「愉快な気分になりますが、役に立つことはありません」。トップページで自らそう言い切る、変わったWebメディアがある。2021年で創設20年目となる「デイリーポータルZ」だ。ただ最近、そんな老舗メディアにちょっとした異変が生じている。同サイト編集長・林雄司さんは言う。「うちのサイトが、実はけっこう役に立つことが、バレはじめていまして……」。そんな林さんに、「『役に立たないこと』から得られる学び」について聞いた。
(この記事は2021年9月21日(火)に発売された『XD MAGAZINE VOL.02』より転載しており、記事の内容は取材当時のものです)

林雄司
1971年、東京生まれ。デイリーポータルZウェブマスター。主にインターネットと世田谷区で活動。 編著書は『「面白い!」を見つける』(筑摩書房、2025年)、『死ぬかと思った』(アスペクト、2000年)など。イカの沖漬けが世界一うまい食べものだと思ってる。
「役に立たない」記事を20年で2万本
無料の娯楽サイト「デイリーポータルZ」(以下、 DPZ)が生まれたのは2002年のこと。以降、同サイトがいうところの「愉快な気分になるけど、役には立たない」エンターテインメント記事を、2万本近く公開してきた。
掲載されているのは、たとえばこんな記事だ。「斜にかまえる、かまえないを1分ごとに切り替えるとどうなるか」(2019年3月)。人間には、ものごとを「どうせ◯◯なんだろ?」と斜にかまえて見てしまう側面がある。そこで同じ対象に「斜にかまえた状態」と「斜にかまえない状態」の両面で接したら果たしてどうなるのか、という実験を、同記事では行っている。
たとえばタピオカミルクティに対しては、斜にかまえた状態では「まあ流行ってるよね」「タピオカいらなくない? こっちは喉を潤したいだけなのに」「並んで飲むほどのものかね」と、うがった意見がまあ出てくる出てくる。対して斜にかまえない状態では「実は甘党だから、この味めちゃくちゃ好き」「タピオカが吸いやすいよう太いストローになっているの、超優しい」「パッケージにかわいくしすぎない工夫が見られるね」と、今度は前向きな意見が続々と出てくる。以降も「MONO消しゴム」「マンホール」などと対象を変え、斜にかまえた考察と、かまえない考察が延々と続く。

2002年スタートの、月間200万人が訪れるデイリーポータルZ(https://dailyportalz.jp)は、役に立つことより愉快な気分になることを願い、編集部やライターたちが自分が興奮できることだけを掲載し続けている。
こうした記事を20年間で約2万本=年間約1,000本=1日約3本ペースでアップし続けているというのだから、ちょっとどうかしている。
そんなDPZの立ち上げ人であり、サイトの “顔”役として今も自ら率先して記事をつくり続けているのが、前述の編集長・林雄司さんなのだ。
ところが冒頭で触れたように、実はDPZには「役に立たない」とは言い切れない面がある。林さんは、それについて少し言いにくそうに語る。
林さん「『役に立たない』とうたってはいますが、ちょっと役に立つなともうすうす感じていまして……。実は役に立たないというのは、照れ隠しなんです。正直言うと、実際はめちゃめちゃ役立つなと思っています(笑)」
これまでの約10年間に公開された記事の数々

「斜にかまえる、かまえないを1分ごとに切り替えるとどうなるか」(2019年3月21日)

「選挙カーは時速100キロ以上出すと候補者の主張が伝わらない」(2018年10月19日)

「カップ麺に歌舞伎揚を入れるとすごい」(2018年8月1日)

「手塚治虫に出会ったときの藤子不二雄の顔を再現しました」(2017年1月24日)

「してみよう!拾い食い」(2015年6月9日)
DPZには研究の“種”となる発想がある
DPZの“お役立ち性”をよく表しているのが、東京大学先端科学技術研究センター・稲見昌彦教授が語ったDPZ評だ。稲見さんは、以前同サイトの「私が選んだデイリーポータルZベスト盤」という記事に登場し、こう語った。
稲見さん「デイリーポータルZの記事は、私たちがやっている研究とつながる、あるいは研究の種になるようなものが多いように思います」
また、研究者から見て「してやられた!」と悔しくなるような鮮やかな発想も、DPZには見られると話している。
要はDPZにはピュアな「問い」と、それを解き明かすための斬新な「アイデア」があり、結果、普通では得難い「気づき」が得られる、というわけだ。林さんは、こう解説する。
林さん「研究職の方々の話を聞いていると、学術の世界で予算を取るには、研究テーマが『すぐに結果が出るもの・評価されるもの』とか『わかりやすく世に役立つもの』であることが求められると言います。対してDPZの場合、ほぼ100%『面白そうだから』という動機で記事をつくっています。そこにこそ、リベラルアーツではないですが、研究の本来あるべき姿があるということかもしれません。いずれにせよ、まさか学術分野の権威にほめてもらえるとは思いませんでした(笑)」

