昨年末、突然話題になったアプリがある。「ZEPETO(ゼペット)」だ。2018年8月にサービスを開始し、12月にはApp Store無料ランキングで日本・米国・カナダなどを含む35カ国で1位を獲得。10代後半から20代前半の女性を中心に利用者が拡大した。中国のユーザーが最も多く、それ以外の地域ではまんべんなく利用されているという。
Instagramには「#zepeto」というハッシュタグを付けた投稿が167万件以上(2019年3月20日時点)に及んでおり、いま現在も次々と投稿されている様子が伺える。
ZEPETOというのは、自分のアバターを設定して遊ぶアプリ。顔のパーツから髪型、洋服、部屋のインテリアまで選べる。友達のIDを知れば友達のアバターをフォローすることも可能で、友達とチャットしたり、アバター同士で写真を撮ることができる“フォトブース”も用意されている。
いわゆる、“もうひとりの自分、もうひとつの世界”を楽しむアプリなのである。
ZEPETOがつくりあげていた“ZEPETOでヲタ活”という熱狂
今回爆発的に流行する前から、“ZEPETO”というアプリの名前は度々聞いていた、特に聞いていたのが、“ZEPETOでヲタ活”している人たちの話だ。
Instagramを利用している人は“ZEPETOでヲタ活”というハッシュタグを探してみて欲しい。見せたいのは、ZEPETOのアバターにペンライトやカチューシャを乗せて遊んでいる人たちの例である。
今は公式に撮れるフォトブースの写真が多いかもしれないから、Googleでも検索するほうが良いかもしれない。
ライブやディズニーランドのグッズとして販売されているペンライトやカチューシャをZEPETOのアバターに乗せて、ライブ会場やディズニーランドの背景と合成して写真を生成し、Instagramに載せている。ちなみに、こういった写真を取るにはZEPETOから写真を取り出し、写真加工アプリで写真からアイドルやディズニーのグッズの写真を切り抜き、合成するという、膨大な労力がかかる。スマホの中でグッズを身に着けながら楽しそうに微笑むZEPETOの写真は、まさに、愛の結晶なのだ。
そして2018年末、ZEPETOが大流行
そして、2018年年末に大流行の知らせを聞いたのは、その少しあとである。その時は、公式でBTSのキャラクターBT21とフォトブースでツーショットを撮れるようになっていたり、リアルな友達とのツーショットをフォトブースで撮影して、リアルな風景と合成(こちらもアプリの公式機能)する遊び方が流行していた。
BT21キャラとの写真をLINEのアイコンにする人が出てきたり、Instagramに自分の写真のように載せる人が出てきたり、友達と旅行している時の写真のように、ZEPETOと風景を合成した写真をソーシャルメディアにあげている人をよく見かけた。
近年、Vtuberも話題になることが多いことから、「バーチャルな自分で生きる時代が来た!」と気分を高揚させる人もいた。私自身も、「架空の世界」や「架空の自分」「架空の姿の友人」に触れるという体験が、一般の人の体に馴染んでい来ていることに関しては同意である。
“ファーストライフの拡張”としての仮想現実
しかし、これが、アメーバピグやセカンドライフといった、これまでの“もうひとつの自分、もうひとつの世界”なサービスと類似の文脈かというと、私は少し違っているように思う。ZEPETOはあくまで「ファーストライフの拡張」なのだ。
ZEPETOが流行した時、多くの人はアバターを自分に似せて、リアルな自分の友人とIDを交換して、自分がリアルに訪れた場所の背景を活用して写真を合成した。あるいは、自分に似せたアバターと、リアル世界で応援する芸能人のアバターでツーショットを撮ったりしていたのである。
私も実際、アバターを利用しながら「こんな雰囲気の自分になれたらいいな」という服を着て、自分じゃできないポーズをアバターにさせて、それを地元の京都のきれいな写真と合成して写真を作った。自分に似たアバターがかわいいポーズをしたら、嬉しくなった。会社の同僚と楽しそうなツーショットが撮れたら嬉しくなった。
とある友人は、ZEPETOのアバター同士で作った親友とのツーショットをLINEのアイコンにしていた。
私達はあくまで、現実世界の延長線上で「架空の空間」を楽しんでいる。アバターは自分に似せた現実世界の“私”の拡張した先にいるし、つながるのはオフラインの友人だ。オフラインにある場所に訪れて写真を撮って、オフラインの私のアカウントでSNSにシェアする。私達は何も、オフラインの生活に満足できずにセカンドライフに逃げ込んでいるわけではない。
instagramの延長線上にある、ZEPETO
ZEPETOはどちらかというと、“instagram”の文脈に近いのではないか、というのが私の解釈である。日常生活の中では永遠には続かない、「こんなのやってみたかった」とずっと思っていた“非日常な一瞬”を、カメラに収めていいねを集める。だからこそ、個人のInstagramのフィード投稿のリストは、永遠に残しておきたい一瞬の詰め合わせのようだ。Instagramの大きな楽しさのひとつは、そんな風に自分の“振り返りたい非日常な楽しい一瞬”を、自分だけの雑誌を作るのかのようにフィード上に紡いでいくことだと思う。
ZEPETOも同様に、非日常な自分を自分の一部として保存しておくことが楽しさなのではないだろうかと思う。今の自分の体型じゃ着れない服を着て写真を撮る。今の自分じゃ出会えない人とツーショットを撮る。行けなかった場所で、できなさそうなポーズをアバターにさせる。そんな、非日常な自分を試すという、“日常の拡張”がZEPETOが提供している価値だと思うのである。
決して、「現実世界の人間関係なんか捨てて新しい世界へ」ではない、「今の暮らしはすべて忘れて夢の国へ」でもない、現実世界における夢を現実世界から地続きの世界で叶える世界観がそこにはある。
VRカルチャーを目の前にする私達が考えるべき、煩悩の置き場所
5Gの世界がもうすぐやってくる。より没入感あるリッチな動画の世界は私達を取り巻き、仮想空間として私達を誘うだろう。同時に、Vtuberなどの技術を駆使して、完璧なビジュアル付きの“もう一人の自分”が一般人の持ち物として当たり前になる世の中も近いのかもしれない。
しかし、私達はそんなミライに浮足立って、忘れてしまってはいけないことがある。それは、誰もがそんなにも“ファーストライフ(オフラインの現実世界)を捨てて、全く違う世界へ行きたい”と思っているわけではないということだ。テクノロジーが遠く離れたセカンドライフな世界に連れて行ってくれるようになっても、私達の煩悩は変わらず、オフラインのファーストライフをさまよっている。そして、まだ暫くの間は、その煩悩を解決してくれるソリューションもファーストライフで展開されることによってのみ、私達は癒やされると思うのである。