インターネットなどあらゆる媒体を通して、誰もが気軽に情報を入手できるようになった。小売業界では、店頭や広告だけでなく、口コミやSNSなど顧客との接点や顧客に対するアプローチ方法は多様化してきている。
顧客との接点が増えてきているからこそ、企業側では各チャネルにおいてどのような体験を顧客へ提供すべきか、今一度深く考えなければいけないフェーズを迎えている。
2018年9月4日に開催された「CX DIVE」では、あらゆる領域における優れた顧客体験を提供する第一人者が登壇し、それぞれの知見を共有した。
「CX × Commerce」のセッションを担当したのは、ランジェリーやワンピースブランドを立ち上げ、若い女性を中心に支持を得ている株式会社ウツワ代表取締役のハヤカワ五味氏だ。
同セッションでは、「色眼鏡」や「超顧客体験」など、独自のキーワードをもとにリテールビジネスにおいて重要となる顧客の捉え方が語られた。
あらゆる顧客接点で一貫性のある体験を提供する
ハヤカワ氏は高校1年生の頃からプリントタイツ類のデザインや販売などを行い、大学入学後の2014年8月にランジェリーブランド「feast」を立ち上げた。2017年10月にはワンピースブランド「ダブルチャカ」もリリース。現在はラフォーレ原宿に常設直営店舗「LAVISHOP」を出店し、同社で扱うブランドを販売している。
オンラインを起点にブランドを立ち上げ、実店舗まで幅を広げる彼女は、顧客接点の多い小売においては「一貫性のある顧客体験」が一番重要だと語る。
ハヤカワ「顧客接点をもつチャネルが多岐にわたる今、すべてのチャネルにおいて一貫性がなければ、それが誰向けで何が魅力なのかがわからなくなり、顧客は本当に自分に合ったブランドなのか判断がつかなくなってしまいます。そうならないよう、すべてのチャネルにおいて、同じ方向を向いた“一貫性のある顧客体験”を作ることが重要なのです」
だれもが持つ先入観を、いかに自覚できるか
どのようなルールに基づいて一貫性のある顧客体験を作れば良いか。ハヤカワ氏は様々なアプローチがある中、「理念」と「戦略」の2つが重要だと考えているという。ただ、この2つを考える前に、気をつけるべきものがあるとして、「色眼鏡」というキーワードをあげた。
ハヤカワ「“色眼鏡”はものを見る時のバイアス、先入観のことです。みなさん何かしらの価値観で物事をとらえているはずです。例えば、私をみて『女子』と判断するか、『ハヤカワ五味』と判断するか、『社長』と判断するのか。どう判断するのかは人それぞれ違います。それを判断するのが色眼鏡です」
色眼鏡を持つことは避けられない。長年築き上げてきた経験や、会社組織などの集団で同じ色眼鏡を持ち、それが当たり前になっていることもある。顧客を考える上で大切なのは、色眼鏡の存在を自覚することだとハヤカワ氏は言葉を続ける。
ハヤカワ「顧客にとっては、事実よりも、それぞれの色眼鏡を通して映るものがすべてです。作り手が“私はこう考えた”というのに意味はありません。最終的に、顧客がどうとらえるか、どう知覚するかを考えなければいけない。そこにずれを生まないためにはどうすれば良いかを考えることが重要となっていきます」
国、世代、環境によって異なる「色眼鏡」
この「色眼鏡」をより理解しやすくするためハヤカワ氏はいくつかの例を挙げて解説してくれた。まずは、日本の少女漫画『花より男子』と、同作品の中国版ドラマ『流星花園』を比較し、日本と中国の「色眼鏡」の差を語った。
ハヤカワ「『花より男子』は、本家日本版では高校生の学園漫画ですが、中国版では大学生の話になっています。これは中国の場合、高校卒業までの期間は勉強が一番大事で、恋愛が禁止されている学校もあるほどだからです。もし『花より男子』を高校生の設定のまま中国へ持っていかれていたとしたら、親御さんたちから苦情が入っていたかもしれません。
主人公の男の子の性格も異なっていました。日本版ではドジで放っておけないキャラクターですが、中国版では経済学部の頭脳明晰なしっかり者、たまに思い出したかのようにドジな面が出てくる感じです。”かっこいい”の価値観も、国によって大きく異なることがわかります。日本の価値観のまま海外へ輸出をしても、その国の色眼鏡ではまったく刺さらないことも起こりうるんです」
国だけではなく世代や環境によっても色眼鏡は異なると、「現代っ子」の色眼鏡を例に挙げてハヤカワ氏は語る。以前は“ストレス解消”と言われていた「買い物」は、現代っ子の色眼鏡をかけると逆にストレスになっているという。
ハヤカワ「2010年から2020年の間で、世の中に流通する情報量は40倍になると言われています。商品を購入するにも情報量が増えたことによって、どれを買ったらよいかわからない。一昔前は情報が増えることは喜びだったのが、いまは情報が多すぎて大変だから、誰かリコメンドして欲しい。それが現代っ子なんです」
自分にあった商品を選ぶのが大変な現代の若者にとって、買い物はストレス解消どころか、ストレスの蓄積になってしまう。同じ行動をとっても、世代による「色眼鏡」を通して見ると受け取り方は異なると例を挙げてくれた。
徹底した顧客視点がブレない顧客体験をつくる
色眼鏡は様々なところに存在する。それに気づき、真の顧客視点を持つこと——これをハヤカワ氏は「超顧客視点」と呼ぶ。
ハヤカワ「まずは、眼鏡を知ろうとすること。そして、自分の色眼鏡を理解すること。その上で、鋭いインサイトを発見し、顧客から見た時にどう映っているかを慎重に見極める。その視点を“超顧客視点”と私は呼んでいます。自分の意見から一歩引いて、色眼鏡があるという前提で見通せば、物事は違った見え方がするはずです」
この色眼鏡への自覚によって、チャネルを問わずブランドを通して一貫した顧客体験の提供にも繋がってくる。
ハヤカワ「色眼鏡によってブランドの捉えられ方も異なります。自分たちはどこをターゲットにしてどんな人たちに届けていくか、どの色眼鏡に対して訴えかけていくか、最終的に色眼鏡を通して見えるものは何か。色眼鏡を通して見えるものを整理し統一することが、一貫した体験作りには必要になるのです」
「色眼鏡」の存在を自覚し、超顧客視点を持つことができれば国籍や世代を問わず十分通用する視点を持てるとハヤカワ氏は語る。
“顧客視点を持つ”のは当たり前と思われているかもしれない。しかし、真にその視点を持てているのか、自分の色眼鏡を通した視点になっていないかと問われ、自信を持って首を縦に振れる人はそう多くないのではないだろうか。
顧客からどのように見えているかを意識し続ける。基本を深め、正しく「色眼鏡」を認識することこそが、あらゆる顧客接点においてブレないブランド作りには不可欠なのだろう。