では、なぜDPZは、研究者も眼を見張るような問いやアイデアを生み出せるのか。その大きな要因となっているのが、「面白そうだから」という動機を最大化し、「役に立たないこと」を奨励する仕組みだ。
林さん「昔からライターさんには、『絶対に自分が興奮していることを題材にしてくださいね』とお願いしています。要は世間でこれがウケるからとか、流行っているからとかではなく、自分が心から面白いと思うネタで記事を書いてくださいねと。それがたまたま世のニーズと一致すれば大ヒット記事になるし、逆にニーズに合わないと読者に“ポカーン”とされる(笑)。でもそのポカーンとされる記事を否定してしまうと、ウケ狙いに走ってしまうので、本人が面白がっているのであれば『面白いからOK』としています。だからうちでは記事のPVが多くてライターさんのギャラが上がることはない代わりに、ウケないけど面白い記事を書いた人には、“今月のMVP”などといろいろな理由をつけてAmazonギフト券をあげています(笑)」
斬新な「問い」や「アイデア」は、普通に生きているだけではなかなか生み出せない。たとえ一瞬つかんだとしても、その時々の“やるべきこと”に押され、気づけば指の間からスルリとこぼれ落ちている。
でも、はじめから「役に立たないこと」という縛りを設けてしまえば、そうしたアイデアをないがしろにせず、手に離さずもち続けられる。そうして手元に残ったそれは、人とかぶることなく、予定調和ともかけ離れた、100%興味本位の、とてもピュアでリアルな学びの原石だ。
実際に前述の「斜にかまえる・かまえない」記事では、「同じ人間なのに、気持ちを切り替えるだけで、見えるものが180度変わる」「斜にかまえているときとかまえていないときでは、表情がまったく違う」といった得がたい気づきを得ている。それも、読者を「ギャハハ」と笑わせながら。数字や評価をただ追い求めてつくった記事では、たどりつけない境地だろう。

渋谷のある場所に人が集まりはじめている
林さんは、何気ない雑談や街歩きをきっかけに、斬新な発想をつかむことが多いという。
林さん「きっとどちらも自分ではコントロールしきれない、予想外のことが起こりやすいからなんでしょうね。街歩きといえば最近、渋谷警察署とスクランブルスクエアの間の大きな丸い歩道橋が待ち合わせ場所になりつつあって、人がたくさん集まっていることに気づきました。結局人間って、広くて丸い場所があると、集まりたくなってしまう。生き物っぽくて面白いなーと。 DPZで記事化するとしたら、そこから『広くて丸い場所』という要素を抽出し、他の場所でも本当に人が集まるのか検証してみる、みたいな流れですかね(笑)」
さらには最近ハマっている、こんな斬新な活動も明かしてくれた。
林さん「役に立たないことと言えば、最近は自宅マンションの共同の内庭にこっそり肥料をまき、雑草がボウボウになっていくさまをGoProのタイムラプスで撮影したり、ライトトラップという灯火システムをベランダに組んで蛾を集め、暗い所でも撮れる監視カメラで撮影したりしています。僕は普段からディスカバリーチャンネルやナショナルジオグラフィックが好きでよく観ているのですが、そういったものにも近い活動かもしれませんね。……いや、かっこよく言いすぎました(笑)」

今年出版された『日本地図をなぞって楽しむ 地図なぞり』(ダイヤモンド社)。林さんが数年前から提唱し続けてきた「写経のように地形をペンでなぞると楽しい」という娯楽が一冊の本に。日本全国の魅力的な地形が掲載されている。
そんなわけで読者のみなさんも、ぜひ「役に立たないこと」を生活に採り入れてみてはどうだろう。いきなりライフスタイルなどを「役に立たないことに」に切り替えるのは難しいかもしれないが、生活に「役に立たないこと」を少し採り入れるくらいであれば、ハードルは低い。
その際のルールは2つ。まずは、心から自分が面白いと思えること・好奇心を刺激されることに取り組む。そして当然ながら、まったく役に立たないことをする。具体的には、たとえば直にそれを体験しにいくとか、図書館で調べてみるとか、1週間のうち1~2時間でもいいので特定の役に立たないことについて「取材」や「実験」をしてみるのだ。そして、そこから得たアイデアや気づきを、何らかのかたちに残す。今ならnoteなりTwitterなり、発表するツールはそろっている。もちろん発表せず、自分の手元に残しておくだけでもいい。そうすることで、普通にはなかなか到達し得ない新鮮なアイデアや気づきを得られ、日々の生活が少し豊かなものになるはずだ。
いや、林さんなら、やっぱりこう言うだろう。「見返りは求めずに、ただ面白そうだからやる。それが一番じゃないですかね」と。
取材・文/田嶋章博 写真/西村満




