「好きな映画は『スター・ウォーズ』です」
後に母校となる日本大学芸術学部映画学科の入試面談。競い合うようにマニアックな作品名をあげる周囲を後目に、後藤貴史氏はまっすぐにそう答えたという。
後藤氏は株式会社リトプラ(旧社名:プレースホルダ)のCEOだ。次世代型テーマパーク「リトルプラネット」を国内外に展開し、スター・ウォーズに引けをとらないほど、子供のみならず大人まで夢中にさせている。仮想現実空間をつくるXR(クロスリアリティ)などのデジタルテクノロジーで、砂場やボールプールといった昔ながらの遊具をマッシュアップ。今にふさわしい遊びと学びのかたちを提案し続けているのだ。
老若男女を夢中にさせるアトラクションの秘密とは?
後藤氏に、まっすぐに聞いてみた。
最強のコンテンツ=「公園」を拡張させたい
正直に明かそう。最初は少し、甘くみていた。
お台場のダイバーシティ東京 プラザ内にある「リトルプラネット」。
「遊びが学びに変わる次世代型テーマパーク」と銘打って、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)などデジタル技術を駆使した遊びができる屋内型テーマパークの存在は知っていた。
しかし「まあ自分が子供だったら、めちゃくちゃ楽しいだろうけど……」と、タカをくくっていたのだ。
ところが、どうだ。パーク内に足を踏み入れると、いきなり『SAND PARTY!』に心を鷲掴みにされた。プロジェクションマッピングを活用した、砂遊びアトラクション。ガバッ!と両手で砂場を盛り上げると、茶色い地面がみるみる緑生い茂る山に変わった。さらに高くするとすぐさま岩肌が現れ、頂点を掘ると火口となってマグマが溢れ出た――。
「わっ。噴火した。すごいな……」
思わず、声が漏れる。
センシング技術で砂の高さを計測、リアルタイムで地形に即した画を砂場に照射する仕組みだ。人の記憶は五感と重ね合わせたものほど思い出しやすくなるという。砂の手触りとともに『標高が高いと植物が少なくなるのだな』『山の多くは火山なのか』と理解し、記憶できるわけだ。
「うおお!」
「やった。当たった!」
声のほうに目を向けると、同行した別の取材スタッフたちが冒険型デジタルボールプール『ZABOOM JOURNEY』で暴れまわっていた。スマホから専用画面にアクセスしピクセルアートで絵を描くと、スクリーン上に“敵”として登場するしくみだ。
「あっ。私が描いたネコが出てきた! 投げて、投げて!」
にしても君たち、仕事なのにはしゃぎ過ぎではないのか。
いや、私もだが。いい大人が盛り上がりすぎだ。
「狙いどおりです。子供たちをターゲットにした知育テーマパークですが、“大人も一緒に楽しめる場所”を念頭に、すべてのアトラクションを作り込んでいますからね」と後藤氏は言う。
後藤氏「裏コンセプトは“公園のアップデート”。子供たちにとって公園って、今も昔も最強のコンテンツ。デジタルの力で、大人も一緒に遊べる公園、はしゃいで遊んでも恥ずかしくない公園を作りたかったんですよ」
大人がスマホで時間をつぶさない場所に
「リトルプラネット」は、2018年オープンのららぽーと新三郷のパークを皮切りに、お台場、名古屋、大阪など現在全国で10施設ある。
デジタルとアナログの遊びをかけあわせたアトラクションが大きな特長。コロナ禍をはさみつつも、累計100万人以上の入場者を誇る。
そもそも同パークの生みの親である後藤氏は、大学在学中の2007年にアプリ制作を手掛ける株式会社ポケラボを立ち上げ、その後ゲーム会社へとピボットし、『戦乱のサムライキングダム』などの人気ソーシャルゲームを生み出してきた人物だ。
転機は2015年。オフィスの下階に入居していたFacebook Japanで、VRハードウェアのトップブランドであるOculusのVRヘッドセットを体験したことだ。「とんでもなく感動した」と振り返る。
