「もう絵は趣味でいいかな」
「30歳を機に、音楽で食べる道はあきらめよう」
インターネットの普及で、誰しも作品を発表しやすくなり、SNSもあって作り手と受け手とのコミュニケーションの機会も増えた。それでも、作家やミュージシャンといったクリエイターが活動をあきらめ、夢を挫折させる人は後を絶たない。
「私自身がそうでした。けれど、30歳を過ぎてもクリエイターが持続的に創作活動を続けられる世界をつくりたいと思った。そして立ち上げたのが『OSIRO(オシロ)』なんです」とオシロ代表の杉山博一氏は言葉を続けた。
「いわば、心のヨロイを脱いで人と人が仲良くなるコミュニティをつくっています」
OSIROとはなにか?なぜクリエイターとそのファンから支持されるのか。そして、コミュニティの本質的な価値とは何か。OSIROを通して、今強く求められているコミュニティづくりの意義と、それを育むための体験設計の勘どころをひもとく。

フォロワーが多くても、幸せに直結しない世界
「世界中に向けて自分の作品や、考え方を届けられる――」
SNSが登場したとき、多くのクリエイターは活躍しやすい場所を手にしたと感じた。現にそうだった気もする。けれど今や、どうだろう。
SNS上で発信された作品は称賛を受ける一方、同じくらいひどい罵詈雑言を浴びることも多い。切り取られた文言だけが拡散され、ステレオタイプの思想を押し付けられることもある。かつてより息の詰まる場所になったSNSで、あえて息を潜めるクリエイターは少なくない。心に固いヨロイを着たまま、心身をこわばらせながら発信しているのだ。
杉山氏「今や、SNSは言いたいことがもっとも言えない場所になってきています。クリエイターに数万人以上フォロワーがいたとしても、ファンの本音は聞こえない。たくさんの人に発信しているのに孤独しかない。それはクリエイターにとっても、ファンにとっても幸せではないですよね」

オシロ株式会社 代表取締役社長 杉山博一氏
OSIROは、そんなクリエイターが活動を続けるために生まれたコミュニティプラットフォームだ。クリエイターとファンがインターネット上のクローズドな場に集い、継続的な関係性を育める。そこには、オリジナルだけど本質的な体験設計の思想がある。
杉山氏「コミュニティを通じてクリエイターに“お金とエール”の両方を届ける。それにより、クリエイターが活動を継続できるようになることがOSIROのコアな思想です」
OSIROは、メンバーから毎月定額の参加費を得て運営できる。クリエイターにとって活動を支える“お金”が安定的に入ってくる。
加えて、有料のクローズドなコミュニティだからこそ、メンバーの質は自然と高まる。共感や感想にはポジティブで建設的な意見が多く、オープンなSNSのような罵詈雑言はほとんどない。クリエイターのモチベーションを高める“エール”を存分に受け取れる。
杉山氏「創作を続けるには、生活と活動の基盤となる“お金”が不可欠です。でも、誰からも支持されず孤独なままでは続かない。やはり“エール”があってこそ、心折れずに活動を続けられる。だから、お金とエールの両輪を実装しようと考えたのです」
ファンの側にとっても、クリエイターへ声を届けられるだけでなく、「安心して本音を出せる場で自分を表現して人とつながれる」居場所になる。

OSIRO開発思想に込められた、孤独の原体験
OSIROの着想の源泉は、杉山氏自身の原体験だ。アーティストとして20代前半から絵を描いていた杉山氏は、30歳を区切りに創作の道に終止符を打った。理由は「お金とエール」がなかったからだ。
杉山氏「正確にいうと食べていく最低限のお金は稼げていました。インターネットが普及しはじめた頃で、ウェブサイトや会社のロゴを手掛けるデザイナーとしての仕事もこなしていました。でも、アーティスト活動でのお金とエールがなかった」

デザイナーとしては国内外で受賞し、企業や団体から依頼が入るようになった。しかし仕事が増えるほど、アーティストとして作品を描く時間は無くなった。誰からも支持されない孤独な創作を続けることは「想像以上に、孤独を感じた」という。
アーティストの道をきっぱりと断った後も、デザイナーとして活動しながら友人と金融系サービスを立ち上げてIPOを果たすなど精力的に動き続けた。ニュージーランドへの移住計画が頓挫したのち、2015年、「日本を芸術文化大国にする」という志を抱いたのだった。
杉山氏「本当に天命としか思えなかったし、今でもそう思っています。自分と同じように30歳で創作活動に終止符を打つクリエイターはごまんといる。今この瞬間にも。そんな方々の活動を支援したい。自分にはなかった『お金とエール』を得られる仕組みをつくろうと、『OSIRO』を立ち上げたのです」

