海外の倉庫のようにだだっ広い売り場を1日かけて巡り、名物のホットドッグとソフトクリームを食べて帰路に着く。まるで遊園地にいくような気分で買い物を楽しんだことのある人もきっと多いはず。
1943年にスウェーデンのエルムフルトという小さな町から始まった「イケア」は、今や30ヵ国に374店舗、冒頭に述べた買い物体験はまさにワールドワイドなものとなっている。
その「イケア」が今、グローバル全体で力を入れて取り組んでいるのが、都心型店舗の開発。日本でも2020年の6月に原宿店、11月には渋谷店がオープン。さらに2021年春には新宿店もオープンするという。
今回取材を行ったのは、日本初の都心型店舗となった「IKEA原宿店」。日本で最も大きな店舗と比べ、原宿店の面積はおよそ1/10となっている。フルラインナップでは9500点以上にも上る商品から950点が当日持ち帰りが可能。家具は約1000点が展示され、実際に見て触れることができる。アクセスは電車が基本だ。
一見すると、これまでの「イケア」とは全く異なるお店づくりのアプローチ。
けれど根っこには「イケア」の揺るがぬマインドがある。そのひとつの実りとして、原宿という立地ならではの購買体験が生まれていた。
イケアをもっと便利に、もっと身近に
話を聞いたのは、原宿店の店長を務める青木エリナ氏。入社したのは、イケアが日本に進出した2006年の1年前のことで、社会人経験を経て、フィンランドに留学中に一人のお客さんとしてイケアに出合い、その魅力に惹きこまれたという。
きっと日本にも出店するだろうと動向を追い続け、日本進出が決まった際にはすぐに応募。この分野の経験がなかったことから一度の面接では叶わなかったものの、時間を経て入社を果たした、筋金入りのイケアラヴァーだ。
入社してからは、本社勤務で総務を5年ほど担当。その後、社内公募に自ら手を挙げ横浜の港北店でローカルマーケティング(Webサイトの編集や近隣の人とのイベント企画)やカスタマーリレーションズ(子供を預かるエリアの運営や、配送カウンターやレジカウンターの整備)を合計で8年ほど務めた。
そして2年ほど前から、今年の6月にオープンした日本初の都心型店舗である原宿店に携わっている。
青木氏「基本的に、イケアとしての方向性はグローバルで統一されています。ここ数年はイケアをもっと便利に、身近に感じてもらおうという方針があり、その一環として都心型店舗のプロジェクトが始まりました。昨今の消費者の購買行動を踏まえ、テストケースとしてニューヨークやパリ、ロンドンにも店舗を出す中で、東京にも出店が決まったので自分から志願して、原宿店の開店準備からオープン後の店舗運営を行っています」
家具を提供するだけでなく、事業全体でサステナビリティを追求
青木氏が一人のお客さんとして魅力を感じたのは、製品そのものやお店づくりだけでなく、会社としてのユニークさもあるという。
青木氏「社会環境に合わせて変化することを恐れない。一つのところに留まらず、もっと良くしていこうという姿勢は、ずっとブレないですね。15年間働いていますが、変わらないのは毎日が刺激的ということだけです(笑)」
そのイケアの根幹にあるビジョンは、「より快適な毎日を、より多くの方々に」。優れたデザイン性の家具を手頃な値段で提供することだけではなく、バリューチェーンそのもののサステナビリティを考え、社会や環境にも負荷をかけないような企業活動を行っている。
例えば、家具に使用する最も基本的な素材の木材。そのほとんどを自然の生態系と人々の生活を守るFSC認証のものか、リサイクルで賄う。プラスチックを使う際は、リサイクルプラスチックか再生可能プラスチックを使用する。お店のカフェエリアで利用するストローやカトラリー、カップ、プレートなどの使い捨て商品は再生可能資源100%のもの。木製カトラリーや紙製ストローがその例である。
ローカルなお店づくりを支える“ホームビジット”
イケアを人間に例えれば、職場にいて欲しい先輩だろうか。決して上から目線でなく、他人や会社のためになることであれば、前例や既得権益にとらわれず、まずは自分から行動する人。つまり、一企業の視点ではなく、もっと視野の広い社会視点であり、わたしたちのライフスタイルに向き合う生活者視点。そしてその姿勢は、イケアでは普遍的とされるお店づくりの手法からも垣間見える。
青木氏「郊外型店舗や都心型店舗、国や場所を問わず、各都市に住んでいる人の生活スタイルを汲み取って、お店に反映させることを大切にしています。具体的には、“ホームビジット”と言って、出店する地域で暮らす方々のお家を訪問させていただいて、家族構成や間取りなどを事前にリサーチするんです。参加メンバーも、プロダクトデザイナーから店舗スタッフまで多種多様。各プロフェッショナルの複合的な視点から、地域における生活の課題を考察し、どのような観点で店舗づくりを行うか、検討することから全てが始まります。原宿店をオープンする前にも、およそ50軒ほどのお宅に伺って、レポートをまとめました」
