ブランドや商品から顧客が受け取るメッセージは、必ずしも作り手の意図通りではない。顧客はメッセージを“誤読”することで独自の意味を見いだし、自ら物語を生み出すようになる。
そうした、一人ひとりの小さな物語が生まれるものづくりを、Takramの渡邉康太郎氏は「コンテクストデザイン」と呼ぶ。
2020年2月17〜20日に開催された「ICCサミット FUKUOKA 2020」のセッション「『コンテクストデザイン』を考える」では、渡邉氏をモデレーターに迎え、このコンテクストデザインを軸に、顧客の心をつかむブランドの「物語」を紐解いた。
登壇したのは、中川政七商店の緒方恵氏、Lexus Internationalの沖野和雄氏、Minimal -Bean to Bar Chocolate-の山下貴嗣氏、ファクトリエの山田 敏夫氏の4名。コンテクストデザインによって起こる、顧客が自分ごと化する体験が語られた。
一人ひとりが自ら物語を生み出すコンテクストデザイン
セッションの冒頭、渡邉氏はコンテクストデザインを「枯山水」にたとえ、こう表した。
渡邉氏「枯山水という庭園は石によって作られていますが、そこで表現されているのは水であり波紋です。水を張るのではなく、水を枯らす。水はあくまで見る側が想起するものなんですね。画竜点睛は、作庭をした人ではなく見る側に委ねられている」
枯山水は、庭に水の実体がなくとも、見る人がそれを想像することで完成する。コンテクストデザインの場合、顧客がブランド、商品やサービスに自分なりの意味や物語を見つけ、“誤読”することで、その商品は完成する。作る側だけではなく、見る側にも意味づけがゆだねられている点で、枯山水はコンテクストデザイン的だという。
渡邉氏「コンテクストデザインというと、『企業やブランドが文脈を作り、顧客に正しく届けること』と誤解されるのですが、実は逆なんですよ。Contextの語源はラテン語で『con-=ともに』と『texere=編む』。つまり、“ともに編む”という意味の言葉です。情報を押し付けるのではなく、むしろ受け手とともに編んでこうというものです」
作り手と使い手を明確に分けるのではなく、使い手のクリエイティビティを引き出す。そういったものがコンテクストデザインを伴ったプロダクトやブランドだという。
渡邉氏の言葉を受け、登壇者それぞれも自身の手掛ける事業の“コンテクストデザイン的側面”を語り出した。Bean to barチョコレートを手がけるMinimalは、作り手だけでなく顧客もビジョン達成に向けた役割の一端を担うと言う。
山下氏「僕たちは、お客様も含め全員がMinimalという作品をつくりあげている作り上げていると考えています。職人がチョコレートを造り作り、僕らビジネスチームで販売の仕組みを作り、店員がチョコレートにまつわるストーリーとそこへの共感を創るを届ける。お客様はチョコレートを手に取ったり、食べたり、何らかのフィードバックをしたりする中で、ビジョンである『チョコレートを、新しくする』の実現の一端を担っていただいている。作り手、売り手、買い手の境界線をファジーに、皆がつくり手であり、仲間であると捉えているんです」
レクサスの沖野氏は、商品によって顧客の行動が変わり、その人の物語へ接続される例を挙げてくれた。
沖野氏「レクサスのクルマは、足さばきをしやすくして、乗り込むときの姿を綺麗にみせたりと、乗車する際の立ち居ふるまいが美しく見える工夫を施しています。結果、購入後で運転に対する気持ちも変わり、今まで運転マナーをあまり気にしていなかった方も、自然とそこに意識が向くようになったとの声も頂いています。」
レクサスの持つ物語や世界観があり、そのオーナーとなることで“レクサスに乗る自分”という意識を持つようになる。そのとき、ブランドがもつ文脈を踏まえた振る舞いを自然とおこなっているのではないでしょうか。」
では、顧客が自分なりの解釈を見つけるには、どんな仕掛けが必要なのだろうか。その鍵が、ファクトリエ山田氏が語った“○○バカ”という言葉だ。
“○○バカ”の熱量を広げる語り部の役割
ファクトリエでは「語れるもので、日々を豊かに」をスローガンに掲げ、顧客、工場、売り手、社会、関わる人すべての日々が豊かになる社会を目指している。この“語れるもの”を生み出すキーパーソンが“○○バカ”と山田氏は定義する。
山田氏「“○○バカ”は、ある商品に対し、時間の許す限り語ってしまうほど熱量のある方です。例えば、私が今着ているシャツの職人は、1枚のシャツについて一日中ずっとお話をしてくれる。話が止まらなくなり、最終的にはこっそりアラームをかけて、電話がきたように装い、話を終わらせるほど(笑)。本当の“シャツバカ”です。ただ、そういった人がいてこそ、お客様に伝える役を私たちが担える。熱量あふれる作り手はとても重要です」
東急ハンズから老舗企業の中川政七商店へと転職した緒方氏も、山田氏の言葉に首を振り「自分は○○バカに乗っかる側だ」と語る。
