子どもや家族との日常、趣味の記録など、スマートフォンやクラウドにはたくさんの写真がたまっていく。家族に共有したり、SNSに投稿したり、写真の楽しみ方はさまざまだ。
写真プリントアプリ「ALBUS」は、毎月8枚好きな写真を選ぶと、マンスリーカードとともに届けてくれる。送料(税込242円)のみでプリント代は無料だ。「毎日を宝ものに。」をコンセプトに、アルバムづくりが習慣になることで、「いつのまにか家族の“宝もの”が増えていく」のが狙いだ。
スマートフォンやタブレットによって、写真を撮ることが日常となった。クラウドでいくらでも過去の写真をさかのぼれる時代に、あえて「アルバム」という物理的なプロダクトを重視するのは、なぜだろうか。なぜアルバムが「毎日を宝ものに」するのだろうか。
今回は、ALBUSを運営するROLLCAKEのCXO(チーフエクスペリエンスオフィサー)取締役で、ALBUSの生みの親でもある伊野亘輝氏と、ALBUS事業責任者でブランドディレクターを務める須藤理恵氏に話を伺い、サービスの背景や体験設計の肝、その根底にある価値観や信念を深掘りする。
開発の原点にあったのは「撮った写真を家族のために残せていない」という不安
ALBUSがリリースされたのは2016年6月。先行して2014年2月にリリースした「レター」が順調にユーザー数を伸ばし、ROLLCAKEが親会社のクックパッドから独立したタイミングだった。もともとフィルムカメラを数台持ち、写真撮影が趣味だった伊野氏。「自分と対話するように、時間をかけて撮っていた」と振り返るが、その撮影スタイルは子どもが生まれて大きく変わった。
動きのすばやい子どもの様子を少しでも撮り逃すまいと、フィルムカメラからiPhoneやGR DIGITALに切り替え、日々の成長を追うようになった。写真の枚数は、どんどん増えていく。だが、写真を定期的に見返すことはなかったという。
伊野氏「写真が“家族のためのもの”として残っていく実感がなく、『きちんと写真を残せる親になれないのかもしれない』と不安になりました。撮影する写真の枚数は異常に多いのに、『見たい』と思ったときに写真が見つからないし、時間だけが過ぎていく。なんとかしなきゃ……と、苦痛にすら思ったんです」
一度だけ、写真プリントサービスを利用して1年分のアルバムを制作したものの、写真の順序を選んでアルバムに収めるだけで数時間かかり、「続けることは難しい」と感じたという。
伊野氏「画像認識で同一人物を検出できるような写真のクラウドストレージサービスは便利だけど、10年、20年先にはどうなっているかわからない。その頃にはAIも進化して、笑顔の写真だけを自動でまとめてくれるかもしれませんよね。でも、それってつまらないと思うんです。家族にとって“宝もの”の写真は、泣き顔や変な顔……笑顔とは限りません。写真にはコンテクストがあり、家族だけがわかる“行間”があります。だからALBUSには、自分たちで選んだり編集したりできることが不可欠だと感じました」
伊野氏が着想したのは、「自分で写真を選び、アルバムに収める」までがセットになったサービスだった。つまり、アプリで完結するのではなく、「アルバム」というプロダクトを含めてサービス設計することである。
伊野氏「写真を撮ってアプリやクラウドにどんどん貯めていくだけでは、『見つからない』『見返さない』の繰り返しになってしまう。そこにアルバムがあれば、『どの写真をプリントするか』『どの順序やレイアウトで収めるか』という2つの編集が入る。その中で写真が“宝もの”に感じられるようになるんです」
アルバムの存在は、伊野氏自身にとっても家族とのつながりを感じさせるものでもあった。
伊野氏「今思えば、実家では自分の子ども時代のアルバムをよく眺めていたんです。幼稚園や小学校……中学や高校など少し離れた時期もありましたが、自分のアルバムがあること、子どもの頃の写真が残っていることは、すごく嬉しいことだと思うんです」
