自分の住まいをもっとよくしたい。ほかの人の部屋はどんな感じなんだろう。模様替えや引越しの機会だけでなく、日々の生活の中でも、部屋作りを考えるときに頼りにしたいのが「実際の部屋やインテリアの写真」だ。
「RoomClip(ルームクリップ)」は、さまざまな人の暮らしの写真が投稿されている、インテリアと暮らしのSNSプラットフォーム。2022年に10周年を迎え、月間ユーザー数は600万人、実例写真は500万枚を超えている。
ルームクリップ株式会社 代表の髙重正彦氏に、その理由を聞くと「多様性を大事にしてきたからではないかと思う」と返ってきた。RoomClipでは、公式のインフルエンサーや「いいね」数のランキングなどを設けていない。そこには、どんなサービスの設計思想があるのか。髙重氏の話から、RoomClipの設計思想とユーザーに支持される理由を探った。
家や暮らしの工夫が集まるデータベース
RoomClipは「住」領域に特化したプラットフォームとして、2012年にオープンした。投稿される写真は、日常のちょっとしたインテリアや収納の工夫から、家具や家電、キッチン設備や床材などの住宅建材まで幅広い。ナチュラル、北欧、といったテイストだけでなく、たとえばコロナ禍の影響で在宅時間が増え、注目が高まっている「自分時間」「まとめ買い/冷蔵庫収納」などの具体的なタグ検索でも、数多くのリアルな写真を見ることができる。
閲覧のみのユーザーも気軽にコメントでき、コメント欄を通してユーザー同士の交流が生まれている。引越しや自宅の建築などのタイミングで、RoomClipでの“先輩”の様子を参考にしながら自分の試行錯誤を記録し、そこにまた同様の情報を知りたい人が関心を寄せる、といった構図がある。
2021年3月には、ソーシャルコマース「RoomClipショッピング」をリリースし、RoomClip上でのショッピングも可能になった。商品の詳細だけでなく、そのアイテムを使った他のユーザーの写真やコメントも行き来しながら購入を検討できるので、納得感のある購買体験につながっているという。
ユーザーの8割は女性で、30代が中心。だが、それはあくまで結果だと髙重氏。ライフステージの変化が訪れるのは30代が多く、また望ましいことではないが、日本において家のことは女性が主体的に考える傾向が強い。ユーザーの母数が一定規模に成長した結果、30代女性が多かったということなのだ。
ユーザーの投稿で成り立つCGM(Consumer Generated Media)は、投稿が増えるほど活性化する。そのため、他のWebサービス同様にメインとなるターゲットを絞ったり、ペルソナといわれる“想定ユーザー像”を立てたりすることが多い。だが、そうしたものはRoomClipでは設けていない。
髙重氏「RoomClipはたしかにCGMではありますが、何らかの編集方針があるようなメディアとは違います。どなたにも開かれたプラットフォームで、さらにいうと、本質はデータベースだと考えています。膨大なデータベースを基に、投稿写真の傾向やコメントの性質を常に分析しています。
『住生活』とひとことでいっても、人の趣味趣向は本当にさまざまです。実例写真や解決事例が増え、さまざまなパターンが蓄積して一定量のデータベースになった結果、『こんな写真が見たかった』という潜在的なニーズにも応えられるようになってきたのが現状です。本当に、時間をかけて成長したサービスだと思います」
「家の中」も、数年以内に他人と接続するようになるはず
そもそもなぜ、髙重氏は「家の中」に注目したのだろうか。以前からインテリアや暮らしのテーマに興味があったのかというと、そういうわけでもなかったという。
きっかけは、東日本大震災が起きた2011年、福島県いわき市の実家を引き払ったことにあった。もともと家への愛着は強くなかったが、いざなくなってしまうと、家の中でのさまざまなできごとを思い出した。
髙重氏「でも、家は残っていないので、人に伝えることはできません。そもそも家の中は人に見せないし、他人の家の中を見ることもないんだなと気づき、その思いがなぜだか自分の中に強く残りました」