後藤氏「VRの可能性をまず感じました。以前からディズニーなどのテーマパークが好きだったので『VRを活用した新しいテーマパーク事業ができるのではないか?』と思いはじめた。そこでポケラボを辞め、テクノロジーを活用したテーマパークをつくるため新たにプレースホルダ(現:リトプラ)を立ち上げたのです」
「子供向け」と「知育」の要素を取り入れたのは、取締役CCOの鈴木匠太氏の存在が大きい。元ポケラボ社員で後藤氏とは既知の仲だった鈴木氏は、3人の子供を持つ父親でもあり、仕事をするうえで「子供たちに良い刺激を与えたい」と常に考えていた。
後藤氏「彼に相談すると『それならば子供たちの知育につながるテーマパークが良いのではないか』と、アイデアを足してくれました。そうした施設はあるけれど、ユーザーの実感として『親子が一緒に楽しめる場は少ない』と」
確かに子供向けを銘打つテーマパークは多いが、熱心に遊ぶ子供の傍らにスマホを触って時間をつぶす保護者の姿も多く見受けられる。しかし、親も一緒になって同じ目線で遊んでくれれば子供の喜びは倍増する。親子揃って「また訪れたい」と思えれば、エンゲージメントも当然高まる。
こうして親子揃って楽しめる場のあり方を熟考した結果、公園のアップデートに辿り着いた。
後藤氏「子供向けの遊び場を視察するなかで、あらためて出た結論が『公園最強説』でした。たくさんの遊具があって、説明なしで誰でもすぐ遊べる。自然に身体を動かすことになるし、五感も刺激される。ゲームがこれだけ普及してもいまだ子どもたちが公園でたくさん遊んでいるのは、それだけ魅力的だということ。ただし、やっぱり多くの保護者がスマホを見ていますよね」
「それならば……」と、公園のような遊び場に、ARなどの最新デジタルテクノロジーを組み合わせた「リトルプラネット」が着想された。
古典的な冒険譚に、最新のVFX(視覚技術)を組み合わせることで『スター・ウォーズ』が生まれたように、ゲームで培ったデジタルエンターテインメントのノウハウを、古典的な遊具にインストールして「リトルプラネット」を創造したわけだ。
スプレーで壁に絵を描く、「背徳感」にこだわる
子供も大人も魅了するため、アトラクションの設計には、独特の“こだわり”が垣間見れる。
まず「インプットかアウトプットをアナログにしている」ことだ。
たとえば前出の砂遊びアトラクション『SAND PARTY!』も、デジタルボールプールの『ZABOOM JOURNEY』も、きらびやかなプロジェクションマッピングや高精度なセンシングといったデジタルテクノロジーで彩られている。しかしアトラクションのインプットは「砂いじり」や「ボール投げ」など、あくまで昔ながらのアナログ入力だ。
砂やボールを触りながら試行錯誤することで、細やかな触感にまず刺激される。手先を器用に使う「巧緻性」や、モノの位置や方向を正確に把握する「空間把握力」なども培われそうだ。
後藤氏「アナログ体験には、デジタルでは得られない“体感”がある。それは知育的にもいい影響を与えると考えられていますからね。
またすべてのアトラクションは、私たちが掲げた5つの“エクスペリエンス”(※下図)のどれかにあてはまる設計にしてあります。国際団体ASTC21stが提唱、国際的に定義されたこれからの時代に必要な能力を指す『21世紀型スキル』を参考につくったものです」
リトルプラネットが掲げる”5つのエクスペリエンス(体験)”
Action – 体感
夢中になって身体を動かし、感じることの気持ち良さ、大切さを強く感じていただける、もっとも重要な体験です。
Discover – 探求
モノを知る喜び、初めて出逢う感動は何ものにもかえがたい刺激と驚きに満ちた体験です。
もっと知りたい、もっとを促します。
Think – 思考
何かをしながら考える。頭を使って考えて考えて考え抜くような体験です。
Create – 創造
想像したものを自らの意志で創造する体験です。
それは無限大です。1つ1つの成功体験や失敗体験を含めて貴重です。