ALBUSでアルバムづくりを習慣に
こうして生まれたALBUSは、当初から現在とほぼ変わらないユーザー体験が設計されていた。毎月撮った写真を選び、プリントされた写真が自宅に届く。専用アルバムに入れ、家族や大切な人とともに見返す──。その一連の体験の積み重ねによって、「毎日が宝もの」になる、というわけだ。
精度の高いサービス設計の背景にあるのは、ROLLCAKEの「ユーザー体験設計書」の存在だ。ユーザー体験設計書では、ライフゴールと感情的ゴール、機能的ゴールの3つのゴールが定められている。その実現に向けて指針となるコンセプトを磨き、サービス全体を設計する。ROLLCAKEにとって、ユーザー体験設計書は開発を前進していくための大切な指針であり、同社が運営する「レター」や、子会社が運営する「FLOWER」にも共通して存在している。
伊野氏がALBUS開発に際し、思い浮かべたライフゴールは「写真を通じて、子ども思いの親でいられること」だったと振り返る。
伊野氏「体験設計書で設定したゴールに向かうために、これまでできなかったことを1つずつ、取り除いていかなければなりません。以前アルバムを1年分まとめてつくって『これは続けられないな』と感じたのは、アルバムづくりが習慣になっていなかったから。きちんとアルバムをつくりつづけるようになるには、『習慣のデザイン』が必要だと考えました」
その言葉通り、ALBUSには「習慣化」するための工夫がたっぷり詰まっている。
例えば、ALBUSの特徴でもある“ましかく”プリント。ユーザーからも「かわいい」と好評を得ているが、実は、「悩まなくてもいい」形でもある。一般的なL判サイズの場合、写真を撮るときにも選ぶときにも、「縦か、横か」と考える瞬間が必ずある。ほんの一瞬だが、習慣化の妨げになると伊野氏は考えた。
伊野氏「フリー台紙のほうがコストダウンできますが、レイアウトを自分で考えるのは大変だし、空気が入らないようにピタッとシートを貼るのも難しい。そういう細かい部分が、習慣化を阻害するんです」
プリント写真とともにマンスリーカードが届くのは、うっかり付せんやメモを忘れても、何月に撮った写真なのかすぐにわかるから。写真プリントの無料枠が毎月8枚までなのも、「無理なく気軽に選べる」枚数だから。撮影する機会がなくお気に入りの写真が少ない月なら、8枚に満たなくても注文できる。「先月分の写真を今月末までに注文すれば、無料でプリントできる」と期限があるのも、記憶が新しいうちに写真選びを促すためだ。そうやって1つひとつの体験設計が、「アルバムづくりの習慣化」につながっている。
伊野氏「ユーザーから『締切を延ばして』と言われることもありますが、決していじわるをしたいわけではありません(笑)。締切があることで『あ、今月もやらなくちゃ』と写真を選ぶきっかけになり、毎月の習慣づけになっています。1年に1回『今年の写真を選んで』と言われても、途方に暮れますよね。毎月ALBUSがプッシュ通知することで、ちょっとずつ背中を押しているのです」
ALBUSが生み出す会話と愛情
緻密な体験設計を形にしてきた伊野氏の熱量はそのまま、チームに受け継がれている。2021年10月からALBUSの事業責任者を務める須藤氏は、ユーザー体験設計書の存在が手助けになっていると語る。
須藤氏「私もチームメンバーも、ユーザー体験設計書が頭に入っているので、ゴールからブレない開発が意識できていると思います。既にアルバムづくりが習慣になっているユーザーを、さらに楽しませたり満足度を上げたり、新しい価値を創造していくのはなかなか難しいですが、一般的な事業責任者と比べたら楽なほうかもしれません」
リリースから6年経ち、ユーザー体験設計書も世の中の動きに合わせてアップデートを重ねてきた。現在は約10バージョン目を数えるという。
