「本当に、これがあの『ハッピーターン』ですか?」
かわいいパッケージに入った、和三盆や抹茶の風味の焼き菓子を前にして、そう聞かずにはいられなかった。
これだけではない。亀田製菓の「柿の種」は、さまざまな食感とフレーバーのプレミアム品に。日清食品「カップヌードル」は、おしゃれなカップコーヒーのようなビジュアルに。ハウス食品の「バーモントカレー」と「ジャワカレー」は、具の詰まったカレーパンへと、その姿を変えている。
既存のブランドイメージを覆す商品を展開するのは、関西最大手の百貨店である、阪急うめだ本店の地階食品売場だ。「劇場型百貨店」のストアコンセプト通り、臨場感ある“ワクワク”を届けようと、有名ブランドと手を組んで、阪急だけのオリジナル商品を開発している。
百貨店として、ただモノを販売するだけでなく、コトを通じた新たな顧客体験を創出しようとする阪急。そのなかで、阪急うめだ本店の“デパ地下”は、なぜコラボ商品の開発に目をつけたのか。背後にある「オンリーワン戦略」の狙いを、フード新規事業開発部を率いる馬場淳士氏に尋ねた。
顧客が足を運びたくなる「劇場型百貨店」への転換
阪急うめだ本店は、建物の構造からして“小売店”の常識を覆すような店舗だ。9階から12階にかけて広がるのは、「祝祭広場」という巨大な吹き抜け空間。他にも随所にイベントスペースが用意され、収益を度外視して展開される企画は、エンターテインメントパークのような高揚感を人々にもたらしてくれる。
客数と売上の減少に苦しむ百貨店業界のなかでも、成長を続ける同店。現在は1日あたり約13.8万人が来店し、年間の売上高は2,507億円に及ぶ。
今日に至るきっかけとなったのは、2012年の阪急うめだ本店リニューアルだ。馬場氏は「百貨店の未来を見据えた際の“危機感”から、すべてが始まったんです」と語る。
馬場氏 「その昔、百貨店には多くのお客様が、常日頃からモノを求めて来店されていました。ところが、時代の変化と共に、“なんでもモノが揃う環境”は、百貨店でなくてもつくれるようになります。さらに国内マーケットも成熟し、“モノ離れ”が進む一方、少子高齢化で人口は減少。百貨店の現実は、非常に厳しいものとなっていきました」
コンビニの増加やショッピングモールの台頭、ECの発達……それらの進化により、百貨店の経営は危ぶまれた。誰かの「買いたい」に対して、モノという答えを用意するだけでは生き残れない。そこで考えたのが、場があるからこそできる「コトの体験」だった。
馬場氏 「阪急で過ごしていただく時間そのものを充実させようと、『劇場型百貨店』のフレーズが生まれました。この言葉には、お客様がつい足を運びたくなる、“ワクワク感”が詰め込まれています。
では、阪急うめだ本店の地階食品売場だから提供できるワクワクとは、何なのか。たどり着いたのは、オリジナル商品の開発による『オンリーワン戦略』でした」
馬場氏 「たとえば、カルビーさんとコラボした『グランカルビー』。これは、阪急うめだ本店にしか店舗がない特別なポテトチップスです。特徴は、カルビーのポテトチップスの3倍の厚みがあること。フレーバーや食感にもこだわった結果、高価格ながらご好評をいただける商品になりました」
高級ポッキーの「バトンドール」(江崎グリコ)に始まり、「ハッピーターンズ」「タネビッツ」(亀田製菓)、「cororo」(味覚糖)など、コンビニで容易に手に入るメーカーのお菓子が、阪急うめだ本店を通すことで全く新しいかたちに姿を変えた。地階食品売場のこれら「オンリーワン」直営店には日々、行列が生まれている。
では、顧客はそのどこに“ワクワク”を感じ、わざわざ店舗へと足を運ぶのだろうか。
既存のイメージを覆し、“ワクワク”する商品をつくる
阪急のオンリーワン商品の開発には、1つの共通戦略がある。それは「誰もが知るブランド」とコラボしていることだ。
消費者一人ひとりに製品のイメージが根付いているからこそ、覆したときに「発見」と「驚き」がもたらされる。このインパクトが重要だと、馬場氏は話す。
馬場氏 「誰もが知る『あの〇〇』を、誰も知らない商品へと変化させる。それが大きな驚きを生み、お客様の脳裏に残ります。ナショナルブランドの商品を“百貨店のフィルター”に通すと、どんな化学変化が生まれるのか。実験し商品化できるのが、阪急うめだ本店の強みなんです」
そのため、阪急は亀田製菓やカルビーなど、名だたるブランドを持つ企業をパートナーに選び、コラボレーションを持ちかける。百貨店が販売しても違和感のないコンセプト、クオリティ、デザイン性を生み出すため、1つの商品につき、およそ1年〜1年半かけて開発するそうだ。
馬場氏 「ただ高級なだけでは、お客様は驚いてくれません。既存のブランドイメージを超えるためには、見た目だけでなく、とことん製法にもこだわる。先ほどのグランカルビー も、素材に特別なじゃがいもを使い、味わいを堪能できるよう揚げ方にも工夫を重ねました。私たちのアイデアで本当に『お客様の心を動かす』ことができるか、メーカーさんと徹底的に議論し、発売までに何度も試作をしています」
さらに、ブランドの認知度に加えて、コラボする企業の“情報力”の高さにも着目していると馬場氏は述べる。たとえば、2018年から「MOMOFUKU Noodle」を販売している日清食品だ。
馬場氏 「お菓子が軌道に乗ったので、次は惣菜のオンリーワンに挑戦しようと考え、最初に日清食品さんへお声掛けをしました。CMなどでの発信を拝見して、『世の中にどういう話題を提供すべきか』という視点に長けていると感じたからです。時代のトレンドや倫理観、人々の安心安全などの考え方に即したものであるかは、商品を開発する上で大事な要素となりますから」