考えてみると、家や部屋は長い時間を過ごす場所にもかかわらず「他人とまったく接続していない」。生活者の発信手段が広がり、個人的なできごとや写真もネット上に投稿されるようになっているのに、個性が強く表れる家や部屋がそうなっていないことを「不思議に思った」という。一方、インテリア雑誌の“お部屋特集”は昔から根強い人気があり、また部分的には自分の部屋を公開するネット上のコミュニティが盛り上がっていたことから、リアルな部屋づくりに関する熱量の高さも感じていた。
大学でネットワークサイエンスを研究していた髙重氏には、ここに可能性が見えた。インターネットの世界の流れを考えると、5年、10年以内に必ず「家の中の工夫やこだわりがオンラインでつながる」と確信したという。
髙重氏「当時、住まいや暮らしに興味のある人とつながれるソーシャルサービスはまだありませんでしたが、この領域を俯瞰して、サービスの立ち上げを決めました。熱量を持つ人がいるのだから、使ってくれる人は一定数いるのではないかと考えたんです。
また、家の中をもっとわくわくする場所にできないか、という思いもありました。そのころは世間的には、家の中に凝るよりも旅行やスポーツ、おいしいものを食べたりするほうが楽しいイメージがあったと思います。週末に何をするかと聞かれて『家で過ごします』というと『あぁ……そうですか』と、つまらない人みたいな雰囲気になったり(笑)。
でも、長い時間を過ごすからこそ、家をわくわくする場所に変えられたら、人生も変わるのではないか。そんなイメージがありました」
ユーザーに会ってわかった、サービス提供側の思い込み
だが、見通しに反してユーザー母数はわずか1年ほどで伸び悩んだ。ソーシャルサービスの潮流を踏まえてリリースを決めたものの、その背景にユーザーの視点を加味していなかった。具体的にどのような人がユーザーになりうるか、その人はなぜこのサービスを使いたいと思うか、といった分析が粗く、ユーザー理解に基づいた設計ができていなかったのだ。
ただ、この先どうしたらいいか悩む中で、熱心に使ってくれる人も一定数いることが見えてきた。
髙重氏「そこから、熱心なユーザーに直接会い、話を聞くようになりました。結論として、それがすごく有用だったと思っています」
当初は投稿ユーザー像として、インテリアの勉強をしている人やクリエイティブな仕事をしている人、都会で暮らす人を想定していたという。都市部にはおしゃれなインテリアショップが豊富にあり、デジタルに慣れている人も多いからだ。しかし、実際に熱心なユーザーを調べると、意外にも地方に住む人が多かった。
連絡を取りインタビューを行うと、「インテリアが好きかはよくわからないけど、家を快適にしたい」人、「地元のホームセンターに通ってDIYに凝っている」人など、その姿は髙重氏の想定と大きく異なっていた。初期のユーザーは、それぞれの日常生活の中で「自分なりに暮らしを“よく”したい」と思い使っている実態が見えてきたのだ。
髙重氏「家の中は他の人に見られることがなく、暮らしをよくするために工夫しても、価値や意味があるのかを確かめることがありません。家族に特別ほめられるわけでもない。ユーザーの方は、そんな少しの不安や不満も抱える中でRoomClipに出会い、投稿すると『いいね』や『素敵ですね』などのポジティブなフィードバックがくることに喜んでくださっていました。
『家にまつわる自分なりの工夫が他の誰かの役に立つ、貢献できるという手応えが、家に対して前向きな気持ちを持つことにつながった』という意見が印象的でした」
RoomClipはインテリア好きな人や、いわゆる“クリエイティブ職”の人が使うもの――それはまったくの思い込みだった。髙重氏は「頭でっかちになっていた」と振り返る。
髙重氏「むしろ、どんな方にもすばらしいクリエイティビティがありました。僕らに見えていなかった、年齢も職業もさまざまな方々の発想や工夫が、本当に創造性に富んでいることを実感しました。
まだ世の中に表れていないクリエイティビティが、RoomClipへの投稿を通して可視化されると、また別の誰かのクリエイティビティにつながっていく。ユーザーインタビューを通して、RoomClipにおける体験のプロセスの原型がつかめてきました」
「インフルエンサー」という言葉を使わない