緒方氏「僕は何をするかよりも誰とするかを大切にしています。単純に「人間自体」に一番興味があるんです。そういう意味でも「◯◯バカ」は私の大好物です。転職の際も、社長(現会長)の中川と話す中で、彼があまりにも熱狂的に語る姿に共感し、乗っかった結果が今です。熱狂的に好きなものを追及している人と働くのはとても楽しいです」
熱量ある人物には、緒方氏のように共感したメンバーが集まってくる。その熱量を顧客へも伝播していくには、店舗などで顧客と対峙するスタッフが、いかに共感の輪を広げられるかが鍵になる。
中川政七商店では、商品一つひとつに込められた熱量を伝播するとともに、顧客目線とのバランス感覚が店舗スタッフには求められるという。
緒方氏「当社の店舗スタッフは、職人の熱意を伝える語り部であると同時に、お客様の目線や空気を読む職人でなければいけません。接客とはその場で素早くコンテクストデザインをするということでもありますから。どんな話題が盛り上がるか、どんな質問をするといいか、モデレーターのようにお客様と接していきながら、お客様のニーズ・物語と商品の強み・背景を編み合わせていくというイメージです」
一方のMinimalは、「自分の言葉」を大事にする。
山下氏「語り部であるからには、スタッフ自身も食べたいと思い、自分の言葉でお客様へ商品を紹介できることが大事です。そのために、当社では毎月3時間の研修をおこない、商品を試食し自分の言葉で感想を語ってもらっています。社内販売数も指標のひとつとして見ていますね。正直に言うと、事業拡大を急いだ時期もあり、そのころは、社内販売数も減りました。モノづくりは正直ですね、量を造ることへの焦りが味に出た証左だったのでしょう」
事業的メリットの見えない施策は、非効率なのか無駄なのか
作り手の熱意を伝える上で、各社が挙げたのが、「非効率」というキーワードだ。事業上では喜ばれない非効率さも、顧客に伝える物語の中では何らかの「意味」を持つことがある。
山田氏は非効率性から、顧客の視点を学んだ経験を紹介した。
山田氏「以前、山梨にオーガニックコットンファームを作った経験は、よい教訓になっています。事業的には大失敗で、予定していた量の3分の1も取れなかったんです。しかし、そこに至る過程には多くの学びがありました。
例えば、オーガニックコットンを育てるためにお客様にも来てもらい、スタッフと一緒に種植えをしてもらえば、お客様も作り手になり、愛用する理由を自ら見出せる。非効率ではありますが、お客様がブランドに自分の物語を接続する意味を見いだすきっかけになり、何に投資すべきかを見いだす機会になりました」
緒方氏と山下氏は、いずれもビジョンとの接続において効率性だけではない観点の重要性を語る。
緒方氏「当社では、自社のノウハウを用いてほかの工芸会社のコンサルや営業代行をおこなっています。この行為は、売り上げ利益だけを考えると非効率の固まり。しかし、ほかの工芸会社の事業が拡大すれば、弊社のビジョン『日本の工芸を元気にする!』に近づく。非効率でも自分たちが汗をかいてマーケットを盛り上げるということを、勝手に使命だと思ってます」
山下氏「僕の場合は、赤道直下のインターネットもつながらない国に年に4カ月間はカカオを探しに行っています。事業に集中するという観点では非効率にも見えます。ただ、カカオの現場には未来へのヒントがたくさんあります。ビジョンへの道筋を描くために、実体験と肌感覚を養う行動としてとても大事だと考えているんです」
沖野氏からは、商品と向き合う姿勢の中にある非効率は、ブランドの「らしさ」を体現する上で欠かせないというエピソードが共有された。
沖野氏「レクサスでの非効率は、車をピカピカの状態で出荷する『鏡面仕上げ』です。乗った瞬間に傷ついてしまうにも関わらず、素人では分からないレベルまで工場で磨きあげる。販売店の方も実際に工場で磨いている人も、輝くような美しい状態がレクサスだと考えています。
これは、自分たちのプライドを磨いているかのような感覚でもあります。商品に込める“レクサスらしさ”を保ち続けるためにも、レベルを落としてはいけない非効率だと思います」
自分ごと化されたストーリーを生み出す“誤読”
セッションの終盤、議論が白熱したのは“誤読”に関してだ。冒頭でも、コンテクストデザインを成立させる要素のひとつにあがったこの誤読だが、渡邉氏はその意味を「物語を自分ごとにすること」と捉えている。
渡邉氏「誤読とは、他者が生み出した物語を自分で語り直すこと。誤読が生まれる時は、これまでの聞き手がいつの間にか語り手に移り変わる時です。、作り手が生み出した物語が形を変えて、いつの間にか自分の物語になっている。ブランド自体も、作り手から使い手のものになっていくんです」
その一例として、渡邉氏はTakramで手掛けた1冊の本を販売する書店『森岡書店』を挙げた。