須藤氏「私が入社してから変更したのは、『感情的ゴール』について。リリース当初は特にご家族の利用を想定していたものの、実際にALBUSを使うことでユーザーがどんな感情になるか、まだ見えませんでした。徐々にユーザーが増え、感想やフィードバックをもらう機会が増える中で、新たな気づきがたくさんありました。『家族の会話が増えた』『自己肯定感が高まった』といった声があったのです」
須藤氏によれば、2020年6月に行ったユーザー調査の結果、「ALBUSユーザーのほうがノンユーザーに比べて、家族の愛情や夫婦仲が高い傾向にある」とわかったという。スマホで写真を見るだけなら、あくまで個人的な作業になるが、写真をアルバムにしまう習慣があることで、「この順番がいい?」と、家族や夫婦間のコミュニケーションが増える傾向にあるのも影響しているようだ。
リリースした当初はまだ幼かった子も、今では小学生になっていたり、小学生の子が高校生になったり……6年を経て、ユーザーの属性や関係性も変化している。
伊野氏「僕が想定していた“家族”とは、妻と娘、息子……くらいのもので、視野の狭い家族観しか持っていませんでした。サービスに関わるうちに、単身でも家族のように大切な人がいる人もいるし、動物も家族の一員で、同性のパートナーがいる人もいる。家族をどう捉えるかという意味で、広がりを感じています」
家族といっても形は1つではない。さまざまな“家族”に届くよう、須藤氏は意識してコミュニケーションの内容を変えているという。
須藤氏「これまでは子どものいるご家族を中心としたユーザー向けに発信をしてきました。最近は、ペットとの写真やカップルの写真など、家族のあり方もさまざまで、多様なユーザーの存在を感じられるようにしています」
ALBUSが「家族の宝もの」になるために
ALBUSがデザインにおいて一貫して大切にしているのは、「自分たちが本当に欲しいものか」だと伊野氏は語る。
例えば、と言いながら指差したのは、アルバムのポケットの“糊”の部分。
一般的なポケットリフィルのアルバムなら、ページの外側に向かって一律に写真を入れる口が開いているが、ALBUSの専用アルバムはページの中央に向かって、左右の列がちょうど対称になるように口が開いている。
伊野氏「写真を入れる口を両列とも同じ側につけると、ページの真ん中に糊付けした線が入ってしまう。これが写真の見栄えを邪魔してしまうのがすごくイヤだったんです。一般的なアルバムのほうが若干出し入れしやすいかもしれませんが、アルバムってそう何度も入れ替えるものじゃない。一瞬のためにデザインするより、何度も見返して、数十年先にも見たいと思えるようなアルバムにするほうが、よっぽど大切なんです」
2022年2月には、子どもの絵や手形などでアルバムをつくる「ALBUSBOOK Art(アルバスブック アート)」をリリース。須藤氏主導で開発が進められた。わが子が初めて描いた絵や子どもの大切な作品が表紙にプリントされ、“世界にひとつだけ”のアルバムができあがる。
須藤氏「“家族の宝もの”であるアルバムを、もっと宝ものにできないかと考えました。他社サービスには、子どもの顔が全面にプリントできるフォトブックなども多くあります。子どものとっておきの写真をプリントするのもいいなと思いましたが、ユニークさが足りない。ALBUSらしいことができないか、社内でも考えました。
私も伊野も、小さい子どもがいて、家には子どもたちが描きためた絵がたくさんあり、飾っておきたい“大作”もあります。でも紙に描いたものだから、いつかなくなってしまったり、捨ててしまったりもしますよね。そんな作品を表紙として残せると、その時々の子どもの感性も一緒に保存できる、素敵なアルバムになるのではないかと思ったんです」
2022年9月にはALBUSBOOKの新柄として、ドラえもんが登場。チームのこだわりが細部に渡って見て取れる。青地にドラえもんがシルクスクリーンでプリントされ、ブルーにブルーを重ねる大胆なデザイン。鈴にはゴールドが箔押しされ、わずかな凹凸がある。表紙をめくると、ひみつ道具の1つである「タイムふろしき」柄が現れる。
