「これは便利!」と思って買ったものの、数回も使わずにホコリを被ってしまったモノが、家の中に眠っている。そんな経験がある人は少なくないだろう。
使い続けてこそ、商品の価値が発揮され、自分の生活をより良く変えてくれる“相棒”になっていく。そんな状態を多くの家庭で実現している商品が、シャープの自動調理鍋「ヘルシオ ホットクック」だ。本体の液晶画面でレシピを選び、具材を入れるだけで、簡単に料理ができあがる。
便利なだけでなく、購入後のユーザーが周囲に強く勧めたりプレゼントしたりと、自らの体験をシェアする流れが起きている。開発から携わっているシャープの中島優子氏は「より多くの方に使い続けていただけるように、ユーザーの方が楽しく使っている様子をつなげていく取り組みが大事だと思っています」と話す。
なぜホットクックのユーザーに、シェアしたくなる体験が生まれているのだろうか。 中島氏にうかがった。
健康・おいしい・簡単を実現した「ヘルシオ ホットクック」
「ヘルシオ ホットクック」はさまざまな電気調理鍋の中でも6万円前後とやや高額だが、ここ3年ほどは前年比1.4~1.5倍で販売台数を伸ばし、2020年9月末時点で累計台数30万台に届いている。同年4月にシャープが実施した購入者アンケートによると、約3割の人が週4回~5回以上、そして9割近くが週1回以上使っているという(N=981)。現在の機種には無線LAN機能を搭載し、同社考案のレシピ以外にユーザーが考案したレシピも増えていく。
もともとヘルシオブランドは2004年、シャープと大阪府立大学との共同開発により、過熱水蒸気で調理するウォーターオーブンから始まった。その後も、オーブンレンジや炊飯器などバリエーション豊かな製品群を開発している。ヘルシオシリーズの軸となっていたのは、データに裏打ちされた「健康とおいしさ」だ。そこに「簡単さ」が加わり、現在はこれらをブランドの3本柱として守っている。
中島氏「ホットクックの開発時期は、2013年に和食がユネスコの無形文化遺産に登録されて和食ブームが起こっていたことから、健康に対する関心が特に高まっていました。また、共働き家庭が増加傾向にあったので、健康によい料理を簡単に作りたいというニーズは、今後もっと大きくなっていくと考えました。
そこでホットクックではまず、食材に含まれる栄養や本来のおいしさがそのまま味わえる『無水調理』に着目しました」
無水調理は昔からある調理法だが、健康でおいしい料理が作れるものの「かき混ぜないと焦げてしまうが、途中で蓋が開けられない」といった悩みも多かった。焦げないよう、常に火加減を気にかけておく必要もある。
どうしたら、「簡単」をかなえられるか
中島氏「開発メンバーの中でも『子どもの栄養を考えて、野菜を食べさせたい』という声はよく上がっていました。子どもはカレーやシチューなら野菜たっぷりでもよく食べますし、煮物にすればサラダやグリルより食が進み、量も摂れます。でも、私も含めて忙しく働く女性が多く、『平日にコトコトと鍋の相手をする時間がない』という課題もあったのです。
簡単というと、『〇分でできる』といった時短の方向性もひとつあると思いますが、いかに早く作れても、火を使う以上は台所を気にし続けないといけません。その点、電気調理鍋なら加熱を任せられるので、完全に手が離れます。そこで、多少時間がかかっても『放っておく』ことでラクにおいしく仕上げられないか、と考えました」
その実現には、シャープが独自で開発していた炊飯器のかき混ぜ機能が一助となった。これをアレンジし、放っておいても焦げることなく料理が作れるようにした。
まずは食べてみてほしい。味を体験してもらうことを重視
かき混ぜ機能には注目が集まったものの、2015年の発売当時からすぐに人気が出たわけではなかった。新しい種類の調理鍋だからこそ、使い方がイメージできない人も多かったのだ。横ばいの売上が続く中、「みなさんに試食していただくため、私たちから積極的に提案を重ねた」と中島氏は振り返る。
中島氏「まずは召し上がって味を覚えていただき、『家でも食べたい』と思っていただくことを大事に、イベントではなるべく試食を提供しました。店頭では試食が難しいところが多いですが、その場でカレーを調理して、香りだけでも体験していただいたり。
