朝のニュース番組や神社のおみくじなど、占いはそこかしこにあふれている。今でこそプライベートな悩み相談のイメージが強い占い師も、かつては呪術師やシャーマンの役割を果たし、コミュニティの行く先を決める重要な存在でもあった。世界を見渡せば、今も占い師が神職の役割を果たし政治に助言を行ったり、医者として治療を施したりする国もある。非科学的な立場から「正誤」を判断しているようにも見える占い師は、なぜ今なお求められ続けているのだろうか。著書『副業占い師ブギ』 (雷鳥社)のなかで、学びさえすれば誰でも占い師になれる、と語る高橋桐矢さんを頼り、占いをめぐる「誤り」について聞いた。
(この記事は2022年8月に発行された『XD MAGAZINE VOL.05』より転載しています)
占いに、正誤はない?
今回、数多いる占い師のなかでも高橋桐矢さんに話を伺おうと決めたのは、その特殊なスタンスからだった。高橋さんは「占いを学び、仕事にしている」と公言していて、マスメディアなどで見かける特殊能力めいた占いの世界観から一線を画している。著書『副業占い師ブギ』のなかでは、“普通”のレールから外れてしまった人こそ占い師に向いていると語り、副業として占いを行う18人へのインタビューが綴られている。とはいえ、決してビジネスとして副業を推奨する内容ではない。あくまでも生きていくうえでの救済の道として占いを捉えているのかもしれない。
そうこう考えながら高橋さんへの質問をまとめていた取材前日、本人から編集部宛に1通のメールが届いた。
高橋さん「個人的には占いには、正誤はない、と思っております。なぜなら、占いはアートだから。そんなお話も当日できれば」
インタビュー当日、メールに書かれていた、「占いに正誤はない」の意味から聞いた。
高橋さん「いろいろな悩みを抱えた方が相談に来てくださるのですが、私はその人が生きているそのままを肯定したいと思っています。道ならぬ恋をしている方も、仕事を転々としている方も、その選択に正誤はないと思うんです。法律や倫理観と照らし合わせればあるのかもしれませんが、それは絶対的な正誤ではなく、限定的なもの。なので、占いでその選んできた道、選ぼうとしている道に白黒をつけるものではない、つまり正誤を前提としていないということです」
生きているそのままを肯定したい。だからこそ、正誤は一旦横に置いて、どのような相談にも耳を傾け、決して否定はしたくないと続ける高橋さん。とはいえ、占いを求める人にとっては、自分の過去や未来をはっきりしたいと相談に来るものではないのだろうか。
高橋さん「占いに来られる方は、恋愛や仕事、家庭など何かの苦難に直面している方が多いです。そのような状況だと、悩みに視野を奪われてしまって、今ある選択肢がすごく限られているように見える。私はそんな方に対して、占った結果だけを冷静に伝えます。相談者の方にとっては、その時間があることで、すこし俯瞰して悩みと向き合える。その結果、視野が広がり、選択肢が増えることもある、という感じでしょうか。それくらいの小さなきっかけは提供できるのかなと思っています」
視野が狭まっている相談者に、第三者的な立場から占いの結果を伝えるだけ、と語る高橋さんは、世で言われる“占い師”の像とすこし違っている。相談者の生き様を肯定するために、どのような姿勢でいるのだろうか。
高橋さん「そもそも、私は占いが100%当たるとも、私の言葉がその人の人生を左右するとも思っていないんです。なので『○○してください』とか『○○してはダメ』と伝えることはありません。あくまでも私は占いの道具を持っていて、その結果が読めるだけで、イメージ的には占いとお客様をつなぐ中空の管のような感じ。お客様の相談に沿って占い、その結果を翻訳して伝えているだけなんです。でももちろん良くない結果が出たときはできるだけポジティブに捉えてもらえるようには心がけていますし、『外れるといいですね』と言い添えることもあります」
時代と切り離せない占い
そうした思いで活動を続ける高橋さんは、20年以上にわたり占いの現場を見つめてきた。その年月を振り返ってもらいながら、社会のなかでの占いの位置づけについて聞いてみる。
高橋さん「たとえば、90年代はノストラダムスの大予言もあったので、『XX日に世界は終わります』とおどろおどろしい結果が出る占いが好まれていました。その後、2000年代に突入すると物質的な価値観と相反するような占いが求められて、精神的で神秘的な、いわゆるスピリチュアルなイメージの濃い占いが流行った。そのように、占いは社会のムードが直に反映されるものだと思います」
占いは、社会の影響を受けながら、アプローチや語られる言葉のテイストが変わる。では今、この時代における占いは、高橋さんの目にどう映っているのだろうか。
高橋さん「今は自分で自分を占いたい、という人が増えています。私が駆け出しの頃は占いの道具ひとつ買うのも、読み方を身につけるのも大変でしたが、今ではAmazonで道具を買えるし、YouTubeで扱い方が分かりますよね(笑)。要は敷居が下がっていて、オラクルカードのように覚える事柄が少ないものが好まれている印象はありますね」
それはある意味、インターネットの発展に伴う合理的な傾向ともいえる。では、占いの需要自体はどうだろうか。
