「RIZAP(ライザップ)って、ブロッコリーとささみしか食べられないんでしょ?」
マンツーマンのプライベートジムを展開するRIZAPが、顧客体験(CX)に注力するきっかけとなった一言だ。RIZAPでマーケティング戦略本部 CX戦略部部長の澤本陽介氏は、アドビ システムズが2019年7月に開催した年次イベント「Adobe Symposium 2019」に登壇し、同社の考えるCXと実際に行った施策について語った。
2019年4月から「CX戦略部」を新設した同社。新規部署まで設立して、CXに注力する理由とは何か。そこには「健康に関する、正しい情報を届けたい」という思いがあった。
徹底的な顧客サポートを行うRIZAPメソッド
テレビCMの「結果にコミット」という言葉でおなじみとなったプライベートジムのRIZAP。専属のトレーナーが一人ひとりの顧客に寄り添い、マンツーマンでプライベートレッスンをするのが特徴だ。専任のトレーナーが、顧客の体の状態を見定めて、有効な運動量を設定。自己管理が難しいダイエットも、マンツーマンのトレーナーがいることで続けられる。
顧客のサポートをするのは、192時間の新人教育を受けたトレーナーたち。店舗に配属後も、定期的に研修施設でトレーニングの方法を学んだり、サービスの品質を確認したりしているという。トレーナーだけでなく、カウンセラーや医療機関、管理栄養士、データアナリストがチームを組んで顧客のサポートをしている。
顧客へのサポートには、アプリや独自開発のツールも活用。「RIZAP touch 2.0」という顧客向けアプリでは、1日の栄養摂取量を可視化できる。食事の写真を撮影すると、「おにぎり」「サラダ」などといった項目をAIで解析し、食事の記録をしてくれるという。2019年1月のリニューアル前は顧客自身が食事内容を打ち込む必要があったが、「登録が面倒」という声があり、新たな機能としてAIの画像分析が追加された。
顧客のダイエット計画には、「減量シミュレーター Navigator 2.0」というツールを活用。顧客の理想体重とこれまでRIZAPが培ってきたデータをもとに、トレーニングの期間を自動で計算する。この結果をもとに、店舗でカウンセリングを実施している。
こうした“RIZAPメソッド”によって、「52kg減量」「38kg減量」などテレビCMで放映されているような実績が出ているという。澤本氏もそのメソッドを体感した一人だ。
澤本氏「実は私もRIZAPに通って、トレーニングをしたことで痩せることができたんです。昔は若さに身を任せて食べ物に気を使わず、毎日夕食はパスタやフライドチキン。どんどん太っていきました。
そうしたら突然、体に異変が起きてしまったんですよ。家族を守っていかなければいけないのにマズいなと思って、会社の近くにあるRIZAPへ入会しました。2カ月通って体重も落ちて、健康を実感するようになって。たまたまRIZAPに転職までする形になりました(笑)」
同社が8月9日に発表した2019年4~6月期の連結決算(国際会計基準)は営業損益が14億円の黒字(前年同期は13億円の赤字)。子会社再建の遅れによりグループ全体の立て直しが急務となる中、RIZAP関連事業は好調だ。新規出店と広告宣伝費などの先行投資を実施したことで、会員数は2019年3月末時点で13万人と順調に増加しているという。
都市伝説がインターネット上に氾濫
顧客サポートを徹底することで順調に会員数を伸ばしていたRIZAPだったが、CX戦略部ができる2019年4月まで「正しい情報が伝わっていない」ということが大きな課題だった。実際に提供している体験と、顧客に届いている情報との間にギャップを感じ始めたという。
澤本氏「RIZAPについて都市伝説のような情報がインターネット上に氾濫してしまっているんです。その一つが『RIZAPってブロッコリーとささみしか食べられないんでしょ?』というもの。顧客から直接言われることも多いです」
実際には「RIZAPではブロッコリーとささみしか食べられない」ということはない。もちろん、ささみやブロッコリーは低糖質のためRIZAPが推奨する食材の一つではあるが、この2つのみを食べていても、健康に悪影響を及ぼしてしまう。
そうした誤解を防ぐため、RIZAPは顧客に対して「レシピブック」を提供している。社内の栄養士と相談しながら、おいしく低糖質食材を楽しめるレシピを紹介しているのだ。工夫次第では、タンドリーチキンやチーズケーキ、パンナコッタなども食べられるという。こうしたサービスも提供しているが、「ブロッコリーとささみしか……」と言われてしまう。このギャップを埋めるために必要なのが「正しい情報発信」だと、澤本氏は語る。
「インパクトの高いCMが中心で、十分な発信ができていなかった」
サービスに関する「正しい情報」を伝えるために解決すべき課題として、澤本氏は2つを挙げた。1つ目の課題は、契約から利用に至るまでの脱落が多いこと。
