日本の人気テーマパーク、3年連続1位。世界最大の旅行サイト「TripAdvisor」が先日発表した『日本のテーマパークランキング2019』において、「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下、USJ)」が手にした称号だ。
USJと聞いて思い浮かぶのは、大型アトラクションやショーなど引きの強いコンテンツの数々だろう。実際、同ランキングに寄せられた口コミの中には、それらを評価する声が目立つ。
だが、顧客体験の観点でUSJを捉えたとき、注目すべき点は他にもある。データと現場に立つ“職人”の知見をかけ合わせ、「届けたい体験」から逆算するデジタル戦略だ。ゲストの行動を把握し、そのデータを活用することで、一人ひとりに合ったエンターテイメントを提案しようとしている。
そもそもがオフラインである“リアルな場”では、「行動を正確にデータ化し、オンラインに紐づける」ことは簡単ではない。USJはどのようにその見える化を進め、顧客体験に落とし込んでいるのか。
デジタルマーケティングチーム マネージャーの柿丸繁氏を取材すると、「ゲストに提供したい体験」をベースにしたUSJの哲学と、同氏が目指す理想のパーク体験が見えてきた。
「地磁気」データの活用で、ゲストの行動を見える化
リアリティを極めた臨場映像、360度縦横無尽に動き回るライド――日本を席巻した「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」は、先端テクノロジーを駆使したアトラクションとして、今も高い人気を誇っている。
アトラクションでの技術開発ではそうした成果を見せ続けるUSJだが、マーケティングにおけるデジタルテクノロジーへの取り組みは、順風満帆ではなかった。インタビューの冒頭、柿丸氏の口から語られたのは、“リアルな場”をメインとするテーマパークならではの苦労だった。
同氏が大手通販企業でのキャリアを経て、USJへと入社したのは2014年。今でこそデータドリブンな戦略を推し進める立場だが、入社当時はゲストの正確な情報を手に入れる仕組みがなく、オンラインの行動もリアルの行動も、“何となく”でしか把握できなかったという。
柿丸氏「テーマパークは、ビジネスの現場がリアルな商業施設にあるので、顧客とはどうしてもオフラインでの接触が主になってしまいます。
例えば、チケットの購入もエントランスの窓口で買う人が多かったので、アノニマス(匿名)な人数情報しか手に入らない。レストランや物販もPOSレジしかなかったので、スタッフ判断による『20代女性』といった曖昧な属性データのみでした。結果、手元に集まるデータはキメが粗く、どんなゲストが、パークの中でどんな体験をしているのかがブラックボックスになっていたんです」
ゲストの情報取得を推し進めるため、USJは改革に乗り出す。まずは、来園前の段階でのデータ獲得だ。チケットECストアやWebサイトを改修し、オンラインチケットの販売数を2014年からの3年間で300%改善した。
その後、チケットのQRコードを読み取って入場を促進する「スマートゲート」を設置し、サイトで得られたゲストIDと入場履歴の紐付けをする。これにより、どんなゲストがいつ、誰と来場したのかがより詳細に見えるようになった。
さらに柿丸氏は、計測が難しかったゲストの「パーク内行動」のデータ化に着手。GPSやビーコン、Wi-Fiなど、さまざまなソリューションを組み合わせ、試行錯誤を繰り返す。屋内と屋外が入り混じるパークにおいて、最適なセンサーを見つけるまでに時間はかかったが、最終的に『地磁気』のデータ活用にたどり着いた。
柿丸氏「特殊なアプリを使って地面を計測し、地磁気の波紋(磁場の揺れ)を取得しておく。それを顧客のスマートフォンに入った公式アプリで照合すれば、精度の高い位置情報が取れそうだとわかりました。ですが、そのためには閉園後、深夜のパークを何時間もかけて練り歩く必要があったんです。精度をあげるために何度も調整を重ねるなど、泥臭い作業を約1年続けて、やっとの思いで、パーク内のゲスト行動が見えてくるようになりました」
公式アプリIDに、ゲストの登録情報と購入チケットのID、そしてこの位置情報を紐づけた統合データ基盤は、試行錯誤の末、2017年4月にローンチされた。柿丸氏がここまで「パーク内行動データ」にこだわったのは、来場前のサポートだけではなく、来場中のゲストを理解して満足度を上げることで、リビジット(再来場)につなげたかったからだ。
