航空券をオンラインで予約することが当たり前になったいま、エアラインの顧客体験はオフラインだけでなく、オンラインからはじまっているといっても過言ではない。そんな中、航空会社にはどのような取り組みが求められるのか。
2019年7月に東京で開催された「Adobe Symposium 2019」では、日本航空(以下、JAL)のWeb販売部企画グループでアシスタントマネジャーを務める岡本昂之氏、同グループでWebマスター補佐を務める錦織芳樹氏が登壇し「JAL×Adobe 顧客体験価値を最大化させるFuture Vision」と題したセッションが行われた。
岡本氏は「運賃だけでエアラインを選ぶ時代は終わりつつある」と語った。JALがいま注力しているのが、機内や空港からWebサイトまで、あらゆるタッチポイントにおける「カスタマーエクスペリエンス(CX)」の最大化だ。「コンテンツ」「データ」「デリバリー」という3つの注力する分野において、CX最大化に向けて同社が取り組むEコマース戦略の全容が明かされた。
20年でグローバルなマーケティングチャネルへと進化。JAL Eコマース“1.0”から“2.0”までの歴史
JALのWebサイトは、46の国と地域、13言語で展開されている。DAU(1日に訪れるユーザー数)は100万人前後、売上は年間で4,000億円を超える。こうしたグローバルなEコマース体制は、いかにして構築されたのか。
同社のWebサイトは、インターネットの黎明期から存在していた。「Microsoft Windows 95」が発売された1995年にサイトを立ち上げ、翌1996年からインターネット予約も開始。2000年にJALのマイレージ会員がログインして自身の個人情報を確認できる「Web 1to1サービス」、2008年にEコマースと空港を連携させる「タッチ&ゴーサービス」もリリースした。
JAL史上最速でアシスタントマネージャーに昇進し、現在はWeb販売部企画グループでEコマースを手がける岡本氏は、1995年から2008年までの時期を以下のように表現する。
岡本氏「この時期は、いわば『JAL Eコマース“1.0”』です。まだインターネットが社会に浸透すらしていない時期に、Eコマースの立ち上げからオンラインサービスの拡充まで、Web上でできることを着実に積み上げました」
2010年にはWebでのレコメンドを強化するため「1to1マーケティンググループ」を設立。2011年にはFacebookページを開設してSNSにも力を入れはじめた。現在ではTwitter、Instagram、YouTubeも運用している。2012年にスマートフォンアプリの提供を開始し、2014年にはサイトの多言語化にも対応するなど、さらなる拡充を進めた。
岡本氏「2010年から2014年までは『JAL Eコマース“2.0”』といえるでしょう。SNS、スマホアプリ、1to1マーケティング、そしてインバウンド……世界中のお客さまに向けたマーケティングチャネルとして、Webサイトを活用するようになりました」
「運賃だけでエアラインを選ぶ」時代の終焉。CXの最大化を目指すJAL Eコマース“3.0”
そして現在は、「カスタマーエクスペリエンス(CX)」の最大化を目的とする「JAL Eコマース“3.0”」のフェーズに差しかかっている。
世界のトータル売上高を現在比50%増までアップさせるべく、エアライン事業のさらなる拡充や新規事業の創造を進めていく。
その際、「運賃」だけにとどまらない価値を提供していくことが勝負を分けると、岡本氏は語る。
岡本氏「運賃だけでエアラインを選ぶ時代は、終わりつつあると感じています。お客さまとの継続的な接点づくりを通して信頼関係を構築しないと、『選ばれ続ける』エアラインにはなれません。
選ばれ続けるために必要なのは『お客さまに喜ばれる価値を提供する』こと。Webサイトから機内や空港まで、あらゆるタッチポイントにおいて、一貫して高い品質でお客さまの旅を支援し、スマートなアフターケアをしていくことが大切です」
こうした価値提供を実現するためにも、もちろんEコマースがカギとなる。「グローバルレベルで体験価値を最大化して、継続的に選ばれるサイト」を目指し、JALがEコマースにおいて注力しているのが「コンテンツ」「データ」「デリバリー」の3ポイントだ。
顧客に体験価値を知ってもらうためには、モノや情報、サービスといった「コンテンツ」が充実していなければいけない。コンテンツに一貫性を持たせるために、顧客の状況を「データ」で管理して把握することも必要になる。また、事前のメールや空港到着時の通知といった、コンテンツの「デリバリー」方法も重要だ。
