「サブスクリプション」という用語を目にする機会が増えた。「Amazonプライム」や「Spotify」「Netflix」などの定期課金型サービスが生活に不可欠となっている人も多いだろう。
英メディア『CXM』が発表した「2019年に注目すべき3つのCXトレンド」にも挙げられているサブスクリプション。国内でも人口減の影響による市場縮小などを見越し、サブスクリプションのような形で顧客との継続的な関係を重視する企業が増えている。
そんな時代の流れに乗るように、2019年3月7日、翔泳社MarkeZine編集部が主催するデジタルマーケティングイベント「MarkeZine Day 2019 Spring」にて、トークセッション「サブスクリプションモデル大解剖 企業とユーザーをつなぐのは“体験”だ」が行われた。
登壇者は、会員ユーザー数380万人超の「NewsPicks」を運営するニューズピックス マーケティングユニット マネージャーの菊地幸司氏と、家具・家電のサブスクリプション型レンタルサービス「CLAS」を提供するクラス代表取締役社長の久保裕丈氏。モデレーターを、デジタルマーケィング支援を行うシンクロ代表取締役社長であり、食×サブスクリプションコマースでNo.1プレイヤーを目指すオイシックス・ラ・大地執行役員CMTの西井敏恭氏が務めた。
それぞれサブスクリプション型サービスに取り組んでいる3名が、「なぜサブスクリプションが注目されているのか」「“モノからコトへ”の時代と言われる中で組織の体制はどう変化しているのか」を語った。
商品やサービスの“アップデート”が鍵に
トークセッションの冒頭。西井氏は、近年サブスクリプションが注目されている背景に「デジタルシフト」を挙げ、それによって「サブスクリプション型サービスがどう変化していったのか」というテーマを登壇者の二人に投げかけた。
これに対し久保氏は、自身が考えるサブスクリプション型サービスの定義を会場に共有する。
久保氏「私は定期的にサービスや商品を提供し続けるだけでは、サブスクリプション型のサービスとは言えないと思っています。 そう呼ぶには4つの条件が要ると考えているからです。
1. サービスや商品の提供側が顧客を観察できる
2. それによって顧客のインサイトを蓄積できる
3. それをもとにサービスや商品をアップデートし、提供できる
4. サービスや商品が普遍性を持っている
これらの条件を満たすものがサブスクリプション型サービスであり、条件を満たす手段としてデジタルテクノロジーが鍵になっているのでしょう」
上記の条件を満たすことは、オフラインの接客でも可能だ。しかし、対応できる顧客の数は限られる。オンラインでの行動分析であれば、マスボリュームでも顧客ごとのインサイトを蓄積できるということだろう。特にデジタルテクノロジーの活用によって、ユーザーに適したサービスや商品を分析する材料が増え、提供すべきものをアップデートしやすくなったと言える。
CLASの場合は、そのアップデートを次のように考えているという。
久保氏「家具のレンタルの場合、ライフステージの変化に合わせて製品をアップデートさせることが必要だと考えています。世帯構成や年齢、季節、職場が変わっていくにつれて、求める家具は変わりますよね。どんな顧客データをどのように活用していくかの検証に今、まさに取り組んでいる最中です」
久保氏の話を受けて、オイシックス・ラ・大地の取り組みにも近いものがあると西井氏は述べる。
西井氏「従来の野菜の定期便サービスでは、20種類ほどが顧客の元に送られるだけで、野菜の指定はできませんでした。しかし、当社のサービスでは、オンライン上のカート内で送付を希望しないものを削除して、欲しいものを追加できるようになっています。
顧客がどんな商品を閲覧して、どの商品を買ったかなどの行動データも蓄積してますね。それを元に定期ボックスの提案内容を変えている点は、まさにサービスのアップデートと言えるかもしれません」
ユーザーの手間を省く
「経済情報で、世界を変える」というミッションを持ち、経済に特化したメディアを運営するNewsPicksではどうか。菊地氏によると「ユーザーに届ける情報をパーソナライズしていくこと」がサービスの付加価値にもなっているという。
菊地氏「ユーザーの持ってる時間は有限であり、情報が溢れている現代では、一人が摂取できる情報量は限られます。
ならばユーザーが読むべきものを、こちらから提案すべきではと考えました。継続してサービスを利用してもらうには、他社と比べたときの付加価値も必要ですから」