ユーザー数が伸び悩んだ初期に、複数のユーザーに会って話を聞いたことは、髙重氏と社内メンバーに今後の方針に関する大きな気づきをもたらした。それぞれの日常の中で、創造性を発揮してほしい。RoomClipはそれを可視化し後押しする場でありたい。その思いから、自社のミッションに「日常の創造性を応援する」という言葉を掲げた。
ミッションに基づいて髙重氏が重視しているのが、冒頭で紹介した「多様性」だ。住まいや暮らしにまつわることなら、どんな工夫やこだわりでも自由に投稿できコメントもできる、開かれた場になるように意識しているという。
そんなサービスの姿勢は、RoomClipが“していない”ことに表れている。RoomClip公式のインフルエンサーやアンバサダー、あるいはランキングなど、人気のあるユーザーや写真に優先的に触れるような仕組みを一切設けていないのだ。「人気」という指標で価値を一元化せず、さまざまな趣味趣向が広がる多様性を重視している。
髙重氏「人気だからといってみなが真似したいかというと、そうとは限りません。投稿する側にとって、家の工夫を収めた写真が“パッと見て素敵かどうか”が重要とも言い切れない。何に心惹かれるかは、人によって全然違うからです。
フォロワーの多い人や、いいねの数が多い写真をRoomClipがおすすめしているような見せ方は、ユーザーに『私の場所ではない』と思わせてしまうことにつながります」
これまでの試行錯誤の中で、人気順のランキング機能を設けたこともある。反応は一見よかったが、データを細かく分析していくと、些細な工夫や比較的マイナーなテイストの写真がプラットフォーム内で目に留まりにくくなり、投稿時のモチベーション低下にもつながっていることがわかった。さらに、そのユーザーの写真を好んで見ていた閲覧中心のユーザーの心も離れる傾向がわかり、すぐに機能を撤回した。
髙重氏「ユーザーの中には、もちろん特に人気のある方もいらっしゃいますし、それこそInstagramやYouTubeで職業インフルエンサーとして活動されている方も多いです。でも、僕らはRoomClipにおいて『インフルエンサー』という言葉を決して使いません。
ひとつの価値観や人気の軸でユーザーを区切るのではなく、それぞれのクリエイティビティが発揮され、それがつながって新しいクリエイティビティが生まれていく。そんなサイクルを作るプラットフォームであることを、運営やアルゴリズムの設計を含めて徹底しています」
大切にし続けているマクロとミクロの視点
フラットで開かれた場を目指してきたRoomClipには今、結果的にさまざまな人の住まいの写真が集まり、500万枚のデータベースを形成するに至った。活発な投稿やコメントなどから、“RoomClip発”といえる新しいワードやテイストも生まれている。
たとえば「ヒコラー」。畳やラグを扱う福岡のイケヒコ・コーポレーションの商品を好んで使うユーザーの間で、「私たち“ヒコラー”ですね」といった会話が生じ、そこから広がった。現在「ヒコラー」で検索すると、タグづけされた9,000枚近い写真が検索される。
また、濃い色を基調にアイアンなどを多用し、無骨でどこか倉庫のような雰囲気のスタイル「男前インテリア」もそのひとつ。ユーザー間で「〇〇さんの部屋、“男前インテリア”っていう感じですね」と話題に上ったことから、RoomClip内で「男前インテリア」のタグが瞬く間に盛り上がり、他のメディアでも使われるようになったそうだ。
また、今ではInstagramなどでも住宅建材や設備のブランドのハッシュタグをつけることが一般的になっているが、これもRoomClipから広がった行動だという。2015年、キッチン設備のLIXILと組んで「LIXIL」というタグをつけた投稿を促すタイアップキャンペーンを始めたところ、キッチン設備自体のこだわりや選び方の工夫が集まるようになり、他のブランドでも徐々にハード面のタグが増えていった。
髙重氏「『無印良品』『IKEA』など身近なブランドのタグづけは以前から多かったのですが、住宅建材やキッチン設備のタグはほぼありませんでした。でも、RoomClip全体で検索が多いのは、以前も今もずっと『キッチン』なんです。これだけ関心が高く、キッチン設備などのハードは毎日使っているのに、なぜタグづけがされないのかと思っていました。