Communication – 交流
誰かと一緒に何かをすることを通じて感動・刺激を高める体験です。ある時は協力だったり、ある時は競争だったり、ある時は会話をすることだったりします。
さまざまな場面で「人と交流をする」ということはお子様にとって大きな冒険です。
あえて「アナログの不便さ」を取り入れているのもユニークだ。『SAND PARTY!』で砂を効率的に動かしたいなら、バケツやスコップが便利だ。だから砂場の横にはバケツやスコップが用意されてはいるが、「あえて少ない個数にとどめている」と言う。
後藤氏「個数が足りないと“貸し借り”せざるをえなくなるからです。リアルの公園で当たり前にある、『それ貸して』『いいよ』といった対話や交渉のコミュニケーション力を磨ける。実際、知らない子同士で自然とバケツを譲りあう姿が頻繁に見られます」
同時に「いたずらっぽさ」が実装されている点も、アトラクションの魅力と奥行きを増すポイントになっている。
スプレー型のガジェットを使い、壁にストリートアートのように自由な絵が描ける『SPRAY PAINTING』というアトラクションがある。リアルの公共の壁で同じようにスプレーで落書きをしたらこっぴどく怒られるし、もとより犯罪だ。
後藤氏「しかしデジタルを使えば思う存分に落書きできる。“怒られること”をしている背徳感を楽しんでもらいたいので、インプットとなるスプレー型のデバイスは中に小さな金属の玉を入れて、振ると『カチャカチャカチャ』とラッカースプレーを撹拌するときと同じ音が出るようにした。リアルなスプレーの感触に近づけることで、『ヤバいことをやっている』雰囲気がより高まります」
子供たちとのコミュニケーションに長けた運営スタッフの存在もテーマパークのキモだ。
実は後藤氏にはゲームづくりや運営のノウハウと人脈はあったが、リアルのテーマパークに関するノウハウは皆無だった。そのためアトラクションの開発テストを社員の子供などを招いて実施すると、予想外の動きや遊び方をする子供たちに戸惑ったという。
後藤氏「デジタルとアナログを掛け合わせた遊具がもちろん僕らの売りですが、それだけでうまくいくほどテーマパーク運営は甘くなかった。スタッフの人的な活躍がテーマパークの魅力の半分近くを占める気がします」
「リトルプラネット」のナビゲーターと呼ばれるスタッフは、子供たちとのコミュニケーションに長けた幼稚園教諭や保育士、子供向けアミューズメント施設のスタッフなどの経験者を多く採用している。
もっとも、彼らは来場客の誘導や遊び方の説明もするにはするが、それより大事な仕事は「盛り上げ役」だという。
画用紙に描いた絵が、3DCGのスポーツカーになって競い合える『SKETCH RACING』の横で「お父さん、まずい。最終コーナーまでに追いつかないと、娘さんに負けちゃいますよ!」などとさり気なく実況中継を入れる。デジタルボールプールの『ZABOOM JOURNEY』に乱入して、こっそり手助けするといった具合だ。
後藤氏「子供たちだけじゃなく、保護者の方々のことも積極的に盛り上げるよう伝えています。あるナビゲーターは、ひとりで『SAND PARTY!』の砂の中の宝探しに没頭しているお父さんがいたので、すっと横に入って『手伝いまーす』と2人で宝探し。最終的には息子さんがあらわれて『お父さん、もう帰るよ』と促された、なんてこともありました(笑)」
大人が夢中になって遊んでも、スプレーで壁に絵を描いても、誰もとがめない優しい世界。ナビゲーターが醸し出すこの心理的安全性が、子供も大人も没入して遊べる空間を演出しているわけだ。
体験データで、遊びと学びを磨き上げる
デジタルの強みを存分に活かした運営も、緻密に設計されている。
わかりやすいのはアトラクションの頻繁なアップデートだ。「季節に併せて映し出される景色や出現するキャラクターを変える」「稼働率が低かったアトラクションに新しい遊び方を取り入れてみる」。こうしたマイナーなアップデートを、年に何度も実施しているという。