MOMOFUKU Noodleは、カップヌードルに根付いていたイメージを覆すべく、「健康」をテーマに開発された商品だ。さらに、複数の食材(ヤサイコロ)を選んで、「自分だけ」のカップ麺をつくれるコーナーも併せ持つ。
馬場氏 「ヘルシー志向も、カスタマイズできることも、まさに世の中の流れを見て取り入れました。加えて、パッケージのデザイン。“カップヌードルらしくない”おしゃれさを追求したのは、日清食品さんの提案によるものです。このような軸で開発したことが、お客様への驚きにつながったと考えています」
「話題をギフトにする」店舗×ECの戦略
阪急うめだ本店のオンリーワン戦略には、もう1つ重要な側面がある。もともと「自家需要」(個人が自ら消費する目的)のアイテムを、あえて「ギフト」化した点だ。
「百貨店として、ギフト販売で収益を上げたい」という思惑はもちろんだが、そこには同時に、自分ではなく“誰かのため”に、ワクワクしながら購入する体験をつくりたい思いがある。
馬場氏 「人の手を介してモノが届くとき、ブランドをお互いに知っていると、話が盛り上がりますよね。それが手に入りにくいものだと、『私のためにこんな希少な商品を』となり、さらに話題が生まれます。誰かに『贈りたい』と感じてもらうには、“話題をギフト化する”という視点が非常に重要なんです」
馬場氏 「実際にオンリーワンの商品は、阪急うめだ本店でのみ販売が開始されるため、購入するまでのハードルが高い。『ここでしか買えない』『今しか買えない』状態は、直営店の行列を生みます。それがさらに話題を呼び、人を集める。商品への、良い意味での渇望感がブランドに高い付加価値を生み出し、結果として収益をもたらしてくれるんです」
ただ一方で、本店での販売を続けるのみでは、認知の広がりは弱い。そこで、タイミングを見て全国の催事場や駅、空港などに出店し、その後ECでの販売導線も引いているともいう。
馬場氏 「各地で限定商品があることをまずは知ってもらいつつ、本店を訪れて購入することができない方のために、ECのアナウンスも行います。とはいえ、“限定感”を損なえばお客様のワクワク感もなくなってしまうので、配慮が必要ですね。たとえばハウス食品さんとコラボした『カレーパンノヒ』は、ECでは毎月8日と発売日を限定しています。『今日しか買えない』ギフトにすることで、よりストーリーを持たせることができるんです」
限定感を打ち出しながらも、ECでの販売を行う。相反する施策のようにも見えるが、そこには店舗とECの意義を考え尽くした上での哲学がある。
馬場氏 「お客様にとって、やはり“店舗でこそ”感じられる体験には価値があります。売り場の雰囲気、行列の様子などを経験して初めて知ることのできる希少性は、そこに足を運ばないと感じられませんから。むしろ『本店でもなかなか買えない』などの噂が生まれることで、初めて限定感は全国に伝播し、ECでも購入してもらえるようになります。あくまで、リアルでの評判がベースなんですね。
闇雲な販路拡大のためのEC運営では、ここまでブランドの価値を高められなかったでしょう。店舗かECかの二択ではなく、『何のためにそれぞれを活用するのか』が一番大切なんだと思います」
阪急百貨店が担う「情報リテーラー」としての未来
現在、阪急うめだ本店には8つのオリジナル商品の直営店が並ぶ。食品売場(地下1F、2F)の年間の売上472億円のうち、20億円がこれら直営店によるものだ。
オリジナル商品のみならず、フロア全体でも売上成長が続いているのは、1つは「オンリーワン戦略」による評判が人を惹きつけ、ついで買いなど他の商品にもポジティブな影響を与えているから。
もう1つは、少数のオリジナル商品を大量に売って得られる収益で、「利益は生まないけれども楽しい物販スペース」や「情報発信のための空間スペース」など、コトの体験へのさらなる投資ができるからだ。そこで生まれる話題や情報は、より顧客を惹きつけ、フロアに人を集める。
馬場氏が直近の例として示したのが、『Hankyu PLATFARM MARKET』だ。生産者である農家が阪急うめだ本店に来て、消費者と一対一で直接コミュニケーションを取りながら販売する場を提供している。
馬場氏 「手間もスペースも取りますから、一見すると費用対効果の低い取り組みのように見えるかもしれません。しかし、モノの裏側にあるこだわり、想いや思想、地域性、製法。そういったものを届けるためには、生産者と消費者との橋渡しができる存在が必要です。その役割こそが、百貨店があることの意義じゃないかと考えています」
空間を持つ者にしか生み出せない、コミュニケーションという体験。そうした“コト発信”の場をつくる存在として、馬場氏はインタビューの最後、これからの阪急うめだ本店は、モノではなく情報を届ける「情報リテーラー」となるべきだと語った。
馬場氏 「モノを買うだけならば、Webを利用すれば良い。それでも人は、商品を販売している空間にわざわざ集います。それは、モノと出会い、触れ合う瞬間に生まれる独特の“ワクワク感”は、リアルな場所にあるから。
だからこそ阪急は、人同士のコミュニケーションを生む場、よりコトを体感できる場をつくっていかないといけない。情報のリテーラーとして、モノにまつわる『物語』をお客様に渡していく、そんな存在でありたいなと思うんですよね」
執筆/鈴木しの 編集/佐々木将史 撮影/其田有輝也