顧客の購買心理に、今、変化が訪れている。商品・サービスの価格や機能性はもとより、企業やブランドが提供する「体験」に価値を見出すようになってきている。
英メディア『CXM(Customer Experience Magazine)』は、来年以降もこの流れが盛り上がると考え、「2019: Three CX Trends to Look out For(2019年の注目すべきCXトレンド3選)」と題した予測を発表した。
一体、どのようなキーワードが浮かび上がったのか。本記事では、日本の事例も踏まえながら、3つのトレンドを紹介していく。
1:ビジネスのサブスクリプション化
ここ数年、さまざまなブランドが「サブスクリプション」を軸としたビジネスモデルを採用している。
アパレルやヘルスケアなどに限らず、さまざまなカテゴリで月額課金型のビジネスへと舵をきりはじめている。耐久消費財も例外ではない。総合家電メーカーのパナソニックは、月額定額制で最新テレビを提供する「安心バリュープラン」を発表した。55型の有機ELテレビの場合、初期費用9,800円、2カ月目以降は7,800円 / 月(3年契約の場合)でサービスを利用できるプランを提供している。
自動車市場も、2019年にサブスクリプション化が盛り上がりを見せると予測されているビジネスの一つだ。
国内では既に、トヨタ自動車が2019年初頭を目処にサブスクリプションサービス「KINTO」を開始すると発表している。好きなクルマに月額定額制で乗り、自由に乗り換えられる。料金には税金や保険、車両のメンテナンス費なども含まれており、車検も不要。クルマの本当の楽しさを知る機会、自分に合う一台と出会うチャンスを提供することで、ファンを増やしていく狙いだろう。
スウェーデンの自動車メーカーVolvo Cars(ボルボ・カーズ)に至っては、「Care by Volvo」というサブスクリプションサービスに注力することを発表しており、2025年までに売り上げを倍に、うち半分を定額制サービスから得ると公言している。「クルマや家電は長く使えるものを」と言われていた時代は、幕を降ろしつつあるようだ。
そのほか、個人の髪質に合ったシャンプーを提供するヘアケアブランド「MEDULLA(メデュラ)」など、その波はジャンルを問わず広がりつつある。
“売ればおしまい”の時代から、売ることを起点に“どう関係性を構築していくか”の時代へ、企業はより顧客に向き合い続けることが重要になる。便利なシステム、手厚いサポート、パーソナライズされた商品など。顧客が望むものを知り、自社のビジネスモデルや真に提供している価値を見直すことが、企業には強く求められている。
2:「体験」が価格や機能性よりも重要なファクターに
冒頭でも述べたように、近年の消費者は商品の価格や機能性よりも「体験」を重視する傾向がある。2019年はそれにさらなる拍車がかかることが期待されている。
米オンラインチケットサービス会社Eventbriteの調査によれば、世界でこれからの消費を担うミレニアル世代の78%が「モノ」よりも「体験」にお金を使い、その72%は今後もより多くの金額を「体験」に使いたいと回答している。
「体験」を好むのは、彼らだけではない。真のデジタルネイティブである「ジェネレーションZ世代」も、同じような消費思考を持つことは、以前にも紹介した通りだ。
以前に比べ、インターネットからより多くの情報を手に入れるこの世代は、信頼に基づいた意思決定を行う傾向が強い。インターネットによって、誰もが情報を発信できるようになったことで、予算を投じて接触機会を増やすといった従来のコミュニケーションは通用しなくなった。結果、彼らは大手企業であることやブランドへの信頼が大きくない。ネームバリューだけで商品を売るのは、必然的に難しくなるだろう。
その危機感を抱き、事業者側も変化を始めている。清涼飲料水ブランドのコカ・コーラは、「継続的に“ハピネス”を提供すること」をマーケティングコンセプトに掲げ、ユニークな体験の提供を数年前から続けている。
最近では、2016年のクリスマスからの取り組みとなる「リボンボトル」キャンペーンを継続的に展開している。ラベルを引っ張るだけでリボンに早変わりする期間限定ボトルを「オドロキを贈ろう。」というテーマで提供。「ラベルが華やかなリボンに早変わりするオドロキでみんなを笑顔にし、大切な人と絆を深めることができる」として、コカ・コーラを通した特別な体験の提案を行っている。