須藤氏「コミックス全巻を買い揃えましたからね。タイムふろしきの時計の大きさや形の違うものを何パターンも出して、『こっち?』『もっと大きいほうがいい?』などとデザインを固めていきました」
伊野氏「タイムふろしきがゲシュタルト崩壊するんじゃないかって(笑)。『うわぁ、中山さん(担当デザイナー)、沼に落ちているな……』と思っていました。1,000種類を超えるひみつ道具の中からタイムふろしきを選ぶのも、いいですよね。『タイムふろしきで写真を包んで、過去の感情が現実化する』みたいな」
“ハレ”だけでなく“ケ”のいとしさを。日常の写真が宝ものに。
サービスリリースから6年。ユーザーからもっともよく聞こえてくるのは、「ALBUSでやっと、アルバムづくりが続けられるようになった」といった声だという。
須藤氏「写真をプリントしたけれど整理ができなくなってしまった方や、いろいろな写真アルバムを使ったけれど最終的にはALBUSにたどり着いて5年間続けている方など、さまざまなユーザーがいらっしゃいます。ALBUSでは、継続性を提供できることが一番の大きな価値です。そこを実感していただき、『気がついたらこんなにたくさんの宝ものができていました』というお声をいただくのが、一番うれしいですね」
ユーザーの声に応えながら、何度も体験設計書を書き換え、最善の「ゴール」を探ってきたALBUS。この先ALBUSは、どこへ向かっていくのだろう。
伊野氏「具体的に思い描いているのは『20年後のALBUS』です。遠方で暮らす子どもが実家に帰ってきて、パパやママがおじいちゃんおばあちゃんになったときに開く。わが子が結婚するとき、式場にアルバムを持っていく。そこで会話が生まれる……。そういった、日常の小さな風景の近くに、ALBUSがあるといいなと思っています」
須藤氏「『毎日を宝ものに。』というコンセプトにも関わるのですが、ALBUSで残してほしい写真は、「ハレとケ」の“ケ”のほうなんです。私たちの子ども時代の写真は、どこかにお出かけしたときや運動会、イベントなどの“ハレ”の場の写真が多いですよね。でも何気ない日常こそが、すごく幸せなもの。ALBUSが少しでもその気づきを与えられるような存在であるといいなと思っています。その手助けになるよう、『今月はこういうテーマで写真を撮ってみよう』など、日常の幸せを残す呼びかけを発信しています」
泣いていたり、鼻水を垂らしていたり……そんな“ケ”の写真には、予想もしない行動がぎゅっと詰まっている。そんな瞬間にカメラを向け、アルバムに収める家族の視線にこそ、被写体への愛情が感じられる。
伊野氏「アルバムを見る側も、写真を選ぶ側も、日常のそばにいたいですよね。僕が選ぶのは、ケの写真ばかり(笑)。今となっては状況がわからないものでも、『これは何?』と会話も生まれる。うちの3歳の子も『ALBUS』という言葉を知っていて、写真が届くとみんな集まって、喜んでアルバムに入れています。親が選んだ自分の写真を、自分自身でアルバムに入れていく。家族のつながりの中に自分がいることは、大人が思っている以上にいい影響があるのではないかと思います」
須藤氏「そうですね。うちの8歳になる上の子も、アルバムに写真を入れるのは自分の役目になっていて、『ALBUSを貸して』とスッと慣れた手つきで入れています(笑)。そのとき必ず、過去の写真も一緒に見返しているんです。その都度『ここ行ったよね』という会話が始まって。月に1回、そういった時間が生まれ、毎月毎年積み上がっていく。ALBUSによって家族のあり方が変わっていくのではと感じています」
なにげない日常が刻まれた写真を、アルバムに封じこめる。それはいつしか宝ものとなり、それを囲む家族の時間も生まれる。「20年後にも開きたくなるアルバムづくり」の習慣づけを、ALBUSはこれからも後押ししていく。
執筆/鈴木ゆう子 取材・編集/大矢幸世 撮影/伊藤圭