2018年に提供が開始されたチャットボットの40%は、2020年までに廃止されるだろう——。こう予測するのは、米国に本拠地を置くITのアドバイザリー企業・ガートナーだ。
チャットボットは、顧客からの疑問や要望に自動で応対するシステムだ。企業は人的リソースを削減でき、顧客は気軽に問い合わせができる。企業・顧客双方にメリットがあり、日本でも重要性を増しつつある。
矢野経済研究所の調査によれば「国内の対話型AIシステムの市場規模」は、2017年には11億円だが、2018年には24億円(予測)、2020年には87億円(予測)。4年で約8倍にもなるとされる。しかし、この勢いがこのまま続くわけではないというのが、ガートナーの主張だ。
AI時代に必要な「顧客中心主義」
同社は、今後3~5年間で企業の顧客戦略に影響をもたらす、カスタマーエクスペリエンス(CX)と顧客関係管理(CRM)関連のテクノロジーに関する「2019年の展望」を発表した。
発表された内容では、デジタル・トランスフォーメーション(ITが浸透することによる業務の変革)の実現にあたって「顧客中心主義」を推進する必要があると述べている。
ガートナーの定義する「顧客中心主義」とは、「顧客を中心に据え、顧客のニーズや課題を見つけ、顧客満足を維持するために企業の意思決定を下すこと」だ。
なぜ、デジタル・トランスフォーメーションにおいて、顧客中心主義の追求が鍵となるのだろうか。その背景にはAI技術の普及がある。
ガートナーは、顧客サービス組織を持つ企業の36%がAIテクノロジーを利用または試用しており、2021年までには全世界における顧客サービス応対の6分の1近くがAIで処理されると予測している。
CXやCRMなど、顧客との接点を担う領域において、AIが活用されるとどうなるか。ガートナーのレポートでは、次のように述べている。
「チャネル間でAIを活用することで、顧客サービス/サポートは、より優れたインサイトを獲得し、セルフサービスを向上させ、予測モデルを改善できる」
AIが介在することで、顧客のインサイトを掴む、行動を予測する、といったことがさらに高い精度で可能になるというのだ。
こうしたAIを導入する動きは、音声自動応答(IVR)や自動スケジューリングなど、企業がすでに提供している機能を強化する。AIのソリューションがさらに成熟していくことで、顧客応対におけるセルフサービスの割合は、2018年の50%から2022年には64%に増加する、とガートナーは予測している。
ただし、とにかくAIを導入すればいいかと言えば、そうではない。特にチャットボットについては、である。
過度な期待と共に導入されたチャットボットは続かない
ガートナーのレポートでは、「2018年に提供が開始されるボットの40%が、2020年までに廃止される」という、衝撃的な数字が発表されていた。ここで、顧客中心主義とAIに関して考えるために、チャットボットに目を向けてみよう。
ガートナーが発表している「日本におけるCRMのハイプ・サイクル:2018年」というレポートでは、チャットボットは関心の高まりを受け 「過度な期待」のピーク期に向けて期待度が急激に上昇しているとされている。
(ハイプ・サイクルとは、「時間の経過」と「市場からの期待度」からなる波形曲線だ。ガートナーによれば、新しいテクノロジーが市場に受け入れられる過程は、総じて同じ経過をたどるという。登場した直後に急上昇する期待は、成果を伴わないまま過熱気味に加速し、熱狂が冷めると一気に停滞する。しかし再度、息を吹き返し、徐々に成熟していくという)
「過度な期待」とともに導入されたチャットボットがそのまま残り続けることはない、というのがガートナーの予測だ。それを防ぐためには、企業が「ベスト・プラクティスと、継続して現実的な期待を社内で築くこと」が必要だという。
これを実現するためにも、ここでチャットボットの得意なこと、不得意なことを整理してみよう。
例えば、顧客の問い合わせに対して、スピーディーに対応できるのはチャットボットの利点だ。質問を入力すると数秒で答えを返すことができ、「わからないことを今すぐ調べたい」という顧客の満足度を上げることができる。
また、チャットボットであれば、営業時間外にも対応が可能だ。「営業時間外に企業に問い合わせをしたい」と思った場合に、チャットボットであれば気兼ねなく問い合わせをすることができる。24時間対応が可能になったことで、より多くの問い合わせへの対応もできる。
一方、チャットボットの不得意なことはなんだろうか。まず思い浮かぶのは、チャットボットは複雑なことには対応できない、ということだ。
例えば、漠然とした質問に対して、文脈を察して回答することは難しい。この現実を理解せず、顧客の複雑な質問に対応しようとすると、不自然なやりとりになったり、複雑なインターフェイスになってしまい、顧客には不都合が生じる。
また、何を聞いても「質問が理解できませんでした」という回答では、顧客満足度は下がる一方だ。顧客がどんなところでつまずきやすいかを分析した上で回答を準備し、顧客が使いやすいように設計するべきだ。
このように、チャットボットにもメリット・デメリットがあり、テクノロジーが存在するからといって、安易に導入してしまうと顧客体験を損ねてしまう可能性があることを十分に理解しておく必要がある。。
(インターネットで公開されているスライド「チャットボットのUXと、導入現場のリアル(第2版)」には、チャットボットのあるべき顧客体験が、導入現場目線でまとめられており、非常に参考になる)
テクノロジーを適材適所に用いて、より良いデジタル・トランスフォーメーションを
テクノロジーには向き不向きがあり、デジタル・トランスフォーメーションを実現するために、テクノロジーを適用すればそれでいいと考えるのは安易だ。重要になるのは、先程触れた「顧客中心主義」ということになる。
ガートナーは「こうした強力なユーザー・エクスペリエンス・テクノロジーの導入に伴う課題に備えていない企業は、ユーザーの反発を招く恐れがあります」と指摘する。
AIのソリューションが成熟しているとはいえ、目的なく導入しても、人間が置いてきぼりになる可能性がある。企業も顧客も価値を感じられないサービスであるならば、当然不要なサービスとなってしまう。
テクノロジーは進化していくが、現時点では万能ではない。顧客中心主義を踏まえて、適宜、テクノロジーに任せるもの、人間に任せるものを、判断することがAI時代の企業の生き残り戦略なのかもしれない。
img:unsplash,ガートナー
編集/葛原信太郎 文/吉田瞳