高橋さん「需要は比較的高いと思います。というのも、就職できたからといって終身雇用されるわけではない、結婚したからといって最期まで一緒にいるとは限らない……、一寸先が見えない時代ですよね。そんな状況なのに、与えられる選択肢が増えている。結婚しなくてもいいし、しても別れたっていい。就職せずに起業してもいい。時代が変わり選択肢が増えた分だけ悩みも増えたので、占いにちょっと頼ってみるという背景はあるのではないでしょうか。」
「結婚」や「出世」を最も重要視するような社会の規範が薄れた分、逆に“自分らしさ”を求められるプレッシャーが高まった。そうした人々に占いが求められている、という意見は至極まっとうに思える。しかし規範が変わっていくことで、占いに求められるものも変わるのではないだろうか。
高橋さん「まさに変化の真っ只中にあります。もともと占いで吉=よい結果とされているのは、商売繁盛・立身出世・子孫繁栄といった世界観。でも今は、必ずしもそれが個人の幸せに直結しないこともあります。占いにおける吉と現代の幸福とがイコールではなくなってきているので、同じカードでも読み方や伝え方を変えていく、といった更新が必要で、時代とは切っても切れないものなんです」
再現性がない、ライブなもの
孔子の『論語』は今なお説得力があると紹介されるが、四柱推命、算命学なども人の普遍性に合わせてつくられたものと考えると納得がいく。それをどう解釈し伝えるかという話は、占い師の仕事の肝でもあるように思える。つまり、古来から求められ続けている占いも、その時代によってアウトプットが変わり続けている。
高橋さん「何より占いはその場限りで生まれる一期一会のものです。今この場でするのと1 分後に行うのでは、カードの並びが同じでも、読み方や伝え方は変わるし、相手が変わればまた変わる一度きりのもの。
占いは、大多数の人に当てはまるように統計学でつくられていると言われたり、相手の微細な表情や仕草を読み取るコールドリーディングだと言われたりするのですが、私はそうではないと思っています。なぜかというと、再現性がないから。相手が違えば背景も違うし、求めている言葉も違う。でも当たるときには当たる、というところに占いの不思議な魅力があるのではないでしょうか」
世間が勘ぐる占いへのイメージを論理的に否定する高橋さん。では、カウンセリングやセラピーと比較してみるとどうだろうか。話を聞いてもらうことで気持ちは晴れるし、ときにアドバイザーの役割を求められるといった見方もできる。
高橋さん「行っていることは似ているかもしれないですが、占い師は社会のアウトサイドにいるという点が大きく違うと思います。鑑定のなかでは、かなりディープなお話を伺うこともあります。占い師相手だから話せるという部分もあるでしょう。そこで求められているのは道徳的、論理的なアドバイスではなくて、なにかしらの第三者視点での言葉。ある意味ブラックボックスのようなところから出てきた言葉だからこそ、届くときもあるのだと思います」
高橋さんと占いの距離感は独特だ。有益な助言をするためでもなく、あくまでも“論理的ではない”選択肢のひとつとして、いいなと思えば採用してみたらいい、と。これほど“エビデンス”にうるさい現代において具体的にはどのような役割を果たしているのだろうか。
高橋さん「経営者の方だと専属の占い師がいることも多いのですが、きっと占い師の論理的ではない側面を重宝しているのだと思います。経営は戦略を立て、数字を見ながら論理的に判断していくもので、論理的な考えは経営者ご自身ももっているし、周囲にアドバイザーもいる。でも逆に、論理的ではない、感覚的なことを頼る機会はほとんどないわけです。
社員や株主に『この事業は撤退した方がいいかもしれません。理由はなんだかヤバそうだから』と言われても、その意見は採用できないじゃないですか(笑)。でも、経営者の方からすればそうした感覚的な部分もきっと重要で、だからこそ、占い師のような社会のルールから少し離れた第三者に、意見を聞いてみるのではないでしょうか」
自ら社会のルールから離れている、と言い放つ高橋さんにとって、占い師はどのような仕事なのだろう。
高橋さん「占いはアートだと最初にお伝えしたのは、インスピレーションが大事だからです。何か論理的な思考を経てたどり着くものではなく、直感が結果につながる感じで、占いはまさにそのような感覚。音楽で言えばセッション、もっと平たく言えば会話のようなライブ感のあるものです。その瞬間に直感で得た言葉を喋って、返ってきた言葉に返してみる。でも、それが当たる。
現代では論理的な思考ばかりが重視されますが、人は動物なので、ある程度の直感が備わっていて。『この人なんだか怖いな、この場所なんだか嫌な雰囲気だな』と思う瞬間は誰でもありますよね。そうした無意識の感覚を研ぎ澄ませたのが占い師という仕事なのだと思います」
占いがもつ可能性を肯定しながらも「あくまで影響力は少ないですけどね」と朗らかに続ける高橋さんは、その小さな影響力がもたらす可能性にこそ、面白さを見出しているのだという。
高橋さん「自動車に乗っているときって、見ている方向に向かって自然とカーブを描いていきますよね。その人の人生のハンドル操作をしてあげることはできませんが、ちょっと見る方向を変えてみてはと提案してあげることで、1km先、5km先の未来にはいい影響を及ぼせるといいなと。古くから占いに求められているのは、それほど些細な変化の可能性なのではないでしょうか」
取材・文/梶谷勇介 写真/枦木功(nomadica)
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