柿丸「もちろん、USJの主役はアトラクションやパレード、レストランや物販での体験そのものだと思います。ただ、ゲストにより楽しんでもらうことを考えると、『入場後はお好きにどうぞ』のスタンスでは不十分。ゲストごとの行動にあわせて最適化された、デジタルを活用したナビゲーションを通じて、一日の体験全体をどう向上させていくかに挑戦したかったんです」
体験設計のキーを握るのは、現場に立つ“職人”の知見
柿丸氏らの地道な取り組みは実を結び、ゲストに公式アプリを使ってもらう中で、どの時間帯にパークのどこにいるのか、何のアトラクションに乗ったのかなどの情報がわかるようになった。次はそれをパーク体験に活かせるよう、アプリに新機能を実装した。当日の行動に合わせた楽しみ方を提案する、「マイ・コンシェルジュ」の誕生だ。
同メニューを開くと、ゲストはパーソナライズされたおすすめのアトラクションやショーの情報を確認することができる。アトラクションの表示に関しては、当日中に本人が乗ったものを把握し、一度体験したものを重複させない工夫も施している。ゲストにとって本当に有益な情報だけを提供することに苦心したという。
柿丸氏「一人ひとりのゲストの“行動”はもちろん、“場所”や“時間帯”次第で、次に体験してもらいたいアトラクションは異なります。飲食やグッズもそうです。例えば、朝にエントランス付近にいる方には、カチューシャやTシャツなど一日のパーク体験を盛り上げるグッズをレコメンドし、パーク体験のボルテージをあげてもらう。夕方になればお菓子やぬいぐるみなど、お土産ものを中心に勧める。『大切な人にこのお土産を買って帰ったら、喜んでくれるかも!』、そんなマインドもテーマパークがもっている重要な体験価値なんです。ゲストにしてもらいたい体験を中心に、物販戦略も絡めつつ、季節性やトレンドを複合的に考慮しながら設定を変えています」
マイ・コンシェルジュの用途は、今後も広がりが期待される。柿丸氏は、混雑予測に応じてレストランのレコメンドを変えたり、ゲストの現在地を軸にしたパーソナルなナビゲーションをしたり、といった展開をしたいと意気込む。
説明から浮き彫りになる、USJのデータ重視の姿勢――しかし一方で、柿丸氏は「データからわかる材料だけでは、ゲストを心から満足させる体験は作れない」と断言する。
柿丸氏「パークの最大のエンターテイメントでもあるのが、実はゲストとクルー(スタッフ)のコミュニケーションです。現場に立つ中でクルーが得た知識や経験は“職人”のように深い。実際にゲストと対面する彼らの、生きた経験と肌感から仮説を立てて、ゲストに提案する体験やルールに転換することをもっとも重要視しています。現場にとっては当たり前のことでも、僕たちマーケティング部門にとっては新しい発見ばかりで驚かされます」
柿丸氏「僕の経験上、現場から来る仮説はすごく正しい。マイ・コンシェルジュで提案するレストランのフードメニューも、その仮説をベースに『Aのアトラクションを体験したゲストにBのメニューを提案』というようなルール構築をしています。アプリのログからゲストの反応率を見れば、実際に仮説がワークしたのかどうか効果検証もできるので、現場知識の確からしさも証明ができます。パークの既存アセットや生きた経験値そのものを、デジタルで活かすようなゲスト体験の設計がいかに構築できるかを考えています」
「ゲスト体験」を起点に取得データを吟味
デジタルマーケティングの世界では「データがあってなんぼ」、しかしそればかりを意識すると「顧客の顔を見失ってしまう」――柿丸氏はその危険性を指摘した上で、USJの哲学を感じさせる「データの定義」に触れる。
柿丸氏「『ゲストの体験にどう活かせるか?』という出口を見極めた上で、取得データを厳選しています。何でもかんでもデータを取りたくなる気持ちはわかりますが、顧客にどう還元されるか見えていないのに、お客様から情報を吸い上げるのは良くありません。プライバシーの観点で社会がセンシティブになる中、『企業側で持っておくと便利そうだから』という理由だけでゲストからデータを取ることは、できるだけしたくないし、顧客の立場で考えてすべきではない」
取得可能な顧客データの種類がたくさんある中で、どのデータを取るべきか否かを選択するのは、簡単なことではない。USJでは、ゲストの体験を設計する際、データをどう厳選しているのだろうか?
