老舗菓子チェーン『シャトレーゼ』が元気だ。
山梨県甲府市に本社を持つ老舗菓子チェーン。そもそも地方郊外のロードサイドを中心に毎年のように店舗を増やしていたが、今や全国に640店。最近は海外や都心部にも進出し、2021年には港区西麻布(!)にまで出店している。
創業以来、半世紀に渡って素材とおいしさにこだわりお菓子を作り続け、2020年度は約780億円と10期連続で売上増を達成。2021年度は900億円超えも確実という。有名パティシエのスイーツがどんどん上陸、コンビニスイーツも台頭する中、近年はSNSを活用して顧客との距離を縮めるなど、着々とファンを増やしているのだ。
なぜ『シャトレーゼ』は愛され続けるのか?
「安いのにおいしいから…とはちょっと違うと思うんですよ」と言う、同社広報室長・中島史郎氏に、その真意をうかがった。
「がっかり」させないを貫く、68年前の記憶
かじるたびに変わるチョコの食感がクセになる棒アイス「チョコバッキー」、濃厚なのに後味さわやかな「無添加契約農場のたまごのプリン」、どっしりと詰まったあんこがたまらない「かりんとう饅頭」――。
400アイテムにも及ぶ『シャトレーゼ』のスイーツ類には、熱狂的なファンが多い。だからSNS上には写真と共に、お気に入りのシャトレーゼ商品を絶賛する投稿があふれる。一番人気の「北海道産バターどらやき」などは、年間約1,000万個を売り切るほどだ。
愛される理由の一つは、商品力に尽きる。
当たり前だが、とにかく「おいしい」。
気軽に入れる郊外型のスイーツ専門店。たかをくくっていると足元をすくわれる。シュークリームが一個100円であるように低価格にも関わらず、驚くほどレベルの高い和洋菓子を提供してくれる。
もっとも広報室長の中島史郎氏は「シャトレーゼを指して『安いのにおいしい』と評していただくことは多く、とてもありがたい。しかし、我々のブランドが目指しているイメージは少し違うんです。『おいしくて安い』なんですよ」と笑う。
中島氏「いつだって“おいしさ”が先にある。だから多くの方にご支持いただいているのではないでしょうか」
シャトレーゼは1954年、山梨県甲府市で齊藤寛現会長が経営していた、わずか4坪の今川焼き風のお菓子の店『甘太郎』が前身だ。戦後間もないその当時、砂糖などの原材料は手に入りづらく、サッカリンやズルチンなどの人工甘味料を使う菓子店が多かった。
しかし、せっかく買ったお菓子に人工甘味が使われていたら、お客さんをがっかりさせてしまう。そこで齊藤会長は、利益を減らしてでも、上白糖と北海道産の小豆で菓子作りをした。すると朝から晩まで行列ができるほどの人気店になり、すぐに10店舗にまで増やすほどになったという。
中島氏「創業時のスタンスが今なお続いているんです。要はいつでも“お客さまの近くに”寄り添うブランドであること。お客さま視点で菓子づくりをしているんですよ」
この“お客さまの近くに”の意識こそ、シャトレーゼへの愛をかき立て続けるエンジンでもあるようだ。
お客さまと農場を近づける意味
たとえば「ファームファクトリー」と名付けた独自のサプライチェーンのしくみもそうだ。
製造販売一体型のビジネスモデルを展開するシャトレーゼは、スイーツをすべて自社でつくる。その自社工場で使用する卵や牛乳、くだものといった食材のほとんどを、丁寧に開拓した近隣の契約農家から直接仕入れている。名前どおり、農園(ファーム)と工場(ファクトリー)がシームレスにつながっているようなシステムだ。
直接仕入れだけに、食材の鮮度は抜群だ。鮮度の高さはそのまま和洋菓子のおいしさに直結する。
わかりやすいのが、卵だ。卵はケーキのスポンジやプリンなど洋菓子作りに欠かせない食材。シャトレーゼほどの大規模チェーンならばとくに大量に必要だ。そのため割卵後の「液卵(えきらん)」と呼ばれる材料を仕入れてつくるのがスタンダードだ。
ところが、液卵では卵を割ってから時間が経っているため、卵の持つ自然の力が弱くなる。たとえば卵白でつくるメレンゲの膨らみは弱くなり、スポンジがふわふわになりづらくなるのだ。そこで膨張剤などを入れることになる。液卵では、味と食感が落ちるだけではなく、余計な添加物を入れざるを得なくなっていたわけだ。
シャトレーゼは違う。白州工場近くの契約農家から卵を仕入れている。鶏の餌から体調管理まで生産者と一緒に考えて生まれた、より元気でおいしい専用卵だ。しかも2日以内に生まれたばかりの生まれたて・割りたての卵を工場で使うという。そのため、メレンゲはしっかり泡立ち、スポンジはふわふわに焼き上がる。
