それは通常のビジネス系トークイベントとは少し異色な風景だったかもしれない。オフィスの一画に敷いた人工芝には、ハンガーラックにはスウェットやTシャツを並べ、テーブルには数種類のチョコレートの試食を置いた。来場者はピクニックのように芝の上に座ってもらう。2019年7月22日に開催した「CX DIVE Crossing」の会場風景だ。
来場者は、登壇する木村まさし氏が手がける服飾ブランドの「ALL YOURS」、山下貴嗣氏が創業したクラフトチョコレートブランドの「Minimal – Bean to Bar Chocolate –」のプロダクトを実際に体験することが可能だった。登壇者の二人は早くから会場にいて、自ら商品を来場者に紹介していた。
本イベントは最先端のCX(顧客体験)を学び、体験できるカンファレンス「CX DIVE」のスピンアウトイベント。事前の体験を通して、パネルディスカッションの内容をより深く理解してもらおうとする意図があった。
セッションのテーマは「プロダクトが起点になるコミュニティ作り」。プロダクトの魅力はもちろん、それをどう伝え、どのように顧客との関係性を築いてきたのか。CX DIVE統括・XD副編集長の川久保岳彦がモデレーターとなり、二人が「どう顧客と向き合っているのか」が語られた。
木村 まさし
『着ていることすら忘れてしまう服』をコンセプトにストレスからヒトをカイホウするプロダクトを開発しています。CAMPFIREにて24ヶ月連続クラウドファンディングに挑戦中。アパレルカテゴリで国内最高額のご支援をいただきました。現在、全都道府県でトークイベントと試着会を行う「47都道府県ツアー」で全国行脚中。
Minimal – Bean to Bar Chocolate – 代表
山下 貴嗣
「Minimal -Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)」を設立。都内に4店舗1工房を展開。カカオとチョコレートというプリミティブな産業構造にイノベーションを起こすべく、赤道直下のカカオ産地に自ら足を運んで、良質なカカオ豆の買付と農家と協力して毎年の品質改善に取り組む。カカオ豆を活かす独自製法を考案し、設立3年で世界最高峰のチョコレート国際品評会で部門別最高金賞を日本ブランドで初受賞。ビジネスインパクトとソーシャルインパクトを両立するエコシステム創りに奮闘中。
モデレーター:株式会社プレイド CX DIVE統括/XD副編集長/Marketing
川久保 岳彦
博報堂在籍時に、 「Sony Handycam |Cam with me」「Sony Recycle Project JEANS」「Google Chrome|Hatsune Miku」「Google|Nexus7」「Google Maps|Pokémon Challenge」などに携わる。2015年よりプレイドに参画し、現在はMarketing、「CX DIVE」統括、「XD(クロスディー)」副編集長を務める。
ブランドとは「なぜ買うのか」を顧客に提供する「マニフェスト」である
何かを買うときに、どのような基準を設けているだろうか。
Minimalが販売する板チョコは1枚1,000円の価格帯。市販されている板チョコと比較すれば高価だ。しかし、何に価値を見出すかによって、モノの価値の見方は大きく変わってくる。相応の価値があると考えるのは、自分が大好きな味だからとか、ブランドの活動に共感しているからなど、人によって様々だ。
山下氏「今の時代、モノの値段の高いか安いかは相対的であると考えています。1,000円の価値をどんなものに見出すかは人によって異なる。なぜなら、ブランドや商品に何を期待するかが違うからです。私たちのチョコを高くないと考えてくれる人に、その理由や言い訳をどれだけブランド側が提供できるかということは大切にしています」
商品のストーリーや想いを伝え、購入する「理由」を顧客に提示する。木村氏もそれに同意した。
木村氏「ブランドとはマニフェストのようなもので、お客さまとの約束事です。ブランドに対して共感してくれる人が商品を買ってくれる。お金を使うことは誰を支持するかを表明することでもあると思うんです。『いいな』『応援したいな』と思ってもらう状態を、どう作っていくか。それを私たちも常に考えています」
ALL YOURSでは、顧客もまた自分たちのブランドを作る側であると認識しており、ブランドに共感してくれた顧客のことは“共犯者”と呼んでいるという。
では、両ブランドはどのように価値を顧客に伝えているのか。Minimalでは独自のKPIを定め、その効果を測っているそうだ。
山下氏「Minimalの店舗では、試食の消費量とお客さまの滞在時間をKPIにしています。スタッフはストーリーや特徴を丁寧に説明します。お客さまはスタッフとの会話を通してMinimalの商品だけでなく、自分の好みについても理解を深めます。チョコレートを買うだけじゃなく、気づきを得てもらいたいのです」
顧客に商品の背景を伝え「そのチョコレートを選ぶ理由」をスタッフが言語化する。顧客に合った情報を伝えることで、顧客が商品に価値を見出すきっかけを作っている。
「3つの問いで顧客を明確化する」「オープン前からクラウドファンディングでファンを集める」