渡邉氏「森岡さんという人物は、本屋のあり方をある種「誤読し」ました。その結果、一週間に1冊の本だけを販売する『森岡書店』が生まれた。たった5坪のお店に、時には著者も立ちます。店舗自体が狭いので著者と居合わせるお客さんが、自然に会話し始まめてしまう。本屋で提供できる価値が、従来の「本を買う場所」から「対話が生まれる場所」にシフトしたんです」
この誤読をいかに生み出すか。顧客の誤読は「時代の流れも一つのきっかけになる」と山田氏は言う。
山田氏「ときめくものだけを残し断捨離を推奨する『こんまりブーム』が起こったとき、弊社のレディース服の売り上げが上がったんです。こんまりさんが『クローゼットにはときめくものだけを入れましょう』と促すと、それに倣った方が綺麗にしたクローゼットに『長く愛着持って着られるもの』を入れようと考え、ファクトリエにたどり着いた。時代が後押ししてくれたんです」
顧客が商品に対して考える価値も、ときには誤読されることもある。Minimalの販売する板チョコレートは1枚1,000円以上。一般的な板チョコレートと比べると10倍以上の価格がついているが、それを高いと思うかも誤読の対象だと山下氏は話す。
山下氏「我々のチョコレートは市販品と比べると事実として価格は高い。しかし、私達のチョコレートを毎週買いに来てくださるお客様がたくさんいます。その中の会社員のお客様にお話を聞くと、その方は平日の外食ランチをお弁当にしたりして、Minimalのチョコレートを買って下さっているという。
Minimalのチョコレートがあればリフレッシュできたり、お茶の教室に持って行ってあわせる楽しみができ、1000円でも「私に取ってはコスパが良い」とおしゃってくれました。一般的な板チョコの10倍の値段と捉えると確かに高価ですが、その方にとっては、リフレッシュや楽しみにかける価値として捉えてくれていた。どのような誤読が起こるかで、1,000円という価値も変化するんです」
また、商品が情緒的価値に紐づくと売れ方も変わってくる。商品の良さはもちろん、ミッションにも共感し、そこに顧客が自ら買う意味を見いだした例を緒方氏は語る。
緒方氏「当社の人気商品『花ふきん』を頻繁に買ってくださるお客様に、理由を聞いことがありました。その方は、『三方よし』を意識して選んだとおっしゃったんです。吸水性がよく、乾きやすいので匂いも付きにくい花ふきんは、機能的。さらに会社を見ると、社会に役立つことをしている。贈る自分も気分が良く、贈った相手にも良く、社会にも良いから選んでいるとおっしゃってくれました」
誤読を生む『Feel First, Learn Later』
緒方氏の話を受け、山田氏は顧客がブランドや商品と接する順番も誤読に大きく関わるのではないかと考える。
山田氏「花ふきんの話のように、機能面から会社を知ったり、お店の前を通りかかって、食べてみたらおいしくて、調べてみたら共感できるビジョンがあったり。誤読が生まれる場合、お客様が出会う順番も要素のひとつである気がします」
緒方氏「最初の接点は商品が多いと思います。誤読が発生しやすいのは、その『使いやすい』や『おいしい』などを感じる瞬間から。商品の良さを知らないお客様に『日本の工芸を元気にします!』と伝えてもちょっと重いじゃないですか。まずは“使いやすい”から入ってもらい、そのあとに商品の背景やビジョンを知ってもらうと、誤読も起きやすくなるのではないでしょうか」
緒方氏の話に山下氏も共感を示す。同氏はこれを「2階建て」とたとえ紹介してくれた。
山下氏「僕は1階、2階と呼んでいるんですが、食において“おいしい”は土台、つまり建物の1階なんです。その上に差別化要因となる2階がある。2階部分が魅力的で注目を集めても、1階部分がしっかりしていなければ数年で淘汰されてしまう。僕は渡邉さんのがおっしゃっていた『Fell First, Learn Later』という言葉を真似て、『Eat First, Learn Later』と呼んでいます。おいしいものだからこそ、その上に頭で理解するこだわりや物語が載ることでさらにおいしく感じられるんです」
『Feel First, Learn Later』は渡邉氏が定義しているブランドやもの作りにとって大切だと考える体験のプロセスを表したものだ。この言葉は、まず五感で物事を感じ、次に世界観や広がりを知るという意味をもつ。
「感情をゆさぶらなければ誤読はうまれない。楽しいも恐れも誤読から生まれるものですよね」と沖野氏も言葉を重ね、その重要性を強調した。
本来、顧客へ提供するのは、商品だけではない。作り手が熱量を込めて商品を形にし、スタッフがその熱量とともに商品を顧客へ届けている。ただ、そうした熱量も適切に伝わらなければ、価値にはつながらない。
商品やブランドを通した体験を、顧客により適切に伝えるうえで、「コンテクストデザイン」は学ぶべき点の多いアプローチといえるのではないだろうか。
執筆/もりやみほ 編集/小山和之 写真/ICCパートナーズ提供