ちょうど2010年代後半は、SNSが完全に普及した頃。情報とコミュニケーションの質が下がりはじめた時期でもあった。心理的安全性が担保されたクローズドな「コミュニティ」の意義が、あらためて注目されはじめた頃だ。
この潮流を早くから見越し、エンジェル投資家やベンチャーキャピタル、そして多くのクリエイターから支持され、2015年にベータ版サービスを立ち上げる。2017年の法人化以降、数多くの良質なコミュニティを生み出してきた。
とはいえ、クローズドなコミュニティはSNSのカスタマイズや他のサービスでもつくれそうだ。それでもOSIROが頭ひとつぬけて支持される理由が、もうひとつある。
杉山氏「クリエイターにエールを送れるだけではありません。エールを送る応援者同士が『仲良くなれる』こと。そこを強く意識しているんです」

ヨロイが脱げるから、自分を表現できる
仕組みはこうだ。
作家、俳優、プロデューサー、起業家など、幅広いクリエイターたちが主宰者としてOSIROを導入。ファンが会費を払って参加するコミュニティをつくる。有料なだけでなく審査制にするコミュニティも多く、入会のハードルがある。
コミュニティ内のやりとりは、主宰者とメンバーがSNSのようなしくみで熱量高く交わされる。

オシロが提供するコミュニティの数々。創設10年にして、今や300以上のコミュニティを創出している
写真提供|オシロ株式会社
たとえば『マチネの終わりに』で知られる小説家・平野啓一郎氏がナビゲーターを務める、『文学の森』というコミュニティがある。
古今東西の名作から一冊を選び、月に一度、平野氏がその本に即したトークライブ、ゲストとの対談や読書会を実施。プロの小説家がどのような視点で文学を読むのか、興味深いインプットができるだけでなく、メンバー同士が作品について深く語り合う知的好奇心をくすぐるアウトプットの場でもある。
平野氏やその作品のファンにとっては、作家と直接つながり、同じくらいの熱量を持つ仲間と一緒に純文学活動をひろげていけるコミュニティは、極めて価値ある場所になっている。
杉山氏「不特定多数の横やりを気にせず、お互いの顔がわかる気の合う仲間と、ヨロイを脱いでのびのびコミュニケーションが取れますからね。そのつながりは強い」
こうしたコミュニティを、小説家や俳優、YouTuber、スタイリスト、モデル、起業家など、多彩なクリエイターたちがOSIROで築き上げている。
素直な感情を共有できるから、仲良くなれる。そして、新しい価値が生まれる
考えてみれば、応援したいクリエイターと直接つながれるのは、ファンにとって幸せなことだ。しかし同時に、同好の士とつながれることもまた、それに近い喜びをもたらす。
同じ熱量で語り合える友人と出会える機会は、そうそうない。しかも、人目を気にせず自分の意見を言っても叩かれない安全な場も、実に少ない。
杉山氏「だからこそ応援者同士が仲良くなりやすい仕組みを、ひとつずつ丁寧に実装してきました」
そのひとつが「感情共有しやすい機能群」だ。クリエイターが投稿したブログへのリアクションがアートのように画面上に広がる「リアクションアート」機能や、絵文字のように文字で感情を表す「もじ絵」、漫画の吹き出しでコメントができる「FUKIDASHI!!」など、感情を乗せて伝えられる工夫が随所に実装されている。
リリース当初は、クリエイターのみがコミュニティ内でブログを発信でき、ファンはコメントを書けるだけというシンプルな仕組みだった。それでもコミュニケーションは取れるが、関係性は「クリエイター対多数のファン」、つまり1対nにとどまる。

漫画の吹き出しでコメントができる「FUKIDASHI!!」。視覚的かつダイレクトに、感情を相手に表現できる
写真提供|オシロ株式会社
アウトプットの入口は、ハードルが低いほどいい。OSIROには短い「つぶやき」を気軽に投稿できる機能もあり、ちょっとした感想や発見を投稿できる。こうした小さな自己表現と見た人のリアクションのサイクルの積み重ねが、より深い自己表現としてのブログ投稿やイベント開催へと発展していく。
さらに、タイムラインは閲覧性が高い反面、投稿が流れてしまう。昨日の熱い語らいも、翌日には新しい投稿で埋もれてしまう。それがフロー型のコミュニケーションの限界だ。
OSIROがブログ機能をメンバーにも開放したのは、この問題を解消するためだ。一人ひとりが自分の言葉で記事を書き、それが積み重なることで「この人はこういう人だ」という人となりが見えてくる。好きな作品への向き合い方、ちょっとした日常の感覚。そういう断片が重なるほど、「この人と話してみたい」という気持ちが自然と生まれる。
杉山氏「タイムラインやチャットだけでは情報が流れていくだけです。ブログは一人ひとりの価値観が積み上がる。それらを起点に、メンバー同士の対話が自然と生まれてくるんです」
OSIROのユニークな機能に、コミュニティメンバーが読んだ本や気になる本を登録・可視化できる「コミュニティ本棚機能」がある。全員が自由に本を登録し、コメントができるだけでなく、メンバー主導で簡単に読書会も開催できる。好きな本を通じて、よりライトにつながれる。

