「お会計は430円です」
「支払いはSuicaでお願いします」
筆者はここ数年、小さな金額はiPhoneに登録したSuicaで、大きな金額はクレジットカードを財布から取り出して支払うことが多い。
東京都内ではキャッシュレス決済対応の店舗が多く、現金を使わないように行動していても不便さは感じない。最近訪れた繁華街の周辺にある小さな個人経営のバーでも、「PayPay」で支払いが可能となっていたことには驚いた。
一方で、その手段はこの数年で大幅に増え、何を選んだらいいか分からないという人も多いのではないだろうか。どれだけのプレイヤーがキャッシュレス決済に取り組んでいるのかも分からなくなるほど、日々新しいサービスの発表が行われているように感じる。
そんな国内のキャッシュレス決済の全体像を整理しようと、カオスマップが先日リリースされ話題となった。作成したのは、フロントエンドに特化したモバイル、クラウドサービスを企画、開発、提供するクラウドキャスト株式会社だ。本記事では、カオスマップの内容を紹介するとともに、国内におけるキャッシュレス決済の普及を整理していきたい。
国内キャッシュレス決済を3つに分けたカオスマップ
このカオスマップでは、サービスを大きく「カード」「電子マネー」「QRコード決済」の3つに分けて分類している。それぞれの違いは以下のとおりだ。
カード (クレジット/デビット/プリペイド)
カードは、元祖キャッシュレス決済といえる。歴史に裏打ちされた確かな信頼があり、グローバルブランドのクレジットカードであれば、遠く離れた国の小さな商店でも決済可能だ。グローバル / ドメスティックブランドのクレジットカードに加えて、銀行によるデビットカードや、LINEなどが参入するプリペイドカードもこのカテゴリに入っている。
電子マネー(ICカード/スマホ)
ソニーが開発した「FeliCa」の技術を用いて、JR東日本がSuicaを導入したのが2001年。それ以降、ICカードは身近な存在として、老若男女が使用している。
「Suica」や「PASMO」などの交通系プリペイドを筆頭に、「nanaco」「WAON」「楽天Edy」などの流通系プリペイドや、後払いができる「iD」と「QUICPay」などが含まれる。カードが持つ機能をスマホに取り込む「Apple Pay」と「Google Pay」もこのカテゴリだ。
QRコード決済(スマホ)
2018年12月、20%のポイント還元と40回に1回の全額バックキャンペーンで ”祭り” と化した PayPay、それに続けとキャンペーンを実施した「LINE Pay」など、続々とプレイヤーが現れるQRコード決済。スタートアップによる新しいサービスに注目が集まりがちだが、通信キャリアや銀行も参入している。リエールファクトリーが2018年8月に発表した調査結果によると、認知度と利用経験の項目において、どちらも「楽天ペイ」の割合が高くなっている。
キャッシュレス決済が普及していない2つの要因
カオスマップでは、「カード」「電子マネー」「QRコード決済」と大きく3つのグループに分けられているが、それぞれのグループには10以上の手段が含まれていた。その数を合計するだけで、約50にものぼる。リテラシーの高いユーザーであれば、比較検討した上で選択できるかもしれないが、多くのユーザーにとってこの数の中から選択するのは骨が折れるだろう。
いったい、国内ではどれくらいのユーザーが利用しているのか。2018年4月、経済産業省は日本のキャッシュレス決済推進に向けて「キャッシュレス・ビジョン」を発表した。
同レポートによると、日本のキャッシュレス決済比率は2008年の11.9%から2016年に20.0%に推移しており、8年間で約8%も上昇している。着実に普及はしているものの、世界各国と比較すると、その数値はまだまだ少ないという。2015年時点で、韓国は89.1%に達しており、中国やカナダ、イギリス、オーストリアも50%を超えているためだ(日本は2015年で18.4%)。
こうした状況を受けて、政府が発表した「未来投資戦略 2017」では、2027年6月までにキャッシュレス決済比率を倍増し、40%程度にすることを目指すと記されている。
