本記事は、中国のテクノロジーを中心とする社会動向に精通した家田昇悟氏の寄稿記事。2010年代初頭から中国におけるIT化の動向を追い続け、現在は中国に暮らす同氏が体験した、中国の最新顧客体験トレンドを紹介していただく。
モバイルペイメントが普及した中国で、今「ミニプログラム」が大きな注目を集めている。
中国語で「小(ミニ)程序(プログラム)」と表記するミニプログラム。「WeChat」をはじめとするさまざまなプラットフォーム内で、アプリとほぼ同様の機能を果たす「アプリ内で動くミニアプリ」を指す。中国ではその利便性が受け入れられ、ここ2年ほどで急速に普及した。
今回は、このミニプログラムによって変化した顧客体験について紹介したい。
ユーザー6億人超。2年で100万種類を越えたミニプログラム
ミニプログラムは、2017年1月にWeChatを提供するTencentがはじめたもの。簡単に言えば「アプリのプラットフォームを利用することで、インストールの概念なく必要なときに呼び出せる、クーポンやポイントカードの代わり、あるいは本格的な決済用にもなるアプリ内アプリ」だ。
ローンチ当時、ミニプログラムに遷移するための入り口は数カ所に限られていたが、2018年にアプリ内のどの場所からでも起動できるよう強化され、本格的に普及しはじめた。プラットフォーマー側が準備したプログラミング言語があり、それをもとに開発する。
ミニプログラムの開発を支援する即速応用(Jisu App)の調査によると、2018年6月時点でWeChatで提供されているミニプログラムの数は100万を突破。端末ベースのユーザー数は6億人を越え、WeChatの端末ベースユーザー数の60%に到達している。
また、ミニプログラムユーザーの約57%は上海、北京といった1級都市以外のユーザーが占めており、地域を問わず中国全土に浸透しつつある。
WeChatに続き、中国決済アプリの大手「Alipay」や中国最大のニュースキュレーションアプリの「Toutiao」などのアプリ内でもミニプログラムの展開を開始。その波は着実に大きくなってきている。本記事ではここから、最も普及しているWeChatのミニプログラムに絞って話を進める。
ミニプログラムで顧客体験はどう変わるか?
ミニプログラムには、以下の3つの特徴がある。
- WeChatアプリでQRコードをスキャンすれば立ち上がる=インストールが不要
- WeChatアカウントでワンタップで登録&ログイン、決済ができる
- 過去の使用履歴から、簡単に特定のミニプログラムを探して再使用できる
この特徴を理解するため、小売やメーカーの会員アプリを例に挙げたい。
たとえば、小売店の会計時に、レジで「今ならアプリで会員登録すれば割引できる」と声をかけられたとする。ここで、一般的なアプリの場合は「アプリストアで検索→インストール→決済・会員情報を登録」というプロセスが発生する。ゆえに、割引キャンペーンの恩恵を受けるハードルが高くなる傾向があった。
一方、ミニプログラムであれば、時間を大幅に短縮できる。アプリの立ち上げは、店頭にあるQRコードをWeChatアプリからスキャンするだけ。立ち上がったミニプログラムは、WeChatの会員情報を引用しワンタップで登録できる。決済情報もWeChat内にあるため、店頭の支払いもミニプログラム上だけで完結する。
両者の初回〜再使用までのフローを対比すると以下の図のようになる。
ポイント制度も同様だ。たまにしか利用しない店の場合、ポイントカードを持ち合わせていない、アプリをインストールしていない場面は少なくないだろう。ミニプログラムであれば、使用履歴から、簡単に該当のプログラムを呼び出せる。
アプリを持たず、ウェブアプリとして会員情報を登録している場合もある。一般的なブラウザの場合、URL単位で履歴が残るため「サービス」を探すには効率が悪い。一方、ミニプログラムはURL単位ではなく「ミニプログラム」単位で使用履歴が並び、記事や検索結果の履歴とは混ざらないため、探すハードルは非常に低い。
ミニプログラムによって変化した二つの体験
では、実際に中国の消費者の顧客体験はどう変化したのか。
一つ目の例は、タピオカドリンクを販売する「CoCo」だ。同店では、店舗での注文・決済の受付を基本的に取りやめ、ミニプログラムに統一。列に並び、注文し、支払いをするという行為をほぼゼロにしている。
これはCoCoの店舗前にいる消費者とスタッフの様子だ。店頭にいるスタッフは、ミニプログラムへと遷移するQRコードを渡し、スキャン・注文・決済を促している。消費者は列に並ぶことなく、手元のスマートフォンでミニプログラムを通じて注文・決済している。