中島氏「余計な添加物を入れる必要がありません。添加物を入れるのはお客さま目線ではなく、メーカーや流通側の都合ですからね。お客さまの近くにいたい私たちは違います。卵だけではなくイチゴも牛乳も、ファームファクトリーのしくみによって、お客さま視点の製品づくりをするために実践している。自分都合ではなく、お客さまにおいしくて安心安全だと思っていただける商品づくりを心がけています」
プレミアムアップルパイも、やはり身近に
郊外のロードサイドに店を出す、出店戦略も“お客さまの近くに”が起点にある。
当たり前のことだ、繁華街や駅前と比べれば、郊外のロードサイドは賃料が低い。「おいしくて安い」を実現させるためにはベストな立地だ。加えて郊外にこそ住宅街は多い。大規模商業施設や繁華街の店舗に来てもらうのではなく、シャトレーゼが“お客さまの近く”まで出迎えにいっているとも言えそうだ。
店舗面積を広くとれることも大きなメリットだ。ケーキ、アイス、和菓子、焼き菓子、そしてパンなど、400種に及ぶ商品をゆっくりと物色してもらえる。
中島氏「創業者の実家が甲州市勝沼町のブドウ農家だったこともあり、多くの店舗でワインも販売しています。ご家族でご来店いただいても、おばあちゃんは和菓子、お子さんはアイス、お母さんはケーキ、お父さんは樽出し生ワイン…とお菓子の店とはいえワンストップで多彩なおいしさと出会えるワクワク感がご提供できます」
こうした店舗でのワクワク感を増す新しい仕掛けも用意している。店内での焼き立て商品の販売だ。
シャトレーゼは豊富工場を中心とした自社工場で製造した商品を各店舗に届けるスタイルが今まで主流だったが、一昨年から、新店舗の標準仕様として店内工房内にオーブンと店内工房を設置しはじめた。
店内工房では、同社の別業態『YATSUDOKI(ヤツドキ)』のオリジナル商品「プレミアムアップルパイ」を仕上げ、焼いて販売。広い店内全体に時おりオーブンからふんわりと漂う甘い香りが、スイーツの遊園地に迷い込んだような高揚感をぐっと高めてくれるようになった。
もともとYATSUDOKIは、2019年に新たに立ち上げた、シャトレーゼとはコンセプトの異なるプレミアムブランドだ。手の届きやすさは維持しつつ、ハイターゲットを狙った。希少性の高い原材料などを使い、店内工房での作業も増やすなどして素材×製法をさらにワンランクアップ。銀座や自由が丘、白金台などを中心に出店したのも、デパ地下や有名パティシエの店との競合を意識したためだ。
それまでのシャトレーゼブランドに弱点があるとしたら「贈答用に向かない」ことだった。「おいしくて安い」イメージと、「お客さまの近く」のブランドは、普段使いには最高だが、あえて特別な機会の贈り物とするのはすこし気が引ける。
中島氏「そこで『YATSUDOKI』が誕生し、プレミアムな領域での“おいしくて安い”を実現させました。お客さまにも好評で贈答用にもご活用いただいています。ただ素材の希少性を担保するためにも大量出店はしていません。それだけに『近所にYATSUDOKIがない。食べてみたいのに…』といった要望も多くいただいていました」
“お客さまの近くに”はここでも発動。YATSUDOKIを増やすのではなく、既存のシャトレーゼ店舗でもオーブンを導入して、YATSUDOKIの一番人気商品、「プレミアムアップルパイ」を展開するに至ったのだ。
互いのブランドへの誘客にもつながっている。郊外に住むシャトレーゼファンは普段使いしている愛好品のプレミアム版に興味を抱き、都心部への買い物や仕事帰りに寄ってみる人も多い。都心部に住み、YATSUDOKIを先に知って、「あのシャトレーゼと同じ会社なんだ!」と驚き、興味を持つ層もまた多いだろう。
昨年末、都会の隠れ家的な港区西麻布にあえて『シャトレーゼ』ブランドの店舗を立てたのも、そんな狙いを感じさせる。
宣伝予算0円。SNSがお客さまとの距離をさらに縮めた
ところで、いくら魅力的な商品が揃っていても、顧客との接触頻度が低ければ、ブランド力は高まらないものだ。広告宣伝などの販促が不可欠だが、この領域ではシャトレーゼのブランド認知拡大にとって足かせとなったこともあった。
「広告宣伝の予算はゼロ」が、創業以来の決まりごとだったからだ。
中島氏「『買ってください』と訴えるテレビCMをつくって、その費用を商品代金に上乗せするような施策を創業者の齊藤は嫌っていますからね。『いい商品を作り続けていたら、必ず口コミでブランドがひろがる』という信念もある。しかしマーケティング的には、情報発信力において影響度の大きい、郊外ではない都市部、首都圏などでの認知度の低さが悩みのタネだったんです」
しかし2013年、潮目が変わりはじめた。