久保氏「付加価値でいうと、CLASで顧客が得られるメリットは多くあるんです。例えばベッドの場合、新しいものに買い換えたいときに、捨てるコストが掛かりますよね。粗大ゴミに出すのが大変だとか。だとするならば定額で利用して、違うものを利用したくなったときに返却する方が、コストも掛からずベストだと思うんです」
西井氏「コンテンツにしても、家具にしても、共通点としてユーザーの手間を省けるサービスなんですね」
菊地氏「NewsPicksには、コンテンツが読みきれないことを理由に退会する方も一定数いらっしゃいます。様々な情報を提供する一方で、未読記事が積み重なると、『こんなに読めないなら1,500円も払いたくない』とチャーン(解約)されてしまう。
これまでは、付加価値を出すために追加で機能をつけることが多かったのですが、様々なモノが溢れる現在では、それも限界がきている。サービスや商品を使ってユーザーの生活がいかに過ごしやすくなるか、“引き算”の部分が価値になるんです」
「モノからコトへ」と通じるもの
セッションの後半に入り、トークテーマは「モノからコトへ」と移っていく。
西井氏「サブスクリプション型サービスが注目されはじめたことで、マーケティングにおける『モノからコトへ』の視点の重要性を実感しています。これまではサービスや商品を“売ればゴール”だったものが、今では“売れてからがスタート”になってきましたね」
菊地氏「売ってからの体験が重要というのは、コンテンツの作り方にも変化として現れているように思います。新規で会員登録してくれる方が多いコンテンツと、既存ユーザーの方に向けたコンテンツを意識的に分けて作っています。
会員登録するきっかけになったコンテンツだけを追って新しいものを作ると、新規ユーザーは一時期増えるかもしれませんが、数カ月後のチャーンに影響がある。これらの情報が追えるようになったのも、デジタルのおかげだと感じています」
また、西井氏が「コンテンツ作りのみならず、従来の組織体制も変わってくるのでは」と問いかけたところ、「『モノからコトへ』とは、UIからUXへということ」と前置きをして、久保氏が次のように続けた。
久保氏「いいUXを設計するには、優秀な経営陣やマーケターがいればいい、というわけではありません。UXとはなにかを理解し、その組織が目指す顧客体験をチームの隅々にまで浸透させることが大事です。また、目指すUXの実現に至るまでのカスタマージャーニーを全員が把握して、それぞれの役割を理解している状態が理想ですよね」
西井氏「私もオイシックス・ラ・大地にCMOとして入ったときに、社長に『お客様と現場は一番近いところにいる。だからお客様と現場をうまくつなぐのが君の仕事だ』と言われました。オイシックスの目指す顧客体験を言語化して、現場レベルで浸透させていくのが私の仕事だと」
「モノからコト」の変化へ対応するには、サブスクリプションと同じく、点でサービスや商品を提供するだけで終わらず、線で顧客と関わっていく必要がある。自社が目指す顧客体験を組織全体に落とし込むために、必要に応じて組織体制をも変化させていく。企業は顧客と向き合うために、サービスのみならず組織自体のアップデートを求められている。
「顧客と関わる一手段でしかない」
テクノロジーが発達していくと、できることはますます増えていく。最後に登壇者の二人は、西井氏から「サブスクリプションでどういった世界を作りたいか」と今後の展望を語るように促された。
菊地氏「経済情報に関して、ユーザーがNewsPicksを見れば完結するプラットフォームになりたいと考えています。
そのためにはNewsPicksの3つの特徴である、プラットフォームとしてのニュース配信や編集部によるオリジナルコンテンツの配信、そしてコミュニティという価値をより強化するだけではなく、パーソナライズの精度も重要になってきます。なので、様々なデータを分析し、活用しながら、ユーザーに合ったコンテンツを提供できればと考えています。ただし、フィルターバブルにならないバランスも見極めていきたいですね」
久保氏「私は、所有しない方がハッピーになれるものはまだあると考えています。家具のように『でかくて、重くて、高い』ものは、買って利用するとユーザーペインが大きいことが多い。それらの課題を解消していくサービスを提供して、“持たないで利用する文化”を作っていきたいと思います」
今回トークセッションに登壇した3名は、顧客に提供したい体験を実現するツールとしてサブスクリプションモデルを活用している。
サブスクリプション型サービスは、顧客と関わる手段であり、目的ではない──注目されているビジネスモデルだからこそ、このことを肝に銘じるべきだろう。「モノからコトへ」というビジネス全体の流れを映す動きと捉えると、人を相手にした仕事をするすべての者が、気に留めておかなければならない話題だ。
文/木村和博 編集/佐々木将史 撮影/佐坂和也