契約をしても、仕事が忙しくてなかなかセッションを始められない。問い合わせまではしたが、予約日を決めずに時間だけが経ってしまう。予約はしたけれど、モチベーションが上がらずに来店しない顧客などのことを指している。「ダイエット」というハードルの高さもあり、利用に至るまでに脱落してしまう顧客が多かったという。
澤本氏「サービスに関する丁寧な情報提供ができていなかったんだと思います。例えば、先ほどお伝えしたレシピブックがRIZAPのサービスとして認知されていれば、それを楽しみにしてくれる顧客がいるかもしれません。しかし、インパクトの高いCMが我々の情報発信の中心で、RIZAPがどのようなサービスなのか、十分に浸透していなかった。顧客一人ひとりに合わせたサポートについて、しっかりと自分たちで情報提供していこうと考えました」
2つ目の課題は、人材面だ。CX戦略部は、顧客サポートを強化するうえで、CRM(顧客関係管理)プラットフォームの「セールスフォース」や、マーケティングプラットフォームの「マルケト」の活用などしていく方向性を打ち出した。
しかし、当時の社内には、セールスフォースやマルケトを活用できるほど、デジタルスキルに長けている人材がいなかった。トレーナー出身のマーケティング担当者は、デジタルスキルに長けているわけではない。そこで、プロダクト開発を通して顧客と向き合ってきたメンバーの起用に加えて、デジタルスキルは外部パートナーと協力して補い始めた。
顧客満足度を高める第一歩は、地道なデータ整備
こうして動き始めたCX戦略部。まずは契約から利用にいたるまでの脱落を防ぐため、2019年4月からデータの整備を開始したという。
具体的には、セールスフォースからマルケトへ5分おきに顧客データを送り、予約の状況を確認できるようにした。予約をした顧客に、すぐに挨拶や日程確認などのコミュニケーションを取り、フォローできるような体制を整えたのだ。
一方、CXに注力するまでに苦労した点が、これまで過去に入力された名前や電話番号などの顧客情報には、入力不備も多かったということだった。店舗では他にも日々たくさんのサービス業務を抱えているため、顧客情報のチェックなどに多くの時間を割けない。その結果、顧客の氏名やメールアドレスを間違っていることがあり、このまま顧客情報を使用すると事故が発生したり、成果が上がらない可能性が高いことが分かった。
そのため、データクレンジングやパーミッションの整備から着手したが、地道な作業も多く非常に苦労したという。現在は入力不備があればアラートを出すなど正しい顧客情報の入力支援や、メールアドレスの@マークがなければ配信除外をするなどの処理を行っているそうだ。
2019年4月から6月までデータの整備とそれに応じた顧客のフォローを実施したことで、マルケトで対象になった顧客リストにおいて予約率は11%、来店率も31%改善したという。予約を取る顧客、来店する顧客が増えたことにより、売上向上を見込んでいる。
これらの成果が出てきた一方で、顧客がRIZAPに求めることも徐々に多様化しているという。「痩せたい」というだけではなく、疾病の改善や医療の予防というニーズを持ってRIZAPの門を叩く人が増えているのだ。「医療費の高騰や社会保障、平均寿命と健康寿命のギャップなどへの不安が背景にあるのではないか」と、澤本氏は分析する。
こうしたなかで、RIZAPは「美容とダイエット」に加えて、ヘルスケアの領域にも事業を拡大しようとしている。2018年からは東京大学などとサルコペニア(*)の予防について共同研究を開始。2019年7月には神奈川県平塚市と連携し、市民向けにRIZAPトレーナーによる運動指導と食事指導を行う「メタボ予防教室」を開催している。13万人の顧客のデータを活かし、研究の成果をプログラムとしてサービスに落とし込む目処がついてきたという。
(*)加齢などの原因により、筋肉量が減少することで、筋力や身体機能が低下している状態
澤本氏「『結果を出すダイエット』の実績を生かしてヘルスケアプログラムを開発し、今後さらに包括的な分野で『健康で幸福な人生』を支援したいと考えています。私たちが考えるCXとは、『フルマラソンを走りたい』『結婚式できれいなドレスを着たい』『健康になりたい』など、一人ひとりの顧客の気持ちや思いに寄り添い、それに対して“結果にコミット”することです。『ブロッコリーとささみしか食べられないんでしょ?』という笑い話で終わるのではなく、正しい情報を顧客に届けていくための施策を進めていきたいですね」
2020年度までに1000万人以上の人々にそのメソッドを体験してもらう「1000万人健康宣言」を発表しているRIZAP。社会に健康への関心が高まるなかで、そのニーズはさらに高まっていくだろう。
インパクトのあるCMのイメージが強いRIZAP。「ストイックなダイエットをするパーソナルジム」という認知を持つ一般消費者に対して「RIZAP=健康」というイメージを作ることができるのか。RIZAP自身のコミットに、CXの観点からも注目が集まっている。
img:RIZAP,RIZAP touch 2.0
文/吉田瞳 編集/庄司智昭 撮影/Adobe