おそらく、住宅建材や設備は家を建てるときなどにはこだわっても、住み始めると日常に溶け込んで忘れてしまうのではないか、と。思い出すきっかけがあれば、また意識したり、今まさに情報収集している人の役にも立つのではと考えました」
社内では、マクロでデータを客観的に俯瞰しながら、ユーザーインタビューで一人ひとりをミクロで見ることも続けている。組織上ではプロダクトチームが主にデータを追っているが、ユーザーインタビューに同席することも多い。一方、ユーザーに向き合うコミュニティを運営するチームも、日々データに接している。
髙重氏「どちらのチームもクロスオーバーで取り組むことが大前提です。データからいえることはあくまで結果論ですし、ユーザーの声にはリアリティがありますが定性的で限定的な情報です。マクロとミクロの視点のどちらかに偏らず、みなが両方にタッチできるようにして運営しています」
さらに2021年4月には、社内組織として「RoomClip住宅文化研究所」を発足。RoomClipのさまざまなデータから、研究・発表を行っている。「RoomClip Award」として毎年のトレンドも発表しているが、注目するのはデータベースから抽出したキーワードやプロダクトで、特定のユーザーは取り上げていない。このあたりにも、設計思想が徹底している。
自分の「好き」を育める場所に
閲覧のみの利用も可能なCGMやソーシャルプラットフォームでは、ユーザーの大半が閲覧中心であることが多い。RoomClipでも、投稿をする・投稿を続けるハードルが下がるようにアルゴリズムを工夫してきた。
たとえば、初めて投稿した際になるべく多くの人から反応が得られるように設計したり、ショッピングの購入履歴データに基づいて投稿を促したり。ユーザーの間に「歓迎しよう」というマインドがあることも、交流をきっかけに投稿が続く要因のひとつだという。
髙重氏「投稿すれば、より住まいや暮らしの工夫が楽しくなっていくので、あくまでそのきっかけになれば、と。ただ、そもそも投稿しなければいけないとは思っていないんです。
どんな“場”でも、みなが同じ方向を向き、同じ行動を取ることはありません。閲覧のみのユーザーにも『自分の暮らしをよくしたい』という気持ちが根幹にあるので、その方々のニーズにも応えたいし、その方々が増えることで投稿ユーザーも活性化し、企業との取り組みの規模も広がります。
プラットフォームとして成長すれば、社員にも還元し、スタートアップとして投資家にも貢献できる。すべてのステークホルダーの間で好循環が生まれ、みなで繁栄していければいいと思っています」
10周年を機に公開した「RoomClip mag」のいくつかの記事では、サービスとユーザーとの深いかかわりも見て取れた。おうち時間が楽しくなった、同じ目線で話せる友達ができたといった声だけでなく、雑誌に載るという夢がかなった、自室を見た人から依頼されインテリアの仕事に就いたなど、大きなできごとも報告されている。まさにリリース当初に髙重氏がイメージしていたように、「家がわくわくする場所になると人生が変わる」ことが実現されている。
“ステイホーム”といわれて数年が経ち、今では在宅の時間を楽しく快適にすることが、一過性ではなく恒常的な関心になりつつある。この先、ユーザーにとってRoomClipはどのような存在を目指しているのだろうか。
髙重氏「RoomClipの存在感を示すというより、『住生活をよりよくしたい』と思う一人ひとりのユーザーを、いろいろな視点で支えていきたいと思っています。家や空間づくりの主役はあくまでユーザー。僕らはそれを助ける『黒子』です」
髙重氏「自分の部屋やインテリアをいろいろな人に見てもらったり、ピンとくるテイストの写真を次々と閲覧したりする中で、自分は何が好きで、何にこだわりがあるのかが少しずつ見えてくるのだと思います。RoomClipは開かれた場所であり、まさに自分の『好き』を磨いていける場所。これからも、一人ひとりの『好き』を育めるプラットフォームでありたいです」
それぞれの暮らしを大切にする人の創意工夫やこだわりとの出会いは、自分の家や暮らしを変えるきっかけになる。「日常の創造性を応援する」RoomClipで、今日もたくさんのユーザーが自分の「好き」を育んでいる。
執筆/鈴木ゆう子 取材・編集/高島知子 撮影/植村忠透