すると、雑誌などで紹介いただけるようになり、食べるとおいしい、使うと便利という感想が少しずつ広がっていきました」
とにかくおいしさを実感してもらうこと。その点に注力できたのは、味への確かな自信があったからだ。特にカレーは「本当においしい」「予想以上」と社内でも評判だったという。
商品自体も改善は続いた。「4人家族には足りない」という顧客の声を受け、2016年に2~6人用サイズを追加。2017年には無線LAN搭載機種を発売、購入後のレシピのダウンロードが可能になり、作り方や材料を音声で案内する機能もつけた。このころから、販売台数が年々大きく伸びるようになっていった。
作っただけではただの箱。そこに命を吹き込むのがレシピ
顧客の支持を集めていった背景には、購入後の満足度を重視するシャープの姿勢も寄与している。家庭用電子レンジの普及が始まった1967年ごろ、シャープでは電子レンジの調理指導員「ハイクックレディ」という職務を設けた。「見て・触って・食べて・納得して・買ってもらう」を合言葉に電子レンジの販売実績を伸ばした歴史は、文化となって続いている。
中島氏自身も、メニュー開発の経験者。「購入のきっかけ作りはもちろん、購入後に毎日楽しく使っていただくための提案が大事」だと話す。その提案のもっとも大きな要素であり、シャープが長年注力しているのが、料理のレシピだ。
中島氏「電気鍋を作っただけでは、ただの箱。そこに命を吹き込むのが、レシピです。
『こういう技術があります』といっても、それで何ができるのか、お客様には伝わらないですよね。豊富なレシピは、もちろん購入前の情報提供としても重要ですが、せっかく購入いただいた方がつまずかないように、という意図もあります。使って満足度を上げていただくことが、とても大事だと思っています」
定番料理を手軽に作れるだけでなく、「難しそう」と自分では手が出せなかったレシピ、これまで作ろうなど思いもよらなかったレシピの数々を使いこなせたら。日々の料理の負担を減らすために買った商品が、それだけでなく、食事の楽しみと可能性を広げるプラスの影響を与えてくれることになるのだ。
シャープ側で作成したレシピは、クラウドサービス「COCORO KITCHEN」から、無線LANで各家庭のホットクックへ届けられている。AIとIoTを駆使した、同社が提唱する‟AIoT”家電のユーザー向けのサービスだ。COCORO KITCHENに掲載されているレシピはシャープでの開発だけでなく、ユーザーが開発したものもある。ユーザーそれぞれが生み出すレシピによっても、まさに命が吹き込まれている。
使い方のコツがわかってきたら、公式レシピをもとに具材の種類や調味料の量などをアレンジしていける。もちろん公式レシピ通りにすれば確実だが、繰り返していると飽きることもある。
中島氏「作る人が変われば、レシピも変わっていい。そうやってご自分のものにしていただくことで、料理の幅は無限に広がります。コツをつかんで家庭の味を再現できるようになることが、9割近い方が週1日以上使用されているという頻度につながっていると思います」
ユーザー同士の活発な交流が、未来の顧客に伝播する
ホットクックの人気が高まっていった2017年から、シャープではヘルシオシリーズの料理教室をスタートした。商品購入の有無にかかわらず、使い方を知りたい人を対象にしており、ここでも試食を通しておいしさを知ってもらうことが目的だ。同社主催で社員が講師を務める場合もあれば、“ファン代表”と称するシャープ公認の講師に依頼をすることもある。
料理教室で中島氏が感じたものは、ファンがもつ強い伝播力だった。
中島氏「『友達にも、絶対買って!と勧めているんです』『母にプレゼントしました』と、すでに使っている方が周囲に強く推してくださっている生の声を多く聞きました。当社には、ほかにも熱く支持いただいている製品はあるものの、ホットクックは特にユーザーさんの熱量が高かったんです。
それだけユーザーさんの満足度が高いこと、それが口コミが広がる原動力になっていることを目の当たりにしました」
