かぶると視界いっぱいが映像で覆われて、周囲を見回すと自分が別世界にいるように錯覚してしまう。ハンドコントローラーを使えば、目の前のものを手で持ってリアルと同じように置いたり投げたりできる──。そんな体験を実現してくれるVRゴーグルが2016年の「VR元年」に市販されてから早2年が経過した。
今年は、PCやスマートフォンにつなげる必要がなく、すぐにVRを体験できる一体型VRゴーグルがトレンドだ。5月にはOculusが「Oculus Go」、Lenovoが「Mirage Solo」を発売。特にOculus Goは2万3,800円から買えるということもあって、ガジェットファンや開発者だけでなく、これまでVRに手を出さなかった層も購入するという流れも出てきている。
そんなVRゴーグルの用途として大きく花開きそうなのが、今回のテーマであるコミュニケーションだ。「VR3年」と言えど、まだまだVRゴーグルをかぶったことがない人が世の中の大半で、どんな便利さや価値を生み出してくれるかはまだまだ理解しにくい面があるだろう。簡単に歴史を振り返りつつ、未来予想をしていく。
メディアの平面から空間へのパラダイムシフト
社会的な動物である人間にとって、コミュニケーションはなくてはならない要素だ。
いかにして遠く離れた人と対話をするか。対面でのコミュニケーションから、手紙・電話・テレビ電話・チャット・SNS……といった具合に、人類はその歴史でコミュニケーション手段を進化させてきた。その次世代として注目されているのが「ソーシャルVR」と呼ばれるサービスたちだ。
体験としては、VR空間上の分身となるアバターを通して、相手が目の前にいるような感覚で会話できるというものになる。こればっかりは実際にやってみないと伝わりにくいのだが、筆者はよく「身体性を伴うセカンドライフ」と説明している。
何が新しいかといえば、今まで抜け落ちていた非言語的な要素が含まれる点だろう。例えば、相手が本当にいるという感覚。実際に体験してみないと納得しづらいと思うが、相手のアバターを目の前にし、首の動きや手振りを交えてしゃべっていると相手がそこにいると錯覚してしまうのだ。
これが大画面のテレビに等身大で人を表示して話すケースでは同じ感覚にはならない。視界いっぱいがVRゴーグルに覆われていて、バーチャル空間に自分がいると感じるからこそ引き起こされる感覚なのだ。もちろんアバターの見た目中の本人と違うことが大半だが、そこにいつもの声や、その人の癖を示す動きが加わると「本人だ」という感覚になる。
少し飛んだ話になるが、もう少し補足すると、平面から空間へのメディアのパラダイムシフトとも言えるのが現在だ。
例えば3DCGで言えば、位置トラッキングが可能なVRゴーグルで見る場合、自分の体を動かして脇に回り込んだり、近づいたりして、好きな方向から見られる。これが旧来のPCディスプレーでは、マウスやキーボードを使って見える方向を変えたり、視点を近づけたりすることになる。
よくよく考えてみれば、3DCGのように立体のものを平面に表示して見る方が不自然なわけだが、それは今まで視聴側のメディアがテレビやPC、スマートフォンといった平面のものしか選択肢がなく、そこに合わせて操作の画面や方法なども落とし込んでいたわけだ。それが民生用のVRゴーグルが登場したことによって、視聴メディアとして「空間」が使えるようになり、同じ行為でも体験の質をガラッと変えている。
身体性がコミュニケーションを変える
こうしたVRでコミュニケーションするサービスは「ソーシャルVR」と呼ばれている。
具体的なアプリでいえば、ここ1、2年でFacebookの「Facebook Spaces」、現在はMicrosoft傘下になった「Altspace VR」、ゲームを核に据える「Rec Room」などが登場してそれぞれ話題になってきた。特にFacebookはVRを文字・写真・動画に次ぐプラットフォームとして見込んでおり、2014年にOculus VRを20億ドルで買収するという力の入れようだ。
ここ半年ほどで一気に存在感を増してきたのが、Oculus RiftやHTC VIVEといったPC用VRゴーグルか、PCの画面で使える「VRChat」だ。同サービスの特徴は、身にまとうアバターや、ユーザーが交流する場となる「ワールド」を自由に作れる点になる。
ファッションがコミュニケーションの記号として役割を担っているように、好みのキャラだったり、好きなアバターをつくってなりきることで、相手が自分に面したときに感じる印象をコントロールできるわけだ。
過去に筆者がインタビューしたVRChatに詳しいバーチャルYouTuberの「ねこます」氏は、可愛い狐娘のアバターを使う理由について以下のように語ってくれた。