岡本氏「コンテンツ、データ、そしてデリバリー。この3つに立ち向かい、CXを向上させていくのが、『JAL Eコマース“3.0”』の世界だと考えています」
CX最大化に向けて取り組んだ、「コンテンツ」最適化–––AEM導入で乗り越えた3つの壁とは
続いて「JALでWebまわりで困ったら、たいていはこの人に相談する」と評される、 Web販売部企画グループでWebマスター補佐を務める錦織氏から「JAL Eコマース“3.0”」の具体的な構想が明かされた。
JALは、Eコマース“3.0”へのファーストステップとして、CMSツール「Adobe Experience Manager(以下、AEM)」を導入。同社では「顧客価値の最大化」を実現すべく、顧客の求めるスピードにあわせること、コンテンツの質をしっかり担保すること、そしてマルチリンガルに対応させてパーソナライズ化していくことが重視されている。こうした取り組みを進めていくうえで、まず浮き彫りになった課題は「コンテンツ」だ。
錦織氏「CX最大化に向けて、まず取り組んだのが『コンテンツ』の最適化です。搭乗や予約に関する情報や、メール配信、SNSなど、JALが提供しているサービスのあらゆるタッチポイントで、顧客のニーズに応じたコンテンツが必要です。また、『データ』や『デリバリー』、さらにはマーケティングも、コンテンツなしには実現しません」
JALのコンテンツには、大きく3つの課題があった。
まず「OPERATION(オペレーション)」。スマホやタブレットが普及し、Googleの検索アルゴリズムも変わったので、モバイルファーストなコンテンツが好まれるようになった。また競合他社を含めた業界内の変化も加速し、事業成長の速度に負けないスピードでコンテンツを生み出す必要が出てきた。そのために、オペレーションを洗練させることが不可欠となっていたのだ。
コンテンツの「MANAGEMENT(管理)」も、緊急課題となりつつある。JALのWebサイトには、AEM導入前で10万ページ以上、現在でも6万ページ以上のコンテンツが蓄積されている。ただし、必要性や鮮度、顧客ニーズへのマッチング具合が曖昧な情報も多々あった。そうしたコンテンツを、スピード感を持ってマネジメントすることが急務だった。
そして「EXPANSION(拡大)」。品質向上や海外展開、さらには顧客のニーズにあわせたパーソナライゼーションも進めていく必要があった。
錦織氏「『OPERATION』『MANAGEMENT』『EXPANSION』–––この3つの課題を解決するためには、従来の『ヒト中心』でHTMLやコンテンツを管理していくやり方では、不十分でした。そこで導入したのがAEMだったんです。
導入後は、スピード感を持ったワークフローの実現、豊富な機能を用いたコンテンツ管理、そしてABテストやパーソナライズ機能の拡充が進んでいます」
JALの強みは、やはり「リアル」。デジタル空間で、いかにして“Face to face”を実現するか
とはいえ、JALがAEMを導入したのは、2019年5月のことだ。効果は現れはじめているとはいえ、「まだ道半ばな部分が多く、“3.0”の中でも“3.1”くらいの段階」だという。
先述のように「JAL Eコマース“3.0”」で注力していく領域は、「コンテンツ」「データ」「デリバリー」の3つだ。そして「コンテンツ」については、AEMの導入によって基盤が整ってきた。
よって、ネクストアクションは「データ」「デリバリー」の拡充となる。発券システムや搭乗システム、さらには空港や運行にまつわるデータ、Web上のログなど、JALが保有するデータは膨大だ。これらを最大限に統合・活用することで、顧客に「どのタイミングで」「何を」提供するか、すなわち「デリバリー」も最適化される。よって、当面は「コンテンツ」と「データ」の掛けあわせが、最重要課題になるという。
錦織氏「JALの強みは、やはり『リアル』にあります。空港や機内の接客には、社員の誰もが誇りを持っている。こうしたリアル空間でのサービスに、いかにしてデジタルでも近づけるかが、最終ゴールだと思っています。
お客さまが、今どのような状況で、何に困っているのか–––こうした一人ひとりの状況を、デジタルでも常に顔が見えるように把握し、対応できる状態をつくり出すために、『コンテンツ』『データ』『デリバリー』を掛けあわせていきます」
文/小池真幸 編集/葛原信太郎 撮影/Adobe