柿丸氏は「使えそうなデータを選んでいくことよりも、『絶対にいらない』というデータを捨てていくほうが重要」だと話す。捨てるものを決めれば、自ずと拾うべきものが見えてくる。
柿丸氏「例えばSNSなら、自社IDと連携させることで取得できる情報はたくさんありますが、性別や結婚の有無など、ゲストが外部サービスに提供したプライバシー情報はほとんど取っていません。必要なものは、自社の会員情報として登録いただきますから。
『じゃあ、それ以外にSNSを通じてどんな情報がほしいのか?』と考えたときに、定量的なデータでは測れない、ゲストがパークにいるときのセンチメントな部分が知りたいなと思ったんです。であれば、僕たちがSNSで見るべきは、来場したゲストの“感情”に関わるつぶやきにフォーカスすればいいと割り切れる」
さらに柿丸氏は、「拾うべき情報を分析に使うのか、パーソナルな体験に転換するのかも考えておかなくてはならない」と指摘する。前者は検証のためのサンプリングができれば良いことも多いので、データ量は最低限でも十分。けれど、取得するデータには高い精度が求められるので「データの正確性」を重要視する。
一方の後者は、データを取得するゲストのカバレッジ(網羅率)を意識する必要があって、正確性を高めること以上に「多くのゲストにサービス提供できるか」を重要視する。さらに、データをIDと紐付けてサービスに落とし込む中で、良かれと思ってすることが度を超えていないか、顧客とのコミュニケーションの“トンマナ”を常に意識しておく必要があるという。
柿丸「仮にSNSのつぶやきで『プロポーズされました』といったゲストの投稿を見つけたとして、それを『結婚のお祝いをパークでしませんか?』のような体験設計に使うのは見当違いだと思うんですよね。自分がゲストの立場になったときに、USJからどんな体験を提供されたらうれしいかを、絶えず反芻しながら戦略を考えています。
例えば、初めて来場いただいたゲストであれば慣れないパーク内でおすすめのアトラクションや飲食店の提案をしてもらうことは、自分だったら絶対に嫌じゃない。その実現に足りない情報があるのなら、またデータを取って仕組みをビルドアップし、リトライしていけばいいんです。結果として、『データを提供するから心地よいサービスが受けられる』というゲストのマインドをもっとも大切にすることになる」
デジタルの力で、“リアル”のパーク体験を深める
デジタルを積極的に活用し、ゲスト一人ひとりに合った体験の提供を推し進めるUSJ。柿丸氏は“リアル”の空間とのかけ合わせに、今後の進化の道筋を見据える。
柿丸氏「新しいテクノロジーはこれからも増え、テーマパークでも、今以上に没入感のあるデジタルの世界が提供されていくと思います。USJの場合、VRの映像コンテンツとコースターの動きをリンクさせ、現実にはない体験ができる『XRライド』が代表例です。ただ、これも『先端テクノロジーを使っているから良い』わけではない。ジェットコースターのリアルな体験が前提にあって、それがデジタルと組み合わさるからこそ、前者がより面白くなるんです」
デジタルを駆使すれば提供できる体験の幅は大きく広がる。だが、柿丸氏はそこに専念するあまり、“個人”に閉じたエンターテイメントを作りあげることは避けたいとも話す。
柿丸氏「デジタルコンテンツで作り込んだ世界を、自宅のカプセルに入って体感する、そんな未来だってあるかもしれない。ただ僕自身は、そんな体験をゲストに提供したいとは思いません。実際に自分の目で見て、手で触れて……と五感を刺激するようなリアルな場所、その魅力を深めるテクノロジー。どちらかに偏ることなく、両者のいいところを組み合わせて、今まで以上に楽しいテーマパークを作っていきたいんです」
USJがゲストへ届けたい価値は、“世界最高”のテーマパーク体験。これは創業以来ずっと変わらない。柿丸氏が重視するのは、そこでの体験や時間を共有できる仕掛けだ。
柿丸氏「パークは、来ている友達や家族と“一緒に体験する”からこそ楽しいと思うんです。そのリアルな場での体験そのものをデジタルの力を借りてサポートしていくことで、これまで以上にワクワクドキドキできる、感情高ぶる場にしていきたい。単にリピート率をあげるためではなく、一人ひとりのゲストの顔が分かるUSJのホスピタリティを最大限活かせるよう、データやテクノロジーを活用したいですね」
「データドリブンなマーケティング戦略」に「先端技術を駆使したエンターテイメント」。どこか機械的な印象を受けるその言葉の裏には、テクノロジーでは計り知れない人の想いがある。
世界最高を届けるため、デジタルで顧客を見える化しつつ、現場の知見を活かす。常にゲストの視点に立って施策とコミュニケーションを改善する。
USJの戦略がそこからブレない限り、訪れるゲストは、唯一無二の“リアルな体験”をより深く楽しみ続けることができるのだろう。
文/なかがわあすか 取材・編集/佐々木将史 撮影/其田有輝也