実際のコミュニティ本棚機能の画面。リリース5日で登録数1万件を突破し、約4ヶ月で本の累計登録数が5万件を超えるほどの盛況を生んだ
写真提供|オシロ株式会社
杉山氏「コミュニティはただインプットする場じゃなくて、アウトプットできることではじめて活性化します。クリエイターが先導せずとも、ファン同士が自然とつながれる方が仲良くもなる。親御さんがいないと遊べない子ども同士は、結局仲良くなれないじゃないですか」
n対nのコミュニケーションが活発になれば、多様な意見も自然と生まれる。「私はこの作品をこう思った」「僕は少し違う見方をします」。そうした建設的な異論と対話が、健全なコミュニティの証しだと杉山氏は言う。
杉山氏「『特定のクリエイターが好き』という同質性で生まれたコミュニティが、同質性だけになるのは健全ではないと僕は思うのです。主宰者が『Aだ!』と言えば、全員が『Aだ!』と一色になる。エコーチェンバー化したコミュニティは少し気持ちが悪いし、どのみち長続きしないと思うので」

ヨロイを脱いだうえで、心理的安全性が担保されているからこそ、異論も温かく受け取れる。アウトプットが多いコミュニティほど活性化し、予想外の広がりを見せるという。
書評YouTuberのアバタロー氏は、OSIROで『Book Community Liber』というコミュニティを主宰。ブログやイベントを通してメンバーが活発に意見交換をするうちに、メンバー同士で一冊の本を出版するほどの盛り上がりを見せた。さらに最近は「美しい思考」をテーマにするライフスタイルブランド「eUNoia essentials」の企画・販売をメンバーとともに手掛けているという。
杉山氏「コミュニティを通して、人間性まで理解しあえる気心の知れた仲間ができる。そこから『こんなことがしたい』と良いアイデアがでてきたとき、実現可能性が高まるのは自然なことですよね」
こうして創発の場になれば、コミュニティの価値はさらに高まる。応援する・されるという関係を超え、メンバー全員が当事者として価値をつくる、いわば「価値共創」の状態だ。参加者にとっては自己実現にもつながる場になり、仲間と一緒に目標を目指す喜びは格別だ。
杉山氏「海外のコミュニティプラットフォーマーが最近、こんな発表をしていました。『コミュニティに参加する効能の上位2つは、互いに刺激しあってマインドセットが変わることと、目標達成に近づけること』と。私たちは10年かけてそれを実感していました。ようやく世界がOSIROに追いついたなとも(笑)」

クリエイター向けに始まったOSIROが、社内利用に効く理由
コミュニティは最高に気の合う仲間をつくり、マインドセットの変容と、仲間とやりたいことを実現できるチームを生む。こうした効能を期待して、企業からの問い合わせが増えているという。「社内コミュニティ」での活用だ。
「M&Aで異なる企業文化を持つ従業員同士が一緒になった。なんとか仲良くさせたい」「リモートワークが増えて、交流の機会が減った。コミュニケーションを活性化させたい」
そんなニーズを持つ企業が、OSIROのシステムを社内コミュニティ用にカスタマイズして使っている。
杉山氏「これも、あるクリエイターのコミュニティに参加していたメンバーの方から生まれたアイデアなんです。『肩書や年齢を超えて、仲良くなり、新しいクリエイティブが生まれるOSIROの仕組みは、社内コミュニティにも使えるのではないか』と問い合わせいただいて、はじまりました」

「新規事業を成功させよ」。上から降ってくる無茶ぶりだが、本来、新規事業の成功にはまずチームづくりが必要になるのに、そこがおろそかにされがちだ。社員同士の気心がしれ、得意不得意が見え、マインドセットが揃っているからこそ、高いハードルは越えやすくなる。
OSIROの仕組みでつながりを育ててから挑戦にのぞむのは、実に理にかなっている。
企業規模や業種を問わず、法人でOSIRO活用がじわじわと広がっているのは、より多くの人がコミュニティの力に気づいているからだ。
杉山氏「集まる人たちが仲良くなることによってしか生まれないものがある。クリエイターも、ブランドも、企業も同じ。すべては人がやることですから」
バックキャスティング、ムーンショット、ゴール思考……。ビジネスも生き方も、何かと未来を見据えたビジョナリーな思考を求められがちだ。
しかしまず「周りの人間との関係を良くしていく」「自分が属する場の質を高める」。OSIROの話を聞くうちに、そこから始める方が豊かで幸せな未来に近づける気がしてきた。
少なくとも私たちは、ヨロイを脱げる環境づくりから意識した方がいい。
取材・文/箱田高樹 写真/田巻海 編集/鶴本浩平(BAKERU)