青木氏曰く、「どの国のどのお店に行っても、置いてある商品はほとんど同じ」。でもビジョンを噛み砕き、「より快適な毎日を、その地域の人々」のために店舗開発するからこそ、違う場所のお店に行けば、違う商品の見せ方や雰囲気となる。
特に、ルームセットと呼ばれる実際の部屋のようなモデルルームは、地域ごとに違うお悩みを解決できるようなインテリアデザインになっているという。
都心特有のお悩みに応えるラインナップ
何度も繰り返しているように、都心型店舗は郊外型店舗と比べて、ハード面が全く違う。でもホームビジットなどの分析を繰り返し、エリアの特徴を踏まえたお店づくりは同じ。原宿店で解決したい人々の住まいの悩みはズバリ、「小さな家の大きな悩み」だ。
青木氏「郊外型店舗に来るお客様は子供と住んでいる方が圧倒的に多いのですが、原宿店に来る方は一人暮らし、二人暮らしで住んでいる方がほとんど。そうした方々の悩みで大きいのは、スペースが足りないということです」
正面の入り口のすぐの脇にあるルームセットは、ホームビジットでよく見られた14㎡というスペースを有効活用した提案。サステナビリティに興味がある女の子が住んでいるという設定で、色彩豊かで、手狭でも空間の豊かさが感じられるお部屋になっている。
その奥のルームセットでは、「この部屋の家具、全部でなんと¥37,000以下」というディスプレイに映った謳い文句の通り、11㎡の部屋を低価格の商品だけで構成している。もちろん安っぽくなんかないし、もし私が初めて東京で一人暮らしをするのなら、こんな部屋に住みたいと思ってしまう。
青木氏「また、昨今はテレワークが主流になり、これまで生活するだけだった空間で仕事もしないといけなくなっていますから、その際にあったらいいなと思えるものも積極的に提案しています」
ルームセットの付近には、日本のコンビニからインスパイアされたという「スウェーデンコンビニ」もある。定期的に買い換える定番的な生活必需品が6〜7割、クリスマスなどのシーズンものが3〜4割という構成。テレワーク需要の始まりには、自宅での業務に適したプロダクトを強く押し出していたという。この売り場の柔軟さも、ローカルの需要を常に意識しているからこそ反映できるものである。
ハード面だけでなく、フードやアプリも原宿限定
青木氏「広い店舗だとどうしても埋もれてしまうものも、お店が小さいと、きちんと強調して見せることができるんですよね。実際にイケアによく通ってくださるお客様からも、『こんな商品ありましたっけ?』ってよく言われます」
そう青木氏が語るように、小規模店舗ならではの導線設計も原宿店の面白みだ。郊外型店舗は、一つの入り口から入場し、床に書かれた矢印に沿って店内を散策し、出口脇に設置されたレジでお会計をするスタイル。でもこちらは、1F、2Fから合計5つの入り口が設けられ、どこからでも入れるし、「クイックに買い物を済ませたい」「見たいところだけ見たい」という要望も踏まえ、あえてルートを決めずに自由に歩けるようにしている。おまけにお会計はどちらのフロアでも可能。ちなみに1Fのエントランスにはカフェスタンドが併設されているので、シナモンロールやコーヒーのいい香りがして、つい手を伸ばしてしまう。
そんなカフェスタンドだけでなく、イケアらしさの詰まった2Fの「スウェーデンカフェ」も見逃せない。たとえばスウェーデンの若者が食べ歩きをするときのお供である「ツンブロード」。薄いフラットブレッドに肉や魚、野菜やスイーツなど様々な具材を巻いたラップサンドは、クレープなどのストリートフードが愛される原宿という立地ゆえに考案。世界中で原宿店でしか食べられないメニューだ。
また、原宿店限定のARアプリもある。ダウンロードし、店内の商品にかざすと商品名や価格、色違いなどのバージョン、類似商品が簡単に確認できる。
そして一番の目玉が、家具の配置シミュレーション機能。商品情報内のブルーのアイコンをタップして、何もない平坦な場所にスマートフォンのカメラをかざすと、画面上に商品が表示されて、実際に家に置いたときのイメージができる。お店ではラインナップや雰囲気を確認し、家に帰って置いたときのイメージを固めて、オンラインショップで購入。そんな、オフラインとオンラインのいいとこ取りの買い物方法となっている。
そして新しい店舗体験はつづいていく
「より快適な毎日を、より多くの方々に」。
シンプルなビジョンを地域ごとに細かく、優しくチューニングしながら、店舗開発を行う「イケア」。日本初の都心型店舗である原宿店を見るだけでも、コンパクトなルームセットや、小規模店舗を生かしたレイアウトに導線設計、ストリートフードからARアプリと東京の都心に寄り添った体験づくりは見事と言うほかない。だからこそ、世界中のどんな人たちが触れても、「これは自分のために作られた」と思い、「イケア」の家具を手に取るのだ。
「原宿店をはじめ、都心型店舗はまだまだテスト段階。試行錯誤の毎日です」と青木氏は話す。これからも進化を続ける「イケア」の店作りがより一層楽しみになった。
執筆/koke1、撮影/阿部隆大、編集/大沢景(BAKERU)