前回紹介した「luckin coffee」のモデルにも近い。店舗はあくまで製造・受け取り拠点として機能させ、注文・決済の場をミニプログラムに絞ることで、顧客の負担を大幅に減らしている。
消費者の注文までの負担を限りなく下げるとともに、店舗スタッフはドリンクを作ること・受け渡すことに集中できるため、余分な人件費の節約にもつながっている。
また、CoCoのミニプログラムはピックアップにも対応しており、5分単位で予約できるため、2回目以降の来店では事前オーダーも可能だ。これがアプリであれば、頻繁に利用する店舗でもない限りは、モバイルオーダー用にアプリを入れておくことはしないのではないだろうか。
二つ目は、モバイルバッテリーのレンタルサービスだ。近年、中国の大都市ではレストランやカフェなど多くの場所にこのレンタル機械が設置されている。ユーザーは機械上に表示されるQRコードをスキャン。自分のスマホに合わせて使用したい充電コードを選択し、機械から受け取る。
充電器とコードは持ち運びが可能で、同一サービスであれば、どこの機械でも返却可能。借りた時間に応じて、WeChatもしくはAlipayのアカウントに課金される。
日本でも、「ChargeSPOT」という同様のサービスが東京を中心にはじまってはいるが、まだまだ普及してはいない。一般的にスマートフォンを充電しようと思うと、以下の写真のような、固定された端末にスマートフォンを預け入れるタイプが主流だろう。持ち運びができず、利便性が低い。
このサービスでも、ミニプログラムの担う役割は大きい。月に一度あるかないかの「突然充電器が必要になる場面」のためにアプリを入れておく人は多くない。ミニプログラムであれば、先述の通り使用履歴から、当該サービスを簡単に探しレンタルできる。たまにしかない場面だからこそ、負荷が軽減される意味は大きいのではないだろうか。
ミニプログラムが向き合うのは「月に一度」の手間
二つの事例で紹介したように、ミニプログラムが効果を発揮するのは、「月に一回程度の頻度で使う」くらいのサービスだ。
モバイルバッテリーや飲食店以外もこのような場面は多い。病院の予約や診察券、小売店の会員証やポイントカード、映画館の予約やチケット、美容室の予約や会員証。いずれも多くの人には月に一度くらいの利用頻度のものではないだろうか。
毎回ブラウザから検索してWebサイトを探す、ないしはアプリをダウンロードしてログインし直す人もいるだろう。毎月使うとわかっていればアプリを残しておくかもしれないが、次に使うタイミングがいつになるかわからないアプリは削除してしまうのもよくあることだ。一方、ミニプログラムであれば、効率よく過去に使ったサービスにアクセスできるのだ。
一つひとつのサービスを見れば、Webサイトやアプリなどの代替手段があり、そこまで手間は感じないかもしれない。しかしその小さな手間の積み上げで、私たちは多くの時間を無駄にしている。プラットフォーム上で一元化されることで、登録や決済・再利用のハードルが大幅に下がり、“小さな手間“を取り除く。これがミニプログラムの提供する重要な顧客体験なのだ。
中国では、オンラインとオフラインの体験をシームレスに接続させる「OMO(Online Merges with Offiline)」という考え方が広まっている。これを実現する上で、ミニプログラムは重要な役割を担う。
QRコードのスキャンというワンアクションでオフラインからオンラインヘ接続できて、オンライン上の検索性の高い履歴から、またオフラインのサービスにすぐ接続できる。ミニプログラムは、この手軽さによって顧客がオンラインとオフラインを行き来するハードルを下げているのだ。
このOMOの動きは日本でも徐々に注目を集めており、2019年6月にはLINEが「LINE Mini apps」を発表している。ただし、OMOの実現には、ミニプログラムを導入するだけ不十分だと筆者は考えている。ミニプログラムだけではなく、そこに決済が紐付くことが重要だと思うからだ。
ミニプログラムの大きな利点はWeChatが保持する情報を使えることで、決済情報をイチから入力せずとも、簡単にサービスを使える点にある。ゆえに、ミニプログラムを提供するプラットフォーマーの「決済」が普及している必要がある。
モバイルペイメントを提供するプラットフォーム上で動くからこそ、ミニプログラムは価値がある。中国ではWeChatがその役割を果たしたが、日本でその役割を担う企業は出てくるのだろうか。
文・写真提供/家田昇悟 編集/小山和之