後藤氏「リアルの遊具を変更しようとするとコストも時間もかかり、機会損失も大きい。しかしデジタル領域の変更は、ソフトウェアの修正だけで対応できる。お客様のアンケートや全国のナビゲーターから届く日報なども反映させた、細かなアップデートを日々施しています」
また2022年7月からは行動データの活用にも踏み出した。NFC(近距離無線通信)タグを内蔵したリストバンド「シャリング」の採用だ。
シャリングをパーク内の各所にあるリーダーにかざすと、アトラクションごとにどのような遊びに、どれほどの時間を費やしたか、どういった結果を残したか、といったことの体験データが記録される。
これによって入場口でシャリングをかざすたび、子供一人ひとりの過去の体験データに応じた「ミッション」が課せられ、指定するアトラクションを回るイベントができるようになった。ミッションをクリアするとパーク内専用の通貨がもらえ、商品があたるルーレットに挑戦できる仕掛けだ。今後はさらにデータに基づいたパーソナライズしたミッションも企画中。ソーシャルゲームのノウハウをうまく移植していくわけだ。
もっとも、後藤氏は「子供たちの体験が磨かれるだけじゃなく、保護者の方にこそ体験価値があがることを期待して実装を目指している」と言う。
後藤氏「シャリングのデータは保護者向けの専用ページでチェックできます。すると『この間までボールプールが好きだったのに、今はパズル遊びに夢中だ』とか『ひたすら恐竜の絵ばかり描いている』などとお子さんの興味関心の現在地と変容が可視化できるようになる。『今は恐竜に興味があるなら、今度は恐竜の本を買ってあげよう』などと気づきも生まれるし、単純に親子のコミュニケーションも増えますよね」
行動データがとれるようになったことで、他社とのユニークなコラボレーションも加速した。たとえば運動しながら英語を学習する塾「spoglish GYM」と博報堂との3社共同で「DIGITAL ”SPOGLISH”」というアトラクションを開発。スピーカーから発せられたネイティブの英単語を聞き、大型スクリーンに表示される複数のイラストから、正解をタッチする英語学習アトラクションだ。
後藤氏「英語を楽しみながら学べるアトラクションであると同時に、シャリングを通してデータが取れるようになりました。そうして集めた体験データをビッグデータとして解析できるよう、研究開発を進めています。これによって将来的に、『どのような運動が英語学習に効果的か』『どれくらいの頻度で学習成果が伸びるか』といった貴重なエビデンスがとれるようになる。spoglish GYMのプログラムや、我々のアトラクションの進化にも繋がります」
そもそも公園遊具や古典的な遊びの知育効果や意義を可視化したエビデンスデータはこれまでほとんど存在しなかった。シャリングを通した子供と遊びのデータの集積と分析は、大きな社会的意義も果たしそうだ。
後藤氏「たとえば、オリジナルの敵キャラクターを描いて登場させられるボールプール『ZABOOM JOURNEY』で何が描かれたかをデータでひもとくと、やっぱり”うんち”が多いことがわかるんですね(笑)。時代が変わっても子供たちが好きなものは変わらないことが定量的にも理解できました。
一方で、どのアトラクションにどれくらいハマるか、ハマらないか。何を楽しんでいるか、楽しんでないかは本当に千差万別だとわかる。“多様性”が当たり前に叫ばれる中で、満たせてないニーズがまだまだあると実感できるし、謙虚になれます」
『アソビでミライをつくる』が同社のミッションだ。子供たちのよりよいミライのため、積み上げたデータと知見を丁寧に活かしながら、サービスとその魅力をこれからも磨き上げていく。『スター・ウォーズ』シリーズのように、老若男女に愛され続けるエンターテインメント体験が、未来に紡ぎ出されていくに違いない。
執筆/箱田 高樹 撮影/田巻海 編集/浅利ムーラン、鶴本浩平(BAKERU)