要はゴツい騎士とかに囲まれると圧迫感があるのに、同じ可愛い女の子同士ですと、お互いに惹かれてすごく打ち解けやすくて平和みたいな。だからかわいいとか女の子の概念みたいなのは、心のATフィールドを取り払う効果があるんです。マツコデラックスさんが話してきたらなんでも言っちゃうみたいな感じがあるじゃないですか。あんな感じで女性らしさや可愛らしさは、打ち解け合う力を持っている。生物学的に男性、女性ということよりは、女性的な特徴を持つことの方がコミュニケーションに都合がいいんです。
VRでのコミュニケーションが発達していくと生物学的に男だということは形骸化していって、概念としての性別、そもそも現実の性別がどうだからとこだわる意味がなくなってきちゃって、コミュニケーションしやすいところに集約される。つまり、全員女の子になるってことですね。それが今の持論です。
ねこます氏をはじめ、VRChatには、アバターは女性でも声が男性そのままという方も多い。そもそも新しいテクノロジーに飛びつくのは男性が多いという背景もあるが、それでもお化粧や整形というレベルを超え、ジェンダーも含めて自分の身体を一時的に変えられるというのは革命的な出来事だ。
そうしたVRChat上では、飲み会やスポーツ大会などのイベントも行われている。空間を超えて相手に対面できるということに注目し、会議や面接などのビジネスに活用する向きもある。ソーシャルVRという名前が示すように、人と人がつながる社会がそこに築かれつつあるわけだ。
直近では、Oculus Goで使える「Oculus Rooms」も注目株だ。Oculus Goが位置トラッキングに対応していないため、何かに顔を寄せて近づいたり、体を動かして回り込んだりはできず、VRChatよりアバターの身体感覚は落ちるものの、一緒に写真を見たりリバーシなどのゲームで遊んだりと、遠隔地でも目の前で会っているような感覚を実現してくれる。
ほかのサービスでは、ライブやイベントなどの大規模なコミュニケーションを実現してくれる「Oculus Venue」や「Cluster.」がある。Venueは、アバターの姿のみんなで同じライブやショーを見て楽しむというもの。Cluster.はスライドを表示してのセミナーやプレゼンが得意なサービスだが、最近では最先端のアイドルであるバーチャルYouTuberに会うイベントも行われており、活用範囲が広がっている。
ビジネスでも個人でもソーシャルVRの活用が進む
このソーシャルVRが当たり前の世界になったら、どのような変化が訪れるのだろうか。
例えばビジネスでは、出社せずにリモートで働くスタイルがもっと増えるかもしれない。訪問に数時間以上かかる取引先や支社などとも、時間や移動コストを気にせずに対面のようなコミュニケーションを取れるようになる。
いかに低コストでスピード感を持ってコミュニケーションして、ビジネス展開できるかというのは企業にとって常に課題だ。その声にICT技術が応えてきたわけだが、VRゴーグルが普及してほとんどの企業とソーシャルVRでやり取りできるようになれば、電話やメールで埋められなかった親密になるための「ご挨拶させてください」が、より手軽に実現できるようになるかもしれない。
個人単位では、リアルの延長として「仮装パーティー」のようにバーチャルを楽しむ人が出てくるのと並行して、自分の見た目にコンプレックスを持っている人などが別レイヤーとして人生を生きる手段になるかもしれない。
かっこよかったり、かわいかったりと、魅力的な身体を身にまとって、バーチャルの世界でほかの人生を生きられるというのは、もしかしたら宗教的に機能して社会全体の幸せを増やす機能をになってくれるかもしれない。
もちろん、現状ではまだ足りない部分も多い。非言語コミュニケーションで重要な要素を占める表情をアバターに反映するソリューションが安価ではない。そもそも現状のVRゴーグルにはSIMを入れられないため、電話のように呼び出せない。常にみんながVRゴーグルの前にいるわけでもないので、事前にメッセージを送った上でVRに入ることも多いのもまだまだ不自然だ。
そうした状況は、実際にかぶってみて便利という声が増えてきて、今度は使わない方が「まだ使ってないの?」と不利になるという状況がくれば自ずと解決するはずだ。2008年にiPhoneが日本上陸した際には、「動作が遅い」「コピペも使えない」と批判の嵐だったが、その便利さの価値が認められた今は、あらゆる年代で導入が進んでいる。
便利なものは広まったらすぐで、ソーシャルVRがそうなる可能性が大きい。Oculus Goが発売されてまだ熱いタイミングの今だからこそ、ぜひソーシャルVRを体験しておいてほしい。