日本で普及しない要因について、同レポートでは「治安の良さ」や「現金に対する高い信頼」などの社会的な要因も挙げられているが、本記事は“消費者視点”の要因を掘り下げたい。
消費者視点の要因として挙げられているのは、「キャッシュレス支払に対応していない実店舗等の存在が、キャッシュレス支払への移行を躊躇させていること」「キャッシュレス支払にまつわる各種不安」の2つだ。1つ目では、利便性の高いキャッシュレス決済サービスが提供されたとしても、消費者が経験できる機会が少ないということが挙げられている。
2つ目の各種不安については、以下の4つの要因について考察されていた。
・使いすぎ:博報堂生活総合研究所の調査では、キャッシュレス社会に反対する理由として「消費しそうだから」「お金の感覚が麻痺しそうだから」という声が挙げられた。
・セキュリティに対する不安:同じく博報堂生活総合研究所の調査において、キャッシュレス社会に反対する理由としてシステムダウンに対する懸念や暗証番号や個人情報の流出に対する不安、システムの脆弱性をついた不正の可能性が挙げられていたという。
・自己決定権、知られない権利を侵害されることの不安:データの収集や利活用によって、自己決定権や知られない権利を侵害されるのではないかという不安の指摘もあったという。
・年配層の不安:年配層の不安として、「使いこなせないのではないか」「店に嫌がられるのではないか」「時代に取り残されてしまうのではないか」との意見も出されたという。
1つ目の、経験できる機会が少ない点については、各事業者のキャンペーンが一つのきっかけになるだろう。2018年10月にサービスをスタートしたPayPayは、ファミリーマート全店舗に導入されるタイミングに合わせて「100億円あげちゃうキャンペーン」を展開した。
キャンペーンは2018年12月4日にスタートし、終了予定の2019年3月31日を待たずして予定金額に到達し、10日間で終了した*)。この成功体験は、他のプレイヤーを刺激し、即座にキャンペーン合戦が始まり形となった。LINE Payは20%還元(上限は25,000円)。楽天ペイはミニストップ限定で20%還元。「Origami Pay」は、吉野家とDEAN & DELUCA、ケンタッキーフライドチキンなど対象店舗にて、順次半額キャンペーンを実施している。
関連記事:PayPayが示した決済プラットフォームのポテンシャル
社会的な要因として「治安の良さ」や「現金に対する高い信頼」が挙げられていたが、偽札が出回らない日本にとっては、キャッシュレス決済に切り替える必然性が乏しいというのが現状だ。こうした状況を変えるためにも、キャンペーンの実施は必要になるだろう。
一方で、お得感を強調されると興味と同時に疑いの目も向けるのが人の性だ。ポイントというニンジンをぶら下げても、使いすぎやセキュリティに対する不安は根強い。
同レポートでは、テクノロジーにより消費者自らがコントロールすることで「使いすぎ」を防ぐことについて言及している。たとえば、「月の利用額がすぐに分かるアプリ」や「利用状況のアラート設定(例:月に累計3万円を超えたら、プッシュ通知を行う)」など。また、支払いサービス事業者が家計簿サービスを提供する企業と連携することもその例として挙げた。
セキュリティ的な面については、消費者が持つ支払い手段の固有の番号をそのまま用いないで取引を実施することや、店舗と消費者の間では支払い時に個人情報のやりとりがされない仕組みを導入することなどを通して、個人情報を厳格に管理する必要性を記している。
2019年に地方都市を中心に開催される「ラグビーワールドカップ」、2020年には「東京オリンピック・パラリンピック」など、普及に寄与するであろう大きなイベントが控えている。
これまで普及しなかったのは、社会的な要因や店舗側の課題が大きいだろう。しかし、キャッシュレス決済を利用することに躊躇する消費者が一定数存在することも確かだ。それらのユーザーが持つ不安を解消することも、忘れてはならない視点の一つといえそうだ。
photo: Christian Wiediger,経済産業省