次第に著名人が「愛用している」と紹介したり、Webメディアのライターが自発的に使用体験を記事にしたりするように。またSNSでも、使った感想だけでなくオリジナルのレシピが投稿され、実際に作った人から感想が寄せられることも出てきた。ユーザーの発信が活発になっている様子から、ユーザー同士が交流できる場所をサポートできないかと中島氏は考えた。
そこで2020年5月に、オンラインコミュニティ「ホットクック部」を発足。会員登録をしたユーザー同士が、料理の写真やレシピのシェア、困ったときの相談などを投稿できる場を設けた。
そのコミュニティで、シャープはどのような役割を担っているのだろうか。
中島氏「ホットクック部ではユーザー同士の交流を第一に、シャープ社員側では場が盛り上がるようなテーマの提供や、機能面でのお悩みに答えることに注力しています。私たちの『売ろう』という宣伝意識が強すぎると、会員の方は冷めてしまうと思うので、情報発信の内容やスタンスには気を配っています。ただお勧めレシピを紹介するのではなく、部のみなさんで盛り上がったレシピを作って投稿したりしていますね」
ユーザー同士の交流をメインとした場は、「購入前の方にも参考にしていただいている」と中島氏は続ける。投稿やアクションはユーザーのみ、その内容は誰でも閲覧できるよう設定したことで、未購入者には濃いコミュニティを垣間見られるよう設計されている。
中島氏「購入後も使い続けられるかどうかが、みなさん迷われるところだと思うんです。そこで、実際にユーザーさんが使い続けて、自由にレシピを考えたり、ユーザー同士で楽しんでいる様子を見られると、購入後のイメージもしやすくなると思いました」
高い満足度の連鎖を呼ぶ顧客の体験
2020年、料理教室はコロナ禍の影響で休止していたが、12月にはオンラインで再開。これを機に、リアルな教室を開催していたころは大都市近郊に限られていた参加者が、一気に全国に広がった。内容も基礎編、使いこなし編、特別イベント編の3種類にわけてリニューアルし、利用者の希望に合わせて受講内容を選べるようになった。「お勧めなのに使われていないメニュー」も積極的に紹介することで、レシピの掘り起こしも行っている。
オンライン教室では対面での教室と違い、各自が持つホットクックを使うため、基本的には購入者が対象。しかし蓋を開けてみると、出席者の約3分の1は未購入者だった。購入前に気になる点を解消しておきたい人への、情報提供の場にもなっているのだ。
料理教室やオンラインコミュニティなど、ユーザーとの接点を多く設け、熱量を高めることで「ファンが次のファンを呼ぶ」ことを後押ししてきた。同時に、そうした接点から顧客の細かな要望をつかみ、常に商品を改善している。
例えば、内鍋を洗いやすいフッ素加工にしたり、煮詰め機能を追加したり、蒸しトレーを変更し低温調理にも対応したりといったハード面の改善も、すべて顧客の要望がもとになった。IoTを活用したレシピの充実や音声機能のアップデートは、もっとフレキシブルだ。特に昨年は、コアユーザーのファミリー層からケーキやパンなど普段使い以外のレシピの要望が多く、そうしたレシピのバリエーションも増やしている。
中島氏「ホットクックで調理したデータは蓄積されているので、『聞いて』ボタンを押すと、これまでの傾向からおすすめのレシピが提案されるようになっています。今後はよりパーソナライズ化できるよう、改善を進めていく予定です。
ホットクックを毎日の家事に取り入れたら、自由に使える時間も増え、豊かな食生活が過ごせると信じています。私自身にとっても、毎晩の料理になくてはならない存在です。最終的には炊飯器のように、どの家にも置いてもらえることが私たちの夢です」
購入前から「使ってもらう」ことを主眼に置き、購入後の体験までを商品開発の一部として提供するホットクック。さらにユーザーが体験をシェアする場があることで、商品がより使いやすくなり、次の顧客へもつながっている。顧客の声に向き合う姿勢が、満足度の高い体験の連鎖を生み出している。
執筆/もりや みほ 編集/高島知子