消費者は、単なるプロモーションを受動的に受け取るのではなく、主体的に企業と関わり、価値観やらしさを“体験”することで信頼を重ねる。主体は消費者側にあり、企業は売るのではなくどう“体験し、信頼を得られるか”を考え、行動することが求められる。
一方、コカ・コーラのように、ブランドや企業の価値観を“体験”に落とし込む例もあれば、顧客が普段から行っている体験をアップデートする例も出てきている。
スポーツブランドのナイキは2018年11月、ニューヨーク・マンハッタンにデジタルとリアルを融合させた大型店舗「House of Innovation 000」をオープンした。
同店では、スマホアプリで予約・購入した商品を、店員とのやり取りを介さず、店内のロッカーから受け取れる「スピード ショップ」の展開。各商品に付いているQRコードをアプリで読み込めば、声をかけずとも店員が適したサイズを用意してくれる仕組みなど、リアル店舗における新しい体験の提供を試みている。
同様の店舗は中国・上海でも2018年10月にオープンしており、約1ヶ月で60万人の顧客が訪れるほどの盛況ぶりだったという。顧客にとって価値のある「体験」を創造し続けることは、顧客の信頼を獲得し、競合との差別化を図るうえでも、今後は欠かせない要素になるはずだ。
3:AIやIoTを使った店舗体験が重要になる
Nikeのようなテクノロジーを活用した店舗体験は、2019年以降も盛り上がりを見せるだろう。『SMARTER CX』が世界12カ国13,250人に実施した調査によれば、実店舗におけるテクノロジーの活用を期待する消費者の割合は増加している。
そこに世代間による大きな差はない。ミレニアルズの27%が実店舗でロボットによる接客を受けることを熱望し、ベビーブーマー(第二次世界大戦後に誕生した世代)の31.7%は、顧客の要望に応えるために店員がスマートデバイスを持って接客することを期待している。
その期待に応えるように、国内でもJRが赤羽駅の構内に無人決済店舗を設置する実証実験の実施や、GUが在庫情報を確認できるタブレット端末が付いたカートや、コーディネート情報やレビューを見れるデジタルサイネージを設置した次世代型店舗を展開するなど、テクノロジーを活かした次世代型店舗体験が次々と生まれている。
個人の購買履歴に基づいて商品をレコメンドしたり、レビューをみたり、手軽に在庫を確認するといった「EC特有の購買体験」は、実店舗でも体験できるようになり、その動きはさらに加速してきている。
千葉・幕張メッセで開催された「CEATEC JAPAN 2018」のレポート記事でも紹介したように、大手コンビニのローソンも先進的なテクノロジーを実店舗に導入し、イベント参加者の注目を浴びていた。
レジを通ることなく会計を済ませる「ウォークスルー決済」のほか、バーチャルクルーや、AI搭載のキャラクターに音声で質問できるデジタルコンシェルジュによる接客など、その展示内容は、未来の購買体験に新たな可能性を提示した。
コンビニやスーパーでは、長い列に並んでレジ決済を待つ必要はなく、鞄から財布を取り出さずとも会計を済ませる。アパレルでは、デジタルサイネージの前に立ち、試着室に行かずとも気になる服を試着する。
人間に代わりAI搭載のロボットが店頭で接客を担い、顧客が探し求めている物が並ぶ棚へ案内し、在庫切れの場合は類似商品を勧めることも可能になるだろう。そんな体験が、“当たり前”になろうとしている。
よりスマートで、便利で、パーソナライズされた購買体験を消費者が求めている今。2019年は企業がテクノロジー活用を視野に入れた店舗設計を考えるうえでも、重要な年になるだろう。
期待値を超える「体験」をどのように生み出していくか?
『CXM』は上記3つのトレンドを挙げ、これから事業者が勝ち抜くためには、ブランド力や品質の良さ、価格だけに焦点を置いたマーケティングでは不十分だと指摘している。
未来の消費を担う世代が変化していくなか、今企業に求められるのは、消費者のニーズを汲み取り、顧客との関係性を潤滑にする「体験」の提供ではないだろうか。
ここ2〜3年で、その兆候が「形」となって現れ始めている。消費者が予想だにしなかった「体験」を得るたびに、彼らが市場に求める期待値は右肩上がりになっていく。企業はその期待に応え続けるために、消費者の心を満たす「体験」がどのようなものであるかを考え、リサーチをしていく必要があるだろう。
サブスクリプション、パーソナライズ、AIやIoTを導入した店舗設計——顧客を感動させる「体験」を生み出す方法は、決してひとつだけではない。
来年はどんなブランドが、消費者をワクワクさせるような体験を仕掛けてくるだろうか。2019年のCXトレンドに、期待が募るばかりだ。