ALL YOURSは、クラウドファンディングを活用した顧客との関係性作りが特徴だ。新商品を発売するときはクラウドファンディングで「支援者」として購入者を集める。2019年4月まで24カ月連続で目標を達成してきた。
クラウドファンディングを始めたきっかけは「プロダクトのストーリーをコンテンツとして楽しんでもらおう」と考えたことだった。
木村氏「うちの商品はデザインがシンプルすぎて、ファッションメディアに載せたりセレクトショップに置いたりしても、商品の良さが伝わりづらい。どう販売しようかと考えた時に、商品が生まれたストーリーをコンテンツとして楽しんでもらおうと思いつきました。そこでクラウドファンディングを使った。
募集期間は約1カ月。買い手を集めた後、生産工程に移り、商品を配達。半年ほどで一つのプロジェクトが閉まります。その期間は商品が生まれる過程を支援者の方へ共有しているので、コミュニケーションが発生する。するとバックストーリーまで全部知っている人、商品に詳しいお客さまが商品を手にすることになります。そんな彼らの口コミには強い影響力があるんです」
山下氏も、クラウドファンディングはコミュニティ形成の機会だという。ガトーショコラ専門店のオープンに向けたクラウドファンディングで、1,600人以上もの支援者を集めた。
山下氏「『特別感のある買い物』を楽しめる人が集まるコミュニティを作りたかった。1万人が1回ずつ買ってくれるより、100人が100回ずつ買ってくれるような。そのためにクラウドファンディングのリターンに『特別会員カード』を用意し、裏メニューの販売などを会員特典にしました。結果、店舗オープン前にも関わらずクラウドファンディングによって1,600人以上のコミュニティができあがったんです」
商品を作る段階から想いを共有し、支援者を募る。共に商品を育て、作り上げていく環境を顧客へ提供しているからこそ、顧客が一緒になってブランドの成長を担うことが可能になる。
ブランドの想いを伝えられるのは、人の熱量。対面でのやりとりが化学反応を生み出す
両ブランドにおける顧客との接点として、もう一つ特徴的なのがイベント開催だ。
山下氏「参加者10人ほどのイベントやワークショップを創業時から開催しており、5年間で延べ1万人以上が参加してくれました。商品、作り手のこと、ものづくりの想いを、人から人へ高い熱量で伝える。通常の接客ではそんな時間はなかなか取れません。お客さまにまとまった時間をいただくからこそ、特別な体験が提供できるようにイベントの設計は力を入れます」
一方、木村氏も現在、全国を行脚し2日に1回ほどのペースでイベントを開催しているという。彼も同様にイベントの重要性を語る。
木村氏「洋服を買うとき、世の中には選択肢が無数にあります。その中からどれを買うかを決めるわけです。では、その決め手になるのは何でしょう。なんだかんだ、実際に会って話した人の商品が最初に思い浮かぶと思うんです。イベントは人の心に残る深さが全然違います。そうやって思い出してくれる人を何人増やせるかを大事にしています」
イベントや対面での関わりは主催者側にとっても重要だ、と山下氏は指摘する。
山下氏「イベントや対面での接客では生の情報が行き交っています。お客さまはどう思うか、自分たちはどう思うか、率直に意見交換できる。Minimalの商品は永遠の未完成品だと定義しています。つまりお客さまの意見が入る余地が残されている。意見と商品が化学反応を起こすのです。
お客さまの意見が得られる場はどこか、突き詰めて考えていくと、食べた人の反応を見ることのできる店舗やイベントになる。『現時点で最高』の未完成品に近づいていくために、イベントやクラウドファンディングを通してコミュニケーションを取り、生の情報に触れています」
「一人に刺さるものづくり」から、「刺さる人を増やす商品の届け方」へ
顧客の意見を愚直に集める2つのブランドだが、ものづくりのきっかけは二人とも「『自分が欲しいもの』をつくっただけ」だと言う。
誰か一人に刺さるものづくり――すなわち自分が本当に欲しいものを作り、作った商品の良さをお客さまへ丁寧に伝えていく――これにより、熱心なファンからのフィードバックを受け、商品はアップデートされていく。
ブランドをスケールアップする方法についての質問に、木村氏はこう答えた。
木村氏「ブランドを大きくすることよりも『うちの商品を欲しい人をどう増やすか』を考えています。そもそもスケールアップするためには、需要があってこそ。人を起点にしか考えられないですよね。
欲しい人がいるかというよりも、どう欲しい人を増やしていくか、それがマーケティングだと思うんです。売り手よし、買い手よし、世間よしの『三方よし』を自分なりにやったらどうなるかを日々考えています」
近年のビジネスにおいて基本の「き」だったマーケティング。「市場」が求めているものを提案する方法はある時期までは適切に機能した。しかし、生活者が大量の情報を入手できる現在、価値観は多様化している。これからの時代は「市場」ではなく、市場を形成している「個人」にもっとフォーカスしていく必要があるだろう。
「私」はこれがほしい。「あの人」はあれがほしい。誰か一人に確実に刺さったとき、ブランドのサクセスストーリーがスタートする。
文/もりや みほ 編集/葛原信太郎 撮影/須古恵