全国ネットのテレビ番組の企画「ケーキ総選挙」で、ダブルシュークリームがランキングの2位に入ったのを筆頭に、シャトレーゼ商品が、都市部に多く出店する有名店を差し置いて何個もランクインしたからだ。
『シャトレーゼってなに?』『食べてみたい』
郊外に住む人々には馴染み深い「おいしくて安いブランド」が、都市部や首都圏の人にとっては「おいしくて安い“謎の”ブランド」としてじわじわと認知されはじめたわけだ。
決定打はSNSでバズったことだ。2017年4月27日、ツイッターのトレンドワード1位に突然、「シャトレーゼ」が躍り出た。
中島氏「『田舎感が拭えない地元を説明するときのわかりやすいワード。それが“シャトレーゼがある”だ』といったある方のツイートが発端でした。いわばシャトレーゼ田舎論ですよ(笑)。これが呼び水になって、『シャトレーゼ、うちの近くにある! 田舎だ!』『うちは田舎じゃない!』『でもシャトレーゼってうまいよね』『シャトレーゼのこの商品が好き』といったツイートが乱れ飛んだのです」
すぐに売上数字につながった。シャトレーゼには「カシポ」という顧客向けポイントカードがあり、登録者は来店頻度などのデータ分析ができる。これによるとバズった翌日から売上が増え、とくに会員以外の初来店客が多く、またメインの顧客層であるファミリー層以外の20代などの若い世代が目立ったという。
これを機にSNSによるプロモーションを強化することが決まった。ツイッターとInstagramに公式アカウントを作成。しかし、「広告宣伝費ゼロ」は堅持。SNS対策のために広告予算を用意したり、数十人の担当者を配置するようなことはできなかった。
中島氏「そこで、販促企画課の社員がひとりで運用を開始しました。そして彼女は今でも“お客さまの近くに”つながる投稿を意識してつぶやいたり、リツイートしたり、フォローバックしたりと、SNSを通したコミュニケーションを続けています」
具体的には、ユーザーが自発的にコンテンツを生成してくれるUGC(User Generated Contents)」を盛り上げに力をいれた。持ち前の商品力がここでも活きた。400アイテムにも及ぶ膨大な商品群は、前出のように、おいしさとこだわりからそもそもファンが多い。しかも1日2品ずつアップしても200日分の投稿ができ、ネタに困る心配がなかったからだ。
はじめは毎日3~10投稿をコツコツ継続。「宣伝っぽさのないオーガニックな投稿」を心がけ、商品のこだわりや旬の商品などを商品名のハッシュタグ付きで紹介した。すると、投稿をきっかけにその商品を購入したユーザーが、感想をハッシュタグをつけて投稿した。それを丁寧にひろいあつめて、リツイートや引用リツイートを繰り返した。
この流れが誘引となって、「私も」「俺も」という新たなUGCが発生して、自然に口コミの輪がひろがった。
たとえば1,000円の限度額で、どれだけ商品を買えるかを競い合う「#1000円チャレンジ」のUGCは、おいしくて安いブランド力を生かして、シャトレーゼを使ったユーザー投稿が最も目立つほどだ。
中島氏「おいしいものをつくっていれば口コミで良さは伝わるという創業者の信念が、SNSというチャネルを得て一気に花開いた感はありますね。テレビのビジネス番組や情報バラエティ番組での広報露出で戦略的に話題を創出し、SNSでさらに波紋を拡げるというサイクルが定着しつつあります」
今はツイッターの公式アカウントのフォロワーは50万人を超えて、UGCの発生率は菓子業界でもダントツだという。もちろん投稿をきっかけにまた来店客が増え、多くのファンが増える。ファンの期待に答えるように商品はブラッシュアップされて、またそれがたくさんの来店客に購入される。そして写真と味とアレンジレシピなどがSNSに投稿され、公式アカウントにリツイートされる――。
“愛は技術である”。
名著『愛するということ』で精神分析学者のエーリッヒ・フロムは、そう書いている。「愛するためには、技術と努力を続けることが必要だ」と。
「お客さまの近くに」を念頭に、商品づくりからSNS運用まで、徹底して考えぬいて、あらゆる手をつくす。「メーカー側の都合だけで添加物を使わない」「お客さまのニーズを踏まえた店舗、売り方を磨き続ける」「販促費をお客さまに押し付けるような売り方はしない」。意気込みや心意気だけではなく、お客さまへの愛情をどうやって形にしていくか当たり前のように磨き上げて提供している。つまり愛を注いでいる。だからこそ、多くのファンの心を動かし続けているのだろう。
シャトレーゼの姿をみると、“愛される”こともまた、たゆまぬ技術と努力が必要なことにあらためて気付かされた。
執筆/箱田高樹 撮影/西村満 編集/サカヨリトモヒコ(BAKERU)