人コーヒー店には開店前から行列ができた。
佐藤氏「初日から行列ができるなんて想定外でした。最初に列が見えたときは、何で人が並んでいるのかわからなかったです(笑)。営業中はまったく記憶がないほど、コーヒーを淹れ続けました。1日の営業を追えたとき、やっと感動がこみ上げてきました」
コラボが生み出すさまざまな顧客層への入り口
このYOSHIDAROBERTとの企画にはじまり、その後もNO COFFEEは数多くのブランドとコラボ商品を生み出している。「他のコーヒーショップには真似できないことをしてこそ、お客さんに楽しんでもらえると思っていた」と佐藤氏は話す。
コラボ商品において重視しているのは、顧客層を勝手に決め込まず、人それぞれの好みや着眼点で選べる「企画の幅」を持たせること。
タッグを組む先は、まだ一般的に知られていない気鋭のブランドから、すでに多くの人が知っている人気ブランドまで幅広い。「どこかに偏らないことを意識している」と佐藤氏。その背景には、さまざまな人に“入り口”を用意したいという考えがある。
気鋭のブランドと組んだグッズは、ファッション感度の高い人にとっての入り口に。一方で全国に約200店舗を展開するGLOBAL WORKと協業することで、また別の顧客層への入口になる。
佐藤氏「GLOBAL WORKとのコラボでは、まとまった量を生産するため価格を手頃にできますし、なにより子ども服を展開できたのがうれしかったです。ずっとやりたったんですが、単独で取り組むには、生産数と価格の兼ね合いで手を出せなかった。子どもに着せたり、親子でお揃いで着てもらったりと、ファミリー層に向けた入り口が用意できて、とても満足しています」
どのコラボ企画も、互いのブランドの顧客への新しい提案になることが前提だ。どちらのブランドがきっかけになってもいい。「身近に置きたい」「生活に取り入れたい」という直感からグッズを手に取り、その人の生活が少し変わったり、満足度が高まったりすることを意図しているからだ。
複数の顧客層に向けて異なる価値を提供しようとすると、どっちつかずになることもある。だが、自身のものづくりの強みを生かせば、ターゲットを絞り込まなくても「それぞれに好きなようにNO COFFEEを楽しんでもらえる」自信があった。コーヒーが好きな人を第一の顧客とし、味を最大の価値として提案するコーヒーショップとは、顧客への向き合い方がまったく異なるのだ。
佐藤氏「もちろんコーヒーショップなので、味や見た目も含めたコーヒーの開発にはずっと力を入れています。コーヒーがおいしいから、と通ってくださる方もたくさんいらっしゃって、それはすごくうれしいことです。
ただ、味って人によって感じ方がさまざま。ある人が『好きじゃない』という味を別の人がすごく好きなこともよくあります。『コーヒーを介してコミュニケーションを生み出す』と決めたのと同時に、味だけを頼りに勝負をしないと決めました」
そうしてNO COFFEEの特徴を際立たせていった結果、グッズを通して提案されるライフスタイルに共感する人が増え、支持されている今がある。タッグを組んだブランドのファンが、コラボ商品を機にNO COFFEEに親近感を持ち、開店当初から販売しているタンブラーなどの定番商品が売れる……という流れが常時、生まれるようになった。
開店して6年。消耗品でもないタンブラーのような定番が売れ続けているのは、新しい顧客が増えていることの表れとも言える。
常に顧客がわくわくすることをし続けたい
話題性に富んだグッズ展開だが、それと並行してNO COFFEEの事業を支えているのが、Instagramの地道な発信だ。開店以来、定休日を除いて毎朝佐藤氏自らが投稿。その日の福岡の天気と開店時間を記した短いメッセージだが「今日、来ようかなと思い立つ人がいるかもしれない。その可能性を逃す手はないから」と、意図を話す。
佐藤氏「コラボが注目されるのはありがたいですが、それに興味がない人も、顧客になってほしいと思っています。店を見かけてずっと気になっていたという方や、たまたま通りかかった方も。
そうした方にも入り口を開けておくために、Instagramの更新のような地道な活動はとても大事だと思います。マメに、真面目に。僕の感覚ですが、アパレルのような業界で派手に見えても、実績を上げている人ほど、地味な活動をおろそかにしていないと思いますね」
全国にファンが広がり、「福岡に行くならNO COFFEEに行こう」と来店する顧客も増えていただけに、コロナ禍の店舗への影響は少なくなかった。開店時から好調なECが補う形になっているが、福岡以外からの来店、特に中国や韓国からは客足が途絶えた。
だからこそ「今は種まきの時期」と佐藤氏。冒頭で紹介した韓国でのグッズ展開は、そのひとつだ。揺り戻しがきたときに、新しい顧客に一気に振り向いてもらえたら、ほかにもいくつかの企画を準備している。
ブランドへのたくさんの接点を設け、さまざまな顧客層に価値を提供してきたが「まだまだ新しいお客さんと出会いたい」と意欲的だ。
佐藤氏「離れていく顧客は一定数、必ずいます。好みが変わったのかもしれないし、ほかのなにかにお金を使いたくなったのかもしれない。それぞれの理由もわからずに引き留めることはできません。
去る人を追いかけるより、近くにいるのにまだ僕らのことを知らない人に、ちょっと声をかけて提案することを大事にしたいんです。日本の人口1億2,500万人のうち、NO COFFEEと接点があるのは本当にまだわずか。さらに海外に視野を広げたら、とんでもない数のお客さんとまだ出会えるはずだと思うと、可能性しかないと感じます」
直近では、名古屋にポップアップストアを出店。そこでもNO COFFEEに初めて出会う顧客が多くいただろう。
佐藤氏「これからもたくさんの入り口を設けて、お客さんにわくわくし続けてもらえたらと思います。ブランドを知ってもらうのに、ある程度の仕掛けは必要ですが、それだけでは長く支持してはもらえない。地道な積み重ねが必要です。地道にマメに、謙虚に続けていきたいです」
執筆/高島知子 編集/葛原信太郎 撮影/勝村祐紀